第21話 前哨戦そして

 暗闇が深く大地を覆いつくす。

 地表面は完全に視認できなくなり、まるでこの場だけが雲上に転移したような様相だ。


 地脈異常の範囲は願魔獣の進行に応じて拡大していくため、汚染された願力を含有して隆起した大地の状態は依然としてそのまま。

 面数の少ない低級願魔獣は地脈異常の最前線を行く習性があるため、被害の拡大を防ぐことは比較的容易である。だが根本的な解決のためには、地脈異常の発生源周囲に存在する願魔獣を討伐しなくてはならない。


 そして今まさに、エディゼートとタブラは願魔獣の群れの探知内に差し掛かろうとしていた。


「数が多すぎるから、手前から確実に減らしていこう。僕は右サイドから、タブラは左サイドを頼む」


「了解」


 距離にしておよそ四百メートル。眼前の標的を捉えながらエディゼートはタブラに指示を出す。


 すると前線を行く六機の低級願魔獣のオペレーターは侵入者を探知したのか、それぞれの子機を迎撃に向かわせるように仕向け始めた。

 正四面体型テトラタイプは頂点部を標的へと定め、正六面体型ヘキサタイプは体表に願力誘導弾ディザイアスミサイルを生成し始めた。


 浮遊島群の合間に白銀色の光が点滅。急速に接近する二体に狙いを定め、そして距離が二百メートルに差し掛かろうとする頃。

 プラトーンとタブラは翼に黒と青の光を宿し、構えた魔願加速砲レールキャノンに願力を充填し臨戦態勢に入る。


 ――そして願魔獣の攻撃の開始と共に、両者は二手に別れ急加速を始めた。


「くらいやがれッ!!」


 左に大きく旋回し、タブラはその機動力によって熱線と誘導弾ミサイルの回避を、そして特殊仕様の魔願加速砲レールキャノンの速射によって攻撃を開始する。


 自身に到来するおびただしい手数の弾幕の間をすり抜けるように、蒼白の熱線が一つ、また一つと標的に命中する。

 その威力は弱点部の核面に直撃せずとも致命傷を与えるに過剰すぎる程。


 亜音速の連撃でありながらも、卓越した射撃精度と機動力の前に子機らは反撃も回避もできないまま次々と数を減らしていく。

 白銀色に爆散する願魔獣の残骸に蒼白の色が入り混じり、風吹く夕空をキャンバスにするように白龍が駆け抜けていく。


「ハッ、キリがねぇ。だが、所詮数だけ!!」


 すると吠えるタブラの翼の内側に計六機の願力誘導弾ディザイアスミサイルが装填。


 右翼を前方に押し出して左方へ、左翼を突き出し右方へ。

 誘導弾ミサイルは発射と同時に瞬時にその速度を超音速まで加速させ、願魔獣が密集する地点へと一直線に飛来する。


 その速度に低級願魔獣は対処できないまま、回避を試みるもあえなく被弾。

 広範囲に球状で蒼白の爆炎が次々と展開し、轟音の連続と共に標的を飲み込んでゆく。


 一方、その反対方向では同様な蹂躙が。


「さぁ、プラトーン。ようやく出番だ、蹴散らそう」


 エディゼートの声に呼応するようにプラトーンの眼光が鋭く光り、装甲の表面の回路に一際黒い光が流れた。


 横へと開放されていた翼部を後方に向け、推進力を一気に得る。

 水平方向に大きく旋回しつつ距離を詰めるように群れの中へ。難なく願魔獣のの攻撃を回避すると、最も群れが密集する地点を狙える位置へと上昇。


 プラトーンを認識していたすべての願魔獣の攻撃が一点へと集中する。

 下方から向けられる弾幕を前に、プラトーンは魔願加速砲レールキャノンを構える。そして銃身に黒が満ちると、銃口からは直線的な熱線ではなく散弾・・が発射された。


 その瞬間、爆音が轟く。


 細かな黒願の塊一つ一つが熱線や誘導弾ミサイルに直撃すると、高威力の爆薬のように爆ぜ散り、黒煙が周囲一帯を覆いつくした。

 すると願魔獣らは突如として標的を見失って混乱したように攻撃の手を止める。

 突如として静寂が訪れたかに思えるも、だが次の瞬間、展開された黒煙が意思を持つように動き始めた。


「影纏い、問題なし。さて――」


 その言葉の通り、プラトーンは黒煙を自身の周囲に纏って姿をくらませていた。

 暗く視界不良になったかに思われるこの状態も、願力視ができるエディゼートにとっては問題なし。

 視線を向ける暗闇の先に、白銀色の影が浮かび上がっていた。


 願力視において黒願は影、すなわち光が差していない箇所に該当し、それ以外は全て光として捉えることができる。言うなればこの状態は願力を用いた戦闘に特化した、集中戦闘態勢フォーカスモードであるのだ。


「塗り残しの無いように、丁寧に」


 構える魔願加速砲レールキャノンに駆動音が響く。

 狙うは真っ黒なキャンバスに浮かぶ白銀の塊の中央。そして照準器は標的を捉えた。


「まずは一撃、出力最大」


 引き金は引かれ、黒煙の中央より直下へ、超音速の高出力熱線が願魔獣の群れの中央へと放たれる。

 漆黒の閃光が黒煙より突き抜けるその刹那、着弾と同時に熱線は誘導弾ミサイルのように爆発し、周囲一帯の広域は爆炎に包まれた。


 その様子は逆サイドで戦闘を行うタブラが思わず視線を奪われるほど。


「ハハッ、いきなりとんでもねぇことを......」


 膨張した爆炎は霧が晴れるように徐々に黒を薄めて、その威力の全貌を明らかにしていく。


 プラトーンが放った一撃は全長十メートル弱の子機の群れ――計五十機程度を一度に殲滅していた。

 今まさに、その残骸が夕闇に儚く散っていく。


 子機の大多数を失ったオペレーターたちはようやく沈黙を止めて臨戦態勢へ。

 高速で移動する青と霧を纏う黒にそれぞれ狙いを定める。が、時すでに遅し。

 二体の迫りくる脅威を前に、オペレーターらは囲い込まれるように一点に追い込まれる。


 攻撃の到来に怯むことなく突撃してくるタブラを前に、指揮系統は完全に混乱。残り少ない子機に防衛体制を命じ迎撃するも、体の前面に展開された青願の強力な願力障壁ディザイアスシールドを貫くことはできず。


「散りやがれッ――!!!」


 タブラは熱線と誘導弾ミサイルを一身に受けるも、展開した障壁シールドによって全てを無効化。そのまま高威力熱線の連撃が、オペレーターたちを庇う様に展開している子機を次々と貫く。


 そして遮るものがなくなった弾幕は、一斉にオペレーターらを襲う。

 核面を守ろうとするも熱線の速射を前に体表面はあっけなく砕かれ、そのまま裏面へと貫通。

 そして弾幕が張られる地点の中心に向けてエディゼートは、


「散れ」


 感情の抜け落ちた静かな声と共に、直上の漆黒の雲間より、再度黒願の高威力熱線が撃ち下ろされた。


 体の構成要素の大半を願力とした願魔獣にとって、その一撃は絶対的な死に等しく。

 願力障壁ディザイアスシールドを展開できない低級願魔獣のオペレーターらは、回避する隙を与えられないままその一撃を一身に浴び、その刹那に爆散。

 他の願力と反応すると対象の願力を消失させ爆発を生む黒願の特性によって、一帯に巨大な球状の黒煙が立ち込める。


 その威力はタブラ諸共巻き込む程であるが、エディゼートは焦った様子もなく眼下を見下ろしていた。

 そして、黒煙が消えるよりも先に一筋の青い光が煙幕を突き破る。


「――ふぅ、とりあえず数減らしは完了っと」


 タブラはそう言って自身の周囲に展開していた願力障壁ディザイアスシールドを消失させた。

 その鱗には一切の外傷がなく、装備していた拡張装甲と魔願加速砲レールキャノンの拡張パーツも健在だ。


 すると次第に黒煙は風に流され薄らいでいき、その中から願魔獣の残骸が紙吹雪のようにひらひらと地上へと墜ちていく。

 計九機、カイレンらが討伐した数を合わせると計十二機のオペレーターが、そして二百を優に超える子機をエディゼートらは殲滅した。

 周辺一帯の願魔獣を掃討したからか、地上をを覆っていた汚染された願力も次第に色を薄めていく。

 その様子を確認したエディゼートは、


「でもここまではほんの前哨戦。次からが本番だよ、みんな」


 するとエディゼートらの後方より三色の光が接近、カイレン達だ。

 ラーサは鼻血を滲ませているものの、それは戦闘時においてよくあること。特に一同気にすることなくそのままでいる。


「そうだね。船は無事避難できたから、今度は私たちも参戦するよ」


「助かる。僕も皆がそろっているとより心強い」


 カイレンが見定める先、今もなお黒々とした霧が覆いつくす大地の上に浮かぶ、有色を含んだ中級の願魔獣の群れ。探知外にいるからか、依然として沈黙を続けている。

 その数は低級と比べて少ないものの、確実に全体の総合的な脅威度は増している。


「もう手遅れかもしれないけど、地上に逃げ遅れた人はいないかな?」


 そう言ってエディゼートは視線を下方へと向けた。

 徐々に汚染された願力はなくなりつつあるも、地脈異常の影響で地上は壊滅的な被害を受けていた。

 人の営みがあったであろう場所も、今では瓦礫の山に。浮遊島の一部分にはそれらの残骸が入り混じっている。

 するとエイミィが、


「そのことについては安心して、エディ。さっき操縦士の人から聞いたんだけど、村の人たちは全員避難できているみたい。あの飛行船は、逃げ遅れた人を最後まで待っていたから出遅れたんだって」


「あっ、そうだったんだ。よかった、僕みたいに逃げ遅れた人がいなくて」


 過去に同様の出来事に巻き込まれたエディゼートはその脅威を身を以って知っていた。

 人一倍何かを失うことに敏感だったエディゼートは犠牲者がいないという報告に、ひとまず胸をなでおろした。


「そうだね。ディザトリーの一件の後、大陸各地で避難訓練や避難意識の改善が行われてきたのが功を奏したのかも。これも防災講演をし続けてきたクロムさんのおかげだね」


「うん、確かに。それじゃあ、今度は僕たちが災害の原因を完全に排除しないといけないね」


 そう言ってプラトーンは再び魔願加速砲レールキャノンを構えなおした。


「うーん。見た感じ、どうやら上級願魔獣の正二十面体型アイコサタイプはいなさそうですが、正八面体型オクタタイプの黄願と、正十二面体型ドデカタイプの赤願がいますね」


 ラーサが言う通り、それぞれの子機は無色であるものの、二機のオペレーターは願力特性を持ち合わせていた。

 それらを合わせた計十五体の中級願魔獣のオペレーターが、延べ三百以上の子機を従えている。その数は圧倒的で、まさに大規模な地脈異常の名に相応しい有様だ。


「ハッ、これを俺らだけで倒すってか?その前に全員魔願変換過多で気を失っちまいそうだぜ」


 タブラが思わず笑ってそう言うのも無理もないことだ。

 圧倒的数を前に、エディゼートらだけでは戦力数が少なすぎる。たとえ個々の能力が高くとも、それにも限度があるのだ。

 だが皆それをわかっていても、引き下がることはできなかった。

 何故ならば、


「でも、ここで俺たちが戦いを止めると、地脈異常が王都に転移するかもしれねぇからな。ハハッ、根性の見せ時ってやつか」


 そう言ってタブラは深く息を吐いた。


 ――地脈異常は近辺に転移する。


 これは近年発見された。長時間願魔獣の存在を放置していると低確率で起こる、人類にとって最悪の事象だ。

 この転移に関してはなんの前兆もなく一瞬にして生じるため、王都でそのようなことが起こればその被害の規模は想像に容易いだろう。

 これを何としても食い止めるべく、今大陸北部のディザトリーでは奪還作戦が行われていた。


「増援が来るまでなんとかして僕達で持ちこたえよう。でも、くれぐれも自分の命を大切に。僕達にはまだディザトリー奪還の使命が残っているからね」


 エディゼートは一同にそう呼びかける。

 今、この場に生じた地脈異常もディザトリー広域で生じている地脈異常が転移してきただけに過ぎない。

 根本的解決の前に、まずは目の前の脅威を取り払おうと白影小隊一同は戦う決意を再び心に宿した。

 そして各々翼に光を強く宿して、


「よし。行こうか、みんな。考えている暇はない。さぁ、――運すらも掴み取る、白影小隊の強さの見せどころだ!」


 エディゼートがいつになく声を大にして吠える。その声に呼応するように隊員一同は、


「ハッ!そうこなくっちゃ!!ここでやらなきゃ男が廃るってもんよ!!!」


「そうだね、できる限りを尽くそう。いざという時は、私が皆を守るから」


「うん、私も頑張る。だからみんな、つらくなったら私に声を掛けてね」


「あたしも、気絶寸前までやってやります!どっちの誘導弾ミサイルの方が強いか、見せつけてやりましょう!!」


 タブラ、カイレン、エイミィ、ラーサは声を上げた。

 隊の士気は一気に高まり、今か今かと標的を打ち倒さんばかりに前傾姿勢になる。


 そして、



「――総員、戦闘開始!!」



「「「「了解!!!!」」」」



 エディゼートの掛け声と同時に、白影小隊一同は前方へと急加速。

 濃紺の闇夜を迎える準備を着々と整える空に、五つの残光が尾を引いた。


 ――ニグルス戦線、その本戦の開幕だ。

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白影プラトーン - 魔術を殺した龍への憧憬 北村陽 @haru_kitamura

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