大発情時代-5

 駅前。

 青空の下、辺り一面桜と暇人で溢れていた。平日の昼間だってのに素晴らしいことである。最も俺たちもその一部なわけだが。

「一応まだ授業の時間だけど……出てきてよかったのかな?」

 良心がまだ僅かに残っているらしい夜海さんがそう呟く。

「問題無いっすね。あそこはもう教育施設じゃないですし」

「あはは、そうかも?」

「アイルビーバックとでも言えば許されるでしょう」

 街を3人で歩く。何だか不思議な感覚がする。未神以外の誰かと歩くこと自体、珍しいことだった。

「さ、着いたよ」

 路地。薄暗い影に覆われた隙間に人はいない。未神が手をかざすと隠された扉が光に晒された。

「なにこれっ!?」

「行くよ、依途くん」

「ああ……着いてきて、夜海さん」

 光の中へ。


「な、な、なにこれぇーーーっ!?」

 絵の具を適当に混ぜ合わせたように彩られ、移ろって行く醜い空間。どこかから聞こえる悲鳴と軋むような音。地獄とでもいうような世界がそこに広がっていた。

 夜海さんが悲鳴を上げ泡を吹き、今にも気絶しそうになっている。

「どこ? ここどこなの!?」

「依途くんとぼくの愛の巣だよ」

「えっ……」

 今度は顔が青ざめる。

「壮絶な……愛なんだ……」

「変な嘘はやめろ、未神。ここがさっき話した異界です」

 制止すると、未神は不機嫌そうに顔を背けた。

「ひえぇ……」

「……夜海さん、大丈夫?」

「だ、だめぇー」

 まぁ確かに無理も無い。俺も初めて来た時はこんな感じだった。

「まぁ、すぐに慣れるから」

「いや! いやいや! だってキモいし! 怖いし!」

「依途くんも最初漏らしてたけど、割とすぐ正気に戻ってたよ」

「おい。それは言わない約束だろ」

 さらっととんでもないことを言ってくれる。何なの? 俺の株価を操作しに来てるの?

「それは……漏らした事実に冷静になってしまっただけでは……」

「冷静な分析は止めて頂けないでしょうか」

 と、突然叫び声が聞こえる。夜海さんでも俺のでもない、人外の鳴き声。

「お出ましか」

 四足歩行の獣。犬でも猫でも像でもない化物がそこにいた。口らしき器官をあんぐりと開け叫び続けている。

「ひ、ひえぇ!」

「……とまぁ、異界にはああいう化物、亜獣が出るんです。あいつらを倒して異界を消滅させる、それが思春期同好会の活動の一つ」

「た、倒せるんですか、あの化物」

「ええ。そんなに強くありません」

 懐から銃を抜く。そのまま狙いすら付けずに引き金を引くと、光の弾丸が獣を撃ち抜いた。

「……!」

 未神がくれた銃。細かい理屈は知らないがビームが出る。霊子がどうとか精神感応がどうとか言っていた気がする。ひったくりを倒すのにも役立つ。

「まぁこんな感じです」

「お、おぉ……」

 更に三匹、同じ亜獣が現れる。こちらに飛びかかってくる前に、足元に発生した魔法陣の光が奴らを消し飛ばした。

「大した危険じゃないけど、あんまり離れないでね」

 魔法を放ちながら未神がそう笑う。

「い、いつもこんなことしてるんですか?」

「うん。早く倒さないとあいつら街に出てきかねないんだ」

「こ、これが思春期同好会……」

 未神は俺のより大きな銃……アサルトライフルらしきものを出現させる。

「うちに入りたいなら、やってみる?」

「えぇ!?」

「と言っても怖いよね……どうする? 無理にとは言わないけど」

 夜海さんは銃をじっと見つめて、頷いた。

「怖いけど……戦う! わたしも部員になりたいし!」

 随分度胸のある子らしい。

「ストラップを肩にかけて」

「あ、うん」

「構えてみて」

「おいおい、撃たせるのか?」

「見てるだけの方がつまらないでしょ」

 未神は扱い方を諸々レクチャーすると、遠くに見えるさっきの四足亜獣を指した。

「あれ、撃ってみて」

「え、ちょ、そんなの出来ないよぉ」

「当てなくてもいい。とりあえず撃ってみて」

「……よおし」

 銃口から光の弾丸が放たれる。亜獣の1メートルほど右の地面を叩いた。

「初めてにしては上手いですね」

「え? ほんと? やった!」

 もう恐怖は無いようで弾を連射し始める。5発目で光が敵の頭を撃ち抜いた。

「いえすっ」

 直後、山のような巨体が突然目の前に現れた。

「ウオオオォオアァアァアアッ」

「な、なにあれ…………」

 太く、鋭い角。血のような瞳。ここからでも分かる硬質化した皮膚。

「この異界の主だな」

「いやーーーッ!!」

 太い悲鳴を上げて夜海さんが抱きついてくる。滅茶苦茶震えていた。

「あ、あんなの、勝てっこないよーっ」

「ちょ、くっつかれると戦えないって」

「たーすーけーてーぇ!」

 亜獣が拳を合わせると俺たちの直上に魔法陣が描かれた。

「まずっ」

 夜海さんを抱えて飛び退く。滝のような雨が魔法陣から注いだ。

「わっ」

 とっさに振り下ろした彼女のライフルが雨の中に取り残される。金属製とは思えない程に溶けきって液体と化していた。

「なにあれっ」

「酸の雨だ」

「こーわーいーっ!」

 亜獣が拳を未神に振り下ろす。弾かれて拳が破裂し、肉塊と血が飛び散った。

「……沈黙を覚えよ」

 どこかから現れた無数の鎖が獣を捕らえる。

「依途くんっ」

「……夜海さん、ごめん」

 夜海さんを空へ投げ飛ばす。

「え、ちょっ、依途くーんっ!!!」

 両腕が空く。撃鉄を下ろし、銃を両手で保持する。

「はぁ…………」

 精神を集中し引金を引く。次の瞬間にはヤツの頭が消し飛んでいた。

「うわぁああああおちるぅぅぅうう!」

 舞い降りてきた夜海さんを受け止める。

「お疲れ様でした」

「え……」

 亜獣は消滅していた。腕の中で彼女が呆けた顔をしている。地面に下ろすと腰を抜かして座り込んだ。

「こ、ここ」

「?」

「怖かったよーっ!!」

 また抱きついてくる。大きく柔らかい感触が俺の腕を圧迫した。いや、そんなくっつかれると困るんですけど……

「……随分嬉しそうだね、依途くん」

「いやはや、そんなことは……」

「そういうの、ホラー映画なら真っ先に殺されるよ」

 随分妙な脅しである。

「…………くのことは女とも思ってないくせに」

 異界が明けていく。元の空が顔を出し、俺たちはさっきの路地にいた。

「用は済んだ。帰ろう」

 歩き出す。未神の呟きは聞き取れなかった。




 帰り道。街は夕焼けに染まり、紅い空を桜が流れていく。暇人はさっきより増えていた。

「ちょっと、夜海さん。そろそろ離れてくれると……」

「えー、だってまだ怖いし……」

 夜海さんは未だ俺の腕を抱えながら歩いている。反対側に未神が歩くことで何か妙な階段みたいになっていた。

「ごめんね、怖いもの見せて」

「ううん。怖いけど、新鮮で楽しかったし」

 どうもそれも嘘では無いようで、彼女は笑顔でそう答える。

 今日も呑気に廻る街を見渡すと、やけにカップルがイチャコラしていた。発情しているのはうちの高校だけでもないらしい。傍から見れば俺も中々世間体の悪い並びをしているかもしれないが。

「でも、3年前からずーっとあんな敵と戦ってるの?」

「うん」

「2人で?」

「そうだね」

「かっこいいなぁ……」

 そう言われると照れる。何せ言われたことが無い。

「正義の味方ってやつ?」

「そう言えるかもね」

「未神ちゃんが主導なの?」

「うん、部活を作ったのはぼく。彼は後から入ってきたわけだけど……志を共にした大切ななか……」

「まぁ下僕みたいなもんだ」

 ふんふんと夜海が頷いている。何故か未神がこちらを睨んでいた。

「そっか……3年も一緒にいたんだね」

「うん。3年もいた」

 食い気味に未神が答える。さっきから何か様子がおかしい気がするが、どうしたんだろうか。

「……ねぇ。違ってたら笑ってほしいんだけど」

 コンクリートの床を蹴って、彼女は小さく問うた。

「……二人って付き合ってたりするの」

 妙な質問をするな、と思った。何が彼女にそう思わせたのだろうか。

「ふむ。その付き合うというのは言うまでもなく男女交際を意味するだろうがぼくと依途くんはそのような爛れた関係にこそ無いものの互いの信頼も友情もあらゆる恋人たちより深いのは言うまでもないことなのだからこれはもう恋であり愛であり未必の恋でありつまり恋愛感情以上の関係であると言っても過言ではないと考えるのが妥当だとい」

「付き合ってないですよ」

 可能な限り簡潔にそう答え、遮った。誰かが何か熱く語っていたような気もするがまぁ虫の鳴き声か何かだろう。

「俺に恋人がいるわけ無いでしょう、はは」

「あーそっか、そうだよね~、えへへ」

 未神がまた何か言いた気な顔をしている。何を言いたいのかは知らないが。

「よし。決めた」

「?」

「やっぱり思春期同好会、入ります!」

 威勢の良い笑顔で彼女がそう言った。

「お、そうですか。歓迎しますよ」

 俺も可能な限り笑顔で返す。

「……いいの? また今日みたいな、怖いこともするけど」

「うん! あんまり役に立たないと思うけど……よろしくね!」

 未神が微かに息を吐く。溜息のようにも聞こえた。

「あ、わたしの家こっちなんだ。また明日ねーっ!」

 夜海さんが笑顔で手を振り走り去っていく。元気な背中が遠く消えた。

「まさか4年目にして新入部員とは驚いた」

「うん」

「それもいい人そうだ」

「……ううん。本当にいい人だよ」

 普段と違う様子でそう呟く。3年越しの新入部員に思うところがあるのだろう。

「よし、俺たちも帰るか」

「……ねぇ、依途くん」

「ん?」

「あえて聞くけど。きみは女の子が好きかい?」

「急に何を言い出すんだ」

「さぁ、なんだろうね」

 随分突飛な発言である。

 その発言の意図を考えてみるに……そうか、きっと件の想い人のことだろう。卒業式に振られてしまった某である。

 一般的に男性が女性を好むのか、というデータが欲しいのである。全く、恋は盲目というやつだろう。自明の理であることすらわからなくなってしまうのだ。

「加えて言うなら……タッパがあって胸とし…………スタイルが良い女性は好き?」

「まぁ嫌う理由はない」

「…………小柄な、平たい子は?」

「そりゃ一般的にでっかいほうが良いだろう」

 その回答が何かやつの逆鱗に触れたのか、急に口調の勢いが増し始めた。

「で、でも! そいつは君のことが大好きで趣味も合うし気の置けない仲間で親友だぞっ!」

「はぁ」

「何だ反応が悪いな! よし、ちょっとくらいならいかがわしいことも許そう! その子は心が広いからね!」

「…………」

「まだ足りないのか!? いわば、その……ロリだぞ! 貧乳寸胴つるぺったんだっ! お前の為に世界すら作り変えるような神のロリだぞ!」

 貧乳寸胴つるぺったんの語呂の良さはさておき、何の話をしているのだろう。最近こいつの言っている内容の理解が難しい事が多い。一応3年間共にやってきたつもりなのだが……やはり恋というのは人を変えるものである。

 とはいえ、そこで理解を諦めるのは少々情に欠ける。少し考えてやることにした。

「そうだな……」

 …………ああ、そういうことか。こいつは多分性癖の話をしている。自らのような属性が広く男性に好まれるかを聞いているのだ。これも例の件で喪失した自信を取り戻そうとしているのだろう。

 そうであるならば、俺もその気持ちに答えてやるべきだ。

「そうだな。二次元ロリは好きだ」

「…………へ?」

「この前読んだ同人誌は最高だった。お前にも貸そうか?」

 沈黙。どうしたのだろうと顔色を窺うと絶句していた。

「……帰ろうか」

「ああ2」

 夕焼けが沈んでいく。やけに静かな帰り道が続いた。


 …………まずは商業から勧めるべきだったかなぁとか、そんなことを思った。

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