第3話 戦場の白影たち[3]

「......っ!」


 その一撃に、マックスは驚愕を抑えることができなかった。


 拡張部より放出された願力の渦は、銃口部より放たれた願力の熱線と共に願魔獣の核面中央へと射出。周囲を願力の螺旋状領域によって補強された熱線はその威力を維持しながら願魔獣本体へと到来する。

 青願の願魔獣の探知外から放たれたその一撃は核面を粉砕するだけに止まらず、その後方頂点部をも貫通し終いには射線上に重なったエディゼートすらも貫いた。


「なっ!?大丈夫かっ!?」


 その様子を遠方より辛うじて観測していたマックスは思わず声を上げた。

 マックスによる見立てだが、タブラが放った熱線の威力は青願の願魔獣が仲間を墜とした一撃の倍以上の威力を優に有していた。


 渦巻いた熱線の残光が霧散し消えると、核面を貫かれた願魔獣は蒼白色の爆炎を上げ崩壊し墜ちていった。

 そしてマックスはすぐに気づくこととなった。エディゼートらの後方にある無数の浮遊島群の一切が熱線による被害を受けていないことを。――タブラが放った熱線は、エディゼートより後方に貫通することはなかったのだ。

 このことが意味することは――、


「――『あ、あ、聞こえますか?マックスさん』」


 マックスの左腕に取り付けられた通信機に光が宿る。エディゼートの声だ。


「あ、あぁ、聞こえる。聞こえるとも」


 放心状態のマックスは視線を遠方に固定したまま通信を続けた。視線の先には、黒色の翼を広げ、構えていた散弾銃を下ろしたエディゼートの姿があった。

 そしてエディゼートの前方、二体の疑似願魔獣は核面を除いて黒色だった表面を無色にも近い半透明へと変色させ、役目を終えたように崩壊していった。


「――『青願のオペレーター、討伐完了です。地表付近の汚染された願力の濃度が低下しているので、この一帯の願魔獣は完全に掃討されました。負傷者の姿も地上で確認、現在吸血族の仲間が救護に駆けつけていますので、蘇生の方は安心してください』」


 視界の下方は先ほどまで黒霧がかかっていたが、今では徐々にその密度を小さくさせ、ようやく地表面を視認することができるようになった。

 マックスら第二小隊が接敵してからおよそ三十分弱。その大半の時間を願魔獣子機の殲滅と撤退に費やしていたため、数分にも満たない経過によって為された青願の願魔獣の討伐は非常に迅速なものであった。


「そ、そうか......。尋ねたいことが山々だが、小隊長として、まずは君たちに礼を言わせてくれ。――本当に、ありがとう。対有色願魔獣戦を想定していない私の小隊では太刀打ちできなかった。もう少し、私に実力があれば仲間たちも......」


 まるで自分の無力さを噛みしめるようにマックスは右拳を握り締めた。だがエディゼートが次にかけた言葉は、そんなマックスの言葉を否定するようなものだった。


「――『いえ。未知の状況に遭遇しながらも耐え抜けたのは、紛れもなくマックスさんの実力です』」


「実力?いいや。私が無事だったのはただ、運が良かっただけだ。実力などではないよ」


「――『いいえ、違います。――運も実力のうちにすべき。経験したことをもとに思考と行動ができる実力がなければ、運すらも掴み取れないものですよ』」


 まるで自分の無力さを丸め込まれたように、エディゼートの言葉を聞いてマックスは一瞬の間だけ口を閉ざした。何かマックス自身に考えるものがあったようで、気づけば強く握られていた拳から力みが抜けていた。


「そうなのか......?」


「――『はい。被弾してしまった人たちのことを貶すつもりはありませんが、生きて帰れる能こそが全てです。それに、マックスさんには帰りを待つ人がいるのでしょう?左手の薬指、指輪がはめられていますよね』」


 言葉に誘導されるように、マックスは自身の左の薬指を見た。そこには結婚の際に妻と購入した、中央に小さな青い鉱石が備え付けられた指輪が確かにあった。普段何気なく身に着けているものであるはずなのに、何故か今だけは特別重さを感じるような気がしていた。


「こんな些細なもの、よく見ていたな」


「絵を描くときでなくとも、ついつい目に映るものを事細かに観察してしまう。師匠から受け継いでしまった悪い癖の一つです」


 表情は見えないが、微笑んでいるのがわかるほどその声はとても柔らかなものだった。


「ははっ、そうかそうか、受け継いでしまったのか。――そうだな、確かに私には帰りを待つ妻と子供たちがいる。それと、君の言葉に従うのなら、幸運にも君たちに救われた私たちは大の実力者であるのだな。ははっ」


 マックスは空を見上げながら爽快に笑ってみせた。

 気づけば夜空の一端だった箇所が徐々に明るくなり、少し肌寒くも清々しい北風が頬を撫でている。


「――『わかっていただけたようですね、運も実力のうちにしちゃえばいいんです。まぁ、この言葉は師匠の受け売りなんですが』」


「そうか、さすが英傑の言葉だな。痛快なほど今の私の気持ちに突き刺さった。もちろん、いい意味で」


 犠牲は出てしまったが、対峙してしまった相手から受けた被害は最小限に止めることができた。マックスは今、自責の念よりも生き残ることができた事実を噛みしめることができていた。


「――『そう言っていただけるのなら何よりです。では、最後に宣伝となりますが、今後とも白影工房並びに白影小隊を御贔屓に』」


「ん、白影工房?一体なんだそれは?」


 マックスがそう聞き返した瞬間だった。先ほどまで無言を貫いていたタブラのため息が通信機から聞こえてきた。


「―― 『はぁ。おいエディ。せっかくいい感じの雰囲気で話をしていたのに、最後の最後で自社の宣伝かよ』」


 マックスの前方には合流したタブラとエディゼートの姿があった。両者は今マックスの方へと向かっていた。

 エディゼートは散弾銃を肩に掛け、タブラは排熱の済んだ拡張パーツを取り外すと尾の先を使って背面の装甲に格納した。


「―― 『だって、宣伝できるときに宣伝しておかないと。こっちの地域じゃまだまだ僕たちは無名なんだから』」


「―― 『そうだとしても、犠牲者がいるんだぞ?もう少し人の気持ちを考えろ。というか、何で龍の俺が人のお前に道徳的なことを言わなくちゃいけないんだ、まったく』」


 通信機から聞こえてくるのは若々しい声だった。そんな二人の様子をマックスは微笑ましそうに見ていた。


「まぁまぁ、私の気持ちなど今は気にするな。それよりも、君たちはアカデミー以外の団体にも所属しているのか?」


 マックスは正面に滞空する一人と一体に向けて尋ねた。


「はい。僕たち『白影工房』は、主にアカデミーなどで開発される新兵器の性能試験や宣伝、そして師匠の悲願であるディザトリー奪還の一戦力として活動しています」


「師匠だけじゃなくて、龍と人類の悲願だからな」


 マックスが相槌を打つよりも先にタブラの小言が挟まれる。

 するとマックスはエディゼートの言葉から何か気づいた様子で、背面に装着された人工龍尾を反らしてみせた。


「そうか。ということは、今私が装着している新型の人工龍尾も?」


「はい、そうですね。実際に向上した性能を見せに魔願術師マギフィアド協会の会長のところまで行きました」


「なるほど。ははっ、会長に直接とは、英傑の弟子とだけあって顔が広い。いいことだ、自身が持てる全てを活かし尽くして活動をしているだなんて。私はとても気に入ったよ」


 マックスは関心を示すように腕を組んでみせた。

 仲間が一命を取り留められたのは何も彼らの戦闘力だけではなかったのだ。新たな技術を宣伝し、それを戦場に反映させていく。魔願術師マギフィアド協会の戦闘員としての活動しかしてこなかったマックスにとって、エディゼートらの行う活動は非常に目を見張るものがあった。


「そう言っていただけて嬉しい限りです。では、僕たちはこれにて」


「あ、少し待ってくれ」


 早々に撤退しようとするエディゼートらをマックスは引き留める。


「どうしました?」


「君たちについて気になったことがあって。最後に一つだけ聞かせてくれ。君たち程の実力であれば、魔願術師マギフィアド協会に所属するのは容易いはずだ。だが、何故協会に所属せずに今の活動を続けているんだ?」


 マックスの質問に対し、エディゼートとタブラは顔を見合わせた。するとタブラは含み笑いを、そしてエディゼートは苦笑いをしてみせた。


「いいか、旦那。俺たち白影小隊は確かに個々の力は強いかもしれない。でもそれぞれ難儀なことがあって、理解のある昔馴染みと組まないとうまく戦えないんだ」


「なるほど、そうだったのか。しかし難儀なものとは一体?」


 マックスが尋ねるとタブラは首をエディゼートの方に向けて、


「例えばこいつ、エディは十三年前のディザトリー近郊で起きた大規模願力災害の生存者なんだ。でも汚染された願力を浴びた影響で、小さい時から願力が見える代わりに色が認識しずらいんだと」


 マックスは視線をエディゼートの方へと向けると、エディゼートは首を小さく縦に振ってみせた。


「十三年前の、......それに、被願生存者だったとは。ということは、ご家族は」


「全員死にました。両親も、姉も、妹も」


「......」


 マックスは思わず声を詰まらせた。エディゼートの乾いた言葉は一瞬にしてマックスの心を強く締め付けた。だが、エディゼートの表情は依然として穏やかなまま。


「でも、幸いなことに僕には昔の記憶がないので家族のことは覚えていません。はは、皮肉なことに僕はいろいろと運がいいんです。黒願の特性のおかげで災害の中でも辛うじて生き延びられて、死にかけのところを師匠に拾ってもらえて」


「それは......、すまない。余計なことを聞いてしまった」


 マックスは後悔の念のと共に謝罪をした。するとエディゼートは首を横に振って続けた。


「いいんです。今は苦楽を共にできる仲間たちがいるので」


 そう言ってエディゼートはタブラの方に一度視線を送った。そんなタブラはというと間が悪そうにため息をついて、


「はぁ、こっぱずかしいこと言いやがって。まぁ旦那、あんたの質問に完全回答するとだな、俺たち白影小隊のメンバーのほとんどは協会の所属の事前審査で落とされるような奴ばかりだ。こんだけ強いエディだって、視力の項目で落とされる。まぁ、一応小隊全員特例で所属できることになっているが、蹴っているってところさ」


「はは、マックスさんの前で言うのもあれですが、協会に所属していると少し自由が利かないのでね。僕たちには僕たちにしかできないことがあるので、違った角度から人々の手助けをしていきたいんです。回答はこれでいいですか?」


 一人と一体の真っすぐな視線がマックスに向かっていた。


「あぁ、ありがとう。君たちの理念は十分伝わった。本当にたくましく、頼もしい限りだ。白影工房のことは私から仲間たちに大々的に話をしておく。英傑の弟子たちに救われたとな」


 マックスの瞳には少し気恥ずかしそうに微笑むエディゼートとタブラの姿が映っていた。


「ありがとうございます。では、僕たちはここで」


「あぁ、これからも頑張ってくれ。応援している」


 マックスの言葉にエディゼートは一礼をしながら礼を述べると、タブラと共にすぐさまその場を飛び去って行った。

 その姿を見届けるマックスは、救護班の到着を待ってその場で滞空を続けていた。


「力の差を憂うよりも、まずは持てる全てを尽くすことを考えないといけないな」


 得られた学びを噛みしめるマックスは、横目より覗く朝日の眩しさに目を細めた。遠方にはエディゼートらと入れ替わるように飛来する複数人の小さな影が確認できた。

 マックスは指輪をそっと指でなぞると、犠牲となった飛龍を追悼するように瞼を閉じた。わずかに滲む日射の暖かさが彼を包んでいる。



 ――その後、この日の一連の出来事によって、白影工房の名は大陸北部中で聞こえることとなった。

 これはその始まりの一場面であり、学生である彼らの戦場での一面でもある。

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