第22話








息ができない。



何も見えない。



何も聞こえない。



何も感じない。





どれだけ目を凝らしても、一面に広がるのは暗闇で、自分の姿さえも確認できない。





叫ぼうとしても、声が出ない。



抜け出そうとしても、体が動かない。






次第に意識が遠のいて、自分という存在を認識する最後の手段さえも失いそうになる。






こうして永遠に、暗闇の中に取り残されるのだろうか。




誰にも、自分さえも認識できずに。まるで

初めから存在しなかったように。








これが、〝死〟というものなのかーー。




無意識のうちに息を止めていたらしい。




あまりの息苦しさに飛び起きた先に、光が見えた。




見慣れた、金色の光が。




良かったーーと、心の底から安堵する。




どうやら、まだ側にいることを許されているらしい。




こんな、壊れかけの、いつ使えなくなるかも分らないガラクタを、まだ見捨てないでいてくれる。その事実に、涙が溢れてくる。




見慣れた部屋の、見慣れた背中。




深い眠りについているらしい彼の服の裾を握り締めてしがみ付いた。







「‥‥カナセさん」




いつ、体が動かなくなるか分らない。



いつ、この命の灯火が消えるかも分らない。





今この瞬間にも、能力に食い殺されてもおかしくはないのだ。






その時がきたら、自分は何を思うのだろうか。



それとも、何を考える暇も与えられず、ゴミ屑のように塵と化すのだろうか。






せめて最後は彼の側で。



唯一存在を認められる、戦いの中で。






それ以外は何も望まない。








啜り泣く声を背中越しに聞きながらも、男の意識は別のところにあった。



それは、忌々しい黒猫に押し付けてきた少女のことだ。



骨と皮だけの、異常なほどに軽い体を受け止めたのは無意識だった。



何かに堪えるように痙攣する体。



千切れそうな程に強く握り締められた服越しに、少女が何かを言っている。



固く閉ざされた瞳の奥に何を見ているのか、男には知る由もない。



まるで縋り付くように掴まれた青白い手を、引き剥がす気にはなれなかった。





『‥た‥‥い』




何かを、繰り返し呟いている。










『‥‥いた‥‥い』





苦痛を訴える言葉とは裏腹に、少女の表情は変わらない。



吐き出す声にも、何の感情も感じない。







『痛い』





苦痛を漏らしながら、そこに救済を求める言葉は続かない。



それはきっと、少女が痛みに慣れてしまっているからだろう。



慣れた、とは言っても繰り返せば痛みが和らぐわけではない。



ただ、受け入れているだけだ。



助けを求めるわけでも、痛みに嘆くでもなく。



全てを諦めてしまっている。



それでも、痛みに耐えるように縋り付いてくる姿は、親に甘える幼子のようで。



掴まれている中の服を脱ぎ、頭から被せると少女を抱えたままその場を立ち去った。



『その子を飼う気はないの?』




頑なに服を離そうとしない少女を見て、『随分と懐かれたみたいだね』と見当違いなことを言い出す黒猫に睨みを利かす。





『僕は持て余したけれど、君なら容易く手綱を取れそうだ。感情なんてあってないようなものだから、兵器として扱うのは都合が良いと思うよ』


『戯言を』


『その子はいずれ〝主〟を滅ぼす切り札になりうる。ーー君の手に渡れば必ずね。僕はそう、確信しているんだ』


『忌々しい。不吉な黒猫の言い分を誰が信じると』


『不要なら、今この場で始末すればいいさ』


『‥‥』


『僕は止めないよ。こんな道半ばで死ぬような存在に用はないしね』




今腕の中で無防備に眠る少女の命など、吹けば飛ぶ枯れ木のようなものだ。



踏み潰さずとも、いつかは塵となって消えるだけの存在。



上着を脱いで少女の体に掛けると、元よりその為に呼び出した黒猫に押し付ける。





『大した弊害はない。寧ろ、そいつが一つでも多くの組織を片付ければこちらの手間が省ける。少なくとも、今はな』



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

DEMISE ー終焉を司る女神ー 佐倉梨子 @SAKURA984

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ