大発情時代‐3
あーはい、こちら依途。現場からお伝えします。
上映中の映画ですがスクリーンには見知らぬ男女の接吻が大写し、濡れ場が無いならこれぞ山場、カップルたちは唇が触れるのを今か今かと待ち侘びております。…………おおっ、邪魔が入りました。今のは不発だったようですね。自己投影のお上手なアベックの落胆が目に見えるようです。
一方右手に見えます未神選手。安らかな面持ちですやすやすやすやと寝息を立て夢の国に旅立っているようです。やはりポルノのポルノ抜きには耐え難いものがあるのでしょうか、上映10分、ヒロインと男優の初会話の前には既に船を漕ぎ始めておりました。そのタイムは他の追随を許しません。正に、圧倒的な王者の貫禄であります!
「…………」
実に馬鹿なことを考えている、という自覚はある。しかしそうでもしなければこの無為な時間が永久のように感じられて仕方がないのだ。
スマホを弄るのも途中退出するのも憚られ、ここへ連行した張本人はとっくに夢の中。俺が謎の実況を始めるのも無理は無かった。
別に映画が悪いのではない。俺とか未神みたいなのに向けて創った作品でない、というだけである。俺たちは大人しくガメラとかを見てればいいのである。
……しかしだ。それでも未神は恋愛映画を見たがったわけで。拒絶反応がでるのも多分分かった上でそうしてるわけで。誰かに惚れたせいらしいが、何とも難儀なジレンマである。
そこまで誰かを好きになるなんて、あるものなんだろうか?
そんな俺の考えを嘲笑うように男女はいつの間にやらくっついたらしく、館内は灯りを取り戻しラブコメディは終わっていた。
「未神。起きろ」
「…………ふぇ?」
頭を起こし数拍置くと、未神は状況に気が付いたようだ。
「映画、終わったのかい?」
「ああ」
「起こしてくれればよかったのに」
「つまらないから寝たんだろ」
「…………」
「無理してもしょうがない、俺たちには合わないのさ」
立ち上がる。黙って着いてくる未神と一緒に映画館を後にした。
ショッピングモールから出て市街を歩く。
時刻は13時を過ぎた頃。更に多くなった人混み、高くなった陽射しに更に輝きを増す桜の木々。
「荷物、持つか?」
「いや……戦果は自分の手で持ち帰らなければならないね」
まぁそう言うなら無理にとは言わんが。
「んで、この後はどうするんだ。どっかあてとかあるか?」
「うん、ある……そろそろ、お腹の減る頃だろ?」
「そうだな。どこで食うよ? この辺にファミレスとかあったっけ?」
「いや、実はだね……」
「きゃーっ!」
突如、背後から悲鳴。
振り返ると、手を伸ばしている女子高生と鞄を掴んで走り去ろうとするバイクの男。
「ひったくりか」
「みたいだねっ」
ひっ捕らえてやろうと踏み出す。未神も同じことを考えたようで、俺と寸分狂わぬタイミングで踏み出していた。流石親友だ、息ぴったり…………
「うげぇ!」
「うぐっ!」
思いっきりぶつかってすっ転んだ。バイクが笑いながら走り去っていく。
「息が合いすぎたようだな、親友」
「…………まったくだね」
「うわーっ、待ってよーっ!」
鞄を取られた女子が叫んでいる。高校生の鞄なんて盗んでどうするんだか。
「さ、行こうぜ未神。憂さ晴らしだ、盗人を晒し首にしてやろう」
「私刑は褒められないけど……たまにはいいか」
「よし来た! お前はあの生徒の様子を見ててくれ!」
「はいはい。これより思春期同好会は作戦を発動する。作戦名に希望は?」
「オペレーション・リゲインド」
走り出す。
「奪還……そのまんまだなぁ」
無視してさらに走る。この3年間、戦い続けた俺の脚力はバイクなんぞの比ではない。
「はっ!」
近くのビルに跳んでその壁面を走る。人がいない分こちらのほうが速い。
「ちょうど退屈してたんだ。悪く思うなよっ」
壁面を蹴って、引ったくりが駆るバイクの前に着地する。
「なぁッ!!」
マシンを足で押さえつつ、その勢いを完全に殺しきらないよう徐々に滑っていく。即座に停止させると、バイクが破損したり引ったくりが吹っ飛んだりして面倒だからだ。
停車する。男が降りて必死に逃げようとした。
「おっと」
回り込む。
「引ったくりなんてしてもしょうがないでしょ。ほら返して」
「…………」
「高校生のバッグだしさ。大した額入ってないよ、ね?」
可能な限りを柔和な台詞と表情を心掛ける。がしかし、男は震えていた。……そりゃそうだ、足でバイク押さえられてんだから。
「……これはもうオレのものだ! オレが盗ったんだからな!」
男の目視できるスピードを超えて踏み込む。次の瞬間には鞄は俺の手にあった。
「じゃあ俺が盗れば俺のってわけだ」
「……死ねぇ!」
男がポケットから銃刀法にはかからなそうな位のナイフを突き付けてくる。俺も同時に銃を抜きそいつの眉間を捉えていた。
「何だ、刺さないのか?」
「て、てめぇ! そんな玩具で脅しやがって……」
「3秒以内にナイフを捨てろ。そしたら撃たないでやる」
答えはNOだった。男がナイフを動かす。銃弾はやつの頭に直撃した。音を立て愚かな犯罪者が倒れる。
仕事は終わった。あとやることは……
「はい、これ」
さっきの場所まで戻ると被害者の女子生徒と未神がいた。取り戻した鞄を手渡す。
「ほ、ほんとに取り戻しちゃったんですか?」
「ええ」
「生身でバイクに追いつくなんて……」
「犯人は地べたでお昼寝してます。警察も呼んだので、そのうち来るでしょう」
俺の銃は未神が寄越した特別な品だ。実弾を撃つわけでもないしおっさんも当然死んでいない。もっとこう、ファンタジーな感じの武器である。
華やかな金髪の、背の大きな生徒。よく見ればその着ている制服は俺たちのと同じだった。
「有名人になりたくないので。あんまり騒がないで頂ければ助かります」
「は、はい。……と言っても、もうあんまり意味無いかもしれないけど」
「?」
「いえ。ありがとうございました!」
生徒が頭を下げる。
「ううん。気にしないでくださいね」
未神が応える。いやそれは俺に言わせろよ。
「そうだ。な、何かお礼を……」
「そんなのは別に……」
「別に構いません。どうか、お気を付けて帰って下さい」
だから俺に言わせろって。
「そうですか…………では失礼しますね」
生徒はまたぺこりと頭を下げて去っていく。桜の街にまた俺と未神だけになった。
「警察来る前に行こうか」
「うん」
どこへともなく歩き出す。
「やっぱり、こういうのが俺たちらしい活動だな」
「そうかな」
「ああ。無理にああいう映画を見るよりずっと良いだろ」
未神が荷物…………渦巻きのゲームハードでなく、自分の鞄を漁っている。
「そうだ、飯だったな。どこへ行くつもりだったんだ?」
「……」
やつは暫く鞄を漁っていたが、やがてそれをやめて顔を上げた。
「いや。予定が変わった。どこか食べに行こう」
その表情は一見、いつもと変わらぬ笑みに見える。声だってそうだ。出会ってばかりなら何も思わなかっただろう。しかし今は違う、何てったってこいつとの付き合いはもう4年目だ。
その笑顔に曇りがあるのだって気が付いてしまう。
「やっぱり……今更こんなことしたって」
似合わないセリフを呟くのが聞こえた。
「なぁ未神。ひったくりは確かに悪辣だが、最近の女子高生は不警戒が過ぎると思わないか?」
「……?」
やつがきょとんとしているその隙に、鞄を奪い去った。
「あっ」
「全く。不警戒だ」
「ちょ、返してよっ」
未神が取り返そうと腕を伸ばしてくる。鞄を高く持ち上げた。
「ひ、卑怯だ!」
「卑怯もらっきょも大好物、と……」
小さな未神が精一杯腕を伸ばしてくるのをいなしながら鞄の中身を漁る。別に何かやらしい動機があるわけでなく、財布でもすってやろうとか思ってるわけでもない。
「お、有ったな」
果たして、目当てのものはそこにあった。
「あっ……」
青い弁当箱。箸も付いている。未神が気まずそうな顔をした。透明な蓋から見える中身はぐちゃぐちゃになっていて、絵の具を混ぜたパレットみたいになっている。
「……返してよ」
「ああ」
弁当箱を抜いた鞄だけを手渡してやる。
「……弁当箱もだ」
「断る。俺が盗ったんだから俺のだ」
「……親友。もういいじゃないか。やっぱりこういうのは、ぼくにはだめなんだ。身の程を知るべきだったんだよ」
「そうかもな」
「笑ってくれていい。けど、そのごみは返してくれないか」
無視して歩く。近くにベンチがあった。座り込んで、弁当箱の蓋を開けた。
「ちょ、依途くん」
「この弁当はお前の所持品だったかもしれない。誰かに作ったものかもしれないが、それも知らない。だがこれは俺が盗った。だから俺のもんだ」
蓋にこびりついた米粒を落とす。もうぐちゃぐちゃになって何の料理かも分からないが、関係無しにかきこんだ。多分卵焼きと……あとは何か煮物とかの味がした。
「依途くん……そんな無理して」
「いや、無理とかじゃない。自分の弁当を食ってるだけだ」
正直美味しくはない。というか、もう料理とも呼べない。だがそれでも俺のだ。未神には返さない。更にかきこむ。
もう半分も残っていなかった。
「げほっ」
「かきこむからだよ、ばか」
未神が自分の飲み物をくれた。
「盗人に塩を送るとは人が出来てるな」
「いいから飲んで」
黙って貰った飲み物を飲む。アセロラジュース、自家製のようだった。美味い。
「…………そういえば」
「ん?」
「この弁当、多分2人分だよな」
「そうだね」
「……悪い。後で飯奢るわ」
未神が笑いながら溜息を吐く。
「そんなことどうでもいいよ。…………ありがとう、親友」
「おう」
お互い無理したもんだな、と。桜を眺めながらそんなことを思った。
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