エルフに転生したはずがオークにしか見えない件

足雄

第1話 俺はエルフだ!!!

アークは、エルフの里から追放されて、もうどれだけの月日が経ったのかも忘れてしまっていた。転生する際、彼が望んだのは華麗で優雅なエルフの姿。長い耳に美しい髪、細身でありながら力強さを秘めた体、そんな完璧なエルフを夢見ていた。だが、現実は彼の想像とはまったく異なるものだった。


転生直後、彼は森の中で泉の水面に映った自分の姿を見た。その時の衝撃は、今でも忘れられない。水面に映っていたのは、白い肌の巨漢。確かに肌の色だけはエルフの特徴を備えていたが、それ以外はどう見てもオークそのものだった。潰れた耳、豚のように突き出た鼻、盛り上がった筋骨――どこをどう見てもエルフの優雅さとは程遠い。夢見たエルフの姿とはかけ離れた自分を見て、アークは絶望に打ちひしがれた。


「なんで俺がこんな目に……!」


彼は何度も「俺はエルフだ」と自分に言い聞かせてきた。だが、エルフの里でその主張をしたところ、誰も彼を信じてくれなかった。それどころか、周囲からは嘲笑され、恐れられ、最後には里から追放されてしまったのだ。それ以来、アークは腰蓑一つで森をさまよう毎日を過ごしている。エルフの華麗な衣装に身を包むという夢も、巨大な体に合う服が見つからない現実によって打ち砕かれた。


そんなある日、森の奥から金属のぶつかり合う音が響いてきた。アークはその音に反応し、音のする方へと駆け出した。次第に、戦いの激しさを伝える金属音がはっきりと聞こえ、彼の中に眠る戦闘本能が呼び覚まされていく。木々の間から覗くと、一人の女性が数体のオークに囲まれていた。彼女は重い鎧を身にまとい、剣を握り締めて戦っていた。


その女性――フレイアは、周囲を囲むオークたちに必死で抵抗していた。彼女の剣技は素早く無駄がなく、振られるたびに光の軌跡が描かれる。しかし、オークたちの数は多く、その中には一際巨大な上位種オークも混じっている。その上位種は、鋭い牙を剥き出しにして冷笑しながら、じりじりとフレイアに迫っていた。


「くっ……!」


フレイアは剣を構え直し、間合いを保ちつつ敵の動きを見極めていた。彼女の息は荒く、疲労が見え始めている。オークたちは彼女を囲むようにして少しずつ間合いを詰めていく。彼女は鋭い一撃でオークの一体を斬りつけたが、数が多すぎる。オークたちの連携に次第に追い詰められていく。


「まずい……!」


彼女の体力は限界に近づいていた。上位種オークが前に出てきた瞬間、状況は一変する。巨大な棍棒を振り上げた上位種オークは、フレイアの剣を弾き、彼女を押し戻した。地面に沈むように動けなくなった彼女を見下ろし、オークたちが襲いかかろうとした瞬間――


突如として、森の中から地響きのような足音が響いた。フレイアとオークたちが振り返ると、白い肌の巨体が現れた。その姿は、どう見てもオークだった。潰れた耳、豚のように突き出た鼻、盛り上がった筋肉――異様な白い肌を除けば、まさにオークの暴力的な威圧感そのものだった。


「白いオーク……?新手の亜種か……!」


フレイアは絶望感に襲われた。オークたちとの戦いでもう体力は限界に近い。この状況で新たな強敵が現れるとは――。だが、その白い巨体は、彼女の予想を裏切るかのように目を吊り上げ、怒りの咆哮をあげた。


「俺はエルフだ!!」


その言葉に、フレイアは一瞬耳を疑った。「エルフ……?お前が?」彼女の脳裏に浮かぶエルフのイメージとは、目の前の巨漢とはかけ離れていた。だが、次の瞬間、その白い巨体は雄叫びをあげながら戦場に飛び込んだ。


「オオオオーーッ!」


アークの咆哮が森に響き渡り、その迫力にオークたちは一瞬怯む。しかし、アークはその隙を逃さず突進した。足音が地面を震わせ、巨体はまるで暴れ牛のようだ。太い腕を振り上げると、上位種オークに叩きつける。骨が砕ける音とともに、上位種オークは地面に叩きつけられた。その力の一撃は、まさにオークの狂戦士そのものだった。


「オラァッ!」


アークの拳が次々とオークたちに炸裂する。力任せで、洗練された動きなど一切ない。彼の戦い方は、暴力に物を言わせるオークそのものだ。拳を振るうたびに、オークたちは悲鳴を上げて地面に転がり、木々を揺らすほどの轟音が響く。アークは無我夢中でオークたちを薙ぎ倒し、荒々しい息遣いとともにその場を暴れ回る。彼の全身から滴る汗が、筋肉の隆起を一層際立たせ、獣じみた雄姿を放っていた。


フレイアはその光景を呆然と見つめていた。目の前に繰り広げられるのは、エルフの繊細さとは無縁の、まさにオークの暴力そのものだった。動きは荒々しく、まるで獣が暴れまわるかのようだ。だが、彼の中にはただのオークではない何かが感じられ、異質な存在感を放っている。


やがて、すべてのオークが倒され、戦いが終わった。アークは荒い息をつきながら仁王立ちになった。腰蓑一つの姿で、まるで戦場を制した勝者のように誇らしげだ。しかし、フレイアの目にはどう見てもオークにしか見えない。


「……どう見てもオークだろう、お前……」


彼女は呆然と呟いた。その言葉に、アークは顔を真っ赤にして怒りをあらわにする。


「だから俺はエルフだって言ってるだろ!!」


その激しい自己主張に、フレイアは思わずため息をついた。彼の異常なまでのエルフへのこだわりが、あまりにも馬鹿馬鹿しく、そしてどこか憎めないものに感じられたのだ。しかし、彼のその言葉の裏には、強い誇りと信念があることを彼女は感じ取った。


「……信じられないが、助けてくれたことには感謝する。しかし、私の力ではもう……」


フレイアは自分の体力が限界に達していることを感じ、かすれた声で続けた。「……街まで、送ってくれるか?」


アークは彼女の言葉を聞くと、少し眉をひそめた。彼の視線がフレイアに向けられる。その瞳には、荒々しい外見からは想像できないほどの優しさが宿っていた。彼は黙って彼女に歩み寄ると、無造作に腕を伸ばしてフレイアを抱き上げた。その動作は見た目に反して意外に丁寧で、彼女を驚かせた。


「当然だ。俺はエルフだからな!」


アークは自信満々に言い放ち、フレイアを抱えたまま森の中を歩き始める。彼の足取りは、地面を揺らすほど重く力強い。周囲の木々が彼の通り道を邪魔するかのように立ち並んでいたが、彼はそんなものをものともせずに、まるで小枝を踏みつぶすかのように前へ進む。フレイアは彼の腕にしがみつきながら、その途方もない力強さを感じていた。


「……お前、本当にこのまま街に行くつもりか?」


フレイアは不安を抱きつつも、彼の無謀な自信に少しだけ呆れていた。アークの外見はどう見てもオークでしかなく、街の住人が彼を歓迎するとは思えない。むしろ彼を見た瞬間に敵とみなす可能性の方が高い。彼の肌が白いことだけでは、エルフだと主張するにはあまりにも無理がある。


「当然だ。俺はエルフだから、街に入るのは当たり前のことだろう?」


その無邪気なまでの自信に、フレイアはため息をついた。彼の態度には呆れるばかりだが、それでもその強い信念には、一抹の尊敬を抱いてしまう自分がいることに気づいていた。彼のように自分の誇りを貫き通す姿勢は、たとえ馬鹿げていても、どこか羨ましくも感じられた。


「……わかった。私が何とか説得してみせる。お前を追い出すような真似はさせない」


フレイアは決心した。彼が何者であろうと、自分を助けてくれたことに変わりはない。それなら、彼が街に入れるように取り計らうのが騎士としての義務だと感じたのだ。そう考えながら、彼女はアークの肩にしっかりと手をかけた。


アークは彼女の言葉を聞いて満足げに頷き、誇らしげに胸を張った。


「よし、それでこそエルフの仲間だ!よろしく頼むぜ!」


「……お前、私はただの『フレイア』だ。仲間だの騎士だの、勝手に決めるな」


フレイアは名前を名乗りつつ、アークの軽々しい言葉を諌めるように言った。彼女の鋭い声色に少しだけ苛立ちが含まれていたが、アークはそれに気づく様子もなく、無邪気な笑みを浮かべていた。


「わかった、フレイア。お前は仲間じゃなくてフレイアだな!」


彼はあっさりと受け入れて、彼女をさらにしっかりと抱え直す。その姿には、どこか子供のような純粋さがあり、フレイアは呆れつつも少しだけ心が和らぐのを感じた。彼がどれだけオークにしか見えなくても、その内側にはエルフとしての誇りや優しさが宿っているのかもしれない。


「……全く、お前は何者なんだか……」


フレイアは小さく呟きながら、アークの背中を見つめた。彼の足音は重く、地面を踏みしめるたびに森全体が揺れるように感じられた。その姿は、エルフの優雅さとは程遠い。しかし、彼の存在には不思議な安心感があった。それは、力だけではない、彼の持つ強い信念に裏打ちされたものかもしれない。


こうして、フレイアとアークの奇妙な旅が始まった。森の中を進む彼の足音が、これからの道のりを暗示するように響いていた。



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