第10話 DEF-01-プラトーン、テイクオフ
熱気冷め止まない工房内は次第に人の数も増え、様々な装置の駆動音だけでなく作業員らの威勢のいい会話によって慌ただしく騒々しい空間となった。
指揮を執るアイラをアイラを筆頭に、プラトーンの最終起動確認が行われる。
「実戦配備を想定して、これからの確認作業を迅速かつ正確に行うように。機体を安全装置に固定したまま仮起動を行い、全システムの作動確認をするぞ!操縦席のラーサ、起動ボタンを押してくれ」
「はいっ、起動します」
開放された胸部装甲内の操縦席にいるラーサは側部の赤いスイッチを長押しした。すると静かな駆動音が聞こえると同時に、脚部と胸部の吸魔口より大気中の魔力の吸引が行われる。
黒色だった機体全体が白銀色の色を帯び始めた。
「おぉっ、起動した。やっぱり起動の瞬間ってわくわくする」
「ふふっ、エディは機械と龍が大好きだもんね」
「うん。かっこいい......、けど眩しい」
カイレンはエディゼートに背を預けたまま、作業の様子を遠目から見ている。
機体全体の回路に大気中の魔力から変換された願力がいきわたるように、機体の表層部には光の筋がいくつも現れた。機体から発せられる駆動音は静かながらも、願力を視認できてしまうエディゼートにとっては銀の灼熱の炎がゆらゆらと機体から放出されているように見えていた。
「よし、仮起動は完了と。――次は各部位ごとのシステムの動作確認だ。各員、検査にかかれ!」
アイラの掛け声とともに作業員らは機体表層の装甲部を一部外し、接続口にプラグを差し込み計器と接続した。
すると計器と睨めっこをしていた作業員らは次々と、
「右腕左腕、共に動力システム並びに神経伝達システム異常なし」
「脚部願力循環供給システム異常なし」
「頭部情報伝達システム並びに出力制御システム異常なし」
「翼部揚力変換システムと思念伝達システム共に異常なし」
「胴部脊椎同期システム異常なし。ししょー、操縦席の各部位の計器に警告灯は出ていないので、検査項目の部位は全て正常に作動してます」
実戦配備を想定した迅速ながらも入念に行われた確認作業は、ラーサの報告を最後に完了した。そしてアイラは頷いて、
「うむ、わかった。では、機体を固定したまま工房の外へと移動させるぞ!――エディ、次はお待ちかね。あんたが乗り込む番だ」
「はい、わかりました」
すると直立体勢で固定されていたプラトーンは、固定台に取り付けられたレールによって工房外部へとゆっくり運搬されていった。
並列するように歩くエディゼートは眩し気に目を細め、期待を胸いっぱいに膨らませた。だがそれは隣を歩くアイラも同じだ。
機体が完全に格納庫から外部へと移送されると、
「――よし、移送完了だ。エディ、うちらができる確認作業は全て済んだ。ここから先は全部、あんたが好きなようにやってくれ。――さぁ、ロマンの実在を証明して来い!」
真っすぐに向けられたその真っ赤な瞳には熱が宿っていた。その熱にあてられたエディゼートも呼応するように声を張り上げて、
「はいっ」
アイラに背中を強く叩かれ押し出されると、エディゼートはその勢いのまま
操縦席の後部には人工龍尾を機体に接続させるための連結口があり、それに合わせるようにエディゼートは座り込む。最新鋭の人工龍尾に搭載された生体情報認識システムにより、機体にエディゼートの生体情報が送信されると、受信直後の機体にはすぐさま変化が表れ始めた。
「――『脊椎同期システムの生体認証を確認。本起動いつでもいけますよ、エディ』」
「うん、わかった」
エディゼートの耳元に取り付けられた通信機器に青色の光が宿ると同時に、外部にいるラーサの声が聞こえる。
脊椎同期システムによりエディゼートの生体情報を認識した機体は装甲の色を銀から黒へと変色させ、静かながらも風を切るような駆動音が全方位から聞こえ始めた。
エディゼートは有線ケーブルによって接続されたゴーグルを装着し、操縦席のレバーを両手で握りしめた。すると開放されていた胸部装甲は機体内に操縦者を飲み込むようにゆっくりと閉じた。
「それじゃあ本起動、――開始」
駆動音が操縦席内に響き渡る。
暗かった操縦機内であったが、すぐさまゴーグルに搭載された視覚情報伝達機能によってエディゼートの脳内に外部の映像が送信され始める。次第に肉眼からの視覚情報は遮断され、今では完全に機体の頭部からの視覚情報が映し出されていた。
「――『前回の反省から、エディのために操縦機内に余計な願力が漏れ出ないように防願塗装を施してみました。視覚情報の伝達は妨害されなくなりましたか?』」
視界の下方に映るラーサに視線を合わせようと意識すると、それに連動するように機体の頭部が下方に動いた。
「うん、全く問題ないよ。それと、僕の要望通り機体の情報がパラメーター表示にされて見られるようにしてくれたんだね」
視界の隅には速度計や高度計、機体の蓄願量や動力系に出力される願力量が表示されていた。
「――『はい。ゴーグルをつけている間は脳に伝達される視覚情報が上書きされてしまっていたので、頑張って作ってみました。へへっ、エディが無理難題を押し付けてくる度に身が悶えて仕方ありませんでしたよ。あぁ、思い出すだけで今にもよだれが......』」
「あぁ、ドМ属性が発動しちゃった......。でも、これでだいぶ安心して動かせるようになった。それじゃあ本格的に動かしていくから、固定具の解除をお願いね」
「――『わかりましたっ』」
ラーサが固定台に備え付けられた重厚なレバーを引くと、機体各部を固定していた固定具が一気に取り外された。機体は直立状態を保ち、プラトーンが完全に解き放たれたことを確認するとエディゼートは目を閉じて全神経を集中させた。
するとたちまち意識は自身の身体から完全に乖離し、体の感覚がプラトーンと同期し始めた。それに合わせて機体は魂を手に入れたように動き始め、本起動の完了をその所作で示した。
「――すごい、前よりもずっと体に馴染んでる」
エディゼートが最初に感じたのは、その圧倒的な没入感だった。エディゼートはまず両手を何度も開閉させ、改良された神経伝達システムの進化を実感した。思念と動作に一切の時間差がなく、人体の構造が忠実に再現された機体はもはや新たな肉体を得たと言っても過言ではなかった。
「――『あんたの注文が多いから、人体の骨格や筋組織が作り出す動きを完全に再現できるように改良してみせたのさ。どうだ、前よりも動きがずっと滑らかになっただろ?』」
ブレスレット型の通信機器に話しかけるアイラの声がエディゼートに届く。機体の離陸に向けて、エディゼートはプラトーンを安全に離陸ができる場所へと歩いて移動させていた。
「はい、自分が機体に乗っていることを忘れそうなくらい素晴らしい出来です。ありがとうございます」
「――『カーッ!礼はいいからとっとと飛び回ってロマンをまき散らしてみやがれ!さあ行け!』」
「では」
掛け声と共に背面に願力を宿すイメージを整えると、機体全体に流れる願力が翼部へと集中しだす。
出力の計器の数値が一気に上昇し、吸魔口に大量の魔力が流入。翼部に発生した浮力によって機体は離陸態勢を完全に整えた。
発着場の周囲は発生した気流によって塵が舞い散り、その風は離れたアイラたちの元まで届いていた。
「「「「「――――――..................」」」」」
今か今かと、離陸の瞬間をこの場にいる全員が心待ちにしていた。だが人一倍、アイラはその瞬間を拳を強く握りしめて固唾を呑んで見守っていた。
出力は十分。期待を一身に背負い込んだプラトーンは身をかがめ沈み込み、一気に跳躍。そして――、
「―― DEF-01-プラトーン、テイクオフ!」
風を切り、爆ぜるように漆黒が空へと駆け抜ける。
その瞬間、誰もがその光景に目を奪われることとなった。超重量の塊が現実的でない速度で加速し、瞬く間に雲のある上空へ。
遅れるようにして、地上に突風が吹き荒れる。だが一同は気にする素振りを見せずにただひたすらに空を見上げていた。
「――『すごい......!すごいよエディ!ちゃんと飛べてるよ!』」
カイレンが大きく手を振り見上げる先、漆黒の光芒が激しく放たれる翼を雄大に広げるプラトーンは、その巨体を安定させながら直上へと飛翔することに成功させていた。
その影は龍のようであり、鎧をまとった騎士のようでもあった。そんな異質極まりない存在は、広大な青空と雲間に浮かべられた一点の宝石のように存在感を放っていた。
一方上空、心臓の鼓動が煩わしいほどにエディゼートは高揚感を覚えていた。
風が肌を横切る感覚、全身に高負荷がかかることによる圧迫感、そして何一つとして遮るものがない雄大な空を独占する爽快感。そのどれも全てが自分の感覚として実感できることに感動を覚えていた。
「(たった十秒で、ここまで......)」
眼下には第三工房だけでなく、シェフターレやグラシアの街並みそして広大な平野と海がどこまでも広がっていた。絵描きを趣味とするエディゼートにとって、それはどんな作品にも勝る絶景であった。
一定の高度に到達すると、思い出したように地上方面へと振り向いて滞空してみせ、
「出力並びに動力供給安定、飛行動作問題なし。前回の課題点だった出力不足は完全に解決されました」
地上に向けて報告をすると食い入るようにアイラは、
「――『ということは、うちらはようやく......』」
「はい、第三工房の皆さんのおかげで、プラトーンはついにロマンを形にしてみせました。――飛行機能実験は、成功です!」
「――『......!――――――――――――ぃよっしゃあああああああああああああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!!!』」
一瞬の沈黙ののち、通信機からは鼓膜を突き破るほどのアイラの声が突き抜けてきた。だがエディゼートの一言に声を張り上げたのはアイラだけではなく、地上から見上げていた者全員から騒々しいほどの歓声が巻き起こった。
「――『やった!やりましたよししょーーーーーっ!!』」
「――『あぁ、やってやったさ!ハーッハッハッハッ!長年諦めなかった甲斐があったもんよ!ぐすっ、まっだぐよぉー!あの世で見てるかししょーーーーーーーっ!!!!』」
「――『あぁっ、ししょーのししょぉーーーーーっ!』」
エディゼートが機体の望遠機能で地上を見下ろす先、涙ぐむアイラとラーサは抱擁を交わしていた。それもそのはず、この機体の作製計画を百年前に立てたのは、他でもないアイラの師であったのだから。師が成し遂げることのできなかった計画を自らの手で達成できた喜びを、存分に声に出して表していたのだ。
喜びを分かち合うのは何も第三工房の面々だけではない。
「――『成功してよかったね。エイミィ』」
「――『そうだねカイレン。あぁ、頑張って研究した甲斐があったよ。本当に、本当におめでとうございます。アイラさん』」
エイミィはアイラに対してそう言うとアイラは鼻をすすりながら笑顔で、
「――『ありがとよぉ。これもあんたら白影工房が協力してくれたからできたことだ。だからあんたらももっと喜べ!』」
「――『あははっ、そうですね』」
そう言うエイミィの尻尾と翼はとてもご機嫌そうに揺れていた。
そんな地上の様子を上空から見届けながら、エディゼートは水中を泳ぎ回るように自由自在に旋回してみせる。すると地上ではその一挙手一投足に反応するように人々が声を上げた。
――その後エディゼートは心行くまで無題の舞を地上に魅せつけ、地上へと帰還した。龍化を済ませたタブラが第一工房の工房長を背に乗せてやってくるのは丁度その時だった。
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