ラブコメディには遅すぎる
@toerubu
終章‐プロローグ
「麗らかな春の陽の注ぐこの佳き日に旅立ちを迎えられること、大変嬉しく思います」
パイプ椅子の上、普段よりは姿勢の良い生徒達が並んでいる。窓には桃色の花びらが張り付き、教員たちは滅多に見ないスーツや礼服を着込んでいた。
高校生活最後の日。つまるところ、今日は卒業式だった。壇上で校長が涙ながらに挨拶を述べている。残念ながら話したことがないので、思うところもない。
時折聞こえてくる号令に合わせて立ったり座ったりする。順序を覚えていないので動作が遅い。
「卒業証書、授与。代表、
とはいえ、卒業自体に感慨が湧かないわけでもなかった。例えば、今立ち上がって壇上に登って行くあいつ。未神蒼と呼ばれたその少女。少年のような見目のあいつとは、この三年間付き合いがあった。
信じられないかもしれないが、一昔前のアニメやライトノベルのような日常をあいつと過ごしていたのである。具体的に言えば、あいつには世界を書き換える力がある。俺の夕飯から物理法則まで自由自在に操れるのだ。
この時点で嘘くさいって? まあ聞いてくれよ。そんな未神は思春期同好会なるこれまた一昔前のラノベにありがちだった妙な部活を作り上げ、俺を私兵とし東奔西走七転八倒の大活躍をしていたのである。邪悪な組織を打ち倒したり、異形の化物を駆逐したり、国際社会に介入したり、ちょっとここじゃ言えないダーティなことまでこなしてきた。ちなみに世界を救ったこともある。
ほら、流行ったろ? そういうの。2000年代か、10年代くらいにさ。男女ペアのジュブナイルとか、妙ちきりんな名前の部活で青春したりするあれだ。要するに俺は未神と一緒にあれをやっていたのである。
しかぁし、時は既に2024年。令和だよ? 令和。そういうわけだからか、或いはここがただの現実だからか、俺たちの関係はラノベ的でありながらも、そういう若者とおじさんに優しいラノベたちとは一線を画していた。
…………つまるところラブコメにはならなかった、ということである。
「卒業おめでとう」
彼女が振り返る。俺よりもずっと小さな背丈に、華奢な体躯。ボブだかショートだか、短い髪と中性的な顔立ち。陽の光を浴びて、茶色がかったその髪が揺れた。
一般的に、先に言ったような作品群たちは激戦の果てやら思春期的すれ違いの果てに発情期に至り誰も彼もが付き合い始めたりする。いや、それ以前から何だかんだお互いのことが気になったりなんかしていて、不文律のように、規定事項であるかのように盛ってラブコメになる。何なら、告白の成功を以てエンディングとする作品も多いだろう。
が、我らが思春期同好会にそんな軟弱なものは無かった。俺と未神は一片たりとも恋愛感情を発生させることなく今日この日、卒業式を迎えたのである。純粋に親友として高校生活を終えようとしている。
これは快挙ではないだろうか。愛だの恋だのという呪縛から逃れ、友情と信頼と目的意識で大団円を迎えようとしている。これは進歩であり、コペルニクス的転回であり、新たな多様性であると言え……
「…………」
未神が証書を持ったまま固まっている。どうしたのだろうか。
「…………ってない」
何か呟いた。聞き取れない。思考が埋め尽くされている間に、あいつはこちらを俺の方を見つめていた。
「ぼくの青春はっ! まだ終わってない!!!」
破かれた卒業証書。光射す世界に舞う。黄金色の床にそれが触れる前に、指を差す。
「
…………え? 俺?
握り拳を膝に置いたまま、固まる。口をあんぐりと開け、きっと赤ん坊より間抜けな顔で未神を見ていた。
「……
反応の無いまま沈黙するこちらに呆れたのか、そう命じてくる。
「は、はい……」
立ち上がる。思考が追いつかない状況で理性は働かない。言われるがままである。
「依途くん。今日は卒業式だ」
「あ、ああ……」
寧ろ俺が言いたいセリフだった。証書を破くな。
「きみには3年間世話になった。まずは感謝をしたい」
「そ、そうか……」
「ぼくはきみほど強く、優しい人間を知らない。今日までの3年間が輝いているのは全てきみのせいだ、親友」
なんだか知らないが随分持ち上げられる。
「だがっ! だがしかしだっ! だからこそだっ! ぼくには許せないことがあるっ!!!」
「許せないこと……?」
「……ぼくになにか、言うべきことがあるだろう」
「はぁ」
未神に言わなければならないこと…………なんだ?
感謝? いや、それは何度も伝えてきたはずだ。今日に至るまでに何度だって。じゃあ何だ? 考える。卒業式をジャックしてまで俺に言わせるべきこと……
「あ……」
「やっと分かったか! 朴念仁!」
「昨日借りた500円なら明日帰す! ちょっと待っててくれ!」
「違うっ! おたんこなすっ!」
違うらしい。じゃあ何なのか。……思いつきそうにもない。
「卒業しちゃうんだぞ! 進路だって違うんだっ、今このタイミングで言わなきゃ手遅れになることがあるだろっ!!!」
そう言われ更に考えてみる。あれだけ必死になっているのだから何か喫緊の問題なのだろう。
「……」
だめだ。思い付かない。そう思ってふと顔を上げると、周囲の全ての視線が俺に注がれているのに気が付いた。おいおい、そんなに見るなよ。照れちゃうだろ。
「えーと……なんですかね……?」
「あ゙る゙だろ゙っ」
不味い。お冠だ。こうなると未神は大変なのだ。何時間も無言で睨んできたり、かといって放っておけば収まらないしでそれはもう面倒なのである。
普段ならどうにかこうにか宥めるか、理不尽であれば徹底抗戦するのだが、今回のは原因不明でしかも現在絶賛卒業式中だ。
となると、最早俺の取れる行動は一つしかなかった。
「さぁ寄越せ、親友! 青春の最後の一ピースを!」
「…………ごめんなさいっ!」
腰を120度に曲げ、全力で謝意を示す…………そう、平謝り。ノープライドチェリーボーイに許された最後の秘技。額を床に擦り付けないあたりが最後の抵抗である。
「…………」
沈黙が流れる。どうしたことかと思って顔を上げると、見たこともないほど表情を歪めた未神がいた。
あ、謝っちゃいけなかったやつ?
「理由を」
「へ?」
「理由を述べてくれ。じゃなきゃ納得出来そうにない」
選択を誤ったようだ。何だかよく分からないまま謝った結果、説明を求められている。これは大変に困った。何故なら何だかよく分かって無いのだから。
結果、言い逃れもまた適当なことを言う外無くなる。
「だってほら……俺たち、親友だろ?」
友情を殊更に強調してみる。何だかよく分からない以上は、抽象的で聞こえのいい言葉を発するしかなかった。
「……そう。そうか。ふ、ふははははは」
あいつが腹を抱えて笑い出す。ど、どうしたんだ?
「……そうだね。ぼくときみは「親友」だ。ラブコメには遅すぎた、というわけだ」
「?」
「依途くん。残念だけど、今日で終わりというわけにはいかなくなってしまった」
「え?」
「いいじゃないか。……これで
未神の髪が銀色に染まる。真白い翼をはためかせ宙に浮く。
「お、おい。力を使う気か」
「うん。依途くん。……来年もよろしくね」
体育館に光が満ちていく。やがてそれが世界すらも書き換える。
次に目を覚ました時、卒業式は終わっていた。いや正確に言うならこれまでの世界が終わっていた。結局未神が俺に言わせようとしたことが何だったのか、俺には知る由もない。
どうやらここからが物語の始まり、らしい。
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