第15話 エーディンの、誰でもわかるかんたん説明会[2]

「皆さんは、願力特性の混成というものをご存じでしょうか?今、その例を描きますので少々お待ちください」


 そう言うとエーディンは手にしていた色付きのチョークの側面を押し当てて、それぞれ赤、青、黄の帯を縦に描き、そしてそれらと交差するように横にも同じように帯を引いた。


 すると異なる色同士が重なった場所に新たな色が浮かび上がった。

 赤と青が重なる場所には紫色が、赤と黄には橙色が、そして黄と青には緑色が滲んで見える。


 エーディンはそれらを指差すと、


「今例を示した通り、実は願力特性というものは混合することが可能なのです。それぞれ新たに紫願、橙願、緑願と呼び、その性質は二種の特性を混合したものとなっています。これら特殊な願力特性、すなわち混成ハイブリッドと呼ばれる存在は、自然界では通常見かけることができません。ですが、近年南部諸国で行われた研究でこれらを生体に再現することが可能であることがわかりました」


 すると再び傍聴者らから騒めきが聞こえだした。

 彼らの常識として、願力特性は白影小隊の面々がもつ計五種類のみとされている。だが、新型の願魔獣の登場と、研究分野において厚い信頼のあるエーディンの言葉を聞いて何とか吞み込んでみせた。


「願力特性が混ざっている......。あの、お兄ちゃん」


 するとエイミィは挙手をした。


「質問か?」


「うん。もしかして、ラーサちゃんが使っていた生体レーダーが非戦闘態勢の双対型デュアルモデルの願魔獣を正確に識別できなかったのって、無色の願力と有色の願力が組み合わさった混成ハイブリッドだったから?」


 エイミィの考察に対し、一同は納得したように声を上げた。

 その予想が確かであれば、レーダーに表示された識別結果が変動する理由として説明がつく。

 するとエーディンは腕を組んで含み笑いをして、


「ふっ、さすが俺の妹だ。――その通り、実は非戦闘態勢の双対型デュアルモデルの願魔獣は、わずかながら青願の願力特性を含有していたのです」


「「「おぉ~!!!」」」


 予想が見事に的中すると、人々から感嘆の声がエイミィに向けられた。


「わぁ、さすがエイミィ!私なんて話についていくだけで精一杯だったのに」


 隣のカイレンが褒めるとエイミィははにかみながら尾と翼を揺らして、


「えへへ、予想が外れてなくてよかった。それにしても、最初は無色に見えるのに実は少しだけ有色を含んでいたり、途中から見た目が有色に変化するのはちょっと不思議だね」


「確かに、そうですよね。混在する願力の含有量を調整できるだなんて、その仕組みが気になります」


 研究者と技術者であであるエイミィとラーサは、早速新たに得た知見から次なる疑問を浮かばせていた。

 するとその様子を見ていたエーディンは、おもむろに胸ポケットから二枚の薄い結晶体を取り出してみせた。


「では皆さん、一度こちらをご覧ください。こちらに二枚の蓄願結晶ディザストクリスタルの薄板があります。おそらくですが、そのどちらも同じく白銀色に見えるでしょう」


 そう言ってエーディンは傍聴者らが見やすい位置に薄板をかざした。

 二つの蓄願結晶ディザストクリスタルの薄板は、確かにどちらも白銀色をしている。――だが、一人だけその言葉に疑問を浮かべる者がいた。


「おや、エディ。何か言いたげな様子だな」


 エーディンが視線を向ける先、そこには目を細めて二つの薄板を見比べるエディゼートの姿があった。

 エディゼートの視界の右側には、ほのかに淡く青が見えていた。


「うん。確かに遠くからだとあまりわからないけど、よく見たらエーディンの左手に持っている薄板が少しだけ青く見える。もしかして、これが無色と有色の混成ハイブリッドってこと?」


「......ほう、さすが願力視を有するだけあるな。――そう、実は俺が左手に持っている薄板は、無色と青願の両方の性質を持つ合成素材です。そしてこの双対型デュアルモデルの願魔獣の素材から作られた半導体、通称”セミコンダクター”と呼ばれるものこそが、俺がつい先日新たに開発した新型の蓄願結晶ディザストクリスタルなのです」


 そう言うと、人々の視線は更に薄板へと寄せられることとなった。だがどれだけ見比べようとも、一般人からしてみれば双方同じ白銀色の薄板だ。


「皆さんはまだこの半導体セミコンダクターがどのような性質があるか詳しくわからないでしょう。ではタブラ、この二つの薄板に願力を注いでみてくれないか?」


 するとエーディンはタブラのもとへと近づいた。


「いいぜ。――ほれ」


 タブラは爪の先から自身の願力を流し始める。

 二つの薄板が青白い光に包まれると、しばらくしないうちにエーディンは、


「もう大丈夫だ、ありがとう。――では皆さん、見ていてください。そろそろ変化が起きますので」


 するとエーディンが言った通り左手に掲げた薄板に変化が起きた。

 最初は双方白銀色の薄板に青い光を纏っているだけに見えたが、左手の半導体セミコンダクターは次第に薄板ごと色が青色に変化するようになった。


「「「おぉ」」」


 このようにして傍聴者らはようやく二つの薄板の性質の違いに気づくことができた。

 先ほどとは打って変わり、エーディンが左手に持つ薄板は光を失ってもなおその色を変えることはなかった。


「これが、双対型デュアルモデルの願魔獣が無色から有色に変化できる仕組みです。特定の願力を一定以上回路全体に流し込むと、その願力特性を反映させることができるのです。現在俺が開発したこの蓄願結晶ディザストクリスタルは片方の願力特性を強く発現させることだけが可能ですが、いずれ二つの願力特性を同時に発現させるように混成ハイブリッドさせた蓄願結晶ディザストクリスタルを開発してみせましょう。――では、一度説明パートを終わりにしたいと思います。皆さんそれぞれ話したいことがあると思いますので」


 エーディンは傍聴者らを気遣って、一度説明を切り上げることにした。彼らも意見を交わしたそうな面持ちでいたので丁度いい。


「......なるほどねぇ。フフッ、こりゃあまた面白れぇことができそうじゃねぇか」


 すると先頭で話を聞いていたアイラが興味深そうにそう言って腕を組んだ。


「つまり、その半導体セミコンダクターってやつの研究と開発が進めば、プラトーンが操縦者以外の願力特性を再現することも可能になるってことだろう?エーディン」


「はい、いずれはそのようなことが可能になるかと思われます。現段階では脊椎同期システムのように操縦者の願力特性を反映させることしかできませんが、機体に搭載された人工脊椎に特定の願力特性を再現できる機構が作れれば、いずれプラトーンは独自で願力特性を切り替えられるようになるはずです」


「おぉっ!そうすればより機体の性能を引き上げることができるぞ。先ほどの性能試験、あれはエディが全特性を兼ね備える黒願だったから出力を上げられたところがあるからな。無色が操縦することを想定すると、パーツごとに願力特性をいじれるようになればより性能を引き上げられそうだ」


 さすが第三工房長だ、アイラは早速この先の展望を見出していた。

 プラトーンは確かに自身の願力量を大幅に引き上げることができる魔法の鎧だ。だが依然として機体は操縦者の生体情報を同期させるため、その性能は操縦者の願力特性の有無に左右されやすい。

 しかしエーディンが開発と研究を進めている半導体セミコンダクターは、この問題の解決策として将来重宝されることとなるだろう。

 そんな彼女らの話を聞いて気付いたことがあったのか、一帯は再び話し声に包まれだした。


「最新の戦闘機に、最新の蓄願結晶ディザストクリスタル。はぁ、俺はまだプラトーンの設計図すら貰ってねぇのに、もう次の段階の話をされているのか」


 今日初めてプラトーンが飛ぶ姿を見たアズラートは溜め息混じりに腕を組んだ。


「ハッ、でも安心しろ。今のプラトーンを無色が操縦しようとも、十分な性能を引き出せることに違いはねぇから。一応、アズがすぐに量産体制を整えられるように設計しておいたからな。......それと、実は第二工房に金型の一部と設計図を既に手配しているってのは、言った方がいいか?」


「なっ!?アイラお前っ!俺の審査無しにそんなことをしたのか!?......はぁ。この後すぐ俺に機体の設計図をよこせ。一応念のため確認する」


「へへっ、話が速くて助かるぜ。というか、プラトーンの量産は決定なんだな」


「俺に黙って手配をしておいて今更何を言ってるんだ。まぁ、あれは間違いなく歴史が動く傑作だ。現在行われているディザトリー奪還のためにも、戦力を増強できるものならなんだって作ってみせるさ。実用的にな?」


 そう言ってアズラートが腕の側面で小突くと、アイラは頭を傾けて小突き返した。


「ハッ、そうかい。実用的に、な。そっちは頼んだぞ、うちは更なるロマンを追い続けるから」


「あぁ、わかったさ。くれぐれも、俺の顔を忘れないように量産機の改良をするんだぞ?」


「量産機はな。ハッ、そうじゃねぇ奴はとことんやるさ」


 まるで悪だくみをする子供のように、アイラとアズラートの表情には無邪気な笑みが浮かんでいた。

 今ある最新鋭の戦闘機もいずれ旧型になる。アイラは常に先を見据え、アズラートは常に今を見据えていた。この二人を筆頭に活動している各工房は、ある意味バランスのよく取れた構造になっていた。


 その一方、白影工房の面々はというと。


「え、えーと。双対型デュアルモデルに、混成ハイブリッド、それとせみ......」


半導体セミコンダクターだね。ふふっ、新しい言葉がたくさん出てくると難しいよね」


「うん。うぅ......」


 カイレンは難しそうな表情をして頭を揺らしているものの、なんとか今日の話で出てきた新たな言葉を覚えようとしていた。

 一方でカイレンとタブラを除いた他の面々は特に難なく今日の話を吞み込んでいたのか、更なる可能性について考えを巡らせていた。


「ラーサの魔願加速砲レールキャノン半導体セミコンダクターを組み込んだら強そう。青願と赤願を組み合わせたら、威力と再充填リロード速度が格段に上がるだろうね」


 青願による瞬間的な爆発力と、赤願による継続的な威力の補強。現在ではそれらを完全に混成ハイブリッドさせた紫願を再現することはできないが、それと同等のことができることをエーディンは示していた。


「おっ、エディもそう思いますか?私もこの話をエーディンから聞いた時はそのように考えていました。いくつか開発をしないといけない機構がありますが、それが出来上がれば間違いなく今よりもずっと性能がアップしますね」


「ははっ、そう聞くと何だか僕までわくわくしてきた」


「あたしもです。でも、これからやらなくちゃいけないことが山積みですね。まずは王国軍の総司令部に認可してもらわないと。まぁ、これは第二王子のおかげで何とかなりそうですけど」


「それに加えて、プラトーンを量産するためにはまずたくさんの願魔獣の素材が必要だから、本格的にディザトリー戦線に赴かないとだね。そろそろ学校が始まっちゃうけど」


 今は長期休校期間であるため学生であるエディゼートらは自由に行動ができていたが、講義があるためそれらに出席しなくてはならない。

 だが、その話を遠くから聞いていた一人の吸血族がおもむろに口を開いた。


「――ふふっ、どうやら時間がなくて困っているらしいわね」


「うわっ、レイゼ学長。いつの間に隣にいたのですね」


 レイゼは音もなくエディゼートの隣に現れたと思いきや、実は単に両者の体格差が引き起こしたものだった。

 そんな恒例のやり取りを終えると話は早速本題へ。


「いいか、お前たち。私が今日ここに来たのは、何も興を満たしに来たわけじゃないのよ。学生であるお前たちに、とある特別措置の紹介をしに来たの」


「特別措置、ですか?」


「ええ。知っているかしら、この学園を早期卒業するための要件を」


 その問いに白影一同は顔を見合わせた。


「えーと、確か学園外部の組織で一定以上の成果と評価を得られればいいんだったよね?」


 エイミィがそう答えるとレイゼは頷いて、


「そう、その通りよ。今回のディザトリー奪還作戦は北部の魔願術師マギフィアド協会と王国軍の総司令部によって行われている。先日の双対型デュアルモデルの討伐の件も十分な成果と評価に値するけど、お前たちをこの程度で卒業させるつもりはないわ。ふふっ、最終的に早期卒業を認可する印を押すのは私だからね。――では、それを踏まえてどうする?」


 まるで白影一同を試すような視線を送り、レイゼは口を閉ざした。

 もう一度彼らは顔を見合わせるが、今度は白影小隊の隊長であるエディゼートへと視線が集中している。


「どうする?エディ。まぁ、答えは既に決まっていそうだけど」


「うん、カイレンの言う通り、もう答えは決まってる。――一度白影工房であることを忘れて、白影小隊として僕たちの手でディザトリーを奪還しに行こう。新型の願魔獣が出てきたせいで、少し戦場の様子が心配になってきた」


 エディゼートは覚悟を決めてそう宣言すると、一同は納得したように頷いてみせた。

 白影工房の活動における第一目標であるディザトリー奪還。今まで自身らが戦場に赴かなかったのには理由があった。


「初めは北部の魔願術師マギフィアド全体の戦力を強化するために、僕たちは戦力としてじゃなくて兵器の開発提供者として活動しようと思ってたけど、こればかりは予定変更。プラトーンの更なる改良のためにも、皆でたくさん願魔獣をぶっ倒す方が良さそう。......どうかな?」


 全員の顔色を窺うも、先ほどと変わらず不満を抱く者は誰一人としていないようだった。


「私が反対すると思う?ふふっ、私はエディに負けて、エディを知ったそのときから一生付き添うって決めてるんだもの」


 そう言ってカイレンは賛成の意を示した。


「私も行くよ。私やお兄ちゃんの研究がもっと進められれば、助かる人の命が増えるはずだからね」


「あたしも同じです。散々馬鹿にされてきたししょーの名誉挽回も兼ねて、ひと暴れしてやりたいです」


「......あ、俺の番?まぁ、断る理由なんてこれっぽちもねぇよ。エディだけじゃなくて、俺も親父の敵討ちがしてぇからな」


「だってさ、エディ。私たちは全員ディザトリー奪還作戦に参加することに賛成だよ」


 カイレンの言葉を最後に、白影小隊全体の意見がまとまった。誰一人としてディザトリー戦線に赴くことを拒否する者はおらず、全員が戦う理由を持ってエディゼートについていくことを選んだ。


「ということです、レイゼ学長。僕たち白影工房もとい白影小隊は、ディザトリー奪還に向けて戦場へ赴きたいと思います」


 白影一同の視線を浴びてレイゼは頷き、


「うむ、わかったわ。でもこれだけは守ってちょうだい、くれぐれも命だけは落とさぬように。何事も命あってのことだからね」


 長い時を生きるレイゼだからこそ、その言葉の重みが感じられる一言だった。


「はい、わかりました。でも安心してください、僕たちは運すらも引き寄せられる実力を持っていますので、何があろうとも必ずや全員揃って生還してみせます」


「運すらも、ね。ふふっ、昔クロムが言っていたこととまったく同じだわ」


「そう言えるよう、僕たちは過酷な訓練を積んできたので」


 汗を流し、血を流し、眩暈を引き起こすほど集中し、それでもエディゼートは師を超えようと日々の鍛錬と研鑽けんさんを積んできた。

 そして、強さとは単に身体技能だけでなく、幅広い知見や経験をもとに行動を選択できる思考力であることをエディゼートは師から学んでいた。

 自信をもってレイゼにそう言えたのは、そのような背景があるからだ。


「本当に、頼もしい限りね。では、提案を呑んだということで明日から本格的に手配の方を進めていくわ」


「ありがとうございます」


「さて。私は用事が済んだから、ここで学長室に戻るとするよ」


 するとレイゼはおもむろに立ち上がった。その様子を離れた場所から見ていたエーディンが、


「あれ、ばぁちゃんもう帰るの?」


「うん、用が済んだから私は先に帰るよ。行きみたいに送らなくて大丈夫、飛んで帰ればすぐだからね」


「そっか、気を付けてね」


 エーディンが手を振ると、レイゼは白影一同に小さく手を振って畳んだ日傘を手にして外へと向かっていく。

 すると折り畳まれた翼を大きく広げると、その両翼には”漆黒”が揺らぐように宿った。それはある意味最も身近な色であった。


「では」


 次の瞬間、翼を一度はためかせたレイゼは普段の気品ある言動からは想像もできないような速さで飛翔し、突風と風を切る音を残して飛び去ってしまった。

 その様子を、唖然として見るのは白影一同だけではなかった。


「......マジか、レイゼ学長って今であってもあんなに速く動けたんだ」


「ハッ、さすがキティーダ大陸を守り抜いただけはあるぜ。長命であるうちでもびっくりだ」


 アズラートとアイラが視線を向ける先には既にレイゼの姿はなく、網膜に焼き付いた漆黒の残光が跡を残しているだけだった。

 ――存命する最後の初代英傑、”黒願の吸血姫-レイゼ・サフィリア”は、その威光を示すかのように跡形もなく飛び去って行った。

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