第17話 変態王子とプラトーン[2]

「......いや、しかし。――ここで説明を聞くのもいいが、辛抱堪らん!今すぐ闘技場へ場所を移そう、早くあれを間近で目にしたい!さぁさぁ、荷物を持って、さぁ」


 恐ろしく身軽な動作。

 自身が高貴な身分であるのにもかかわらず、ラグニア王子は部屋からカイレンが持ってきた鞄を手にしてそのまま手渡した。

 言葉を返す隙すらも作らないラグニア王子の前に、気づけばカイレンは窓の方へと手を引かれエスコートされていた。


「ちょっと、殿下!まさか、窓から直接飛んでいこうとしてますか!?」


 その背中には青い顕願ヴァラディアの翼が生成されており、今にも羽ばたかんと光が満ちていた。


「ん?そのつもりであであるが。あぁそうだ、よければ私が君を抱きかかえよう。――さぁ、おいでなさい」


 まるで優しく包み込むような柔らかな声音と表情で呼びかけるも、相手がカイレンであれば逆効果に。


「ひぃいっ!!!も、申し訳ございませんが、お断りしまーーーすっ!!!」


「あぁっ、待ってくれ!カイレーーーンッ!!!」


 差し出された手に見向きもせず、カイレンはすぐさま顕願ヴァラディアによって翼を生成しそのまま逃げるように窓辺から飛び立っていった。

 その後を追いかけるようにラグニア王子も軽やかに跳躍して、二人は闘技場を目指した。




――――――




 レフコトブロの闘技場上空。

 一体どんなことがあったのかわからないが、滞空するエディゼートらは大急ぎでこちらに飛来するカイレンの姿を捉えた。その後方、青願の特性を活かしたラグニア王子が凄まじい速度で追いかけてくる。


「――『......なぁ、どうして二人は追いかけっこをしてるんだ?それに当初の予定とだいぶ違うことになっているような』」


 操縦席内、エディゼートの耳にタブラの呆れたような声が聞こえてくる。

 カイレンは必死な様子だが、一方でラグニア王子は何とも楽し気な様子で後を追っていた。


「......やっぱり僕も行くべきだったかな?」


「――『ハッ、そうかもな。でも、こっちの方が逆に交渉しやすいことに違いはねぇかもな』」


 すると二人の掛け合いの最中、少しずつカイレンの悲鳴にも近い声が聞こえてくる。


「エディーーーー!!!タブラーーーー!!!」


「あぁっ、近くで見ると何と素晴らしい!この重厚感が堪らんッ!」


 悲鳴と歓喜の声が同時に響く。

 エディゼートの脳内に送りこまれる映像の中に、こちら側に一直線に突っ込んでくるカイレンとラグニア王子の姿が映っていた。

 特に何か行動を起こすわけでもなく、エディゼートはプラトーンをその場に滞空させたまま。

 するとようやく両者は声の届く距離まで近づいた。


「お疲れ、カイレン」


 プラトーンの頭部あたりで滞空をするカイレンに声を掛ける。


「はぁ、はぁ。王宮にいるときからずっと寒気がしてたぁ......。でも殿下の興味を惹きつけることができてよかったよ」


「ははっ、この機体を見て興味が湧かない人はいないよ。それに下の方を見て、たくさんの人が物珍しそうに見上げてる」


「本当だ」


 闘技場の使用許可を取ってはあるものの、プラトーンは龍として申請していたため監守含めて目を丸くして上を見上げている。

 徐々に人だかりができ始めるもラグニア王子は一切気にする素振りもなく、


「あぁ、カイレンよ。この鎧は一体どのようにして浮かしているのだ!それに動力源は願力であるのだな?何でもよいから早く私に説明をしてくれぃッ!」


 今、この男が何も手につかない状態であることは確かだ。もはや第二王子や総司令官としての威厳など皆無だった。


「はぁ、かしこまりました。――エディ、予定とだいぶ違うことになっちゃったけどいいよね?」


「うん、もう何でもいいや。――では殿下、ここで話をするのも何なので一度地上に降り立ちましょう」


「あぁ、了解した!」


 自身の立場や年齢などもはやどうでもよいくらいに、プラトーンに心酔しきってしまったラグニア王子。

 当初エディゼートらが予定していたことと大幅に進行がずれてしまったが、ラグニア王子に一度熱が入ってしまってはどうしようもできないことを彼らは知っていた。

 こうしてエディゼートらは一度地上に降りることにした。



――――――



 プラトーンは地上に降り立つと機体の吸気音と駆動音が静かになり、それと同時に胸部装甲が開放される。


「おぉっ、開いたぞ!」


 ラグニア王子はプラトーンの一挙手一投足を見逃すまいと逐一動きに反応している。

 エディゼートとの接続が切れると機体は黒色から白銀色へと変貌し、脱ぎ捨てられた鎧のように沈黙した。

 平時では自由解放されている円形の闘技場の観覧席には物珍しさからか人が集まりだし、周囲は少しずつ喧騒に包まれていく。


「人がだいぶ集まってきたな」


「そうだね、タブラ。でもこの状況は僕たちにとって丁度いい宣伝の場になるはず」


 操縦席から降り立ったエディゼートはそう言って周囲を見渡した。

 すると闘技場の入り口、二つの人影がこちら側に向かって歩みを進めているのが見える。


「おーい、みなさーん」


 ラーサが大きく手を振っている。その後ろにはエイミィが後を追うように歩いていた。


「あっ、ラグニア殿下。お久しぶりです」


 その所作にぎこちなさがあるものの、ラーサは尾と翼を広げながらゆっくりと振って会釈をした。


「おぉ!これはこれはラーサ達まで。白影工房の面々が勢ぞろいではないか」


 上機嫌なラグニア王子に対してエイミィも会釈をする。


「お久しぶりでございます、殿下。連日の激務でお疲れの中、私どものために貴重なお時間を割いていただき、心より感謝申し上げます」


 気品のある振る舞いをするエイミィに対し、ラグニア王子はえみ笑みを浮かべながら、


「あぁ、エイミィよ。そんな堅苦しい言葉はよしてくれ。今の私は最高に心が躍っているんだ、ここは立場ではなく一人の慣れ親しんだ軍師として接してくれ」


「そうですか。では、そうさせていただきますね」


「うむ。やはりその笑顔の方がとてもよく似合っている」


 カイレンとの対話と比較して、エイミィとの会話では非常に紳士的に振舞うラグニア王子。その様子をこれまた下衆を見るような目で見つめるカイレンに、エディゼートは同情から肩にそっと手を添えた。

 するとカイレンは呼吸を整えるように一度深呼吸をして、


「ふぅ。――では殿下、早速ですが私からこちらの機体、プラトーンについて説明をさせて頂きます。ラーサ、マイクはある?」


「はい、こちらに」


 そう言ってラーサは手持ち型の小型機器をカイレンに手渡した。


「あ、あ、あ。よし。――では、ここにいる皆さんもよろしければ私の話を一緒に聞いてください」


「では頼んだぞ、カイレン」


「かしこまりました」


 一同の視線が自身へと集まるのを感じると、カイレンは続けた。


「私たち白影工房と国営第三工房は、トーステル王国の軍事力拡大のため、日々新兵器の開発に取り組んできました。今、こちらの青年が装備している新型の人工龍尾はその一つになります」


 カイレンの言葉に合わせてエディゼートは群衆に見せつけるように人工龍尾を動かしてみせた。


「有史以前より龍の強大な力に強い憧れを抱いてきた人類は、このように新たな装備を開発し、その力を再現しようとしてきました。ですが、そこには人と龍の埋められない絶対的な差がありました。それが、体の大きさです」


 今度はタブラが体をぐいと起こして翼を広げてみせた。その大きさは翼を格納したプラトーンと比較しても大きく、到底人一人が立ち向かえる存在ではないことがわかる。


「人と龍に共通して、大気中の魔力を願力に変換させる魔願変換は、全て脊椎で行われます。そのため脊椎から延びる尻尾や翼の有無や体の大きさは、攻撃力に直結する願力量に大きく影響してきます。そこで、一つの考えが浮かびました。――南部諸国と違い、自らが龍にならずとも、龍を人の手で作り上げてしまえばよいのではないかと」


 カイレンが手を向ける先、そこにはプラトーンの姿があった。

 特殊な形状をした人型の鎧のような外部装甲が機体の大部分を占めるものの、翼や尾、頭部の角といった龍の特徴が散りばめられているプラトーンは、正しく龍であった。


「驚くことに、この計画は百年前から密かに存在していました。そう、最初の考案者は約四百年前に今の人工龍尾の原型を開発した稀代の天才発明家、『トナキ・キリガサ』なのです」


「なにっ、そうだったのか!?」


「はい、そうなのです」


 ラグニア王子だけでなく、群衆からも驚愕の声が聞こえる。


 ――この国の歴史を知る者において、彼の名前を知らない者は少ないだろう。

 様々な人龍戦争や、全世界を襲った願魔獣の大侵攻において、彼が考案した戦術や発明品は多大なる貢献を果たした。

 そんなトナキの最後の弟子に当たるのが、ラーサの師であるアイラだ。アイラはトナキの死後、一人孤独に何十年間もの生涯を費やしてプラトーンを動かすのに必要な機器を地道に作り上げてきた。

 アイラも師であるトナキに似て、形が確立するまでは世に公表しない職人気質があった。そのため百年間プラトーンの開発が公にされることがなかったのだ。


「しかし、彼は無念にも機体を完成させることができないままその生涯を終えてしまうことになります。ですがその意思は彼が所属していた国営第三工房の現工房長であり、最後の弟子でもあるアイラ・スピルネルに引き継がれ、何十年もの間開発が進められてきました。その最中、私たち白影工房はこの計画の存在を知ることになったのです。では今一度、こちらの機体をご覧ください」


 一同の視線がプラトーンへと移る。


「私たちがこの計画を知った当初、機体を構成している素材は非常に重く、そして願力を生み出し機体に蓄える性能が著しく低いものでした。ですが、私たちは願魔獣の素材を利用した新素材を開発することでこれらの問題を解決してみせました。――と、大まかな説明はここまでにしておきましょう。皆さんにプラトーンが動いている様子を見せた方がわかりやすいと思いますので。では殿下、少々よろしいでしょうか?」


 すると突然カイレンは意味ありげな笑みをラグニア王子に向けた。そのことに気付くと疑問を浮かべるように、


「む、どうしたカイレン。まさか、私の美貌につい見とれたのかね?」


「いえ、そのようなことではございません。ですが、プラトーンの最大の強みでもある直感的な操縦を、是非殿下に体験してもらおうかと思いまして」


「......なに?私にこの場で?」


 理解が追い付かない様子で聞き返すも、依然としてカイレンは清々しいほどの営業スマイルで、


「はい、是非とも。もしお断り――、えっ?」


 カイレンはプラトーンに手を向ける。だが次の瞬間、突如として闘技場内に突風が吹き荒れた。


「あれっ......?」


 カイレンの網膜には蒼白の残光が張り付いたまま。

 だが差し向けた手に確かな感触を覚え振り向くと、そこには片膝をついてカイレンの手を取るラグニア王子の姿が。


「っ!?」


「あぁっ。どうか、どうか私を、どうか私を今すぐあの機体に乗らせてくれッ!カイレンッ!!!」


 少年のような純真無垢な眼差しと、抑揚の付いた響き渡る声。遠目から見ればまるで演劇のワンシーンのようだ。

 だがそれは当然カイレンにとっては全く別のように見えている。

 突然の出来事にカイレンは悲鳴を堪えるも、表情はぎこちなく。だが何とか触れられた手をすぐ離すようにラグニア王子を立ち上がらせると、


「おっ、お立ち下さい殿下!ではこちらで準備を致しますので、どうぞあちらにっ」


「うむ!ははっ、直感的な操縦とは一体どのようなものであるのか楽しみだ!皆の衆もそうであろう?私が新たな歴史を刻む瞬間をこの目にしかと焼き付けておくれッ!」


 その声に群衆は一気に沸き立つように歓声が上がった。

 イケメン恐怖症を拗らせているカイレンにとって、美男であるラグニア王子はまさに天敵。だがこの国の未来のためにも何とか我慢してこの場を取り仕切ろうと奮闘するのであった。


 その様子を白影一同は遠くから笑いを堪えて見ているのは、毎度恒例のことであるのだ。

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