第12話 ロマンvsドラゴン[1]

 タブラとエディゼートは一定の高度に達すると示し合わせたかのように同時に上昇から水平移動に切り替え、距離を離す。

 周辺には陸から離れた上空低層に存在する大小様々な浮遊島群が姿を現した。

 数秒後、互いに移動を続けながら振り向くと、構えた魔願加速砲レールキャノンに願力を充填し始めた。

 すぐさま互いの銃身にそれぞれく黒と青の光が満ち、そして先手を打ったのはタブラだった。


「――『まずはくらいな!』」


 照準器を覗き、願力特性を有する願力の中でも随一の魔願変換効率と密度を誇る青願を、銃身内の蓄願結晶ディザストクリスタルに惜しげもなく注ぐ。すると四つ又の拡張装備を取り外した魔願加速砲レールキャノンの銃口から連続して熱線が射出された。

 毎分約二百四十発、亜音速のその一撃一撃は確かにプラトーンを捉えている。


「......よし」


 エディゼートが念じると、機体の翼部に願力が集中。

 莫大な出力を浮力と推進力に変換し、プラトーンは爆ぜるように大きく右へと移動し、熱線の回避に成功する。

 だが戦場で何度もエディゼートの動きを見てきたタブラは、その動きを予測するかのように狙いを追従し始めた。

 その卓越した射撃技術によって繰り出される弾幕は、相手が普通の魔願術師マギフィアドであれば被弾は免れないだろう。――だが、先代の英傑の弟子がそう容易くやられるわけがなかった。


「――『クソッ!その動き気持ち悪いんだよ!』」


 タブラが吠える先、プラトーンは水平移動による回避から降下と上昇を織り交ぜた旋回飛行による回避へと移行していた。

 波打つような軌道を描くかと思いきや、急旋回によって逆側へと加速し、その回避を逆手にとって予測射撃を行うも、あっけなく躱される。

 浮遊島を遮蔽に用いることなく回避し続けると、先にタブラの魔願加速砲レールキャノンに充填された願力が底を尽きた。


 エディゼートの余裕すら感じるその身のこなしにタブラは薄気味悪さを覚えつつ願力を再充填していると、視界に映る標的が握りしめた魔願加速砲レールキャノンの銃口が、妖しく光り輝いた。

 エディゼートが覗く照準器の十字線レティクルの中央には、白龍が鋭い目つきでこちらを睨むように視線を送っている。


「それじゃあタブラ、耐えてね」


 その忠告が意味をなさない程の刹那、黒い銃身がより色濃く滲むと、圧縮された願力が一撃に込められタブラのもとへと射られる。

 超音速の高圧熱線は寸分違うことなく滞空する白龍のもとへと一閃。


「――『っ!?』」


 瞬間、タブラはとっさの判断で願力を集中させた尾を下から振り上げて、前方に顕願ヴァラディアの半球状高密度障壁を展開する。

 直後、熱線と障壁が衝突する衝撃音が轟く。

 黒煙が爆ぜるように霧散し立ち込めると、熱線が直撃した障壁中央には大きな風穴が開いていた。


「――『......あ、あぶなかった。全然手加減してねぇじゃねぇかよ......』」


 タブラは間一髪初撃を防ぎきるも、プラトーンが構える魔願加速砲レールキャノンには次の手を加えるように再度黒光が強く宿っていた。


「ふふっ、さすがタブラ、黒願相手の対処法はばっちりだね。僕が撃ち出した願力以上の顕願ヴァラディアを瞬時に展開するとは」


 以前よりも強くなったタブラを見て、エディゼートは感心したようにそう言った。


 黒願の他者の願力に対する消失性の程度は、その攻撃に含まれる願力量によって決まる。

 もし先ほどタブラが展開した障壁に含まれる願力量がエディゼートの放った熱線のそれよりも少なかった場合、熱線は貫通しタブラに直撃していたであろう。

 青願であるタブラだからこそ、咄嗟の判断であっても対処できたのだ。

 すると言葉を交わす間もなく、二発目がタブラへと撃ち込まれる。


「――『チッ!何を余裕そうにっ!』」


 さすがのタブラであっても、早々に高密度障壁を再展開する願力を賄うことはできない。防戦一方を強いられないためにも、タブラはその機動力を活かして瞬時に熱線を回避し再度連射による攻撃を始める。


「――『デカブツのくせしてちょこまかと動きやがって!』」


「ははっ。この感じ、昔を思い出すね」


 互いに一定の距離を保ちながら回避と射撃が入れ替わるように連続して繰り返される。

 タブラが放つ弾幕はエディゼートに回避されると浮遊島に着弾し、所々土煙が立ち込めていた。

 弾幕が張られる先を予測するように不規則な挙動を繰り返すプラトーンに当てられるはずもなく、次第にタブラは後方のエディゼートに追われる形となった。

 一発、また一発と。後方から差す高圧熱線を単純な機動力と瞬発力、そして動体視力で掻い潜る。

 タブラは回避行動をとりながらも弾幕を張り続け牽制を行った。


 青と黒の残光が入り乱れる様は地上からも鮮明に認識でき、一同はまるで演舞を鑑賞するように視線を釘付けにされていた。


「......いきなり乗りこなしてるエディもすごいけど、攻撃を躱してるタブラもすごい......」


「ふふっ、まるで昔みたいに追いかけっこをしているみたい」


 遠くを見つめるカイレンとエイミィが呟く。

 だが繰り広げられる光景に唖然とするのは何も彼女だけではない。


「あれが......、本当に人の手で作られたものの動きなのかっ!?」


 アズラートが口を開く。

 そう驚くのも無理はない。かつてプラトーンのような機動力を有する大型戦闘機は存在せず、自身がいきなり百年先に転送されたような感覚に陥っているからだ。


「フッ、未だに信じられねぇのはうちも同じさ。けどよ、うちらは生涯を賭けてこのために開発を続けてきたんだ。技術革新ってのは、例えるのなら爆発のようなもんさ。ほら、爆発ってのはいきなり起こるだろ?そういうもんだと思って呑み込めっ」


 そう言ってアイラはアズラートの臀部を勢いよく叩いた。


「わ、わかった。だが、どれだけの訓練を積めばあのレベルの動きができるようになるのやら......」


 するとその言葉にアイラは得意げな表情を浮かべて腕を組み、突然含み笑いをしてみせた。


「フッフッフッ、聞いて驚くな。エディはまだテストパイロットとして五回ほどしか操縦していない。なんなら、まともに飛ぶのは今日が初めてだ」


「は?今日が初めて!?一体どういうことなんだ!?どうしてあそこまで乗りこなせる?」


 疑問が尽きないアズラート。すると隣にいたラーサが、


「アズ工房長。実はあれ、ペダルやレバーといったもので操縦しているわけじゃないのですよ」


 その言葉がアズラートをより深い無理解へと誘う。


「なっ、え?どういうことだ?」


「そうですねぇ。簡単に言うと、自分の意識や神経を機体と同期させて動かしているんです。感覚としては、大きくなった自分の体を動かしているようなものだと思います。だからあのように機体を動かすことができるんです」


 脊椎から人工龍尾へ、そしてそこから機体全体へと神経が連結する仕組みとなっているため、改良を重ねたプラトーンは直感的に操縦することを可能としていた。

 この神経伝達システムを構築できるようになったのも、エイミィらサフィリア兄妹が開発した蓄願結晶ディザストクリスタルのおかげだ。

 現在人工加工物の中で最高度の誘願率を誇る蓄願結晶ディザストクリスタルは、願力に変換された神経情報の伝達を時間差や消耗を限りなく抑えられるため、このような操作性を可能としていた。


「......そ、そうか。未だに信じられないことばかりだが、目の当たりにしているからには本当なんだろう。......ハハッ、こりゃ物好きな第二王子が黙っておられんぞ」


「ハッ、そうさな。どうせすぐにこの機体の量産体制を整えろって無茶を言ってくるに違いねぇ。この機体をいくつも作るのに、一体何体の願魔獣を討伐しねぇといけねぇのやら」


 ――そんな地上での様子を一切気に留める間もなく、両者ドッグファイトによる激しい撃ち合いが続くかに思えた。

 すると突然エディゼートは攻撃の手と追従を止めて、タブラから距離を離した。

 その様子にいち早く気付いたタブラが後方に視線を送ると、


「ねぇタブラ、このままじゃ埒が明かなそうだからさ。早速だけど一回だけ、――誘導弾合戦ミサイルパーティーをしようか。昔みたいに」


 エディゼートがタブラに持ち掛けたのは、魔願術師マギフィアドであれば習得必須の願術顕願ヴァラディアの一種である、『願力誘導弾ディザイアスミサイル』の撃ち合いだった。

 するとその提案を聞いたタブラは、ニヤリと表情を歪ませた。


「――『......ハッ、この撃ち合いも、エディにとっちゃウォーミングアップ程度ってことか。いいぜ、俺も丁度体が温まってきたところだ。――合戦パーティーは盛大に開催しねぇとだよなぁ!』」


 白龍が吹っ切れたように吠える。


「うん、そうこなくっちゃ」


 黒騎士が不敵な笑みを浮かべる。


 この言葉を皮切りに、両者の翼に光が満ちた。

 すると翼部に顕願ヴァラディアによって生成された願力誘導弾ディザイアスミサイルが装填され始めた。

 空気抵抗を最小限に抑えるように長細い形状をした楔形の願力誘導弾ディザイアスミサイルは、翼の内側を埋め尽くすように生成される。

 タブラは両翼に大型願力誘導弾ヘヴィミサイルを計十二発、エディゼートは計二十四発の小型願力誘導弾ライトミサイルを装填すると、互いに距離を離した。


「――『ハッ、もう十年前の俺とは違うってところを見せてやるぜ!』」


「うん、でももう戦場で見てるから大丈夫。タブラこそ、うっかり被弾して気を失わないように」


 円弧を描くように旋回すると、両者翼を相手の方へと傾けて願力誘導弾ディザイアスミサイルの弾頭を狙い定める。

 浮遊島群の合間、標的と重なった瞬間、思念を願力に載せて願力誘導弾ディザイアスミサイルへと送り込む。そして、




「――『くらえっ!!!!』」「くらえ!」




 両者の声が重なると同時に、双方の両翼から願力誘導弾ディザイアスミサイルが一気に射出された。


 願力誘導弾ディザイアスミサイルは翼部から切り離された瞬間後部より充填された願力が勢いよく放出され、凄まじい推進力を得て標的へと飛来。

 タブラが放つ大型願力誘導弾ヘヴィミサイルは瞬時にその速度を超音速まで引き上げてプラトーンのもとへ。一方エディゼートが放つ亜音速の願力誘導弾ライトミサイルは標的を包囲するように四方八方に分散させて射出された。


 青が一直線に、黒が弧を描くように残光を滲ませて飛来する。


 タブラは巨大な浮遊島の影に身を隠すように裏側へと後退を始めた。

 その様子を確認したのち、初撃を最初に躱すのはプラトーンだ。


 光線のように同時に到来する大型願力誘導弾ヘヴィミサイルを最小限の動作で回避すると、大型願力誘導弾ヘヴィミサイルはそのまま後方を突き抜けていくかに思えた。

 だが、次の瞬間、


「くるかっ!」


 視界の後方。大型願力誘導弾ヘヴィミサイルの側部から願力が勢いよく噴射されると、弾頭は再びプラトーンの方へ。捉え損ねた標的をもう一度射止めんと再度急加速して襲い掛かった。

 初撃は同時に射出されたのに対し、二度目の攻撃は計十二発が発射タイミングをずらしてプラトーンのもとへと飛来し、


「一、二、三、四、五、六、七、八――」


 右、上昇、左、前進、右旋回、後退、下降、左旋回と。回避した願力誘導弾ディザイアスミサイルの数を数える。高速の連撃とはいえ、その軌道は単調でエディゼートにとっては回避しやすいものだった。

 だが、このまま全弾回避を達成しようと目論んだ次の瞬間、


「――あっ」


 視線の先、残り四発の願力誘導弾ディザイアスミサイルは、正面遠方に正方形の頂点を成すように発射態勢を整えていた。そのことに気付いた瞬間、エディゼートはこの攻撃が回避不可能であることを瞬時に理解した。

 同時に四隅から囲うように超音速の攻撃をされては、回避する十分な空間がない。最後の最後でタブラからのありがたいサプライズが用意されていた。


 ――こうなれば致し方ない。回避を諦めたエディゼートは、翼部だけでなく脚部裏面にまで願力を集中させた。

 すると正面四方に分散した大型願力誘導弾ヘヴィミサイルが加速する。到来まで残された猶予は残り一秒強。


「一か八か!」


 決意は固まった。

 両翼を大きく一度はためかせ、そして脚部裏面に集中させた願力を一気に解放し、爆ぜるように後方へと急加速。そしてまさに一秒前、プラトーンが滞空をしていた場所を焦点として、四発の願力誘導弾ディザイアスミサイルが同時に射抜く。


 ――その瞬間を、照準器を覗くエディゼートは待っていた。


 後退と同時に魔願加速砲レールキャノンの引き金を引くと、銃口部より高圧熱線が射出。その狙う先はまさに四つの願力誘導弾ディザイアスミサイルの軌道焦点その中央。

 次の瞬間、プラトーンは飲み込まれるように黒煙に包まれた。



「「「「「――――......!!!!!」」」」」



 その様子を地上より見ていた者らに、刹那の沈黙が訪れた。

 最初は静まり返っていた空間も、次第にエディゼートを心配する声が上がり始める。地上から最後に見えたのは、後退したプラトーンに突き刺さる願力誘導弾ディザイアスミサイルの雨だった。

 だが心配が引き起こした喧騒は、エディゼートの実力を知らない者らによるものに過ぎなかった。


「――安心して、みんな。白影小隊のリーダーが、エディがそう簡単にやられるわけがないんだから」


 カイレンは一同を安心させるように大袈裟に言ってみせた。そして白影工房一同とアイラは、その言葉に頷くように平生を保ったまま上空に上がる黒煙を眺めていた。

 その言葉に半信半疑になりながらも、一同は空を見上げた。

 すると、


「......む、おい!煙が晴れたぞ!」


 アズラートが指差す方角、立ち込めていた黒煙が突如として霧散した。

 そして人々が目を凝らす先、浮遊島群の狭間に一つの黒影あり。

 そう、そこから現れたのは、



「......ふぅ、危なかった。でも、被弾無し、と」



 エディゼートは視界の下方にある機体の全体像が映し出された表示に異常がないことを確認して、安堵の溜息を吐いた。


 ――最大出力の一撃は、狙いを寸分も違わずに全ての願力誘導弾ディザイアスミサイルを同時に撃ち抜いたのだ。

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