第14話 湖の力
試練を終え、アークとフレイアは精霊の森を後にしてエルフの里へ向かっていた。しかし、森の中を進む彼らの鼻先を、焦げた木々の匂いが鋭く刺し始めた。空には灰が舞い、風が熱を帯びていた。遠くに見える空は、まるで火を灯されたかのように赤黒く染まっている。
「何だ、この匂い……」アークは思わず足を止め、眉をひそめた。「まさか……火事か?」
「いや、ただの火事じゃない……魔法による火だ。」フレイアは険しい目つきで周囲を見回し、剣に手をかけた。「魔王軍の仕業かもしれない……急ごう、アーク。」
二人はすぐさま走り出した。木々の間を駆け抜けるごとに、灼熱の空気が彼らの頬をかすめ、森の奥からは徐々に炎の激しい音が聞こえてきた。遠くの空には黒煙が渦を巻きながら立ち上り、陽光を遮るように広がっていた。木々が燃え、爆ぜる音がまるで遠雷のように大地を震わせる。
「このままじゃ、里が……!」アークは焦燥感をあらわにし、拳を強く握り締めた。
彼らが森の開けた場所に出ると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。燃え盛る炎が、木々を飲み込み、赤々と輝く火柱が空へと立ち上っていた。まるで森そのものが燃え尽きていくかのように、枝や葉は焼け焦げ、地面は灰と化していく。煙が空を覆い、光を閉ざし、まるで世界が暗黒に飲み込まれたようだった。
「これが……魔王軍の仕業か……!」アークは息を呑み、声を震わせた。
炎の勢いは止まることを知らず、森全体をまるで生き物のように食い尽くしていた。遠くからは木が崩れる音が響き、轟音と共に巨大な木々が倒れ込む。大地は灼熱に焼かれ、乾ききった土が焦げ、草はただ灰と化していく。
「このままだと……エルフの里が……!」フレイアは剣を抜き、風の流れに乗って舞い上がる火の粉を払いながら、鋭く言い放った。「急げ、アーク!」
彼らが再び走り出すと、ようやくエルフの里が視界に入ってきた。しかし、そこにはさらに恐ろしい光景が待っていた。エルフたちは燃え上がる森を目の前にして、懸命に避難しようとするが、逃げ場を失いかけていた。炎の壁が里を包囲し、森全体が燃え盛る炎の渦に飲み込まれようとしている。
「どうすればいいんだ……!」若いエルフが叫び、炎に追い詰められた仲間に向かって必死に手を伸ばしていた。「このままじゃ全員が……!」
「だめだ、あの炎は普通の火じゃない!」別のエルフが叫んだ。「魔法の火だ、止める術がない……!」
エルフたちは必死に火の手から逃れようとするが、次々と道を塞がれ、押し寄せる炎に追い詰められていた。火の熱気が彼らを包み込み、森全体が崩れ落ちるかのように揺れている。
「くそ……!」アークは拳を握りしめ、目の前の光景に怒りを燃やしていた。「このままじゃ、エルフの里が全て焼け落ちる……!」
その瞬間、彼の心の奥に眠る湖の精霊との契約の記憶が蘇った。静かで、しかし確かに存在するその力が、彼を呼び覚ますように心の中で囁いていた。
「そうだ……湖の力……!」アークは自らの体内に眠る魔力を感じ取り始めた。「この力を使えば……火を止められる!」
彼は静かに目を閉じ、心の中で湖の精霊の声を感じ取った。冷たく、静謐な力が彼の中で再び息づいている。彼はその力を解き放とうと、拳を握りしめ、深く息を吸い込んだ。
「精霊よ……今こそ、俺に力を貸してくれ……!」
その瞬間、彼の足元から水が湧き上がり始めた。まるで大地の奥深くから呼び寄せられたかのように、冷たい水が次第に彼の周りを取り巻き、静かな流れとなって広がっていく。水の精霊の力が、アークの心と共鳴し、大地の奥から冷たい清流が溢れ出していた。
アークの手から放たれた水の流れが、次第に力を増し、炎の壁に向かって奔流となって突き進んだ。冷たい水流が炎を包み込み、その激しい熱を瞬く間に鎮めていく。まるで水が命を持っているかのように、炎に絡みつきながら、炎の勢いを押し戻していった。
「これは……水の力……!」フレイアはその光景に息を呑み、剣を構えたまま感嘆の声を漏らした。
エルフたちもその奇跡的な光景に目を見張った。彼らが伝説として語り継いできた水の精霊の力が、今まさに目の前で再び蘇っていたのだ。
「まさか……失われたはずの水の精霊の力……?」若いエルフの一人が、驚愕の表情で声を漏らした。「あのオークがやっているのか……?」
アークはその冷たい水の力をさらに解放し、炎が立ち上る大地を一気に覆い尽くした。水流が渦を巻きながら炎を封じ込め、ついに森を飲み込む火の手が止まった。
「よし……!」アークは汗を拭い、胸を張った。「俺が……この森を守ったんだ!」
里を覆っていた炎が消え、森全体に再び静寂が訪れた。エルフたちはその光景に目を見開き、アークの力に深い感謝を感じていた。
「アーク、君がやったんだ……!これでエルフたちは救われた!」フレイアは微笑みながら、剣を掲げた。
「でも、これで終わりじゃない。」アークは拳を握り直し、魔王軍の動向に目を光らせた。「まだ奴らを止める必要がある。行くぞ、フレイア!」
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