第1話 戦場の白影たち[1]

【記録。第二次ディザトリー奪還作戦・魔願術師マギフィアド協会旧ディザトリー支部第二小隊より】


――世界標準歴1212年3月上旬――


 月明りが照らす、薄雲かかる寒空の下。

 浮遊島群の点在する四方まばらにきらめくのは星々の輝きではなく光線の残光であり、その大半が銀白に点滅している。

 遥か遠方には低層の雲にも届くほどの高さの、白く半透明に妖しく発光する葉のない大樹がそびえている。


 地上およそ五百メートル付近を行く影在り。

 白を基調とした軍服に灰褐色の人工龍尾を装備し、白銀色半透明の翼を展開し並列に飛行する複数人の魔願術師マギフィアド。そして彼らの傍らを二匹の翼龍が並行するように飛行していた。

 眼下には溶け残った残雪が跡を残し、山岳地帯特有の岩肌が顔を覗かせている。だがほのかに黒色の靄がかかり、不気味な雰囲気を漂わせていた。


 彼らの正面、地表付近には白銀色半透明に発光する複数の正四面体――『願魔獣』が、頂点部を彼らに向けて低空浮遊を続けていた。

 上空にいる一体の巨大な個体を中心とするように、その周囲下方を小型同型の願魔獣らが円形状に規律を成して浮遊している。

 どの個体にも共通して言えるのは、体表の特定の一面のみが光沢のある黒色を有しているということだ。


 先頭を行く一人の茶髪青眼の男は、接近する標的を前に拳を強く握りしめた。そして左腕にある、赤褐色の光を宿した鉱石が取り付けられたブレスレットに声を当てる。


「第二小隊の各員へ。もうすぐやつらの探知範囲内に突入する。攻撃動作を確認次第、二手に別れて誘導を開始。狙いが完全に翼龍に向いたら核面コアを狙う。――総員、顕願ヴァラディアによる願力誘導弾ディザイアスミサイルを装填せよ!」


「「「了解!!!」」」


 魔願術師マギフィアドらが装備する人工龍尾の両側面部に強く光が宿る。

 男の掛け声とともに各員が了解の意を示すと、一帯を飛行する魔願術師マギフィアドと翼龍の翼に半透明の楔形の投射物、”願力誘導弾ディザイアスミサイル”が装填された。

 片翼に三つ、計六つの小型願力誘導弾マイクロミサイル魔願術師マギフィアドが。そして片翼に四つ、計八つの大型願力誘導弾ヘヴィミサイルを翼龍は翼の内側に引っ提げた。

 すると願魔獣側もその様子を察知したように、体表面の回路に銀白の光を強く宿す。

 両者の距離はおよそ二百メートルまで接近、今か今かと願魔獣の攻撃を待ちわびる。


 そして――、



「第二小隊、戦闘開始!」



 男が吠え、開戦の合図と共に、前方より複数の白銀色の熱線が到来。

 指示通り、小隊各員らは左右に急速旋回し願魔獣の初撃を難なく回避する。

 熱線を射出した願魔獣の体表その一面は無色透明のガラスのように光を失い、黒色の核面に隣接する箇所から再度攻撃を行うためにすぐさま光が充填されていた。

 左右に別れ展開した二体の飛龍は翼に光を宿し加速すると、願魔獣の周囲を大きく旋回し始めた。

 願魔獣の狙いは最も強く光を宿している飛龍らの方へと向けられ、体表面に蓄積された光を惜しげもなく消費し熱線を連続で射出。高速で充填と射出を繰り返す願魔獣の攻撃を、飛龍らは大きく旋回することでそれらを回避した。


 ――願魔獣らが弱点部を晒したその隙を、顕願ヴァラディアによって武装した魔願術師マギフィアドらは見逃さなかった。


「総員、一斉射撃だ!」


 男の掛け声と共に、願魔獣の狙いを外された者らによる願力誘導弾ミサイルの掃射が開始された。

 術師らの翼に装填された願力誘導弾ディザイアスミサイルの先端が願魔獣へと向くと、浮遊しながら高速移動をする願魔獣の弱点部である黒色の核面へと射出。

 攻撃を察知した願魔獣らは飛翔体を避けようと高速移動と同時に熱線で迎撃を試みる。だが、一つ一つに意思が宿るように追尾するその攻撃は確実に核面を捉えていた。

 衝撃音が轟く。着弾し誘導弾ミサイルが爆ぜると、衝撃が伝播するように願魔獣の体表面に亀裂が走り、被弾した願魔獣は光を失って墜落していった。

 そして一機、また一機と願魔獣は撃墜されていく。


正四面体型テトラタイプとはいえ、油断するな!子機を殲滅したのち総力をオペレーターに叩き込む!」


 翼に光を宿した飛龍が願魔獣の注意を惹きつけ、魔願術師マギフィアドが攻撃を加える。そして連携が崩れた願魔獣目掛けて翼龍の大型願力誘導弾ヘヴィミサイルが撃ち込まれる。

 隙を確実に捉える魔願術師マギフィアドらの攻撃は続いた。




 そして数十とあった小型の願魔獣は残機を徐々に減らし、遂にオペレーターと呼ばれる大型の願魔獣のみが残った。


「包囲状態を維持しながら、このまま一気に畳み掛けるぞ!」


 子機を失ったオペレーターは、不気味にも沈黙を貫きながら浮遊を続けていた。人同士の争いであるならば、それは敗北を認め武装を解除したようなもの。

 この場における勝利はほぼ確定と、誰しもがそう思った。魔願術師マギフィアドらは再度顕願ヴァラディアによる願力誘導弾ディザイアスミサイルを装填、そして狙いを定めた。――が、次の瞬間。



「――――――――――――――は?」



 蒼白の閃光が一筋。


 男が耳にした音。それは超常的な速度で物体が移動した異音、そして水分を多量に含有した柔らかな果実が地面に強く打ち付けられるような音だった。

 一瞬の不可解に反応が遅れたのは、何もこの男一人だけではなかった。


「たっ、隊長!大変です!翼龍がっ!」


「なにっ!?」


 切迫感をのせた隊員の声に男が振り向く。

 突風が吹き荒れると、振り返った先にあったのは無惨にも砕かれた飛龍らの死骸だった。


「――――――――......」


 悲鳴も上げることができないまま、今ようやくその亡骸が体液と共に地表面へと落ちていく。

 男らに、かつてない緊張が走った。


「一体何が!?」


 確かに小隊総員で包囲網を形成していた。だが、気づけば願魔獣の巨体はその場にはなく、網膜には青白い一閃の光だけが残っていた。

 その瞬間、男の生存本能が雄叫びを上げた。


「――......まさか!?くっ、総員その場から離れろッ!!今すぐにだッ!!!!」


 願魔獣の姿は見えないが、長年の勘からか男は指示を出すとその場からすぐさま後方へと退いた。

 その直後だった。まさに数秒前、自身がいた地点をを含めた広域に直上から三角柱の側面をなぞるように螺旋状の領域が展開された。

 判断の遅れた男以外の魔願術師マギフィアドらは依然として領域内。そして、


「ぐあぁーーーーーーーーッ!!」


 広域内を埋め尽くす蒼白の高圧熱線が、容赦なく術師らを焼き尽くした。


 男が感じたのは、全身を焦がし気管を焼き尽くすような灼熱。

 まさに一瞬だった。熱線の余波による凄まじい風圧にさらされながら男が見たのは、直上から降り注ぐ眩い光になすすべなく呑まれる仲間たちの姿だった。

 広域熱線は地表付近にかかる黒霧を吹き飛ばし轟音と共に地上へと着弾。被弾した術師らの白銀の翼は消え失せ、人と認識できる影が力なく地上へと落下してゆく。


「――............嘘、だろ。嘘だ」


 仲間の犠牲を考える暇もなく、奇跡的に熱線の直撃の回避に成功した男は被害確認よりも先にすぐさま上を見上げた。


「......」


 呼吸の乱れた男の開かれた瞳孔に映るのは、闇夜に映える煌びやかな青。宝石のような輝きに男が目を奪われているのは、何もその美しさによるものではなかった。


「ハッ、ハハッ......」


 月光を散らし滞空するのは、まさしく絶望そのものだった。

 現実を直視しながら受け入れられない様子で、男の口から乾いた笑い声が漏れ出る。

 そんな男の視線の先には頂点部を下方に向け浮遊する、一体の青く変色した願魔獣の姿があった。

 その体表面の一部は飛龍のものであろう鮮血で赤黒く染まり、白銀色の子機とは比較にならないほどの速度で体表面に光が充填されていた。

 だが、特筆すべき特徴は他にもあった。


「......まさかっ、正四面体型テトラタイプの青願がもう一つ内側に潜んでいやがるとでもいうのか!?」


 目を凝らすと、願魔獣の正四面体の内部にはもう一つ小型の願魔獣が内包されていた。

 巨大な外殻はあくまでも見せかけに等しく、本体は更に内部に存在していることが窺える。

 かつてない事態に、男は緊張のあまり四肢が痙攣していることすらも気づかない。

 そんな状況でありながらも、男は隊長として各員に指示を出そうと周囲を再び見まわし、


「くっ、誰か!生存者はいない、の、か......」


 だが男が視線を水平に動かすも、自身以外に翼をはためかす者は誰一人としていなかった。その場にはただ、男一人が立ち尽くすように滞空しているだけだった。


「そんな......。あ、あり得ない。こんなこと、あり得ない!」


 鼓動は過剰なまでに高まり、体は震え、思考は急速に停止する。

 男はただ、直上から自身に向けられた正四面体の頂点部に集約する蒼白の光が射出されるのを待っていた。

 男はかつて、同僚の術師から聞いた言葉を思い出した。――『体表が青い願魔獣を見かけたらすぐに逃げろ。速度特化の青願相手だと、願力特性を持ち合わせない奴じゃ分が悪すぎる』。

 しかしこればかりは用心していても気づくことができなかった。二体の願魔獣が同一個体として共存している事例など、これまで前例がなかったのだから。


「せ、せめてこのことを本部に。って、くそっ!通信が妨害されているだと!?」


 慌てて袖を捲るも、先ほどまで赤褐色の光を宿していた鉱石は沈黙したように黒を浮かべていた。

 気づけば地表面に滞留する黒い靄は密度を増し、その一端が空中で静止する男の足先までかかろうとしていた。


「ここまでか、ここまでなのか?この畜生め!」


 願魔獣の頂点部に集約された眩い光を焦点の定まらない視界に収め、男は睨みつけるように目を細める。自身の機動力では青願の願魔獣の攻撃は避けられないことはわかっていた。

 第二小隊は俺を最後に全滅、と。力の入らない体はこの先に待ち受ける運命を受け入れているようだった。

 目を閉じると墜ちていった仲間の姿がまざまざと浮かび上がった。次は我が身なのだ、と。


「すまない、皆――――」


 膨大なエネルギーが一点に集中する甲高い異音が男の耳を劈く。

 瞼の内側からも認識できるほどの光が到来――するかに思えた。

 だが、男が真っ先に知覚したのは痛みではなかった。強烈な一撃が薄氷を打ち砕くような炸裂音だった。


「..................は?」


 男が閉じた瞼を開いた時には、既に事が為されていた後だった。


 願魔獣の探知外からの一撃は強固な外殻の上部を貫通し、裏側の核面まで到達そして貫通していた。

 熱線はその後も威力を保ったまま後方の浮遊島群へと着弾。凄まじい衝撃音と共に浮遊島の一つが崩壊する。

 超高威力の一撃が内部の願魔獣に直撃することはなかったが、外殻の願魔獣は砕け散り内部の本体が露わとなった。


「何が、起きて......。まさか、あいつがやったとでも?」


 再度理解不能に陥った男は、願魔獣の外殻を打ち砕いた一撃を放った存在を確認しようと周囲を見渡した。すると自身の後方、男の上方にいる願魔獣と同じ蒼白色の光を纏った一体の翼龍らしき姿が、背後の月と重なって見えた。

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