第20話 刃と誘導弾と船の護衛

 すぐさま操縦桿を再び握りなおすと、出力を徐々に強めて離脱態勢へ。


 後方のプロペラが激しく回転し始めると、徐々に速度を上げて上方へと高度を上げる。重飛行船の構造上その速度は低速ではあるものの、確実に願魔獣の群れから距離をとっていた。


 一方、船外の護衛らは到来する誘導弾ミサイルそのすべてを打ち砕いた、深紅を翼に纏う龍人の少女と、黄金を翼に宿す吸血族の少女の姿を目にしていた。


「大丈夫でしたか」


 吸血族の少女が声を掛ける。

 少女らは護衛らのもとへと駆けつけると、すぐさま願魔獣らの方へと視線を向けた。


「あ、あぁ。援護に感謝する。だが、あの量の誘導弾ミサイルをどうやって......」


「あたしは誘導弾ミサイル特攻属性を持っていますので。そういうことです!」


「属性......?まぁ、とにかく助かったぜ。赤願が来てくれたのならばとても心強い。それと、不甲斐ねぇのだが、この場を任せることはできないだろうか?見ての通り、俺たちは魔願変換過多で意識を保つのがやっとな状態だ」


 男を含め護衛ら全員は呼吸を荒げて何とか顕願ヴァラディアの翼の形成を維持していた。


「わかりました、あたしたちに任せてください!では一度皆さんは船内で待機を。こちらの吸血族の人が治してくれますので」


「助かるぜ」


 そう言って護衛らが船内に戻ろうとした瞬間だった。


 ――上空に一閃、風を切り裂く音と共に一筋の純白の光がほとばしった。


 視界に鮮明に映るは龍の体躯にも迫る巨大な光の大剣。高速移動と共に振り下ろされたその豪快な一太刀は、白銀色の願力の光ですらくすんで見える程。

 気づけば数十以上とあった低級願魔獣の子機は一瞬にして爆散し、その残骸が黒く霧のかかる地上へと墜ちていく。


 その様子を見ていた護衛一同は思わず口を開けて、


「なにっ、白願の騎士だと!?いや、それだけじゃない。あの遠方の黒龍と白龍も有色じゃないか!?一体どうなっていやがるんだ?」


 眼前の光景に目を奪われつつも、男らは船内へと扉をこじ開けて入っていく。


「現在有色の魔願術師マギフィアドの大半がディザトリーに残ったままですので、グラシア・アカデミーより先遣隊としてこちらにせ参じました」


 実際のこととは少し違うものの、エイミィは状況が吞み込みやすいようにそう言った。


「......なるほど。そうだ、俺たちの治療よりも先に操縦席の方に行ってやってくれ。この船の船長が願力汚染で気を失っているらしいからよ」


「わかりました。では皆さんの治療は後程行います、では」


 そう言って少女はその場を早々に立ち去っていき、その姿を一瞥いちべつした男らは閉められた扉越しに外の様子を食い入るように見た。

 増援部隊による戦闘が本格的に開始したのか、上空には色とりどりの残光や爆炎が入り乱れている。



 ――そんな船外にて。


 一度願魔獣らの攻撃を許してしまったものの、エディゼートらはラーサたちの援護によって損害を受けることなく飛び去っていく飛行船の様子を確認していた。


「あの場はカイレンとラーサで対処できそうだね」


 エディゼートらの視界の左下方、カイレンは飛行船近辺を浮遊する願魔獣を片っ端から切り裂いていた。

 その表情に普段の柔らかな印象は一切なく、冷徹を宿した瞳で飛来する熱線や誘導弾ミサイルを物ともせず、それすらも攻撃の対象として全てを薙ぎ払っていく。


 カイレンが扱う顕願ヴァラディアの武具の形状は様々だ。


 願魔獣が密集する地点には龍をも両断する大剣の一撃を、熱線の弾幕が張られると大盾を張ってそのすべてを弾き飛ばして標的目がけ最短距離で間合いを詰め、誘導弾ミサイルに対しては楯を構えていない空いた手に握られた長剣から繰り出される斬撃によってそれらを破壊する。


 一太刀、また一太刀と巨大な刃が縦横無尽に薙ぎ払われる度に低級願魔獣らはなすすべなくその数を減らしていき、紙吹雪のように散っていく。


 ――だが攻撃の手を加えるのは何もカイレンだけでない。カイレンの視界の隅に、深紅の光がちらついた。


「......フッフッフ。さっきはよくもやってくれましたね。今度はあたしの番です」


 怪しく笑うラーサの翼に赤い光が強く灯り、煌々と輝く金色の瞳が正面にある脅威全てを捉えていた。


 両翼の先端から横に拡張するように顕願ヴァラディアの発射台が構築される。

 四つ穴のある立方体の弾倉が上下に計二十備えられると、それらすべてに小型誘導弾ライトミサイルが生成され始め、その弾頭を正面に向けた。

 弾倉は角度を変更できるような構造となっており、一つ一つが遠方の標的に向くように調節されている。


「これはこっち、それはそっち、あれはあっちに」


 ラーサの瞳が素早く動き、標的を捉える度に弾倉の向きが一つずつ変更されていく。その速度は凄まじく、わずか五秒ほどですべての射角を整えた。


 この時同時に脳内で標的の追尾を指令する演算回路を各弾頭すべてに施しているため、過集中からかラーサの片鼻から一筋血が垂れた。

 だがそれすら意に留めず、長い舌で拭き取ると声高らかに、


「さぁっ、準備完了!その身の死を以ってしてあたしを受け止めなさい!!――死の誘導弾幕レッドミサイルバレッジ発射ファイヤーッ!!!」


 装填されたすべての願力誘導弾ディザイアスミサイルが、その一声と共に一斉に射出された。


 辺り一面は誘導弾ミサイル後方より噴射される願力の煙幕によって赤く染まったかと思いきや、次の瞬間、連続した轟音と共に一斉に起爆。

 回避する空間を与えられないまま、願魔獣らは広域爆撃によって一斉に爆散した。


 たとえ弱点である核面に当たらずとも、威力の維持に長けた赤願の特性によって、起爆時の衝撃波が全体へと伝播。そのまま裏面の核面にも確実に致命傷を与えていた。

 その様は芸術作品のような華やかさと圧倒的火力による痛快さを含んでおり、見る者全てを一様に魅了する。


「あっははっ!これです、これですよ!的がたくさんある方が何倍も気持ちいいです!!!やっぱり誘導弾ミサイルはロマンでなくっちゃ!!!」


 興奮が絶頂に達したロマン中毒者属性を持つラーサは、恍惚に頬を染めて嬉々として尾を振ってそう叫んだ。


 そんな中でも、カイレンは攻撃の手を止めることはない。

 旋回と急加速を織り交ぜながら、ラーサが仕留め損ねた子機を追尾し、余すことなく切り捨てる。


「子機はこれで最後」


 身を翻し、カイレンは刃を振るって最後の子機を切り倒す。

 カイレンとラーサによって飛行船周辺の願魔獣は大きく数を減らし、残すは後方で子機に指令を出していたオペレーター数機のみ。


「一気に畳み掛けるよ、ラーサ」


「了解です!」


 紅白が染め上げる夕空に再度、熱線と誘導弾ミサイルの軌道を描く残光が跡を残す。

 オペレーターは後退と共にその巨体から高出力の攻撃を開始した。


 だがいくら迫りくる白の脅威に攻撃の手を加えようとも無意味に等しく、そのすべては最強を誇る白願の前に為すすべなく打ち消される。

 無色の低級願魔獣相手ではたとえ子機よりも性能が優れているオペレーターであっても、カイレンの進撃を止めることはできない。


 カイレンは正六面体型ヘキサタイプに急速接近すると、体内の願力を惜しげもなく用いてより強固な顕願ヴァラディアの大剣を生成。

 その動きに合わせるように、ラーサは両翼の上下に大型誘導弾ヘヴィミサイルを合計四本生成し、狙いを二体の正四面体型テトラタイプへとそれぞれ定める。


 願魔獣らは刻一刻と迫る脅威に逃避行を試みるも、時すでに遅し。そして、




「「――墜ちろ!!」」




 両者の叫びが重なり、願魔獣らに刃と弾頭が同時に振りかざされた。


 正六面体型ヘキサタイプは核面はおろか、物理攻撃が効かないほど硬質とされているその他の構成面すらも両断され、正四面体型テトラタイプらは正確無比に飛来する大型誘導弾ヘヴィミサイルを為すすべなくその身に受け爆散した。


 紅白の煙幕が立ち込める中、カイレンは一度横薙ぎに刃を払って視界を鮮明にさせる。

 その様子を、飛行船の内部の人々は食い入るように見ていた。


 砕かれた願魔獣らの残骸の破片が夕日を散らし、それを背後に近辺の脅威を排除した白騎士は飛行船に対して身を向けた。そして、


「――『乗客の皆さん、この船を襲う願魔獣は全て倒しきりました。今一度、脅威から皆さんを守り抜いた操縦士さんと護衛の皆様に称賛を』」


 カイレンはそう締めくくると、そのまま浮遊島群が滞空する方へと去っていき、ラーサもその後を追うように飛んで行ってしまった。

 すると次の瞬間、その様子を見届けた船内は、感情が爆発するように歓喜の声に包まれた。


「ま、マジか......。本当に、生き残れたんだよな!?本当なんだよな!?」


 若い操縦士の男は操縦桿を握りながらも歓喜のあまり落ち着きがない様子で辺りを見渡した。


「はい。到着が間に合ってよかったです」


 操縦席に横たわる船長の手当てを行うエイミィは笑みを浮かべてそう答えた。

 船長は気を失っているものの、エイミィの鋭い尾の先から汚染された願力を除去されているおかげかその表情は穏やかだった。


「あぁっ、本当にありがとう、本当に。君たちが駆けつけてくれなければ、今頃全員願魔獣にやられていたはずだ」


「ふふっ、ありがとうございます。ですが操縦士さんが一人で耐え抜いたおかげでもあります。本当に、かっこいいです」


「そ、そうか。かっこいいか、えへへっ」


 依然として動揺が収まらない状態に男は気恥ずかしくぎこちなく笑ってみせた。

 そのまま差し込む西日に眩しさを覚えながら、飛行船はゆっくりと南方を目指していく。


「村の人たちはここに乗っているので最後だったんだ。逃げ遅れた人々を最後まで助けようとして、船長は汚染された願力に飲み込まれちまった」


「そうだったのですね。依然として、地脈異常の脅威は収まっていませんので、最後まで気を引き締めていきましょう。――では、手当てが終わりましたので私はここで」


「あぁ、助かった。......そうだ、せめて名前だけでも聞かせてくれないか?」


 少しばかりこ小声になりながらも、男はそう尋ねた。

 するとエイミィはくるりと身を翻して、


「エイミィ。エイミィ・サフィリアと申します。では」


 柔らかな笑みを残して、吸血族の少女エイミィは操縦室を後にしていった。

 その後ろ姿は立ち去ってもなお男の脳裏に鮮明に焼き付いており、


「エイミィ。エイミィちゃんか、へへっ、いい名前だ」


 何度もその名を脳内で繰り返して、危機を乗り越えた自分への褒美としてみせた。

 もはや男にとっては今、何に鼓動を速めているのかわからない状態であった。だが、その要因に突如現れた美少女がからん絡んでいることは間違いなかった。


「さて。船長が起きたら今日の出来事全部言ってやるんだから」


 そう意気込んで倒された操縦席で目を閉じる船長を男は一瞥した。


 ――こうして村人の避難を完了させた白影一同だったが、これはあくまでも与えられた役割の一つに過ぎず。

 更なる脅威を打ち倒すべく、エディゼートとタブラは進撃を始めていた。

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