ラブコメディの成れの果て-の果て

 気が付くと、どこかの島にいた。

 どこかは知らんが、島であることは分かった。日本列島も島といえば島だがそういう話じゃなく、小さな孤島にいるようだ。

「さ、もう一度説明するね」

 未神が俺に話しかけている。俺はそれに頷いて、ああとかうんとか言った。俺が喋ったんじゃない、目の前の俺がそう言った。何だこれ? 映像?

「この真代島に巨大な異界が発生した。今までで最大規模のものだ」

 真代島。その単語で思い出す。どうやらこれは、俺の過去のようだった。なんでか知らないが必死に過去を思い出しているようである。

 そうだ、俺はあの妙な亜獣のせいで倒れて…………それでこんなものを見ているのか。

 単なる昼寝の夢なのか、走馬灯ってやつなのか。 

「このまま放置すればそれだけの亜獣が街に解き放たれることになる。それだけは避けないといけない」

 感謝されずに戦うのにも慣れてきたな、と俺が呟く。これもかつて本当に言った台詞だった。

「これより思春期同好会は作戦を発動する。作戦名に希望は!」

「ねぇな」

「そう。さ、行くよ」

 説明を終えた未神と俺が異界の中に走っていく。中には砂糖に集る蟻のごとく亜獣が湧いていて、もう一人の俺が冷や汗をかいていた。

 そうだ、こんな感じだった。バッカみたいな量の敵だったなぁと他人事のように懐かしくなる。

 数としては通常の異界の6倍。あの時は中々肝が冷えたが当時の俺は絶頂期だった。戦うのも3年目で、妙な精神的動揺もない。

 あんなちっこい銃で未神と同じ数の敵を倒していた。結局2人で蟻どもを全て駆逐したのである。我ながらよくやったと褒めてやりたい。その時点で未神はスタミナ切れで動けず、俺も右腕が動かなかったが。

 そんな状態で異界の主……四足歩行の亜獣が出てきた時はもう笑うしかなかった。

「クオオオォオォォオオ」

「躾てやるぜ、犬っころ」

 銃口から光剣を発生させ、利き腕でない左で獣を斬り刻んでいく。倒れた未神に狙いを定めた亜獣の首をはねた。

「そいつは俺のご主人さまなんでな」

 そんな事も言っていたようだ。覚えてないが。


 そのまま光景が切り替わり、今度はどこかのビルの上にいた。ここは……

「ロマンティックじゃないか、依途くん」

 雪夜。人の明かりのない街を月と星だけが薄く光らせている。

 …………ああ、そうだ。ここはアキバだ。秋葉原、ラジ館の屋上。隕石の降るクリスマス。

 走馬灯は更に過去へと流れ続けているようだった。これは一昨年のクリスマス。何でも巨大隕石が地球に接近していて、聖夜に人と地球が滅ぶとか騒いでいた。核ミサイルでも吹き飛ばせないらしい。

 それをたった2人で迎撃しようと未神のやつが言い出したから、溜息吐きながら秋葉原に向かったわけである。着弾予想地点がそこだったのだ。

「まぁこれだけ星があるんだ。一つくらい降っても不思議じゃないだろ?」

 落ちてくるのは恒星じゃないぞ、と突っ込む。

「さ、あの隕石の迎撃がぼくたちの今夜の仕事のわけだけど」

 サンタに任せとけよ。

「彼らはケーキを売るのに忙しい。作戦名に希望は?」

 特にねぇっての。

「つまらない。何か言いたまえよ」

 …………そうだな。オペレーション・ピースオブケイク、とかどうだ。

「クリスマスだしね。きみにしちゃいいセンスだ」

 そのまま羽を広げた未神に連れられて空へ。俺は銃口を隕石の方向に向ける。

 未神、支えてろよ!

「ああ、親友。明日をプレゼントしてくれ」

 最大出力の一撃が成層圏を貫いて、隕石は塵と化した。吹き飛んだ石っころの欠片が流星となって夜空に瞬く。

 こんなこともあったなぁ、と懐かしくなる。1年半ほど前のことなのに遠い昔のようだった。

 未神とは本当に、本当に色んな経験をした。こんなにも人類を救った人類は俺と未神だけだろうし、こんなにもワクワクドキドキの毎日を送っていたのも俺たちだけだろう。

「流れ星か……なにか願い事はないのかい?」

 流星を見上げて、俺が願ったのは確か…………「こんな毎日が、続きますように」。

 不謹慎ではあるが、ごく自然な願いだ。…………そうだ。続けばいいなと思ったのは、未神だけじゃなかった。4年目の高校生活を俺も願っていたのだ。


 更に場面が移り変わって、校庭にいた。朝焼けが世界を染めている。

 これは…………そうだ。入学して直ぐの頃、4月。屋上から飛び降りて死に損ねた。原因は言うまでもない。未神蒼。

「残念だったね、死ねなくて」

 俺は動揺を顔一杯に浮かべて目の前の天使を見つめている。これが未神と俺のファーストコンタクトであり、今思えば全ての物語(ライトノベル)の始まりだった。

 俺は問う。何故、俺の命を救ったのかと。

「ぼくは死が嫌いなんだ」

 沈黙。

「死ぬくらいなら戦いたまえ。ぼくと一緒に」

 彼女が銃を俺に手渡す。その銃は今でも俺の手にある。此処から今日に至るまでの全ては、何もかも未神がくれたのだ。

「依途空良。今この瞬間から、きみが主人公だよ」

 俺の死も退屈も、この日こいつが殺したんだ。

 こうして見る走馬灯はどれもあいつのことばかりで。俺にはきっと未神の他に何も無かったのだ。


 更なる過去へ。

 次に見えたのは……俺だった。

「…………」

 蟬の泣く夕暮れの公園。

 今より幼い俺がベンチに座ってスマホをいじっている。多分、中学生の頃だった。もう捨てたTシャツを汗で濡らしている。

 いつの間にやら、こんな昔まで遡ってしまったらしい。

「なぁ」

 俺はつい、隣に座って声を掛けていた。聞こえるかも分からないのに。

「ん?」

「俺」は反応を返した。少なくともここでは俺が認識されているらしい。

「お前、依途空良か?」

「そうですけど。おっさん、だれ」

 おっさんと来たか。中学生から見た高校生ってそんなもん……いや、俺が老けてるのか。

「俺もな、依途空良なんだ」

「はぁ?」

「信じられないかもしれないがな、未来から来たんだよ」

 胡乱な目で見られる。自身にそんな顔をされたことのあるやつは俺くらいだろう。

「……忙しいんで。失礼します」

「待て」

「いやです」

「よく見ろ。俺の顔、よく似てるだろ」

「…………確かに。老けてるけど」

 中学の俺はこうも生意気だったろうかと思って虚しくなる。……が、よく考えたら未来のお前だとか声を掛けてくるやつがいたらこうもなるかもしれない。

「……でも、似てるだけかも」

「じゃあそうだな。一つ、言い当ててやるか」

「ん?」

「今、同級生の女子に告白しようとしてたろ?」

 途端、やつが目を見開く。

「ま、俺からすれば過去だからな。それくらいわかるさ」

「……本当、なのか」

 やっと信じたようだった。疑り深いやつである。

「不思議なこともあるんだな」

「まぁたまにはそういうこともあるだろうよ」

「どうして過去になんかやってきたんだ?」

「さぁな。俺も知らん」

「……普通そういうのって、未来を変えるためにやってくるもんじゃないのか」

「映画の見過ぎだ」

 自分で言っておいて、大して映画なんて見てなかったと思い出す。もうすぐ日が落ちるってのに風は熱いし蝉は延々と鳴き続けていた。

「なぁ、それならこの後どうなるかも知ってるんだろ」

「ん?」

「だから告白がどうなるのかだよ」

 確かにそうなる。当然だが、この愚かなガキの告白の結果を俺は知っていた。

「まぁそりゃあな」

「教えてくれよ」

 そいつにとって切実な疑問だった。そりゃ誰かが知っているのならぜひにでも聞きたいだろう。

 俺は知っている。その始まりそうだったラブコメが始まることは決して無い。寧ろ、それから今に至るまであらゆるラブコメは失われる。

 今俺は何年もの絶望を味わうかどうかの分岐路にいた。

「…………」

 簡単だ、こんなのは。素直に伝えてやればいい。お前が好かれることはないのだ、と。そうすれば俺はこんな嫌な思いを何年もしないのだから。これが現実である確証は無いが、万に一つそうかもしれないのだから。

「答えろよ」

「そうだな……」

 でももし、それで未来が変わったら。未神に会うことも無くなってしまうのではないか。思春期同好会に入らなくなってしまうんじゃないか。

 ……いや、そうだ。屋上から飛び下りることも無くなる。未神と出会うこともない。

「……まあいいや。大体わかった」

「え?」

「上手くいくならそんな難しそうな顔で黙らないだろ」

 俺が喋るより先に見透かされていた。未神にもよくそうされる辺り、俺は相当分かりやすいらしい。まぁ、バレちまったものは仕方が無い。

「ああ。お前の……いや、俺の告白は失敗する。それもまぁ、結構酷い振られ方をする」

「憂鬱だなぁ、そりゃ…………」

「先に聞けてよかったろ?」

「まあな」

 もう一人の俺はベンチにぐったりと背をもたれて溜息を吐いた。この頃から俺も大して変わらんなと思った。

「まぁ、それでも告白するんだけどな」

「…………は?」

 やつが馬鹿なことを言い出した。暑さで頭がやられたのか。

「言ったろ、失敗するんだぞ」

「その上でやるっつってる」

「…………馬鹿なの? お前?」

「うるせーな。俺が馬鹿ならお前もだぞ!」

「いや違うな。俺は失敗するって分かってたら告白なんかしないからな。馬鹿じゃない」

 頭の悪い言い合いを始める。 

「いや、馬鹿だね」

「なんだと」

「俺は告白するぞ! 何故ならその方がかっこいいからな!」

 …………ああ。こいつは、いや俺は。救いようの無い馬鹿だった。かっこいい? 何言ってんだ。俺ほど格好悪い人間はいない。

 それなのに…………それなのに、一瞬こいつがあまりに羨ましかった。正しいとすら思えた。

 少なくとも俺よりも、こいつの方がかっこいい。人の好意から逃げてる自分を理性的だと思ってる俺より。

「…………そうか」

「何だよ、止めないのかよ」

「ああ、止めん。せいぜい爆死しろ」

「まだまだ若いからな。一回くらい大丈夫だろ」

 分かったふうな口を利く。

 思えば、俺はこれくらい馬鹿で勢いで生きてるようなやつだった。これといった能力も経験も無い、努力をしているわけでも無かったけれどそれでも謎に自信だけがあった。

 それを世間的に愚者と呼ぶことも、当然知るはずもない。

 嘲笑って然るべきのそれが眩しく思えたのは、今の俺がそれより愚かだからだろう。

 ……だから、止めない。その代わりに少しだけ話しておいてやることにする。

「…………暫く、いや長いこと辛いかもしれないけどよ。お前の手を取ってくれるやつがいる。絶対にいる」

「そうなのか?」

「ああ。そいつの手は絶対に取るんだ。離すなよ」

「おっさんは? 取ったのかよ」

 痛いところをついてくる。他人の揚げ足ばかり…………って、自分だったな。

「…………これから取るさ」

「何だよ、情けねぇな」

 その瞬間、世界が薄れ始めた。時間なのだろうか。

「もう時間らしい」

「延長は?」

「出来ないようだな。……ま、あんまり気張らずに生きろよ」

「おっさんこそな」

 いつの間にかガキの姿は消えていた。

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