第2話 戦場の白影たち[2]
「増援?でも他の小隊は――」
そう言いかけた瞬間だった。男の腕に付けられた通信用の鉱石機器に赤褐色の光が宿った。通信が復活した合図だ。
「――『こちら作戦本部。応答せよ、こちら作戦本部』」
「はっ、通信が戻っただと!?よ、よし。これなら!」
聞こえてきたのは切迫感混じりの女性の声だった。男は声が聞こえると同時に我に返り、願魔獣が怯んでいる隙にすぐさまその場から後退を開始した。そしてそのまま震える声で通信に応え、
「こちら第二小隊小隊長マックス。現在第二小隊は新型の願魔獣の攻撃を受け壊滅。生存者は自身を除いて確認できていない。至急救援を求む!」
簡潔に状況報告を済ませると、
「――『了解。現在翼竜一体と
「なっ、たった二つで!?あぁいや、すまない、何でもない。了解、青願の対処はそいつらに任せて私は一度戦線を離脱する」
男は少なすぎる増援に懐疑心が思わず口に出てしまうが、先ほど自身を救った強烈な一撃を思い出し納得した。
「――『了解。至急救助隊を向かわせるので、あなたは安全圏で待機を。では』」
短い通信を終えると、気づけば後方数百メートル程にいたはずの影がマックスの直上付近まで接近していた。マックスは状況を伝えようと、顔を上げようとした。だが、遠目では気づくことができなかった翼龍の異様な姿に男は思わず唖然としてしまうこととなった。
「な、なんだこれは?」
マックスに接近してきたのは、龍としての尊厳の一切を無くした武装の塊。一体の白龍だった。
全体的に突起の少ないなだらかな鱗、そして背面から延びる巨大な翼は傷一つなく、青白い月明りを鏡面のように反射している。だが決定的に異様なのは、右腕に蒼白色の巨大な小銃型の兵器を装着し、背面には四つ又長柄の拡張パーツを搭載していることだ。
マックスはその異形を目で追っていると、白龍は気づいたようにまっくマックスの方へと向かっていった。
「――お、アンタが第二小隊の
白龍から聞こえてきたのは、少し高く若い男性の声だった。隣につくと、金色の瞳をマックスへと傾けた。
「あ、あぁ。そうだ、俺が第二小隊小隊長のマックスだ。それより、なんだその武装は?」
今するべきではない質問と分かってはいたが、マックスは堪らずそう尋ねると白龍はうんざりした様子で、
「あーあー!わかってるってそんなこと。尊厳の一切がないとか、不格好極まりないとか言いたいんだろ?」
「あぁいや、そんなつもりはない。それよりもう一人はどこに?あ、後ろにいたのか」
するとマックスは不機嫌そうに目を細める白龍の背後に、一人の人影があることを確認した。
後ろで短く縛られた濃紺の髪に、橙色の瞳。黒色の布地に白色の装飾や刺繍が施された丈の長い制服は、腰のあたりのベルトで締め付けられている。だがマックスらの
「黒願に、黒帯に巻かれた散弾銃......」
記憶のどこかに思い当たる節があったのか、マックスは青年の特徴を一目見てそう呟いた。
するとマックスは青年と目が合うと真っ先に青年に対して口を開き、
「その制服の紋章、グラシア・アカデミーの学生か?」
青年の胸元には白色長方形に黒色の翼が刻まれた紋章が取り付けられていた。マックスの問いに青年は頷いて正面を向く。
「はい。芸術科に所属してます、エディゼートというという者です」
青年、エディゼートが名乗るとマックスはいよいよ合点がいったのか頷いてみせた。
「なるほど、そうか。ということは、クロム様が自慢げに語られていた一人弟子というのは君のことだったのか」
マックスは、かつて戦場の最前線で偉才を存分に振るった英傑の、何気ない会話を思い出していた。
するとマックスの言葉を聞いたエディゼートは、先程までの無愛想にも思えた硬い表情を少しばかり緩ませた。
「はは、自慢げというなら多分そうですね。生前師匠は協会の方によく顔を出していましたので、もしかしたら僕のことを話していたかもしれません。それよりも、確かに弱点部に命中したはずがどうしてもう一体のテトラ型の青願が?」
エディゼートが視線を向ける先、外殻が破壊され一回り小さくなった青願の願魔獣は依然として浮遊飛行を続けていた。更に、戦闘を開始する以前に見えていた地表面は黒い霧に覆われて視認することはできなくなっていた。
「あれは間違いなく新型だ」
「新型?」
「ああ。願魔獣の中に、もう一つ別の願魔獣が入っていたっていうからくりだ。遠方から視認した時は通常個体だったが、子機を殲滅した途端に内部の青願が現れやがった」
「......なるほど」
前代未聞の事態にエディゼートは信じがたい様子で返事をするも、弱点を破壊してもなお存在し続ける願魔獣を前に半ば強引に納得してみせた。
すると突然、
「――『あ、あ、あ。もしもし、聞こえる?エディ』」
少女の声が聞こえる。同時にエディゼートが左耳に取り付けている通信用鉱石機器に青白い光が宿った。エディゼートは通信機に手を添え相手の少女との通信を開始する。
「聞こえるよ、カイレン。それで負傷者の方は?」
小隊長として、仲間の安否が気がかりなマックスは落ち着きのない様子で耳を傾けた。
「――『ラーサが使ってる生体レーダーによると、翼龍以外全員辛うじて生きているって感じだって』」
「ほ、本当か!?あっ、すまない。続けてくれ」
マックスは思わず叫んだ。突然の大声にエディゼートは身を震わせて驚きながらも、何でもないと言って通信をつづけた。
「――『でも救出しようにもまずは残りの願魔獣を倒さなくっちゃ。地表付近は汚染された願力が充満しているから、討伐はなるべく早めに。いくら新型の人工龍尾を装備していても、そう長い間は人体の形状維持機能は持たないからね』」
「了解。それじゃあ僕とタブラで倒してくる」
「――『わかった。私たちは別の部隊の増援に向かうからそっちは任せたよ。頑張ってね、私のエディ』」
短い通信を終えると、エディゼートは白龍タブラに視線を送った。通信を隣で聞いていたタブラは意図をくみ取ったように頷くと、長い尾を器用に使って背面の拡張パーツを右腕の兵器に取り付けた。
「さっきの一撃は、その兵器と君によるものなのだろう?」
マックスが尋ねるとタブラはニヤリと口角を上げた。
「ハッ、そうさ。こいつは俺の妹が親父の死んだときに出た金を全てつぎ込んで作り上げた、馬鹿と天才の塊の一つだ。発射分の願力をぶち込むだけで頭がクラクラするぜ、まったく」
口ではそう文句を言いつつも、その表情と口調はどこか調子が良さげだ。
「青願の龍が発射に疲弊する程の威力、なるほど。ははっ、あの威力であれば当然か」
すると駆動音と共に四つ又の巨大な小銃型の兵器に次第に蒼白の光が充填され始めた。マックスは目新しいもの尽くしのその様子に目を見張るばかりだ。
「願魔獣の学習能力的に、もう不意打ちは通用しないはず。僕が引き付けるから外さないように」
「あいよ」
肩にかけていた散弾銃を構えたエディゼートに返事をすると、タブラは気合を入れるように両翼を一度大きく羽ばたかせた。するとエディゼートは自身より一回り小さい正二十面体を
「
生成された全面黒色の正二十面体は意思を持つようにエディゼートの周囲を浮遊し、まるで子猫がなつくようにマックスの傍へと飛来した。マックスが両手でそれらを撫でると、疑似願魔獣らは主であるエディゼートの両脇を固めるように並んだ。
「質の悪い
「十分って、二十面体は操作難易度最大の代物だというのに。ははっ、もう私には理解ができん」
マックスは思わず頭を抱えそうになるのを堪え苦笑いをした。だが、自分では太刀打ちすら出来なかった相手を撃破してのける実力がエディゼートとタブラにあることを確信していた。
「それじゃあ行こう、タブラ。人命がかかっているから試作機の性能試験はほどほどに。マックスさんはここで待機を」
「ああ。気を付けて」
「では」
その言葉を最後に、エディゼートとタブラはそれぞれ黒と青の残光を迸らせ移動を開始する。
自身が一切介入できないまま事が進む状況で、マックスは蒼白色正四面体の願魔獣に向かっていく一体と一人の背中を見届けた。
その姿は徐々に小さくなり、願魔獣の探知範囲付近にまで差し掛かる。
「(一体、どんな戦い方を......。ん?白龍が止まった?)」
マックスが見据える先。タブラとエディゼートは両者揃って願魔獣に接近するかと思いきや、タブラはその場で急停止をして滞空を始めた。今はただ、黒色の正二十面体二機とエディゼートのみが進行を続けている。
「(まさか、龍じゃなく人が
そうとしか言いようのない距離までエディゼートのみが願魔獣に接近。すると疑似願魔獣らは左右に展開するように移動を始めた。
願魔獣は侵入者を探知すると、先ほどまでの低速浮遊飛行から一転して機敏に上下左右に動き始める。巨体でありながらもその速度は通常個体とは比べ物にならず、遠目であっても追うのが一苦労だった。
マックスは未だ兵器を構えて滞空を続けるタブラを怪訝に見つめながらも、単騎で突撃する青年の様子を見届けた。
――戦闘開始の合図は願魔獣による小規模の熱線の高速連射だった。単体でありながらも頂点部より射出される熱線は弾幕となってエディゼートへと到来。
「(無茶だ!いくらなんでも青願の熱線を正面から......。いや、何だあの動きは!?)」
だがその心配は、マックスの杞憂であることは明らかだった。
正面から接近する熱線をエディゼートは最低限の身体動作のみで回避。体幹を軸に旋回を繰り返し弾幕の隙間を掻い潜ると、願魔獣目掛けて急接近する。
願魔獣は咄嗟に高速で後退するが、展開していた疑似願魔獣らが願魔獣の進行方向を予知しているように先回りするため、挙動を荒ぶらせる。
当然この間も願魔獣の攻撃は続いていたため、エディゼートは回避と誘導を同時並行で行っていた。その様子はマックスを更なる理解不能へと追いやることとなった。
大小様々の浮遊島群の隙間を縫うように、蒼白と漆黒の残光が軌跡を描く。戦場でなければそれは芸術としての価値すら見出せそうな光景だ。
「これが英傑の弟子の実力、往年のクロム様を見ているようだ。ハハッ」
マックスが思わず笑ってしまう光景に、すぐさま変化が生じた。
願魔獣はいよいよエディゼートに攻撃を命中させるのは不可能と判断したのか、熱線による射撃を止めて疑似願魔獣を追尾。
高速移動による突撃によって疑似願魔獣らを仕留めようとするが、浮遊島群に紛れ連続で交差軌道を描き、最小限の挙動で回避する疑似願魔獣を捉えることはできず、体表の三つの面の光を徐々に減らしていくばかりだ。
「(これほどまでの見事な誘導。全てはあの白龍のため、か)」
マックスがそう判断するように、タブラが構える兵器は今にも蒼白の光がその銃身から解き放たれようと煌々と光り輝いている。
タブラは両翼を雄大に広げると、翼に光を強く宿してその場に固定されたように滞空を開始した。
一方で、青願の願魔獣は二体の疑似願魔獣に攻撃性能がなく脅威ではないと判断したのか、高速移動による追尾を早急に切り上げて体表面の失った光を充填し始めた。
一時休戦。両者そのように見える一瞬も、英傑の弟子は手を緩めることはなかった。
――マックスは見ていた。願魔獣の注意を外された瞬間、エディゼートが何をしていたのか。
「(探知外まで上昇し、翼を消して気配を殺す。そして自由落下による急接近、そういうことか)」
雲間より覗く青白い月と重なるほどの高度に、純粋な人の形をした逆さの影が映る。エディゼートの行動を事細かに分析したマックスは決着が近いことを確信した。
魔願変換によって青願の願魔獣は体表面に願力の再装填を完了。だがその背後に迫る最大の脅威に気付いた時には時すでに遅し。
闇夜をも染め上げる漆黒の尖影が、エディゼートの構える散弾銃に巻かれた黒帯の隙間から光芒のように尾を引いた。
それは凄まじい殺気であり、遠方からその様子を見届けていたマックスは潜在的な恐怖心が掻き立てられるかのように一瞬にして額に汗を滲ませた。それは願魔獣も同じであったようで、目にも止まらぬ速度で核面をエディゼートから背けるように急旋回をする。
――その状況はエディゼートによって仕向けられたものとも知らずに。
「今だ、タブラ」
呟くように発せられたその声は当然タブラには届いていなかった。だが標的を見据える金色の瞳はこの好機を逃すはずがなかった。
タブラが構える兵器の過給機が高速で回転する駆動音が聞こえると同時、銃口より延びる四つ又に開かれた拡張部に螺旋状の青白い願力の渦が形成される。
渦は次第に含有する願力の密度を増して、遂に渦の生成効率の限界点に到達。この間僅か一秒。
光は満ち、――そして、引き金は引かれた。
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