第9話 百年先を行くロマンの結晶

――世界標準歴1212年3月21日――


 日がすっかり昇り暖かさを感じる頃。ここは白影工房の拠点よりもシェフターレから南に離れた、人気の少ない入り江にある大型の工房施設。整備された道はグラシア内部の技術科の国営第一工房に繋がっており、周辺一帯は白く舗装され、学園都市内ではあまり見られなかった近代的な大型の運搬車数台が資材を積載し忙しなく往来をしている。だがどの運搬車にも当てはまるのが、内燃機関を搭載しておらず、後方に排気管がなかった。それもそのはず、願力駆動の重機を試験的に使用しているのは、現在この国営第三工房だけだからだ。


 工房の作業員は暗い灰色のつなぎを着ており、その年齢と種族は様々だ。だが見た目が若いからといって、実年齢も低いとは限らない。

 工房内部の作業場に到着した白影一行。


「おぉ、ロマンだ......」


 その内部には、重厚な小銃型の兵器に人工の翼と尾、そして鎧をまとった騎士のような形状をした黒色の大型兵器が直立して固定されていた。その全長は十メートルを超しており、エディゼートは一人取り残されてもなお目を輝かせてそれらをじっくりと遠くから見ている。興奮のあまりエディゼートに取り付けられた人工龍尾は勢い良く振られ、今にも千切れそうだ。


 そんなエディゼートをよそに、作業員らと同じつなぎを着たラーサは、一人脚立に足を掛け龍尾の関節部の外部装甲を取り付けていた赤髪短髪の若い女性に声を掛ける。


「アイラししょー、おはようございまーす!最終調整お疲れ様でーす!」


 作業音が鳴り響く作業場であってもラーサの声はよく通る。声が聞こえると、すぐさま手を止め赤い眼でラーサらを見下ろした。


「おう、やっと来たか!遅かったじゃねーか!」


 豪快な笑顔を見せつけ額の汗を首に掛けた手拭いで拭うのは、この第三工房の工房長『アイラ・スピルネル』だ。

 タブラとそう変わりない小柄な体格で、つなぎの上半身部を腰に巻き付け、さらしと丈の短いタンクトップという涼し気な格好からは引き締まった小麦色の肉体が見える。

 アイラは見た目こそ少女のようだが、その実年齢は五十を優に超えている。この若さの秘訣は、アイラがスピルネル家という古来より自身ですら人体実験の対象としてしまう奇天烈な一族の出身だからだ。アイラの瞳孔が龍のように縦長なのは、自身に龍の血が流れているためである。だが姿は純粋な人そのものだ。


「まだ昼前なので集合時間前ですけどね」


「あー、そうなのか。あっ、それよりも丁度いところに来た。ラーサ、この上の方の取り付けをやってくれねーか?別の高い脚立を持ってくるのがめんどくせーんだ」


「はいはーい、お任せを」


 するとアイラは脚立から飛び降りて、ラーサは脚立を使わずに自身の翼に赤色の願力を宿して宙に浮いていった。龍であるタブラと同様に、ラーサの翼は羽ばたかせて飛ぶためにあるのではなく、宿した願力によって生じる浮力を支えるための役割を果たしている。


 アイラは体をはたくと真っ先にタブラのもとへと駆けつけ、


「よぉよぉお兄さんや!それでどうだった?うちの愛弟子の最高傑作である新兵器『魔願加速砲レールキャノン』のロマン度数は?うちからしてみても、あれは痺れるくらいのロマンが詰まってるんだ」


 先日タブラが装備していたラーサ開発の長距離狙撃用拡張兵器魔願加速砲レールキャノンは、願魔獣から発せられる熱線の原理を転用した最新鋭の兵器だった。当然のことながら、その魔願加速砲レールキャノンはこの機体にも搭載されており、今は背面部の翼と翼の間に格納されている。


「ははっ、相変わらず俺用の特別仕様型はロマンばかりで俺以外は使いこなせないっすよ」


「おぉっ、特定の個人にしか扱えない究極の兵器、まさにロマンだ!ハーッハッハッハーッ!」


 調子よく笑うアイラにバシバシと肩を叩かれタブラは辟易するも、これも長い付き合いの証だ。

 ラーサは幼少よりアイラに弟子入りし、その技術を学んできた。その技術力は若くして新たに自身の工房を設けられる資格を有する程に。だがそれでもラーサは師であるアイラの下で新兵器の開発に勤しんでいた。


「それにしても、だいぶ改良されましたね。全体的にかなりすっきりして」


 カイレンが指摘するように、機体は重装甲を装備しながらも本体部は全体的に細身であった。


「あぁ、そうさカイレン。願魔獣の体表回路の解析と新素材のおかげで、魔願変換効率の向上と軽量化そして生成した願力を蓄積する蓄願容量の増加に成功したのさ。驚け、その出力はなんと二年前の約四倍だ!」


 アイラは四を示すハンドサインを高々と突き上げ得意げな表情を見せた。


「えっ、四倍ってすごいじゃないですか!さっすが工房長」


「フッ、うちにかかればこんなもんさ。――と言いたいが、これは何もうちの技術力だけで為し得たものじゃないぞ。な?エイミィ」


 何かを言いたげにうずうずしていたエイミィの様子を、アイラは横目で見ていた。そしてようやく自身に発言の機会が訪れるといつになく声音を高くして、


「はい、そうなんです!みんなはもう知ってるかもしれないけど、私とお兄ちゃんはこの願魔獣の素材から生成される蓄願結晶『ディザスト・クリスタル』を実用化できるように研究したんだ」


 すると作業場内にいた他の作業員らから感嘆の声が聞こえる。

 誇らしげにそう語るエイミィは、代々優秀な研究者を多く輩出してきた吸血族一家のサフィリア家出身だ。

 幼少より戦場での救護の基礎を学ぶ傍ら、研究者として若年ながらも活躍をしていた兄に憧れ、自身もグラシア・アカデミーの学術科で研究活動をするようになった。

 エイミィが研究を始めた当時というのは、難航していた願力駆動の機構設計がようやくでき始めたばかりだった。難航していた原因は、動力源である願力を蓄積する蓄願結晶ディザスト・クリスタルが実用化に程遠いものであったからだ。だが、エイミィはその問題を兄が行っていた研究の成果と組み合わせることで解決してみせた。


「ハッ。まさか、あの蓄願容量に優れてるがすぐに風化しちまう願魔獣の素材を保存できるようにしちまうとはな」


「はい。お兄ちゃんの研究成果で、願力による自己保管を指令する演算回路の構造が発見されたので、風化した素材にその回路を施して再形成してみたんです」


「そしたらなんと、軽量で頑丈なうえ動力源の願力を生成するだけでなく、蓄願までできる魔法の素材が出来ちまったってわけさ!さすがサフィリア家の天才兄妹。かーっ!ロマンだねぇ!」


「はいっ、ロマンです!」


 珍しくエイミィははしゃいだ様子でアイラと言葉を交わしていた。研究者と技術者、分野が違えどどこか共通するものがあり気が合うのだろう。そんな開発トークの傍ら、一通り機体を見終えたエディゼートが興奮冷め止まない様子で戻ってきた。未だに人工龍尾の先端がちょろちょろと落ち着きなく動いている。


「何だか楽しそうですね」


「おう、楽しいさ。今まで蓄願素材のために、冒険者たちや商人ギルドから高い金を払って魔物の脊椎を手に入れてたが、それもおしまいになったんだ。願魔獣の素材は、あんたら白影工房が適正価格で取引してくれるからな」


「はは、そう言ってもらえて何よりです。この機体も、以前よりもずっとスタイリッシュになって僕がデザインした形状に近づいてきましたね」


 その言葉にアイラは何かを思い出したのか、腕を組んで機体を見上げた。


「まったくだぜ。最初図面を見せられた時あまりの細さに正気か?って思ったが、素材さえ揃っちまえばこっちのもんよ。でも、できることならクロムにも見せてあげたかったな。なんだかんだ、あいつが一番この機体の完成を楽しみにしていたからな」


「......そうですね。生前師匠は自ら機能試験を担当するくらい楽しみにしていましたからね」


「ハッ。でもあまりしんみりとしてるとあの世のあいつに笑われるだろうから、今は盛大に笑い飛ばしてやろうか。――残念だったなクロム!あの世から指くわえてうちの最高傑作の出来栄えを見届けやがれ!ハーッハッハッ!!!」


 爽快で痛快な笑い声が天井を突き抜けて天へと高く響く。

 その勢いにつられてエディゼートも思わず口元をほころばせ、無心で天を仰いだ。


「ふふっ、何だかししょーらしいですね。こうして振り返ると、今まで開発しても最先端過ぎて逆に実用性を見出せないと言われ続けた機能たちが、ついに一つの機体に集結しましたよね」


「あぁ、そうさラーサ。――半永久的な動力源の供給による安定した飛行性能と攻撃性能、神経と連動した直感的な操縦と機体周辺の視覚情報を搭乗者に共有する生体信号発信装置、操縦者の願力特性を機体全体に反映させる脊椎同期システム、展開した顕願ヴァラディアの飛翔体に搭乗者の意思を伝達する補助機能。そしてその他諸々。ロマンだけのガラクタの塊と馬鹿にされてきた機能が集結することで、一気に時代が十年、いや、百年以上進んじまったぜ!ハーッ!百年前に頓挫した計画を再現してしまうとは、やっぱうちって天才だ!」


「よっ!さすがあたしのししょーっ!天才!」


「ハーッハッハッハッハッハーッ!!!うちらの技術力の前にひれ伏せ!ロマンのかけらもない第一工房の頑固野郎共!ハーッハッハッハッ!」


 声高らかに。ラーサに囃し立てられたアイラの豪快な笑い声を前に作業場にいた一同は苦笑いをしていた。だが、その技術力を否定する者は誰一人としていなかった。アイラを頭とする第三工房の面々は、言葉通り技術力をこの数年で一気に百年ほど加速させたのだから。


「......はぁ、すっきりすっきり。うるさくてすまんな、長時間作業に集中してるとつい大声を出したくなるんだ」


「わかります。私も難しい学問の話をされるとうがー!って大声を出したくなります」


「......カイレンのそれは、多分勉強不足なだけだ。うちでもそうはならん」


 突如真顔のアイラに突き放されたカイレンは、エディゼートの胸元に項垂れてしまった。


「う、裏切られた......。私ってやっぱり切り刻んで守ることしかできない馬鹿なんだ......」


「そんなことないよ。戦闘の才があるってことは頭の回転が速いってことだから、ただの勉強不足ってだけだと僕は思うよ」


「うぅ、結局私って勉強不足なのか......。エイミィについていかないで願術科に行ってよかった」


 その様子を見ていたアイラはおもむろにカイレンのもとへと歩き腰元を叩くと、


「ははっ、いいじゃねぇか。勉学ができなくともあんたは最強と言われてる願力特性の白願の持ち主で、接近戦において願術科であんたに勝てる奴はいないなんだろ?まぁ、ここの芸術科のやつは例外として」


 ここの芸術科のやつとは、言うまでもないがエディゼートのことである。


「相性の問題ですよ。僕は黒願なのでカイレンの攻撃が防げるし、白願の顕願ヴァラディアは体外での保持能力が最弱なので距離をとって戦えばいいんです」


 カイレンが持つ願力特性の白願は、エディゼートが述べたように願力を常に供給し続けなければその特質上顕願ヴァラディアの体外での維持は難しい。だがその一方で、何にも染まらないその色を体現するように、他者の願力を切り裂く排他性に非常に優れていた。

 そのため白願の顕願ヴァラディアによる攻撃を同じ顕願ヴァラディアで防ごうとしてもそれは例外を除いて至極困難であった。だがその例外に含まれるのが、エディゼートの保持する黒願の願力特性だ。

 黒願は言うなれば、全特性を持ち合わせる万能型の願力特性だ。だが、その特性は本来のものと比較すると弱いものとなっている。そのため器用貧乏という評価になると思われるが、黒願の真価はそこではない。


「あぁ、やめてエディ。あのズタボロに負けた時を思い出しちゃう。せっかく顕願ヴァラディアで攻撃しようとしても消されて、攻撃しようともまた消されて。......あああああぁ」


 過去のトラウマが呼び起されたのか、カイレンは項垂れたまま小刻みに震えだした。


 ――それもそうだ。黒願には、ありとあらゆる願力を瞬時に相殺する消失性があるのだから。


 その特性は一見白願にも引けを取らないように思えるが、決定的な弱点もあった。それは一瞬でも他者の他者の願力に接触すると、すぐさま相殺反応を引き起こして霧散してしまう性質があることだ。言うなれば顕願ヴァラディアによる剣で生体を攻撃しても、接触と同時に黒い霧へと変化してしまうのだ。人体は短時間であれば願力を失っても肉体が崩壊することはないので、何ら問題はない。

 そんな攻撃性能を持ち合わせていないと思われる黒願も、相手が異なれば最強の願力特性へと変貌する。――そう、それは願魔獣のような全身が願力によって形成されている生命体にとって――。


「――ししょー、取り付け終わりました!」


 何とも間の悪い空気の中、ラーサの掛け声が上から聞こえた。


「おっ、ご苦労ご苦労。――よしっ、これで最終調整は終わりだ」


「ということは、もう飛行性能試験ってできますか?」


 エディゼートは胸元のカイレンの頭を撫でながら食い気味に尋ねる。


「あぁ、できるとも。一応計器や操縦方法は開発段階からさほど変わっていない。ふむ、それに今日はここに相手として丁度いいやつがいるなぁ。な?――青願の白龍タブラ」


「......えっ、俺っすか!?」


 これまで静観を保っていたタブラは突然アイラに肩を叩かれびくりと身を震わす。


「あぁ、そうだ。あんたの拡張装備の更なる性能試験も兼ねて、エーディンが話をしに来るまで試し撃ちといこうじゃないか。さぁさぁ、早く技術科地区まで行って龍化水槽に浸かってこい。それと、第一の頑固工房長もついでに連れてこい。いいな?」


「えっ、ちょっ、押さないでくださいって!わかりましたからぁ!」


「なるはやで頼むぞーっ!ハーッハッハッ!」


 手を振るアイラに見送られながら、タブラは自身の背面に青色の顕願ヴァラディアによる翼を生成して作業場を飛び去って行った。その一方で、無表情ながらも早く搭乗したいと言わんばかりにエディゼートは人工龍尾をそわそわ動かしていた。


「――さぁ、改良に改良を重ねた第三工房の最高傑作、願力駆動式拡張型戦闘機『DEF-01-プラトーン』初号機のお披露目だ!ロマンに毒された豚野郎共、起動の準備にかかるぞ!」


「「「「「「おう!!!!!!」」」」」」


 工房中に聞こえる程声高らかにアイラはそう宣言し、騒がしさを聞きつけ集まっていた作業員らは、アイラの掛け声に呼応するように威勢のいい声を張り上げた。

 

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