第19話 開戦

【トーステル王国領北東部ニグルス大森林地方】


 時間にしておよそ三十分弱。大陸中全域の土地勘を持つタブラを先頭に白影小隊一行は北東のニグルス村を目指した。


「地脈異常の発生件数が少ない地域ほど、発生時の規模が大きくなる。――まさにこの傾向通りなのかも。森が少し騒がしいね」


 エイミィが口を開く。

 確かに地上付近では様々な生物が群れ単位で移動しているのか、鳴き声が聞こえていた。


「そうですね、この影響で王都付近に魔物が押し寄せないことを願うばかりです。今頃王国騎士団だけでなく冒険者協会にも支援要請が出されているはずですが」


 ラーサがエイミィの言葉にそう返す。


 ――キティーダ大陸では有事の場合、属国の騎士団、魔願術師マギフィアド協会、そして冒険者協会の三つの組織が互いに協力体制をとるような形で脅威に備えるようになっていた。

 魔物の脅威に対処するのは冒険者と騎士の役目だ。そのため魔願術師マギフィアドは地脈異常に対する迅速な対処が求められている。


 なだらかな山々を越えると気づけば空の際は夕暮れ色に染まり、広大な平野に広がる樹海の先に浮遊島群が無数に見えてくる。


「はぁ、運よく魔願加速砲レールキャノンを持ってきていてよかったぜ。......っておいおいおい!マジか、どんだけ地面が抉れてやがるんだ!?」


 タブラの言う通り、地脈異常によって地中より発生した願力を含んだ大地は波打つように隆起し、浮力を帯びて島のように塊を成している。その数は遠方から確認できるだけでも五十は優に超している。

 地上の様子は依然として確認できないが、その被害は甚大であることは確かだ。


「......この規模、予想だけどオペレーターだけでも二、三十機以上いる気がする。あの時と同じだ」


 エディゼートがそう言うのには確かな裏付けがあった。それは忘れもしない、師であるクロムが戦場で息を引き取った出来事と状況が酷似しているからだ。

 そのままプラトーンの疑似眼球に搭載された望遠機能を使うと、浮遊島群の隙間に大小様々な立方体が浮遊している姿が見えた。


「うん、やっぱり。ざっと見た感じ、低級願魔獣が十機以上。それも有色が混ざっている」


 低級願魔獣に分類される正四面体型テトラタイプ正六面体型ヘキサタイプは、先行するように抉れた大地の最前線に浮遊している。その大半は白銀色であるが、中には赤や黄といった有色のものも存在している。

 そのまま前進を続けると、ようやくニグルス村の被害の全貌が明らかとなった。


「......ねぇ、本当にここに村があったんだよね?」


 カイレンが小さな声で呟く。

 肉眼で視認できる距離まで到達すると、そこにはこの世とは思えないような崩壊した世界が広がっていた。

 整備された街道の先、砕かれた氷塊のように亀裂が入る大地には家屋の残骸が入り混じり、その狭間からは黒色の汚染された願力が霧のようにじわじわと湧き出ている。

 なすすべもなくその崩壊を受け入れているかに思いきや、白影一同は村の左方遠方に一つの白い塊を見た。


「まさかっ、あれで逃げようとでも思っているのか!?そんな無茶だ!撃ち墜とされるぞ!」


 タブラが吠えるその先には、白い気嚢きのうにガスを充填させた巨大な重飛行船が飛び立とうと地上付近で滞空をしていた。発着場らしき場所は既に崩壊が始まり、船底に汚染された願力が寸前のところまで滞留している。


 だが直上付近には願魔獣の群れがあるため、未だ飛び立つことができない様子で停止していた。


「行こう!タブラ。護衛が船についているみたいだけど、相手の数が多すぎる。僕たちで願魔獣の注意を惹きつけるんだ。カイレンたちは船の護衛と負傷者の救護を!」


「「「「――了解!!!!」」」」


 考えている暇はない。


 端的に指示を出すとエディゼートはタブラと共に急加速。そのまま願魔獣ひしめく地脈異常の中へと突入していき、別れたカイレンらは一直線に飛行船を目指した。




――――――




 ――機体の軋む音が鳴り響く飛行船内。


 地上付近に発生した気流の影響で船は不安定に揺れ動き、乗客らの悲鳴と動揺が船内に満ちている。

 窓の外の状況を見て、この船がすぐに飛び立てないことは誰しもが察していた。


「あぁっクソッ!よりによってこんな時に......。船長!目を覚ましてください!船長!」


 若い男性の操縦士は、操縦席で気を失っている初老の男に必死に声を掛けた。

 だがいくら声を掛けようとも揺さぶろうとも男が目を覚ますことはない。それは男の肌に見える黒い斑点を見ればわかりきっていたことだ。


「こんな辺鄙な村じゃ願力汚染を浄化できる人もいない......。自警団は何をして......!いや、この規模じゃあ無駄な犠牲になるだけだ。クソッ、せめて願魔獣がいなければ!」


 頭上に浮遊する大小合わせた計百以上もの立方体の群れを睨みつける。


 幸い船内の願力総量が願魔獣の探知外であるためか、攻撃をされずに済んでいる。だがそれも距離が近くなれば話が変わってくる。

 視界の下方には汚染された願力がじりじりと迫ってきていた。


 気流が不安定なことに加え、男にとって前代未聞の状況。己の技量を考慮すると到底この場を切り抜けられる気がしない。

 絶望に震えるも、何とか使命を全うしようと操縦桿を強く握り締める。


「もう腹をくくるしか!」


 すると男は胸元に取り付けられた通信機に声を当て、


「――乗客の皆さまへ!これより本船は飛行を開始します、どうかお近くの手すりにおつかまり下さい!」


 男は経験が少ないながらにも咄嗟の判断で乗客らにそう呼びかけた。

 その船内放送に従うように乗客らが手すりに掴まった、その瞬間だった。


「「「「うわあっ!?!?」」」」


 船の近くで何かが爆ぜた衝撃と爆音が響き、船内は大きく揺れ動く。

 それは窓の外、こちらの存在を探知した願魔獣の子機による願力誘導弾ディザイアスミサイルの攻撃だった。

 だがそれは船に直撃することはなく、直前で何者かによって撃ち落とされていた。


 船外に顕願ヴァラディアの翼を広げる複数人の影が叫ぶ。


「――『操縦士さん!もう限界です!奴らの一部がこっちに気が付きました!早急に離脱を!』」


 操縦席内に響いたのは船外で護衛を務める自警団の声だった。

 間一髪、遠方からの射出だったためなんとか撃墜に成功したものの、連続で攻撃されては対処しきれない。それも翼龍がいない人だけで構成されているのならばなおのことだ。


「了解した!......ってマズい!くるぞッ!」


 操縦席から覗く窓の外、上方より無数の銀白の煌きが視界にちらつく。

 正四面体型テトラタイプの願魔獣の子機らがその頂点部を飛行船へと向けている。


「総員、願力障壁ディザイアスシールドを船全体に展開だ!何としてでも被弾させるな!」


「「「「了解!!!!」」」」


 指揮を執る男の声に従い、計五名の護衛による願力障壁ディザイアスシールドが広域に展開される。

 すると次の瞬間、正四面体型テトラタイプから一斉に熱線の弾幕が射出された。

 ガラスにひょうが連続で打ち付け砕けるような連続音が鳴り響く。


 半球状に展開された障壁に願魔獣らの熱線は弾かれるも、その一撃一撃は確実にダメージを与えていた。


「くそっ、このままじゃもたない!何としてでも奴らの再充填まで耐えるんだ!!!」


 男が吠えると同時に、障壁の一部に亀裂が走る。

 次第にそれは音を鳴らしながら障壁全体へ。そして、


「くっ――!おあいこか!!」


 障壁の崩壊と同時に攻撃が止まる。

 護衛らはなんとか願魔獣らの熱線を防ぎきるものの、奴らは再度その身に願力を蓄えようと魔願変換を行っていた。

 一方で護衛の大半は先ほどの障壁の展開と維持に体力を大きく消耗させられて、苦悶の表情を浮かべていた。


 ――そんな状況に追い打ちをかけるように、更なる脅威の兆しが。


「なっ......、マジか」


 その圧倒的な数を前に、男の口から小さく声が漏れ出る。

 それは探知範囲の広い正六面体型ヘキサタイプ以上の願魔獣が繰り出してくる、願力誘導弾ディザイアスミサイルの輝き。

 数十機に及ぶ正六面体型ヘキサタイプの子機は一斉にその体表部に誘導弾ミサイルを装填し、その弾頭を飛行船へと定めた。

 その総量は考慮するまでもない。対処できないことは一目瞭然だからだ。


 ――そして、今そのすべてが射出された。


 到底防ぎきることのできない絶望が一直線にこちらへと向かっている。

 それは操縦席から外の様子を窺う男の目にもしかと映っていた。


「あぁっ、終わりだっ!こんなの防ぎきれるわけがないッ!クソーーーーーーーーーッ!!!!!!」


 何もできないまま、男は迫りくる脅威に吠え、到来する衝撃と痛みに備え目を瞑る。

 次の瞬間。船内を大きく揺れ動かす程の爆発の連続が、船上で発生。激しい光の拡散と衝撃波に鼓動すら止まりそうになる。だが、


「......っ!って、あれ?一体何が......!?どうして誘導弾ミサイルが!?」


 予測していた最悪の事態が到来することはなく、視界には銀白と深紅の煙幕が入り乱れるように散布していた。

 突然の出来事に困惑をしていると、思わず気圧されてしまうほどの龍の咆哮が耳を劈いた。


「......龍の咆哮。まさかっ、増援が来たとでもいうのか!?あぁっ、そうだ!間違いない!」


 男が見上げる南方の空には、一体の白龍。そして、”暗黒龍”の姿が。

 それぞれ青と黒の光を纏い、願魔獣の群れの方へと一直線。次第にその光は強度を増していく。

 だが増援はそれだけではなかった。


「――『こちらトーステル王国軍特殊部隊、王国軍特殊部隊よりエアシップへ。増援に参りました、これより貴船を援護します。直ちにその場からの離脱を』」


 それは若い女性の落ち着いた声だった。すぐさま男は入電に返し、


「こちらエアシップ139。了解した、直ちに移動態勢に入る!貴殿らは引き続き船の護衛を頼む!!」


「――『了解』」


 男に一筋の希望の光が見えた瞬間だった。

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