大発情時代‐2
市街。
青空を天井にした街に桜が吹雪いている。夏というほどではないが、春にしては暑すぎた。28度ほどあるそうだ。
駅から少し離れているものの、この辺では十分栄えているだろうと思われるプレイスポットだ。いつもなら暇そうな学生が歩き回っているが、今は流石にいない。…………俺たちを除いて。
「これ、補導されるんじゃないか?」
「その時はコスプレである旨を伝えればいいだろう」
よくないだろ。
「それで、どこに行くんだ? デートだなんだと騒ぐくらいだから場所くらい決めてあるんだろ?」
「…………」
「ノープランなのな」
一瞬の沈黙からそれを読み解くあたり、3年の友情は伊達じゃないのである。
「あれ、入るか」
近くに有ったでかいショッピングモールを指す。
「まぁ行けば何かあるだろ」
「そうだね」
そういうわけでショッピングモールの中へ。店内にはスーパーから飲食店、やけに多い服屋に百円ショップやらまあ色々有った。来たこともないが……どこに行ったもんか。
「未神、案内できるか?」
「来たことないね」
「じゃあ地図見るか」
ショッピングモール、迷子になりがち。
「おっ」
目欲しい場所を見つけて歩き出す。
「どこいくの?」
「いい場所があったんでな」
エスカレータに乗り上の階へ。店内は平日の昼間から混み合っていて、夫婦だかカップルだかが楽しそうに手を繋いで歩いている。やかましいことだ。
「……ねぇ依途くん。一般的に、デートというのは男女が仲睦まじく手を繋いだりするものだと思うんだけど」
「そうかもしれないな」
「ぼ、ぼぼぼくたちもその慣例に倣うべきじゃないのかな!?」
「別に構わんが……」
辿り着いた店を指し示す。
「ここ、中古屋だぞ?」
説明しよう、中古屋とは…………中古のフィギュアとかトイとかゲームとかマンガがたくさん売っている店のことである!
「手を繋いで入るような場所でもあるまい」
意気揚々と連れてきた俺とは裏腹に、未神がこの世の終わりでも見たかのような暗い表情で溜息を吐いていた。
「依途くん」
「何だよ。ブックオフの方が良かったか?」
「違う。…………ぼくたちはデートをしてるんだ。分かるかな?」
「どういうことだ」
「こんなオタクしか来ない店でデートしないだろっ」
未神、絶叫。
「失礼だな。アルファードに乗ったヤンキー家族もよく来るぞ」
「それはもっと地方の倉庫っぽい店だ」
詳しいな。
「しかしだな、未神。お前と遊びに来ると大体こういう店を巡りに巡って中古のゲームとかプライズフィギュアを漁ることが殆どだった気がするが」
そう。未神はその辺の趣味も含めて「親友」枠であり、一緒に遊びに行くのにも気を遣わなくて済む大変稀有な女であった。
「確かにぼくたちの休日はほぼそういう過ごし方だが…………違うんだ! これはデートなんだよ! 依途くん!」
「はぁ」
そんなやつがデートなどと糖尿病まっしぐらなほど甘ったるい言葉を吐き、手を繋ぐべきとかどうとか言いだしたのだ。戸惑いもするだろう。
「考えてみろ! 付き合いたてほやほや! 互いの目を見るのも恥ずかしい初心なカップル!」
「お前初心なのか」
「黙れっ! そのカップルが「で、デート行こうか……」「どこにしよう……」「よし、中古屋にしよっか!」「一緒にプレステ2のゲーム見に行こうね」……なるか! なるわけ無いだろっ!」
先程よりも熱を帯びた未神の叫びがこだまする。
「店先で演説するなよ……」
「きみのせいだろっ!」
親友がこれほど熱くなっている姿を初めて見た。流石に少し申し訳なくなる。
「分かった。とにかく、中古屋はデートに不適当なんだな」
「義務教育で習ったはずだけど」
「お前がどんな学校に通ってたのか知らんが、あいにく俺はデートなんてしたことがない」
「……ほんとに?」
「ああ。神仏に誓って無い」
何だか知らないが、未神が笑っている。馬鹿にされた気がした。
「そういうわけだ。デートと言われてもどこに行けば良いのか見当が着かん。お前が行き先を選んでくれないか?」
「……なるほど」
未神が満足そうに頷く。人の非モテがそんなに嬉しいのか。
「確かに、この3年間きみが女性と話しているのを見たことがない。可哀想に……」
「お、宣戦布告か?」
「きみの言う通り、ぼくがきみを導いてあげるべきだったよ」
途端に図に乗り始めた。腹が立つどころか、何か楽しくなりそうだった。
「よしいいだろう、親友。ぼくが最高のデートを演出してみせるよ」
未神がビシッと指差す。どうなるか見ものだった。
「なぁ、未神」
「ん?」
「何で俺はプレステ2のディスクを漁ってるんだ」
こいつが最高のデートとか言い出してから30分ほど。俺たちは何故かさっきの中古屋にいた。
「ゲームキューブのほうが好みかい?」
未神が俺に吐いたのより3倍大きな溜息を吐いてやる。そうじゃねえよ。
「さっき中古屋はデートに相応しく無いと大演説噛ましてたのはどこの誰だ」
「うっ……」
未神がバツが悪そうな表情をする。
「仕方無いだろ…………服屋に入っても服には興味無いし、おしゃれなカフェは結界が張ってあるし……」
「なんだ結界って」
「ぼくやきみのように慎ましく細やかに生きている人間を殺す結界だ」
「俺を混ぜるな」
「そんな所に行けるはずがない。結局こういう店が一番落ち着く」
そう言いながら未神が妙に懐かしいゲーム機を手に取った。ドリキャスじゃねえか。
「あ、2000円だ……これ買ってくる……」
未神よ……デートでドリキャスは買わねぇぞ…………
そんな声無き叫びは奴に通じず、淡々とドリキャスとバーチャロンを会計している。結局やつも「こちら側」…………要するにオタクなのだ。そいつが全うなデートなどできる筈もなく、中古屋やらカード屋やらゲーセンやらの方が生存に適している。そういうやつだから親友になれたとも言えるが……
無理してデートがどうなどと啖呵を切るとあの様に撃沈して、ドリキャスで心の穴を埋めようとする始末である。いや心埋まらねえだろドリキャスで。何なら当人が墓の下に埋まってるまである。
「あ、会計してきたっ」
「……楽しそうだな」
「うん。そのうち対戦しよう」
カフェやら服屋に無理に入ろうとして灰化しかけているときよりよほど活き活きとした笑みを浮かべている。 実際俺も無理してデートなぞしようとするより、2人でゲームでもしている方がよほど気が楽である。
「次は? どこに行くんだ」
「え、あ、そうだな……」
未神が葛藤している。未神自身も無理にデートがどうとか言い出すべきなのか、或いはこのまま心地良く普段の休日を楽しむべきか悩んでいるのだろう。
「な、映画でも見に行くか」
「え?」
「それならほら、俺達でも行けるし。それなりにデートっぽいだろ」
「まぁ、確かに……」
正直見たい映画も無いし、結構高いしで行きたい理由も無いのだが。まぁこいつのために我慢してやることにする。
「ここの最上階に映画館が有ったはずだ。取りあえず何やってるか見に行こうぜ」
最上階。
併設された映画館へやってくる。天井に釣られたモニタにタイムスケジュールが載っていた。
「これから時間が近いのは……」
最近流行りの一般層まで対象のアニメ映画と、三角マークに波が上がりそうな特撮映画。
「非オタク向けとオタク向けだ。どっちにする?」
「……いや、もう一つある」
未神が指し示したのは、俺が敢えて提示しなかった選択肢……
「……恋愛映画、だとぉっ!」
あの未神が……恋愛映画……考えるだに恐ろしかった。
「アニメでもSFでも特撮でもなく……恋愛映画!?」
「ああ。それも邦画だ」
膝から崩れ落ちそうになる…………
「そんな……お前、予告で国産恋愛映画が流れる度舌打ちして「低予算ホームビデオ」とか「ポルノのポルノ抜き」とか散々言ってたのに……!」
「そう。今からそれを見に行くんだ。1800円も払ってね」
「気でも狂っちまったのかよ! 親友!?」
「そうだ。依途くん。若者はそれくらい情欲に狂っていて当然なんだ」
「そんな馬鹿な……」
恋愛というのはげに恐ろしきものか。こいつに惚れられた不届き者とやらは早く責任を取ってやれ、未神はおかしくなってしまった。
「我々は思春期同好会。その名を騙るのなら、一般的中高生の趣向もある程度は理解しなきゃいけない……」
「えぇ……」
スタバに入れない時点で無理だろう。
「よく考えたまえ依途くん。映画だけじゃない。JPOPでもKPOPでもドラマでもいい。
ラブソング以外の歌がどれだけある! ドラマだって大半は誰が好きとか嫌いとかだろう!
あいつら性欲の話しかしていない、みんな股ぐらを濡らすための装置を求めているんだっ!」
「ステイ、未神ステイ」
「だがそれでも! それが思春期の在り方だと言うのなら、ぼくたちは突き進まなければならない!」
「映画館で叫ぶんじゃない」
仕方無く1800円払ってチケットを買う。読み上げるだけで鳥肌の立ちそう題名だった。
「では6番にどうぞー」
目の前を歩くカップルが俺たちと同じ6番に入っていく。あーあー、ほんとにいるのかカップルでこういう映画見て喜ぶやつ…………と思ったが。傍から見れば俺と未神も変わらないのだ。世間的には等しくバカップルである。おのれ偏向報道。
「はぁ……」
「依途くん。これは試練なんだ」
だがな、一つだけ言い訳させてくれ。バカップルはドリキャスを抱えてメロドラマを見ない……そうだろ?
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