第2話 白いオークの街入り

アークはフレイアを抱えたまま、森の中を歩いていた。巨体は、地面を踏むたびに震えるような音を立てる。足取りは力強く、障害など眼中にないかのように前進していく。しかし、フレイアは彼の行動に不安を感じずにはいられなかった。


「お前、どこまで行くつもりだ?」


フレイアは森を抜けられる見込みが見えないまま、アークに問いかけた。彼が何を考えているのか、どこへ向かおうとしているのかを確かめたかったのだ。


「街までだ! お前を送り届けるって言っただろう?」


アークは胸を張り、何の迷いもなく答えた。その言葉だけは頼りがいがあるが、問題は彼の外見だった。どう見てもオークの姿で街に入るというのは、普通ではあり得ない。フレイアはその点をどう伝えたものかと考えた。


「……お前、どう見てもオークにしか見えないぞ?」


彼女は事実をそのまま伝えた。白い肌が珍しいのは確かだが、潰れた耳や豚のような鼻、盛り上がった筋肉はオークの特徴を備えている。このままでは街の住民に不審者、いや、敵だと見なされてしまうだろう。


「俺はエルフだと言ってるだろ!ちゃんと見てみろ、この白い肌を!オークにこんな色のやつがいるか?」


アークは自分の白い肌を誇らしげに見せつける。確かにその肌はエルフらしい色ではあるが、潰れた耳や豚のような鼻、筋骨隆々の姿は、エルフとはかけ離れている。フレイアは彼の必死さに困惑しつつも、説得の難しさを感じていた。


「オークの上位種には、色の違うものもいるというが……」


フレイアは一瞬考え込むように目を伏せたが、すぐに頭を振って現実に戻るようにして続けた。


「……まあいい。とりあえず、街に着いてから考えるとしよう」


彼の話が通じるのかどうか不安を抱えつつ、フレイアはアークに街まで同行させることにした。街の様子を見れば、彼も少しは現実を理解するだろう――そう、フレイアは期待していた。



---


森を抜け、ようやく街の門が見えてきたとき、アークは無造作にフレイアを下ろし、自ら進んで門に向かって歩き始めた。フレイアは急いで彼の後を追い、不安な気持ちを抱えたまま彼を止めようとした。


「待て!お前、そのまま行ったらまずいって……!」


しかし、アークは止まらず、堂々とした足取りで門番の前に立った。門の前には2人の衛兵が立っていたが、フレイアに気づくと驚いた様子で目を見開いた。


「フレイア様!?戻られたのですか!」


フレイアはアークの後ろに立ちながら、門番に向けて軽く頭を下げた。彼女がこの街で認知されていることは一目瞭然だった。彼女が現れたことで、門番たちの表情が一気に緩む。


「ええ、少しばかり危ない状況だったが、こいつのおかげで助かった。ところで、彼を通してもらえないか?」


フレイアの頼みに、門番たちはアークを見上げ、再び困惑した表情を浮かべた。彼らの目には、どう見てもオークの巨漢にしか映らない。しかし、フレイアが一緒にいることから、ただの敵ではないのだろうと考えているようだ。


「……それは構いませんが、本当に大丈夫なのですか?見た目は、どう見ても……」


「わかっている。だが、彼は私を助けてくれた。それに、どう見えても彼が敵ではないことは確かだ」


フレイアの説得に、門番たちは困惑しつつも頷いた。彼女のことを信頼しているからこそ、彼らもアークを街に通すことにしたのだ。


「わかりました。フレイア様がそうおっしゃるのなら……。ただ、念のため警戒は怠らないようにいたします」


「それでいい。心配するな、彼は騒ぎを起こしたりしないさ」


フレイアはそう言いながらアークを街の中へと導いた。彼女の言葉に信頼を置く門番たちは、一応の警戒をしながらも、アークの後ろ姿を見送った。



---


フレイアの屋敷にたどり着くと、アークは興味津々に周囲を見回しながら門をくぐり、中庭へと進んでいった。フレイアが扉を開けると、中から数人の使用人が出迎える。


「おかえりなさいませ、フレイア様――」


使用人たちの挨拶が途切れた。彼らの目がアークの巨体に向けられ、次の瞬間、屋敷の中は凍りついたような静寂に包まれた。使用人たちは目を見開き、信じられないものを見るような視線をアークに向けている。


「ひ、ひぃぃ……!」


一人の使用人が後ずさりし、持っていた盆を落としてしまう。カランと金属音が響き、他の使用人たちもパニック寸前の様子で慌てて後退りする。彼らの視線はアークの白い肌と筋骨隆々の巨体、そして潰れた耳と豚のような鼻に釘付けだった。


「オ、オーク……! どうしてオークがここに……!」


一人の女性使用人が怯えた声を上げる。アークはその反応に眉をひそめた。彼の顔には不機嫌な色が浮かび、彼は腕を組んで堂々と使用人たちを見下ろす。


「お前たち、俺をなんだと思っている?俺はエルフだぞ!」


その声に、使用人たちはさらに怯えた様子を見せた。どう見てもオークにしか見えない存在が、人間の言葉を操っていることに彼らは困惑を隠せない。


「オ、オークが……人語を話すなんて……!」


「ま、まさか、これが噂に聞く上位種……?」


使用人たちはお互いに不安そうな視線を交わし、彼らの動揺は収まらない。フレイアはそんな彼らを見て、ため息をつきながら手を振った。


「落ち着け、皆。この者はオークではない。彼は私の命を救ってくれた恩人だ」


フレイアの毅然とした声に、使用人たちはようやく少しだけ冷静さを取り戻したようだった。しかし、彼らの視線にはまだ疑念が残っている。アークの姿が、どう見てもフレイアの言葉と一致しないからだ。


「……ですが、フレイア様、本当に……?」


使用人の一人が恐る恐る問いかける。フレイアはしっかりと頷いて答えた。


「ええ、私が保証する。彼が何者であろうと、今は客人だ。ここで無礼を働く者は許さない」


その言葉に使用人たちはすぐに頭を下げ、彼女の言葉に従う姿勢を見せた。彼らにとって、フレイアの命令は屋敷での絶対的な規則であり、逆らうことはできない。それでも、彼らの視線にはまだアークへの警戒心が消えていない。


「おい、だから言ってるだろう。俺はエルフだ!お前たちが考えているようなオークじゃない!」


アークは腕を組み、堂々と主張するが、使用人たちはますます困惑した様子を見せた。オークにしか見えない存在が人語を操り、しかも自分をエルフだと言い張るその光景に、彼らは理解が追いつかない。


「……わかったわかった。とにかく、彼のために部屋を用意してくれ。しばらくはこの屋敷に滞在してもらう」


フレイアはアークをちらりと見ながら、使用人たちに指示を出す。彼女の厳然とした態度に、使用人たちは戸惑いながらもすぐに頭を下げ、部屋の準備へと取りかかった。


フレイアは彼らが去ったのを見届けると、アークを部屋の一角に座らせた。屋敷の中は先ほどの騒ぎが嘘のように静まり返り、落ち着いた雰囲気が漂っている。しかし、フレイアの心中にはいまだに不安が残っていた。


「さて……これからのことを話そうと思う」


フレイアは彼の目を見据えながら、今後について話し始めた。彼がエルフだと主張し続けるのは勝手だが、このままでは街の人々に不安を与え続けてしまう。何より、彼の行動がこれ以上騒ぎを引き起こさないようにしなければならない。


アークはフレイアの話を聞く姿勢を見せているものの、どこか気だるそうに椅子に座っていた。


「今後のことだが……お前はこの街でしばらく過ごすつもりなのか?それとも、森に戻るのか?」


フレイアは淡々と問いかける。彼が街に滞在するのか、それとも森へ戻っていくのかを確かめることで、どのように対応すべきかを決めようとしていた。


「ふん、森に戻るだと?俺がそんなことをすると思うか?俺はこの街で、自分の力を見せつけるつもりだ。俺の力があれば、この街の連中も俺をエルフとして認めざるを得なくなるだろう!」


アークは自信たっぷりに宣言する。その態度にフレイアは呆れを感じながらも、ある意味彼の強気な姿勢に救われている部分もあった。


「そうか……なら、まずはお前がこの街で何か役に立つことをして、人々に信頼されるようにしてもらいたい。お前が騒ぎを起こさなければ、皆も少しずつお前を受け入れるようになるだろう」


フレイアはアークに街での振る舞いを教えながら、彼がどう行動するかに期待をかけることにした。彼の力が街の人々の役に立てば、少しは彼に対する警戒心が和らぐかもしれない。


アークは少し考え込んだが、やがて頷いた。


「わかった。お前の言うとおり、俺の力を見せてやる。それで俺がただのオークじゃないってことを証明してやる!」


彼の決意を聞いたフレイアは、少しだけ安心した。しかし、まだ彼がどのように街の人々と接するのか、そして彼の力がどう発揮されるのかは未知数だ。次の日からの彼の行動が街にどのような影響を与えるのかを考えると、簡単に気を緩めるわけにはいかない。


「では、今日はまず休んでおけ。明日は早いからな」


フレイアはそう言って立ち上がり、アークに一部屋を提供する準備を進めるよう使用人に指示した。アークは少し不満そうに口を開く。


「ふん、俺は疲れなど知らないが……まあ、お前の屋敷で休んでやることにしよう」


アークは素直ではないものの、フレイアの家の一角に腰を下ろした。その様子にフレイアは安心すると同時に、彼のこれからの行動が街にどのような影響を与えるか、少し不安を感じていた。



---


そして、次の日――アークが街で自分の力を示そうとすることで、さらなる騒動が巻き起こることを、フレイアはまだ知る由もなかった。




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