第13話 ロマンvsドラゴン[2]

 一瞬のずれも許されない緊張感から解放されたからか、エディゼートは鼓動が高まっていることに気が付いた。彼にとって、この高揚感はたまらなく心地いいのだ。

 願力誘導弾ディザイアスミサイルの軌道と発射時期を予測し射抜けたのは、願力を視認できる彼だからこそできたことである。加速の瞬間、誘導弾ミサイルの後方に強く光が宿るからだ。


 プラトーンの頭部に搭載された人工眼は、エディゼート最大の欠点であり長所でもある願力視を再現していた。

 健常者であれば、願力から発せられる振動波を感知する神経は感受性に乏しい。だが、エディゼートの生体情報を認識したプラトーンは搭乗者にその情報を伝達するように、新たな神経回路を独自に構築していた。


「......さて、今頃タブラはどうしてるかな。――あ、いた」


 すると巨大な浮遊島の後方から、タブラが旋回して姿を現した。

 二十四機あった小型願力誘導弾マイクロミサイルも、残り三機まで数を減らしてタブラを追従していた。

 飛行速度を標的と合わせるように追従していると、旋回を止めたタブラは一直線に加速を開始。それに合わせるように三機全てが急加速、そしてそのまま標的を射止めんと出力を上げた。


「――『これで、ラストだ!』」


 後方から迫りくる脅威を確認すると、タブラは尾を下から勢いよく振り上げると同時に願力囮弾ディザイアス・フレアを前方へと散らすように射出。翼部に強く宿していた願力を一時的に解除し、翼を大きく広げて急減速と上昇を行う。

 すると願力誘導弾ディザイアスミサイル囮弾フレアにつられるように直進し、衝突と同時に起爆。

 黒煙をまき散らしながら爆散し、タブラは全弾の回避に成功してみせた。


 その様子を見ていたエディゼートは感嘆の声を上げた。


「おぉ、結構しつこく追いかけるように設定したのに、全部躱したんだ。すごいね、タブラは」


 特に装甲部に被弾した形跡が見られなかったため、エディゼートはそう判断した。


「――『はぁ、でもしんどかった。ったく、どんな制御回路を脳内で構築すればあんなに追いかけてくるようになるんだ......。質より量のラーサより全然キツイ』」


「はは、昔鼻血を出しながら必死に訓練したからね。あ、そうだ。よかったら、二十面体型アイコサタイプの疑似願魔獣を展開してあげようか?しかも二体。多分プラトーンの大きさだったら子機ぐらいのサイズを再現できると思うよ」


 生身の状態のエディゼートの願力量では、自身より一回り小さい疑似願魔獣を顕願ヴァラディアによって二体再現するのが限界だった。だが、大容量の蓄願結晶ディザストクリスタルを内蔵したプラトーンであれば、願魔獣の子機程の大きさを再現することが可能になるだろう。


 そんなエディゼートの提案にタブラは気が滅入ったように、


「――『その、やめてくれ......。さすがに弾幕とミサイルとバリアを二機から同時にやられたら勝ち目がない......。それにエディが加わったら、いよいよなすすべもなく墜ちる』」


「はは、そんなことはないとは思うけどね。でもまぁ、これでプラトーンが実戦でも運用できることが証明されたね」


「――『証明どころか、今すぐこのままディザトリーを奪還しに行ってもいいくらいだがな。ははっ、でもそうだな。エディとプラトーンは、俺の故郷のことわざで言うところの、まさに”鬼に金棒”ってやつだ』」


 タブラから乾いた笑い声が漏れる。

 タブラ自身、当初はプラトーンの性能はせいぜい低速飛行と申し分ない程度の攻撃力を有するくらいだと想定していた。だが実際箱を開けてみると、それはエディゼートという人間の能力を最大限まで拡張させる魔法の鎧だった。


「ふふっ、でもこれだったら他のみんなに乗らせてもすごいことになるかもね。最強の盾と剣を持つ白騎士ホワイトナイトと、広域の強化領域を展開する救護の聖女レスキューセイント、そして回避不可の誘導弾の女王ミサイルクイーン。あぁ、想像したらわくわくしてきた、へへへ」


「――『はぁ、まーた気味悪く笑っていやがる......。でも、機体の量産体制が整ったら、間違いなくこの国の軍事力は一気に跳ね上がるだろうな。多分だが、一般的な魔願術師マギフィアドが乗ってもだいぶ強いぞ』」


 タブラがそう言うように、龍と人との間では決定的な力の差があった。それは願力の保持容量や魔願変換量は、脊椎の大きさそしてそこより延びる尾や翼の有無によって大きく左右されるからだ。

 だがプラトーンは今回の性能試験でその問題を解決するための一手を担えることを証明してみせた。これが何よりの功績だろう。


「そうだね、願力量が生身の人間と比較して段違いに多いからね」


「――『はぁ、今まで俺が唯一エディに勝ててたのが願力量だけだったのに、このプラトーンのせいで近づかれちまった』」


「それでも最高速度とか出力とかはまだまだタブラの方が全然上だよ。そう考えると、プラトーンは進化の余地を残してるとも言えるね」


 この試作初号機も、全ての魔願術師マギフィアドが操縦できるように最低限の汎用性を確保しつつ設計された機体だ。もし仮にこれを各個人専用に改造を施すことができたのならば、よりその戦闘力を高めることができるだろう。


「――『まったく、末恐ろしいことこの上ねぇや。まぁ、龍は龍で拡張装備の開発が進められてるけど』」


 タブラが現在装備している拡張装甲は蓄願結晶ディザストクリスタルが搭載されているため、余剰分の願力を備蓄することができるようになっていた。


 だがいくつかの欠点があり、まずはそのデザインが挙げられる。

 まるで龍としての尊厳が掻き消えるような不格好さがあるため、一部の龍からは不満が出ていたのだ。

 そしてもう一つ、タブラのような全身に突起が少なく背面より翼が生えている系統の龍であれば問題なく装備することができるが、そうでない龍に関しては特注で形状を変更しなければ装備できない。


 このような欠点があるため、現在に至ってもその普及率は限りなくゼロに近いものとなっていた。


「――さて、それじゃあ戻ろうか。まだまだ試したいことがたくさんあるけど、そろそろエーディンが来る頃だし」


「――『あぁ、そうだな。なんなら、もうとっくに来てそうだけど』」


 そんなことを言い合いつつ、両者揃って工房へ向けて滑空を始める。

 気づけば日は高く昇り、雲間より差す光は海面に散らされ煌いている。

 交戦時間はさほど長くはなかったが、エディゼートはプラトーンの実用性を存分に知らしめることに成功した。

 地上では、帰還するタブラとエディゼートに向けて一同が大きく手を振って待っていた。

 そんな一同を横目に、プラトーンはタブラと共に発着場にゆっくりと降り立った。


「よし、無事帰ってこれた。――お疲れ様、プラトーン」


 エディゼートが声を掛けると同時に機体の駆動音が一気に静かになり、そのまま魔願加速砲レールキャノンを背面に格納した。

 双方肩を並べて一同が待つ工房前へ。


「はぁ、やっぱりエディと戦うのはもうこりごりだ。短時間しか戦闘していないのに気疲れが半端じゃない」


 結局四つ又の拡張装備を装着する余裕がないまま、タブラはプラトーンとの模擬戦闘を終えた。

 エディゼートもまだ奥の手をいくつも隠したまま、地上へと降り立った。

 本気で戦うと言えども、それは遊びでの範疇。そのことを理解していたタブラは底知れない不気味さを隣から感じたまま、歩みを進めていた。


「僕だって、最後の願力誘導弾ディザイアスミサイルの四発同時発射は回避できなかったよ」


「ハッ、回避できなかったと言っても、被弾はしてないんだろ?どうやってあれを掻い潜ったんだ?」


 エディゼートの小型願力誘導弾マイクロミサイルに追いかけられていたタブラはその一部始終を見ていないため知らなかった。

 するとエディゼートは何気ない様子で、


「高速でバックステップをして、四発同時に打ち抜いた」


「............は?あの速さのを?」


「うん。タイミングがずれてたら被弾してたけど、なんとか撃ち抜けた。昔のタブラのだったら簡単に撃ち落とせたけど、今じゃもう速くて無理だね」


 そうは言いつつも、エディゼートは超音速の誘導弾ミサイルを咄嗟の判断で撃墜してみせた。

 エディゼートの実力は十分知っていたはずだったが、この事実を聞いてタブラはより彼の底知れなさを痛感することとなった。


「......はぁ、おおよそ人の反射神経でできることじゃねぇぞ、それ。もはや変態の領域だ」


「ははっ、そうかもね。師匠もよくそんな感じで変態って言われてたし、ある意味光栄だよ」


「変態って言われて喜ぶのはなんだかなぁ......」


 そう言いつつ、徐々に工房へと近づいてきた。

 未だ興奮冷め止まないのか地上は喧騒に包まれており、いつの間にか第一工房からも人が来ていたのか人の数が増えていた。

 一同が見守る中、すると一番最初に駆け寄ってきたのはラーサとアイラだった。


「おーいエディー!どうしよう、やっぱりうちらってとんでもないものを作り上げちまったんだなぁ!」


 鼻息荒げに落ち着きのない様子でアイラがプラトーンを見上げていた。

 実のところ今回の性能試験は予定外のものであったが、待ちきれなかったのはエディゼートもアイラも同じ。予定よりも早く一同はプラトーンの実力を目の当たりにすることとなった。


「はは、そうですね。僕たちは数年ほど程しか開発に携わっていませんが、アイラさんにとっては生涯を全て捧げて作り上げたものですからね。百年越しの師の悲願を達成できたこと、本当におめでとうございます」


 そう言ってプラトーンは頭を軽く下げた。


「へへっ、まさか何十年も頓挫し続けたものがお前たちのおかげですぐに形になっちまうとは。誰の手も借りずに一人で工房に籠っていたのがバカみたいだぜ」


「ふふっ。昔のししょーって、だいぶ尖っていましたものね。あたしが弟子入りするまで、みんなししょーのことを今以上に怖がっていましたし」


 そんなラーサの一言に、先ほどまで機嫌が良さそうにしていたアイラは視線を鋭く刺すように後方の作業員らを睨みつけると、


「あぁん?なに!?今でもまだうちのことを怖いと思ってる奴がいるのかっ!?」


 すると集まっていた第三工房の作業員らは急に言葉を慎み首を大きく横に振って否定し始めた。

 普段の態度と現場での態度に違いがあるのは当然のものだ。だが誰一人として嫌な顔をしていないあたり、アイラには人を惹きつける何かがあるのだろう。


「まぁ、別に誰からどう思われていようがどうでもいいさ。それにしても、タブラ。あんたもだいぶ魔願加速砲レールキャノンを使いこなしていたじゃねぇか。高圧の一撃もいいが、弾幕を張るのもロマンがあっていいな」


「ははっ、そうっすね。でも、俺は青願だから速射でもある程度の威力を維持できますが、そうでない場合は結構威力が落ちると思いますよ」


 そう言ってタブラは手にした魔願加速砲レールキャノンを構えなおした。


 ラーサが開発したタブラ専用の魔願加速砲レールキャノンは、拡張装備による超高圧青願砲ブルーキャノンに加えて、人工脊椎による全自動魔願変換補助機能と蓄願結晶ディザストクリスタルによる大容量の弾倉マガジンが搭載されていた。さらにそこにタブラの青願が合わさることにより、速射砲の威力は高められる仕組みとなっていた。

 そのため通常版の魔願加速砲レールキャノンを搭載していたプラトーンでは速射をすることができなかった。


「ふむ。では速射のためには魔願加速砲レールキャノンに追加で蓄願結晶ディザストクリスタルの拡張弾倉マガジンを用意しないといけないな。フッ、まだまだ改良の余地はありそうだ」


「ふふっ、楽しみですね、ししょー」


 ラーサはアイラの肩に手を添えながらそう言った。


「あぁ、まったくだぜ。――よし、それじゃあエディ、早速だがプラトーンを固定台の位置に戻してくれ。エーディンはもう来てるし、なんとさらにもう一人来客がいるんだ」


「そうですか、わかりました」


 もう一人の来客が気になりつつも、エディゼートはプラトーンを元あった固定台へと向かわす。

 その途中だった。


「あ、エーディンだ」


「――やぁ、久しぶりだな」


 視界の隅、そこにはカイレンやエイミィたちと肩を並べてこちらを見上げる一人の男の姿があった。


 病弱と言えるほどの白い肌に鋭く見開かれた切れ長の青い眼、そして細身に高身長。白衣と黒のパンツそして革靴を身に着けた吸血族の男が、腕を組んで眼鏡越しに興味深そうにプラトーンを観察していた。

 身体的特徴は隣に立つ妹であるエイミィと同じく、尾に翼、そして先端が尖った特徴的な耳を有している。

 だがエディゼートとタブラの視線はすぐさま隣にいる人物へと向けられることとなった。

 そう、もう一人の来客というのは、


「えっ、――レイゼ学長?」


「えっ、学長が!?......ほ、本当だ」


 エディゼートとタブラが目を丸くして見る先、そこには差した黒い日傘から見上げる一人の女性――レイゼの姿があった。

 するとレイゼは小さく手を振ってみせると、


「やぁ、エディ、そしてタブラ。エディは昨日振りね、気になって来ちゃったわ」


 気品のある笑みを両者に向けてみせた。

 まさか来客が、グラシア・アカデミーの学長である『レイゼ・サフィリア』であるとはつゆ知らず、二人は歩みを止めることとなってしまった。

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