序章-エピローグ

 部室。

 ただ一人、安い椅子に腰掛けページを捲っていると、春の暖かな風と日差しとが俺を撫でてくる。

 風の方を見遣れば、窓の向こうはいつの間にやら桜がまた満開になんかなっていたりして、その余りの環境異常っぷりに人間代表として地球へぺこぺこと頭を下げざるを得ない。別に眠くて船漕いでるわけではない。

 幾ら人類が地球をほかほかに暖めているとはいえ散った桜が1年と経たずに枝に戻るはずも無いのだが、こと横暴女神にかかればそれくらい容易いことなのである。きっと何だか機嫌がよろしいのでついでに街も桃色に染まってたらいいなみたいな、お花畑的思考でいたに違いない。つまるところ、この桜も眠気も未神が悪いのだ。ついでに夜海も悪い。

 その2人を待ってこうして朝の部室に佇んでいるのだが、中々どうして来ないものである。

 だからこうして、本なぞ読んで暇を潰さざるを得なかった。

 ライトノベルは以前止めた、ヒロインの告白のシーンが描かれている。何がいいのか世間を舐め腐ったガキのような主人公にメロメロのヒロインがついに決意し、彼に想いを伝えようとしていた・

 しかし結局告白はアクシデントにより遮られ、日常は続く。物語も続く。主人公が独りごちる。

 俺が告白なんかされるわけないじゃないか、と。

 ……嫌いだった。

 友達も彼女もいない、孤独なんだと嘯いておきながら、実際には見目の良い女を侍らせ自分だけを想ってくれる友人に手を取ってもらえる。そんなライトノベルの主人公が、俺は心底嫌いだった。

 何故愛を得ていながらさもそんなものは持っていないかのようなポーズを取るんだ。嘘を付くんだ。素直に喜べばいいじゃないか。

 ラノベ主人公が本当に孤独だったことなどただの一度もない。もし孤独ならそれは文学になる。魅力あるキャラクターに囲まれなければそのラノベは出版されない。翻るに、今手に取っているその本がラノベと定義されている以上、モノローグを語る男は孤独になり得ないのだ。仮に独りだったとしてその孤独は一頁もしないで終わるだろう。

「…………はぁ」

 然し。いざ自分の身を省みれば、だ。俺はそいつらと同じかもしれなかった。

 好かれているのにそんなはずはないと誤魔化し、見ないふりをし、なのに心のどこかでほくそ笑んでいる。ああ好かれている、と。

 そんな、古臭い……過ぎ去った時代の。

「…………ラノベの主人公に俺はなりたかったんだ」

 扉が開く。

「おっはー! あきらっちー!」

「おはよう、依途くん」

 待ち望んだヒロインたちも来たようだ。ぱたりと本を畳んで机に置いた。

「おはよう、お二人さん」

「それで、どうしたのかな? 登校したら机に書き置きが有ってびっくりしたんだけど」

「告白じゃないっ?」

 夜海が顔を赤らめきゃーっと頭をぶんぶんしている。

「…………二人まとめて?」

「一緒に幸せになろうねーっ、みかみん」

「悪いが呼んだのは告白じゃない」

 彼女たちに言わねばならないこと。そんなの決まっている。生き残ったからには、デストルドーを振り切ったのならば、もう伝えなきゃいけない。

 椅子から立ち上がり床にヘッドバッドを決めてみせる。校舎が揺れた。

「申し訳有りませんでした…………ッ」

 膝と三つ指を着いてフルの土下座を決める。頭が痛かった。

「…………えっ?」

「依途くん、何してるの?」

「見ての通り、謝罪だ」

「何を?」

「お前らの好意を、見て見ぬふりしたことだッ!」

 決めていた。もしデストルドーの化け物を倒せたらこいつらに謝ろう、全力で土下座しよう、と。

 ラノベの馬鹿主人公共も最後にははぐらかし続けた好意に向き合うのだ。俺もまた、逃げるのを止めなければならなかった。

「「…………」」

「許せとは言わない。だが謝らねばならない。俺は屑だ……」

「まぁそれは…………」

「否定出来かねるね……」

「どんな方法でも良い。お前らの気の済むようにしてくれ」

 許されぬ罪を犯したものがどうすればいいのかなんて、俺は知らない。だから好きにしろとそう言うしかできない。沈黙が響く。夜海も未神も戸惑っているようだった。

「…………どうする? みかみん?」

「んー……」

 ふと未神が机に目をやった。さっきまで俺の読んでいた本が置かれている。

「なるほど。ではきみの愛読書通り…………クラシックなヒロインの粛清を真似ようじゃないか」

「なにそれっ?」

「依途くんは暴力ヒロインが好きらしい。応えてやろうじゃないか」

 ……あれ? 何か旗色が悪いぞ? 選択肢間違えたか?

「あ、そういうことかっ」

 余計な理解の早い子である。……え、マジでバイオレンスなケジメつける気なんです?

「よーし、じゃああきらっち。イイコトしようねっ」

 いつの間にか、夜海に肩を掴まれていた。痛い。

「せーのっ」

「あっちょタンマ……」

 空に放られる。天井にぶつかって、きりもみしながら床へ落ちていく。

「夜海ちゃん。一発で決めてあげよう」

「うんっ!」

 いやいや。何可愛く頷いちゃってんの? これ暴力だよ? 今暴力ヒロイン受けないよ?

 そんな俺の叫びは届かない。夜海が脚を振り上げる。未神が跳び上がる。

「「オラァッ!!!」」

 コンマ2秒後、おおよそヒロインらしくない掛け声と共に俺の頭蓋は強烈な蹴りで挟み込まれていた。

「…………」

 そのまま床に伸びる。さっきのヘッドバットが可愛いくらいのダメージだった。一般人なら全治12ヶ月といったところだろう。いやそれ死んでるな。

「はい、断罪終わり」

「いや……ちょっとは容赦を…………」

「どんな方法でもいいって」

「言った。確かに言った。でもこう配慮とかあるだろうよ配慮とか」

「まあまあ。これで許してもらえるんだからよかったじゃん、あきらっち」

「お前いつの間にか強くなりすぎだろ……」

 こんな、いつか見たような見てないようなベッタベタな流れ。もうそうそうないだろう。

「はいはい、あきらっちはこっちねーっ」

 抵抗の余力も無く、無理矢理夜海の膝に載せられる。両腕が胸と腹をがっちりと保持し、当然のように胸を押し当ててきている。

「これからは心置きなくイチャイチャできるねぇ」

「あ、ん……?」

 まだ喋れるほど回復していないのだ。エロと暴力を行き来するな。

「……夜海ちゃん。怪我人に無理矢理猥褻なことをするのは頂けないな」

 どの口が言ってるんだお前。

「えー? ただの恋人未満の自然なスキンシップだよーっ?」

「…………不純だね」

「ねぇあきらっち? また一緒に炒飯しようねっ?」

 いつから炒飯は動詞になってしまったのか。

「…………」

 お冠らしい未神がこちらを睨んでいる。

「…………親友。来るか?」

 どうにか動き始めた舌で、そう紡いでみる。腕をあいつの方に伸ばしてみる。神が目を見開いていた。

「あ、ずるいっ」

 あいつは吸い寄せられるように俺の下へと歩み寄ると、すっぽりと膝に収まった。

「……」

 なんだか悪いことをしているような、そんな気持ちになってくる。そもそもは向こうが勝手にやったことなのに。

「依途くん、て」

「手?」

「うん」

 俺の袖を引っ張って自分の前に置いた。意味を理解したので仕方無く、左腕も未神の前にやった。

「ず、ずるいっ! ふたりだけずるい! エロだよそんなのっ!」

 後ろの罵声を無視して、未神は俯いて身体を捩らせている。頬に薄く紅が差していた。

 結果として未神、俺、夜海と三重膝上構造(上から順)が出来ている。前後から柔らかな感触と妙に鼻をくすぐる香りに襲われた。

「あ、あきらっち! ほら、おっぱいだぞっ!」

「えとくん…………」

「みかみんもっ! とろけちゃだめっ」

 …………俺と未神がエロなのではない。夜海、お前もこのエロの一部なのだ。っていうか胸押し付けんな風営法が怒るぞ。

「作戦は……成功したんだね」

「ん? 確かに亜獣は倒したな」

「そうじゃない。夜海ちゃんと一緒に、きみが他人を愛せるようにするための作戦を発動していたんだ」

「……初耳だ」

「そりゃ機密だし」

「みかみんがあきらっちの家を占拠した時点で気が付かなかったっ?」

「あれもそうだったのか……」

 こいつらは俺のことを好んでくれただけじゃない。無理矢理にでも俺に踏み込もうとしてくれたのだ。そんな人間がこの世界に存在したのだという事実が、ひどく嬉しかった。

「ちょ、あきらっち?」

「依途くん?」

「……すまん」

 目頭を押さえ、溢れるそれをどうにか抑えようとする。俺は愛されていたんだ。本当に、本当に愛されていたんだ。

 それは、有り得ることだったんだ。

「……依途くん。これで終わりじゃない。これからだって青春は続く。桜は散らない」

 その言葉があまりに嬉しくて、また涙が零れた。正直ダサいし、情けないしで泣きたくなんかないのだ。それに未神も夜海も、揃って俺を慰めようとするのが尚更恥ずかしい。


「……ん?」

 こんこん、とドアが鳴る。

「誰だろ……?」

「新入部員だったりしてっ!」

「……どうぞ」

 扉が開く。見慣れない女子生徒がドアノブを握って立っていた。キョロキョロと辺りを見渡している。

「えっと……何か変な部活があるって……」

「失礼だな。変な部活じゃ……」

 彼女の目が射止めている、俺たちの状態に気がつく。

「…………いや。変な部活だったな」

 未神がすとんと俺の膝から降りて笑った。

「思春期同好会へようこそ」


 ラブコメディは終わらない…………らしい。

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ラブコメディには遅すぎる @toerubu

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