第14話 エーディンの、誰でもわかるかんたん説明会[1]
「それにしても、すごいわね。まさか龍と同じ大きさの兵器が空を飛ぶだなんて。ふふっ、その開発の一役を担った孫を持てて、私はとても誇らしいわ」
声音を少し上げたレイゼはそう言って孫であるエイミィとエーディンをそれぞれ一瞥した。その言葉にエイミィは気恥ずかしそうに笑みを浮かべ、エーディンはさも当然であるかのように表情を変えることなく眼鏡のフレームに指を添える。
そんなエーディンが続けて、
「俺もまさか、プラトーンがこれほどの性能になるとは予想だにしていなかった。いくら何でも往年の技術力とそれらからの成果物と比較して、この機体はあまりにも飛躍しすぎだ。正直、今でも現実が現実ではないように思えている」
そう冷静な面持ちで感想を述べると、何かおかしなことがあったのか隣にいるエイミィが少し含み笑いをして尾の先でエーディンの肩を小突いた。
「ふふっ、今のお兄ちゃんは冷静そうな振りをしているけど、おばぁちゃんと途中から来た時は遠くからずっと口を開けて子供みたいにはしゃいでいたよね?」
普段あまり見せることのないいたずらな表情を浮かべたエイミィが、エーディンの顔を覗き込む。するとエーディンの尾の先が動揺するように落ち着きなく動き出した。
「みっ、見てたのか!?......コホン。いや、誰だってあれを見たらそうなるに決まっているだろう。別に、俺はこいつらの前で冷静な性格を演じているわけではないぞ。......くっ、お前たち、気味の悪い顔で俺を見るなっ!特にエディ!機体越しでもまざまざとその憎たらしい顔が見えてくる!」
「え、何で僕だけ名指し?今日もいつもみたいに何もしてないのに......」
突如として名指しされ困惑の声を漏らすも、もはやこの流れは恒例行事。
エディゼートはこれといって貞操を過剰に乱すようなことをしてこなかったが、タブラやエーディンといった男性陣からいずれ本性を現すだろうと疑いの目を向けられているのだ。
「ほらほらお兄ちゃん、クールキャラが保てなくなってるよ。それにエディばかりに突っかからないで、こっちまで恥ずかしいんだから」
「......それもそうか。はぁ、すまない」
兄妹の仲睦まじいやり取りに微笑ましく見守る一同に、エーディンは先ほどまでの雰囲気を一転させて声を荒げ、そして再び冷静さを取り戻した。
白影工房の一員であるエーディンには、学生組最年長としての彼なりの面目とプライドがあるのだ。そんなエーディンは、公私の差が激しいという白影工房の特徴に漏れることなく当てはまっていた。
「はは、やっぱりエイミィってお兄ちゃんのエーディン相手だと、内に秘めしドS属性の片鱗が見えますよね」
「そう?ふふっ、そんなことないよラーサちゃん。別にお兄ちゃんのことをいじり甲斐のある可愛い人だなんて微塵も思ってないよ。私はただ、お兄ちゃんと普通に話していただけだから。ね、――わかった?」
「......あ、はい、すみませんでした。何だか物凄い圧力を感じたので、この話はここでおしまいにしましょう。はい、忘れてください」
「ふふふっ」
ラーサは自身より少し背の高いエイミィから乾いた不気味な笑みと圧迫感を向けられて、会話を半ば無理やり終わらせて身を引いた。
――エイミィだけは怒らせるな。これは白影工房に存在する暗黙の掟の内の一つだ。
この様子を終始眺めていた白影一同は何かを思い出していたのか、戦慄を覚えていた。
「......コホン。それでは、ここにいる皆さんには一度工房内に集まっていただきましょう。今日は新型の願魔獣についての解説と、願力特性を有する
エーディンはそう言うとまるでその場から逃げ去るように足早に工房内へと向かっていった。
その言葉に従うように、一同も各々動き始める。
「本当に簡単な説明、なのかなぁ?」
「さぁな。少なくとも、学の少ない俺たちはその範疇に含まれてない気もするが。はは」
「だねぇ」
カイレンとタブラは小言を言い合いながらとぼとぼと歩みを進めていった。
――――――
――場所を移して工房の作業場内。
龍化したタブラはそのままに、プラトーンから降りたエディゼートは可動式の黒板に白いチョークで図形を描きつけるエーディンを見た。図形は凄まじい速さで描かれているため、工房内にはカツカツとチョークが黒板に打ち付けられる連続音が響いていた。
周囲にはこれから始まる新型の願魔獣と新素材についての説明を聞こうと、先に並べられていた丸椅子に腰を掛けて関係者一同は待っている。
白影工房の面々が席を並べる場所にエディゼートが辿り着くと、
「おぉ、何だかいろいろと描かれてるけど、どれも立方体の中にもう一つ立方体があるね」
先に座っていたカイレンらに声を掛ける。
黒板に描かれている図形はそれぞれ正四面体、正六面体、正八面体、正十二面体、そして正二十面体。その中には各図形に対応させるように正四面体、正八面体、正六面体、正二十面体、正十二面体が内包されるように描かれていた。
「うん、そうだね。見た感じ、それぞれの図形には収まるのに丁度いい形がそれぞれあるみたい」
「これらは正多面体の双対関係って言うんだ」
エディゼートから見てカイレンを挟んだ隣のエイミィが答える。
「そうつい関係?」
「そう。正多面体の各面の中心を頂点とする立体は、いずれも正多面体になるんだよ」
しかし話の内容が頭で形にできなかったのか、カイレンは難しい顔をしてみせた。
「な、なるほど......?」
「ふふっ、さっそくカイレンが頭から煙が出そうな顔をしているけど、別に大したことじゃないよ。黒板に描かれたものを言葉にしただけ」
「うーん、まぁエーディンが図形を描いてくれているおかげでどういうものなのかはわかった。多分!」
声だけは元気よく張り上げるも、その不自然なほど晴れやかな笑みから何も理解できていないことが窺える。そんなカイレンの後ろに身を屈めるタブラも、難しそうな顔をしているが誰にも顔を見られることはなかった。
願術科に所属するカイレンとタブラは早くもこれからの話に億劫な気を抱くこととなっていた。
「......よし、描けた。コホン。――では、これより説明を始めたいと思います。質問がある方はそのその都度答えますので、遠慮なくどうぞ」
図形を全て描き終えたエーディンは説明会の開始を合図する。すると人々の話し声でざわついていた空間に静寂が訪れ、一同の視線が正面へと向かった。
数十人の前であっても緊張した様子を一切見せずに、エーディンは話しを切り出した。
「まず初めに。皆さんの中には知ってる方が多いと思いますが、先日の第二次ディザトリー奪還作戦その第一段階で新型の願魔獣の存在が確認されました。第二小隊が発見したのが、この
そう言ってエーディンは黒板に描いた図形を一つずつ指差した。
「依然として
――
このような新型の願魔獣が発見される事態は、有史以前より初めてのことだ。
「いずれの
するとエーディンは色の付いたチョークでそれぞれの図形の内部に斜線を引いた。
「ですが、目撃者の証言によると、
「......はい、あたしですか?」
突然質問を振られることとなったラーサは顔を上げた。
「あぁ。君はあの時、願力レーダーを用いていたはずだ。その時、非戦闘態勢の
「えーと、最初は無色と表示されていました。でも、途中からちょくちょく有色反応があったので、計器が故障したのかと思いました」
「そうか、質問に答えてくれてありがとう。――このように、現在の計器では事前に願魔獣が
そう言い切ると、エーディンは赤、青、黄、白のチョークを手にした。
「その方法の説明の前に、まずは現存する願力特性について確認していきましょう。先ほど質問に答えて頂いたラーサが保有する赤願、こちらは願力の結合力が最も強固であり、
するとラーサは空中に
身体に振れることなく
「次に青願。こちらはそこにいる白龍のタブラが保持する特性であり、願力の単位体積当たりの含有量と魔願変換効率に優れています。そして黄願。こちらは俺の妹であるエイミィが保持する願力特性で、願力の形状変化を最もしやすい特徴があります」
その性質を示すように、翼に金色の光を宿したエイミィは頭上に生成した正多面体の
白影工房の白影小隊全員は願力特性を有する者で構成されており、その中にエーディンは含まれていない。すなわち彼は無色である。
「以上挙げたのが、願力特性の三原色と呼ばれるものです。これに加えて、白願と黒願がありますが、その存在自体が稀有であり、願魔獣においては目撃情報すらないので今回は割愛します。――では、これより機器や装備のアップデートについてお話ししましょう」
エーディンはそう言うと、人々の視線が再び彼へと集中しだした。
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