第11話 ロマンの実在の証明
直上から差す日の光をはねのけるように、着陸態勢に入ったプラトーンはその異様な存在感を保ったまま軽やかに地上へと降り立った。
翼部への願力供給がなくなると吹き荒れていた風ははたと止み、落ち着きを覚えるほどの静けさが辺り一帯に満ちる。
胸部装甲を開放し、装着していたゴーグルと人工龍尾の連結を解除すると肉体の感覚は元の自身のものへと移り変わっていった。それと同時に機体の装甲は黒色からもとの白銀色へと変色し、魂が抜け落ちたように沈黙した。
「おーい!」
エディゼートの耳元にアイラの声が届く。すると操縦席から顔を出すエディゼートの前方には、第三工房の面々が駆け寄っていた。
「どうだった、エディ?新たなプラトーンの飛び心地は」
「はい、前回と比較して安定性が格段に向上してましたので、それはもう最高でした。
興奮冷め止まないのはエディゼートも同じであった。
エディゼートの言葉を噛みしめるようにアイラは腕を組んで頷く。
「そうかそうか。いやぁ、それはよかった。――おや?あれは......。フッ、どうやらタイミングよく来たようだな。あんたの相棒が。そして、うちの旦那が」
するとアイラが振り向く先、グラシアがある方角に武装した一体の翼龍の影が見えた。
手には
「おーい、タブラー」
龍化を終えた白龍タブラはエディゼートらの姿を確認するとそのまま一直線に降下を始め、エディゼートは大きく手を振った。
「よぉ、待たせたなみんな。連れて来たぜ、第一の工房長を」
「――ハハッ、ロマン野郎の要望で大きな白龍に連れ去られてきたぜ!とうっ!」
豪快で威勢のいい男の声がする。
タブラは地上付近で緩やかに減速をすると、背面にいた初老の男はその場から勢い良く跳躍し、そのまま地面へと降り立った。
頭部後方へとかき上げられた白髪交じりのエディゼートよりも明るい青髪と無精髭、つやのある日に焼けた小麦色の肌は内側に秘めた筋肉によって今にも張り裂けそうだ。その巨体と金色の瞳を宿した鋭い目つきからは威圧感すら感じるものの、にやりと歪められた口角と凛とした顔立ちから逆に悪人ではないことが窺える。
鍛え上げられた肉体を存分に見せつけるように、つなぎの上半身部を脱ぎ捨てた男は腕を組んでみせた。そしていたずら気な表情をアイラに向けて浮かべると、
「はぁ。相変わらず、ここにいると俺の感覚がアイラのロマンに毒されておかしくなっちまいそうだぜ」
「とか何とか言って、結局はうちのロマンが見たくてここに来たじゃないか。なぁ、うちのことの次に実用性という言葉が大好きな、アズラート第一工房長さんよぉ」
互いに体当たりをかまし合うと両者不敵な笑みを浮かべて目線を交わした。
小柄な女性と初老の巨漢、まるで二人は親子のように見えるも四十年間以上を共に連れ添った夫婦なのである。
「はぁ、そんなよそよそしい呼び方をしなくてもいーじゃねぇか。まぁそれよりも、ついにあの機体が出来上がって本当か?」
「あぁ、本当さ。見ろ、さっきエディにプラトーンを飛ばしてもらったんだ。改良に改良を重ねた結果、ついに安定した願力供給と出力を両立することができたのさ。どうだ、うちがロマンだけの馬鹿じゃないってことが証明されただろう?」
「ハッ、馬鹿だなんて言った覚えはないさ。ただ、俺と違って現実がちーっと見えてなさすぎなところがあるって言ってるんだ。あ、もしかして、背が小さすぎると見えなかったりするのか?ハッ」
「なにぃ?それはアズがロマン不足なだけだ。体だけじゃなくて、頭まで固くなってどうする。図体がデカいってのも頭がお粗末だと持ち腐れになるもんだなぁ。ハッ」
小言を言い合いながらも仲良さげなアイラとアズラートを前に駆けつけたラーサは口を挟んで、
「相変わらず、ししょーたちは会う度にイチャイチャしますよね」
「「イチャイチャしてねぇからっ!!」」
「あはっ、息ぴったりじゃないですか」
毎回恒例のやり取りを済ませると、話題はすぐさまプラトーンの方へ。
「そんで、とりあえず俺にプラトーンが実用的に使えるってところを見せてくれよ。毎度毎度、アイラの奇天烈な発明を実用的になるように改造して量産体制を整えるのが、俺の仕事だからな」
そう言ってアズラートはアイラの臀部を大きな平手で叩いた。
現在
アイラが型を作り、アズラートが形を整える。このような体制で夫婦揃って工房長としての地位を築き上げてきたのだ。
「気安くうちのケツを触りやがって......。おいエディ、ご指名だ。さっきうちらに見せてくれた感動をアズたちにも見せてやってくれ。――なぁ、今度は機体の限界性能に挑戦してみようじゃねぇか。生身のあんたができること、全部プラトーンにやらせてみようぜ」
にやりと口角を歪ませるアイラにつられるように、エディゼートも調子よさげな声音と表情で、
「はい、是非とも任せてください。――生体改造を施さなくても、人は龍になれることを証明してみせましょう」
渾身のキメ顔でそう言うも隣のタブラから苦言が呈される。
「......かっこいいこと言ってるけど、俺の存在をバッサリと否定してるからな?」
「あ、ごめんタブラ。えーと、どうしよう、せっかくかっこいいこと言えたと思ったのに......」
何とも間の悪い空気が立ち込めると思いきや、その雰囲気ごとアイラの爽快な笑い声がすぐに吹き飛ばした。
「ハーッハッハッハッ!面白いこと言ってくれるぜ。さぁタブラ、自身の存在意義を証明するためにも、プラトーンと本気で戦ってこい!」
だが飛行性能試験の一部始終を見ていなかったタブラはその言葉に怪訝そうな顔をして、
「え、いいんすか?だって前回の性能試験では飛ぶことすらままならなかったのに」
「問題ないさ。うちはな、さっきこの目で見て確信したんだ。プラトーンはその名の通り一小隊分の戦力を単機で担える能力があると。それをアズにわからせるためにも、互いに実戦を想定して模擬戦闘を行ってみてくれ。なに、万が一壊したってかまわないさ。それはうちの技術力不足が引き起こしたことになるからな」
ここまで自信ありげに言われるとタブラも模擬戦闘を了承するしかなかった。
タブラ自身最初はどこか不安を感じていたが、同時にプラトーンがどれほどの性能を引き出せるのかについての興味もあった。
するとタブラは頷きながら挑発的な視線をエディゼートに向けた。
「そこまで言われたら、仕方ないっすね。――おい、エディ。十年ぶりに俺と勝負だ、今すぐプラトーンに乗り込め」
「ふふっ。わかったよ、タブラ。模擬戦闘だけど手を抜かないようにね。僕も本気を出してみるから」
普段無愛想で無表情なエディゼートであっても、闘争心が掻き立てられた時ばかりは不気味なほど不敵な笑みを浮かべるのだ。
その殺気に当てられたタブラは過去に植え付けられた恐怖心を思い出すも、
「ひぃ、怖い怖い。でも、あまり無茶して機体をぶっ壊すなよ?それじゃあ俺は海上で待ってるからな」
「わかった。すぐに行く」
短いやり取りの末、タブラは海の方へ、そしてエディゼートは再び操縦席へと向かっていく。
座り込んだエディゼートは先ほどよりも慣れた所作で機体との接続を済ませ、プラトーンは再びその体に漆黒を宿した。
「......なるほど、思っていたよりも生体認識と接続に時間がかからないんだな」
その様子を興味深そうに見つめるアズラートは腕を組みながらそう呟くと、アイラは言葉を返した。
「あぁ、そうさ。あの機体は言ってしまえば人工龍尾を拡張して人の形にしたようなものだからな。お、動き始めたぞ」
本起動が完全に完了すると、鎧を纏った巨人が動き出すようにプラトーンはアイラたちの方を振り向いた。
エディゼートは機体を見上げるアズラートに対して、
「ではアズラートさん、プラトーンが戦場を舞う姿を想像しながら見ていてください」
「おう!楽しみにしてるぜ。それじゃあ行ってこい!」
「はいっ」
返事を終えると、プラトーンは背面に格納されていた
そのまま海岸側へと駆けると徐々に翼部に漆黒の願力を充填し、離陸態勢を整えた。
その様子を遠方の海上から見届けるタブラに対して、
「それじゃあ行くよ、タブラ」
「――『おう!』」
通信機から返事を聞き届けると身を屈めて沈み込み、そして――、
「――テイクオフ!!」
跳躍と同時に突風が巻き起こる。機体は一度垂直に上昇すると、体勢を海上へと傾け一気に加速。
まるで黒炎を翼に
「すげぇ......、本当に空を飛んでいる......だと!?」
その様子を見ていたアズラートは先ほどから開いた口が塞がず、アイラは得意げな表情を浮かべて、
「だから言っただろ?ロマンってのは形になった瞬間最も美しく、かっこいいのさ」
「あぁ、こればかりはアイラの言う通りだ」
次第に両者の距離は近づいていき、そしてついに対峙することとなった。双方、その場で滞空を始める。
タブラは想定していたよりもプラトーンが機敏に動いたからか、目を丸くしてぎこちなく口を半開きにしていた。
「――『おいおい、前回の飛行試験の時と全くの別物じゃねぇか』」
「ふふっ、そうでしょ?でもまさか、怖気づいたりしてないよね?」
そんなエディゼートの口先の挑発に踊らされるほど、龍であるタブラは短気ではなかった。
「――『フッ、相手がエディの時点ではなから勝とうだなんて思ってねぇよ。でも、これは撃ち甲斐がありそうだ』」
「そう、ならよかった。一応僕の方は威力を抑えるけど、タブラは全力で撃っても構わないよ。全部消してみせるから」
「――『あぁ、わかった。それじゃあ背を合わせて三つ数えたら戦闘開始だ、俺が合図をする』」
「わかった」
タブラの言葉に従い両者は距離を詰めると背中合わせに。
海面は生じた気流によって波紋が広がり、遠方より開戦の様子を見守っていた一同は固唾を呑んでその瞬間を待っていた。
訪れた静寂が緊張感をより引き立たせる。
両者
「――『準備はいいな?』」
「うん、いつでもいけるよ」
「――『わかった。では、カウント。――スリー、――ツー、――ワン』」
双方に願力が満ち煌々と青と黒の光が混ざり合うと、
「――『戦闘開始!!!』」
掛け声と同時に両者は膨大な推進力を得て垂直に飛び立った。
――白龍と暗黒龍騎士の、威信を賭けた模擬戦闘の始まりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます