第16話 変態王子とプラトーン[1]

 ――その後再びエーディンの話が再開することとなったが、説明パートは大方終了していたため今後の各組織ごとの活動方針について話し合うことになった。


 その結果、白影小隊はディザトリー奪還作戦への参加と、願魔獣の討伐そして素材の確保を。プラトーンの認可申請は白影工房が総司令官である第二王子のもとへと出向いて直接申請することに。第一工房は認可が下り次第大型の生産工場が設置された第二工房と連携してプラトーンの製造へ。そして第三工房はエーディンと共同で新素材の開発を進めることとなった。


 エーディンの説明会も終盤となり、締めくくりの言葉を述べる段階へ。


「今はまだ、全てが始まったばかりの段階です。まずはプラトーンの認可、そして量産体制の準備に取り掛かり、最終的に大陸北部の軍事力を強化できるように一同連携して作業に取り掛かりましょう。では、これにて俺の話を締めくくろうと思います。皆さん本日は集まっていただきありがとうございました」


 エーディンが一礼をすると、傍聴者らから拍手が送られた。


 そう長い時間話をしていたわけではなかったが、新たな概念や用語などの説明が話の大半であったため、一同は少しばかりの精神的疲労感を覚えていた。


「お疲れ様、お兄ちゃん」


 エイミィが声を掛け、黒板に描かれた図形を綺麗に消していく。


「あぁ、ありがとう。徹夜で準備をしていたから今すぐにでも寝たい気分だ」


 そう言うエーディンは疲れ目からか目元に微かな眠気が見られた。


「ふふっ、たまには拠点に帰ってゆっくりするのもいいと思うよ」


「そうだな、実験も一段落してきたところだ。今日は久々に風呂にでも浸かるとするよ」


 その一方で、工房の関係者らは話しが終わると慌ただしい様子で各々の作業を再開し始めた。

 アイラはアズラートにせかされるように工房の奥へと向かわされ、その他の作業員らはプラトーンの整備に取り掛かっていた。

 少しばかり日が傾き、工房の外に出た白影一同は差し込む西日に目を細め、カイレン軽く伸びをした。


「くぁ~!やっと動けた」


「俺も、いちいちこの装備を着脱するのは面倒だから少し窮屈だったぜ。まぁ、これからまたこの装備を第一工房に戻して人化しないといけないけど」


 タブラは依然として拡張装甲を身に着けたまま。


「ってことで、俺は先に行ってくる。また拠点でな」


 そう言うとタブラは身を屈めて跳躍し、そのまま第一工房のある方へと飛び去ってしまった。

 残された一同は手を振って見送ると、作業のあるラーサを残して拠点へと戻ることにした。




――――――




――世界標準歴1212年3月27日――


【トーステル王国首都レフコトブロの王宮にて】


 ここは白影工房の拠点がある港町シェフターレから北西に位置する、白石造りの城塞都市レフコトブロ。

 先進的なグラシアと比較してその街並みは歴史を感じるものがあり、統一された景観から観光地としても有名だ。

 街中にはいくつもの水路が整備されており、この都市での主な交通手段は定期回船と馬車となっている。

 巨大な城壁に四方を囲まれたレフコトブロの街並みを見下ろすように、小高くなった奥地には白を基調とした城が建てられていた。

 その一角、制服に身を包んだカイレンは鞄を持って一人王宮内へと足を運んでいた。その表情に一切の緊張はなかったが、どこか最初から気が滅入ったようにため息を吐いていた。


「はぁ、ここに来るまで何度口説かれたんだろう......」


 透き通った空色の瞳に、薄ベージュの柔らかな髪、そしてすらっとした華奢な体格。カイレンはこの国における美しい女性像の特徴そのすべてに当てはまっていた。

 王宮内で見かける白を基調とした高貴な衣服をまとう人々も皆、カイレンと同じ髪色をしている。この薄ベージュの髪色はトーステル王国に古来より住む人々の特徴であり、同時に純血であることの証明でもあった。

 とりわけ純血を好む貴族階級の男性の間では、カイレンはまさしく突如として現れた美しい一輪の白花のように見えるのだろう。


 こうしてようやくカイレンは目的の場所に辿り着いた。

 重厚な扉の前に立つと、一度深呼吸。

 ノックをし、そして。


「執務中失礼します。カイレン・ゾーザナイトです」


 そう一言伝えると、すぐさま扉の奥から足音が聞こえる。

 扉が開くと、部屋の中から髭を生やした初老の執事がカイレンを出迎えた。


「お待ちしておりました、カイレン様。どうぞこちらへ」


「失礼します」


 短いやり取りの末、カイレンは執務室へと足を踏み入れる。そして壁に備え付けられた本棚に本を戻す、一人の男の姿を見た。

 後ろで一纏めにされた薄ベージュの長い髪は入念な手入れをされているからか絹のように滑らかで、横顔から覗く透き通った水色の瞳と端整な顔立ちからは気品が溢れている。

 身に纏う純白の軍服を着こなした長身の美男は、来客であるカイレンの到着に気付くとそのまま振り向く。


「殿下、お客人がお見えになりました」


「ご苦労。では一度下がってくれ」


「かしこまりました」


 そう言って男は早々に退出を命じると、執事は首肯の後扉の外へと出て行った。

 扉が閉まる音が響くと部屋の中には男とカイレンの二人だけ。


「......」


 その静けさに不気味さを覚えるカイレンの視線の先、男がゆっくりと歩み寄ってくる。

 一歩、また一歩と。徐々に近づいてくる男を前に、警戒の色を隠さないカイレンは片手で鞄を強く握り締めた。

 そして男はカイレンの前に立ち止まる。


「............――フッ」


 するといきなり片膝をつき晴れやかな顔つきで見上げるやいなや手を取って、


「――カイレン。あぁっ、愛しきカイレンよッ!相も変わらずなんと美しいことであるか!私と君が巡り合えたことはきっと運命の導き。だからどうかッ、どうか今度こそ私の手を取る気に――」


「なりませーーーーーーーーーーんっ!!!!!」


「ぐあーーーーーーッ!!!!ぐはっ!!」


 手を振り解き、鞄を両手で握り締めたカイレンの豪快なフルスイングが男の顔側面に直撃。

 そのまま勢い良く横へと吹き飛ぶと、壁に頭部を激突して力なく倒れ込んだ。

 その容赦ない一撃は、並大抵の人間であれば気絶していてもおかしくない程の威力だ。だが、その程度でくたばるほど王国軍の総司令官であるこの男は甘くなかった。


「......フッ、フフフッ。この力、この痛み。あぁっ、これこそまさにカイレン!私をこれほどまでに無下にあしらうのは君だけだッ!」


 衝撃によって身悶えをするも、男は恍惚の眼差しをカイレンに向けて微笑んでいる。その不気味さはそこはかとなく、恐怖すらも覚える異常さを感じざるを得なかった。

 現にカイレンは王族である男を、この世のものとは思えない下賎な者を見るような目つきで見下している。


「......」


「あぁ、その冷酷な視線も愛おしい。どうして君はそれほどまでに美しいのだ。美しいからカイレンなのか、カイレンだから美しいのか。きっと、私には生涯をかけてもわからないのだろう。あぁ、心なしかこの空間に香しい花の香りが......」


 一人盛り上がる男をよそに、カイレンは距離をとるように客人用の席へと腰を掛けた。


「はぁ、ラグニア殿下。私は茶番をしにここに来たわけではございませんよ?」


 不機嫌を装って背もたれに深くもたれかかると、カイレンは呆れたようにため息を吐いた。

 するとラグニア第二王子は拗ねたように唇を尖らせ、


「茶番などではないぞ。私の愛を包み隠さず伝えたのだ、その言い方は適切ではない」


「ではもう少し包んで慎んで頂けますでしょうか。殿下にこのような趣味があるとはいえ、私もこのような無礼をしたくないので」


「おぉ!そうすればいずれ――」


「未来永劫あり得ませんっ、私には既に心に決めた人がいますので。王族という立場を利用したって、私が屈することはありませんからね?」


 男の一切を受け付けないカイレンの姿勢に対し、ようやく男は諦めたように立ち上がった。


「チッ、あのエディなんたらという無愛想で忌々しい変態男め。......今日は珍しくいないと思っていたが、カイレンの心をすでに篭絡していたか」


 露骨に悪態をつくラグニア王子。


「聞こえていますよ、殿下。連日の激務でお疲れなのはわかりますが、早いこと新兵器の認可についての話し合いに移りましょう」


「......ふむ、それもそうであるな。はぁ、私としたことが疲労が顔に出ていたか」


 ポケットから取り出した手鏡を使ってラグニア王子は身なりを整え始めた。


「いいえ。相変わらず、その美貌だけはご健在ですよ」


「......そうか。ははっ、相変わらず君は私の扱いというものをきちんと心得ている。当然、私が美しいことは自明の理であるがなっ」


 両者席に着く。

 この一連の流れはもはや恒例のアイスブレイク。王国軍の総司令官であるラグニア王子にとって、激務続きの中の数少ない楽しみでもあった。

 だがこの楽しみこそが道中のカイレンが吐いていたため息の主な原因でもあり、当然カイレンにとっては気味の悪いだけという面白味も何もない茶番に過ぎなかった。


「では、早速だが聞かせてもらおう。――今日は一体どのようなもので私を驚かせに来たのだ?」


 先ほどまでの生温かな笑みとは一転し、ラグニア王子は手を組むと凛とした表情でカイレンを見た。

 するとカイレンの表情から不機嫌さが消え、いつも通りの親しみやすい顔つきに戻った。


「はい、本日私が認可申請を行いたいものはあちらにございます」


 そう言ってカイレンは扉の奥、外の方に手を向けた。

 この屋敷からは街中に建てられた騎士団の訓練施設を眺めることができ、その内の一つに巨大な闘技場があった。翼龍がある程度自由に飛び回ることのできるほどの大きさの闘技場は、このレフコトブロの名物の一つでもある。

 すると突然のことに理解ができない様子でラグニア王子は眉をひそめ、


「部屋の外だと?ここには持ち込めないほどのものなのか?」


「はい、ですのでそちらの窓から闘技場をご覧になってください」


「......ふむ、わかった」


 ラグニア王子はおもむろに立ち上がり、窓の外を眺めようと扉を開けて廊下へ。

 そのまま窓の外を覗き込む。

 ラグニア王子の眼下、闘技場の上部には拡張装甲を装備し滞空する一体の白龍の姿があった。


「鎧を纏う白龍。確かこれは先日の奪還作戦の際、君たち白影小隊の一員が装備していたものであるな?」


「はい。ですが本日ご紹介したいのはこちらではございません。そのまま奥の方のゲートをご覧になってください」


「ふむ、どれどれ。......ん?なんだあれはっ!?」


 ラグニア王子が目を見開いて見据える先、闘技場内の選手が入場するゲートに黒い鎧を纏った巨人が姿を現した。

 翼龍が余裕を持って通行できるように設計されたゲートと比較すると、その高さは大型龍に匹敵するものであることがわかる。


 そしてついにその全貌が露わとなった。

 人型のボディに搭載されたのは何枚もの装甲が重ねられてできた人工の翼と尻尾。全体的に黒を基調とし、表面は磨き上げられた鎧のように艶やかな光沢を帯びている。

 動きそのものは正しく生物のようであったが、おおよそ生物らしき特徴が見当たらない。そのことがラグニア王子を惑わすこととなった。


「巨人?いや、翼と尾がある。だがあれは人工物か?カイレン、あの鎧の龍人が新兵器というやつなのか?」


 ラグニア王子は落ち着きなく早口でそう言った。


「はい、その通りでございます。ですが驚くのはこれからです。どうかそのまま、一度深呼吸をなさってください」


「あぁ」


 言われるがまま、窓の外に視線が釘付けにされた状態でラグニア王子は息を整える。

 依然として鎧の龍人は闊歩を続けるかに思えた。だが次の瞬間、


「なにっ、翼に黒光が宿っただと!?まさか、飛ぶつもりとでもいうのか!」


 闘技場の地面は次第に砂埃が立ち込め、それに合わせて龍人は背面から小銃型の兵器を取り出して構えた。


「あぁっ、奇天烈第三工房は一体どのようにして私を楽しませてくれるのかっ!」


 その表情に困惑が残るものの、ラグニア王子は目を輝かせてその様子を見守った。


「ふふっ、ではご紹介させていただきます。こちら、国営第三工房並びに白影工房が共同で開発した、空飛ぶ人工の龍騎士。願力駆動式拡張型戦闘機『DEF-01-プラトーン』でございます!――それじゃあエディ、お願いね」


 カイレンはブレスレット型の通信機に声を当てる。するとすぐに返事が、


「――『了解。それでは殿下、どうかプラトーンの勇姿をご覧になってください』」


「げっ、まさかあれに君が乗っているとでも言うのか!?あぁまぁいい、とにかく私にその勇姿とやらを見せてみろ!さぁ早く!」


「――『かしこまりました。――では』」


 翼に滲む黒光がより鮮明に満ち、機体表層部の回路により黒い模様が浮かび上がる。


「くるぞ......、くるぞ......っ!」


 身を屈め、翼を存分に広げ、そして――、


「――『プラトーン、テイクオフ!』」


 掛け声は跳躍と同時、龍騎士は天中に吸い込まれるように急上昇。翼部に発生した浮力を一身に空を突き抜けていく。


「おぉっーーーーー!!!飛んだ、飛んだぞーーーーっ!!!」


 その様子を前に廊下中にラグニア王子の歓喜の声が響き渡る。

 その間も上昇を続ける機体は瞬く間に上空の白龍を超えて雲間へ。


「しかし何と速いことだ!もう雲が届く場所にっ、どこまで行こうというのだ!」


 ものの十数秒でその姿は雲の中へと飲み込まれる。

 その行方を追おうとラグニア王子は窓を開け放って身を乗り出した。

 すると上空、雲を吹き飛ばすほどの勢いで下降と旋回飛行をする龍騎士が姿を現す。

 まるでその姿を存分に見せつけるように滑空すると、そのまま闘技場上空に吸い込まれるように落ちていった。


「あぁ、何が起きているのかまるでわからぬ!カイレンよ、あれは全て人が乗り込んで操縦しているのか?」


「はい。ですがこの飛行機能はプラトーンの機能の一つに過ぎません。これから順を追って説明させていただきますので、どうぞお楽しみください」


「承知した。あぁ、しかし何と優雅だ。私の興が満たされていく」


 一人興奮冷め止まないラグニア王子を前に、カイレンは清々しいほどの営業スマイルを浮かべてそう言った。

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