第18話 変態王子とプラトーン[3]

「では殿下、こちらを」


 するとマイクを手にしたラーサはラグニア王子に人工龍尾を差し出した。


「む、これを身に着ける必要があるのかね?」


「はい。実はこの機体、人工龍尾を人型に拡張したようなものなのです。ですのでこちらと機体を連結させることで、プラトーンに搭乗者の願力特性を反映させることができるのです」


 すると観覧席からは人々の声が聞こえてきた。

 ラーサの説明を聞きつつもラグニア王子は慣れた手つきで人工龍尾を装着し、白銀色だった外見は蒼白色へと変化した。


「......ふむ、確かに人工龍尾は装備者の生体情報を認識し、身体と同期する機能がある。なるほど、だから拡張型戦闘機というわけであるか」


「おぉっ!さすが殿下、その通りです!」


「ふっ、これくらい誰にもわかる事さ」


 カイレンに対しては様子のおかしいラグニア王子であるが、その頭脳は王国軍を率いるだけのものがある。プラトーンの機能についてその高い洞察力を存分に発揮させて考えを巡らせていた。


「では操縦席へどうぞ。どうですか、中の様子は」


 ラグニア王子はプラトーンの前に立つと、その操縦席を興味深そうにしげしげと見渡した。


「ふむ。先ほど飛行していた際、まるで巨人がこの機体を着こんで動かしているような滑らかさが見られたことから、もう少し複雑な操縦かんがあると思っていたが、違うようであるな。むしろ、飛行船の操縦席の方が複雑だ」


 プラトーンの操縦席内は座席と搭乗者を固定する固定具、そして各種計器と有線で繋がれたゴーグル型の機器というシンプルな造りとなっていた。


「今回殿下は初回ということもありますので、操縦していただくのは地上のみとさせていただきます。機体の起動と停止の方法、そして緊急時の操作等を説明しますので、少々お時間いただきます」


「了解した」


「では、まず座席にあるレバーから。こちらは――」


 こうして少しの間、ラグニア王子はラーサから操縦における重要事項についてのレクチャーを受けた。

 プラトーンは早期実戦配備に向けて、可能な限り複雑な機器を操作しなくても操縦できるようになっている。これらを全て可能にしているのは、プラトーンに備えられた操縦者との神経を同期させる機能によるよるものだ。


「――ということですので、緊急時は人工龍尾を体から切り離してください。そうすれば視覚が元に戻り、自動で胸部装甲が開放されて脱出できるようになるので」


「うむ、了解した。しかし視覚や感覚が機体と同期されるとはどういうことなのだろうか。ふふっ、気になって仕方がない。だが今更ではあるのだが、本当に操縦をしたことがない私でも扱えるのかね?」


「ご心配なく。先日白影工房一同が試乗したところ、全員が問題なく乗りこなすことができたので」


「ははっ、そうであるか。では早速乗り込もう。この座席の後部にある連結口に人工龍尾を差せばよいのだな?」


 終始早く操縦したい気持ちを何とか殺しながら説明を聞いていたラグニア王子は、堪らず尋ねる。


「はい。そうしましたら上部よりつり下がっているゴーグルを装着して、右側にある赤い起動ボタンを長押ししてください」


「うむ、了解した」


 するとラグニア王子はその場で高く軽やかに跳躍し、開け放たれた胸部装甲から操縦席へと入っていった。


「ではまず、連結と。おぉ、自動で固定されたぞ!」


 操縦席に深く座り込み、機体が人工龍尾を感知すると開かれていた連結口が駆動音と共に閉じ始めた。

 すると体は腰元で固定され、人工龍尾を解除しない限り身動きを自由にできないようになっていった。


「どうですか?問題なく固定できましたか?」


「あぁ、問題ない。そして次はこのゴーグルを装着するのだな。どれ」


 頭部を一周するように円形状となっている機器を装着する。

 目の上に覆いかぶさるような設計となっているため、ラグニア王子は少しばかり周囲を見渡しずらそうにしながら起動ボタンに手を掛けた。


「ではいこうか。――起動!」


 掛け声とともにラグニア王子は起動ボタンに手を掛ける。すると解放されていた胸部装甲が音と共に閉じ始めた。


「おぉっ、動いたぞ!だが中が暗くなって......、いや、違う。なんだこれは!?」


 駆動音と共に、ラグニア王子の視界と感覚は機体へと同期され始める。

 最初は浮遊感を覚えるものの、次第にそれは形ある何かへと憑依し、徐々に自身の感覚として違和感なく馴染み始める。

 暗転していた視界も色付くように前方から光が差し、それに合わせるように体の感覚は完全に機体へと同期させられた。


「あぁっ、これが!この感覚こそプラトーンが私を受け入れた証なのだなッ!」


 ――視界に映るは蒼白の装甲。


 プラトーンは無事搭乗者であるラグニア王子の生体認識と感覚同期を終え、その身に青願を宿した。

 エディゼートが乗り込んでいた時と比較して、その機体の清らかな色は神々しさも感じる神秘性を秘めており、晴天の空でさえくすんで見える程の存在感を放っていた。


「動く。指先から全てまでが私の意思のままに動くぞ!少しばかり体格が違うせいか違和感があるものの、これはこれで悪くない。――どうだ、見てくれ皆の衆!私は今、初めてこの機体を操縦しているように見えるか?」


 そう言ってラグニア王子は早速プラトーンを走らせて、なんとそのまま宙返りまでさせてみた。

 その様子に沸き立つ観覧席。こればかりは白影工房一同も驚きを隠せない。


「......なぁ、エディ。もしかして、殿下が一番早く乗りこなしてないか?」


 タブラが唖然とした様子で尋ねる。


「......そうだね。それよりも、プラトーンにあんな挙動ができただなんて知らなかった。機体の耐久度、大丈夫かな?一応翼部に願力を流して浮力を発生させているみたいだけど」


 プラトーンは飛行を前提に設計されているため、地上での激しい動作を想定した作りになっていなかった。だがそれを可能にしているのは、ラグニア王子の器用な願力操作によりものなのか、はたまた青願由来の高出力が機体の強度を底上げしているのか、この時ラーサすらもわからないままだった。


「まぁ、汎用型だと関節部の耐久性はいまいちかもしれないな。カイレンや殿下みたいに、近接特化型の機体を作らないといけないかも」


 そんな話の最中もラグニア王子はまるでサーカスの団員になったように、観客に対してプラトーンを自由自在に動かしてみせた。


「あぁっ、なんということだ!体に掛かる重量感、空気の流れすらも感じる爽快感、そして時間差の無い操作感。機体の情報が視界の四隅に表示されるのも近未来的で素晴らしい!」


 一通り満喫し終えると、ラグニア王子は天を仰いでそう言った。


「なぁ、ラーサよ」


「はい、どうしました?」


「私に、飛ばせてくれないだろうかッ!」


 その言葉と同時に機体の翼部が雄大に広げられ、蒼白の光が表層の回路に幾筋も宿った。

 すると場内には爽やかな風が吹き、心なしか機体が日の光を反射して煌々と光り輝いていた。


 ――こうなってしまっては、誰もこの男を止められないことをこの場にいる者はわかっていた。


「......えぇと、はい。その、こう言うのはあれなんですけど、殿下がプラトーンを乗りこなすのが想像以上に速くて驚きました。そうですね、くれぐれも危険の無いように、気を付けてください」


「うむ、了解した!」


 立て続けに予想外の出来事が舞い込んでいるものの、これはラグニア王子相手であれば恒例のこと。


「では、防風壁を構築しますので。そうしたらお願いします」


「うむ」


 するとラーサの白い翼に赤い光が満ち始める。

 その光の強さは少し離れた距離にいるエディゼートが眩しさから目を細める程で、観覧席にいる者たちもその規模に思わず口を開けていた。


 翼に満ちた深紅の光はたちまち膨張し、翼の先から円形状の闘技場場内を囲い込むように渦が形成され始めた。

 その願力総量は、下等級の翼龍を軽く凌駕するほど。

 渦は次第に形あるものへと変化し、そして場内と観覧席を隔てるように障壁を形成した。


「......おぉ、これが『誘導弾の女王ミサイルクイーン』の願力障壁ディザイアスシールド。見事だ」


 ラグニア王子は周囲一帯を取り囲んだ赤い障壁を見渡して感嘆の声を漏らした。


「......ふぅ。では殿下、いつでもどうぞ」


「あぁ。では早速――」


 ――そう言いかけた瞬間だった。彼らの耳に警報のけたたましい音が届いたのは。


 突然の出来事に一同揃って身動きが止まる。

 一瞬にして訪れた静寂は、先ほどまでの熱気との対比から緊張感をひしひしと感じるようになる。


「一体、何事が......。この警報、まさかっ」


 その時だった。


「――『こちら、トーステル王国軍。トーステル王国軍より、レフコトブロの皆様にご連絡致します』」


 警報の後に聞こえてきたのは、レフコトブロの街中に聞こえる放送の声だった。


「――『現在、レフコトブロ近郊のニグルス村にて大規模な地脈異常が発生しました。現在被害状況を確認中ですが、国王陛下のご判断によりこの都市の警戒度を三まで引き上げることにいたしました。詳しい情報が入り次第皆様にお伝えしてまいりますので、落ち着いた行動と準備をお願いいたします。繰り返します。――現在』」


 そのアナウンスに闘技場内外から人々の騒めきが聞こえてくる。


「ねぇタブラ、警戒度三って......」


「あぁ、その場からの避難準備の推奨だ。だがここからニグルスの村までかなり距離があるっていうのに、この警戒度。かなり向こうはヤバいんじゃねぇか?」


「......そうかも」


 ニグルス村は王都レフコトブロと北西のディザトリーを結ぶ直線を、レフコトブロを中心として東側に九十度回転させた地点付近にある村だ。

 その道中は広大な樹海が広がっており、飛行しなければ最短距離で辿り着くことができない。


「しかもよりによって、有色の魔願術師マギフィアドの多くがディザトリーの奪還作戦で出払っている時に」


 隣に駆け寄ってきたカイレンが口を開く。続けざまにエイミィとラーサも合流すると、


「あの地域一帯は地脈異常の発生率が低いせいで、自警団の戦力も心配かもしれないね。それに大規模となると......」


「脅威の規模に対して、戦力が少なすぎる。どうやら、あたしたちが行かないといけないかもしれませんね」


 ラーサの言葉に、一同は顔を見合わせる。

 大規模な願魔獣の侵攻に、少数であろう戦力。こうなれば結論は一つしかないと、一同は頷いた。


「――皆で行こう、ニグルス村に。そして、戦おう」


 白影小隊隊長として、エディゼートは隊員隊員全体に指示を出した。

 その意見に反対する者は当然一人もおらず、一同は揃って首肯をしてみせる。


「この状況、僕にとっては思い出したくもないあの時によく似ているけど」


「......はぁ、エディ。師匠の死が絡んだ話は反応しずらいからやめてくれ。なんて顔して聞けばいいんだ、まったく」


 タブラの言う通り、一同は気まずそうに苦笑いをしていた。


「あぁ、そっか、ごめん。でも、くれぐれも油断しないように。情報がない以上、その場その場での対応が求められるから。でもその前に、殿下に出撃の許可を貰わないとだね」


「私を呼んだか?」


 直後、言葉の知覚と同時に突風が吹き荒れる。

 どこからともなく一瞬にして現れたラグニア王子を前に、一同は少しばかり驚いて上を見上げた。


「......びっくりした。あの、殿下」


「出撃の許可であるな。よかろう、私から君たちに今ここで下そう。面倒な手続きは無しで構わない、緊急事態なのでね」


「あ、はい。迅速なご決断、大変助かります」


「礼はいい。君たちの実力は私も十分知っている。先遣隊として、願魔獣の殲滅行動と住民の避難を頼む。情報が少ない今、君たちのような素早く動ける精鋭の存在が重要だ。大人数を動かすには時間がかかるのでね」


 恐ろしく速いのは何もその身動きだけではなかった。

 先ほどまでの陽気さは掻き消え、今は冷静沈着な司令官として立ち振る舞っている。


「それと、君にはこの機体が必要だろう?エディゼート」


 するとプラトーンの胸部装甲が開放された。

 中から姿を現したラグニア王子は、ゴーグルを外すと顔を振って長い髪をたなびかす。


「はい。ようやく僕の名前を覚えてくださったのですね、殿下」


「なに、今日覚えた感動のついでに覚えたまでさ。さぁ、交代だ。乗り込みたまえ」


「承知致しました」


 ラグニア王子が装着していた人工龍尾と機体の接続が切れると、プラトーンの装甲は次第に白銀色へと変化していった。

 自身の体に感覚が完全に戻るのを確認すると、ラグニア王子は操縦席から地上へと軽やかに降り立った。そして入れ替わるようにエディゼートはその場で跳躍し、操縦席へと舞い込んだ。


 慣れた手付きで機体との接続を完了させると、闇が侵食するように機体の表面が漆黒に染まり始める。

 胸部装甲が閉じられ、感覚がプラトーンへ。すると魂を宿した機体は表層部の回路に更なる漆黒を流し、その異様な存在感を放ち始めた。


「私が飛ぶのは先の話になりそうだ。だからくれぐれも、それまでこの機体を墜とさぬように。魔願術師マギフィアド協会と連絡が付き次第、私も向かおう。そうだ、カイレン。君にこれを」


 するとラグニア王子は装備していた人工龍尾を背面より切り離して、カイレンに手渡した。


「私の温もりは女性の間ではご利益があるらしい。君にもその一部を授けよう、縁起物だぞ」


「っ!?......はぁ、殿下からのありがたい温もり、確かに頂戴致しました。さぁ、殿下のお戻りを心待ちにしている方々が大勢いらっしゃると思いますので、さぁ!」


 押しのけるようにカイレンは片手でラグニア王子の背中を押すと、そのまま振り向いて、


「フッ、そうであるな。君たちの武運を祈る。――では」


 するとその言葉を残してラグニア王子は顕願ヴァラディアによって生成した翼で王宮の方へと飛び去ってしまった。

 返事をする間もなく、白影一同はその姿を一瞥いちべつする。


「さて、早速行こうか。皆、準備はいい?」


「あぁ!」「「うん!」」「はいっ!」


 返事と共に、カイレンは人工龍尾を装備し更に顕願ヴァラディアによって翼を生成し、その他三人は翼にそれぞれの光を宿した。

 それに合わせるようにエディゼートも願力を翼部へと集中させ、漆黒の炎を両翼に纏った。



「よし。それじゃあ、――白影小隊、出撃!!!」



 各々の翼に光が満ち、そして空気が爆ぜるような音を残して瞬間的に加速。

 突風が障壁に激突する様子も見ることがないまま、エディゼートらは直上へと飛び立って、北東ニグルス村を目指していった。

 闘技場の上空には、赤、青、黄、そして白と黒の残光が光芒のように尾を引いた。


 ――この時、彼らはまだ知る由もなかった。ニグルス村の惨状、そしてそれらを引き起こした原因となる存在の規模を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る