ラブコメディの成れの果て-2
依途空良。ぼくの親友。
3年間一緒にいた。友人として戦友として、或いは勝手に夢に出てくる厄介な男の子として。
隕石を吹き飛ばしたり異界を潰して回ったり核の発射を阻止したり……思い返すと迷走した長寿シリーズものくらいには色んな状況を二人で変えてきた。彼は阿呆でぶっきらぼうで、どこか他人に興味がなさそうに見えるけれど。その実、これ以上なくぼくのことを分かってくれた。
だから勘違いをしていた。ぼくもまた彼のことを理解出来ている、と。それは慢心で傲慢で、失礼なことだった。
彼の言う通りだ。他人は理解出来ない。
けれどその言葉を、理解を諦めるために振りかざす気にはならない。何でかと言えば、ぼくは彼を理解したいのだ。
慢心だろうと傲慢だろうと失礼だろうと不可能だろうと、依途くんを理解したい。恋だなんて都合のいい概念を当てはめる気はない。これは性欲だ。ぼくは単なる性欲のために彼の過去も思考回路も暴こうとしている。
これを猿と言わずして何と言おうか。
『ピンポーン』
猿たるぼくは欲求に準じ、殉ずる。何度彼に拒絶させても、未だ利口にはなれない。
「はーい」
玄関の戸を開けて彼のお姉さんが顔を出した。
「未神です」
「お、来たね」
「依途く……空良くんは?」
「学校でいい子にしてるよ」
「ふふ、悪い子ですみません。おじゃまします」
「どうぞーっ」
お姉さんに案内されて中へ。靴を脱ぐ。
「お時間とってもらってすみません」
「んーん。これでも姉だからね、あきらを好きな人は幾らでも応援しちゃうよ」
「あはは」
事前にお姉さんに連絡していたのだ。依途くんのことで相談したいと。結果この電撃会談が決定したわけである。
お姉さんがお茶を出してくれた。
「さて。相談したいことっていうのは?」
「はい。依途くんは……何か、強迫観念のようなものに囚われているらしくて」
「うん。そうだね」
あっけらかんとそう言われた。
「……分かるんですか?」
「うん。あきらは確かにトラウマじみたものを抱えてる」
驚いた。こうもあっさりと肯定されるなんて。
「でも、なんで気付いたの?」
「……夜海ちゃん。このまえ一緒にお邪魔したあの子が、依途くんに告白したんです」
「あらあら」
「そしたら依途くんは冗談はやめろ、と……」
「言いそうだねー」
「いくら言っても、自分を好きになるはずがないだろうと繰り返して……」
話しているうちに自分でも少し腹が立ってくる。
「教えていただけませんか? 依途くんに何があったのか」
お姉さんはわずかに沈黙して、笑んだ。
「んー。で、どうしたいの?」
「え?」
「知った上で、未神ちゃんはどうしたいのかな」
試すように。
「殺します。その絶望を」
彼女が腹から笑った。楽しそうだ。
「いいね。自信があって」
「自信がなければ何もできません」
「確かにそうだねっ。…………ま、あの子を救えるのは未神ちゃんくらいしかいなさそうだし、全部話すよ」
お姉さんが茶を啜った。
「まぁそんな難しいことじゃない。女性恐怖症みたいなもんだよ」
「恐怖症……?」
「あきらが中学生の時にね。クラスの女の子に告白したみたいなんだけど、それをネットに晒されちゃったんだよね。オタクキモいって文章と一緒にさ」
「…………」
「それだけの話だよ。けどまぁ、それが割と話題になっちゃってさ。思春期少年を殺すには十分だよね」
聞いたこともない話だった。
「まあ勿論、本人から聞いたわけじゃないから絶対に本当だとは言えないけど。その晒された画像のアイコンと名前があきらのだったんだ」
「……それで、女性恐怖症を?」
「うーん。正確に言うと、恐怖症っていうか。これ以上傷付くのを恐れて可能性を消しているっていうか。拒絶される前に拒絶してるっていうか。血濡れのハリネズミ?」
「依途くんは……」
「もう勘違い野郎だって笑われたくないんだよ、多分……
ま、内心までは分からないね。もしかしたらてんで見当違いのこと言ってる可能性だってあるし」
「……この3年間、そんなの感じたことも無かった」
単に人の気持ちを理解出来ないんじゃない。理解できないことにしているんだ。
「そりゃ隠すよ。もし女の子として意識してるってバレて、未神ちゃんに拒絶されたらもう何も残らない」
意識、されてたのだろうか。もしもそうなら嬉しいけれど…………それを必死に隠そうとする彼の苦悩に、ぼくは一切気が付かなかった。
それどころか、好意に気付かない彼に苛立って当たったりもした。それはどれほど彼を苦しめただろうか。
許されないはずがない。ぼくは罪人だった。
「……」
どうするべきだ。彼の強迫観念を解くには、依途くんに好意を証明するにはどうすればいい。
「さて、実はこの件でわたしから未神ちゃんに提案があるんだ」
「なんです?」
「これはマル秘情報なんだけど。あきらは不健全な割に、健全な男子高校生同様……いや、それ以上の性欲があります」
「!」
「普段の部屋の中なんか、それはもう酷いことになっています」
「な、なんでそんなことを……」
「そりゃお姉ちゃんだからね。弟が健やかに育っているのか、常に見守っているのだ」
プライバシーという語が浮かんだ。
「そんなものはないよ」
返事をされた。
「ともかく、人並みの性欲に人以上の承認欲求。それをまるで無いかの様に振る舞ってるわけで、実にギリギリのところで耐え忍んでるんじゃないかと思うんだよね」
「はぁ」
「そういうわけで。お姉ちゃん的に発動したい計画があるんだーっ」
それからお姉さんのその計画を拝聴した。突飛なような、合理的なような。しかしぼくよりもそばで依途くんを見つめ続けた人の言葉だ。他に良い案が思いつくわけでもない。ならば選択肢は一つだった。
提案に返答すると、お姉さんはにっこりと笑った。
「今日のことは……まああんまり言い触らすようなのはあきらが可哀想だし。伝えるなら未神ちゃんが信頼できる人だけにしてね」
「はい」
「本当ならさ、わたしがあきらのこと助けてあげたいけど。それはあなたにしか出来ないから。任せたよ」
「……やってみせます」
「うんうん。……あきらのこと、よろしくね」
思春期同好会史上最大の戦いが始まろうとしていた。
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