第8話 決戦への前奏曲
朝の冷たい風がアークの頬を撫でる。夜明けが近づくにつれ、森は薄明かりに包まれ始め、静かな空気が戦いへの緊張感を一層強くしていた。アークは森の中を進みながら、バグラグとの次の戦いに思いを巡らせていた。
前回の戦いで、バグラグの圧倒的な力を目の当たりにしたアークは、今の自分の力だけでは太刀打ちできないと痛感していた。身体強化の魔法を習得したが、それだけでは限界がある。バグラグの巨体を前に、どれほどの力が必要かを知ったからだ。
「フレイア、本当にこれで勝てるのか?」アークは前を歩くフレイアに問いかけた。
フレイアは歩みを止め、振り返って彼を真剣な眼差しで見つめた。「勝てるかどうかはお前次第だ。だが、今のお前の力だけでは難しいのは確かだ。」
「身体強化の魔法は完璧に習得した。だが、それでも足りないのか?」アークは困惑の色を浮かべた。
フレイアは小さく首を横に振った。「エルフには本来、風や水の魔法を操る力が備わっている。特に風を操る力は、お前にとって重要だ。エルフの象徴的な技の一つ、ウインドアローは、風の精霊と強く繋がることで放たれる。お前がその力を引き出せれば、バグラグにも対抗できる。」
「ウインドアロー……それを使えれば、勝てるのか?」アークは半信半疑ながらも、その力に希望を見出し始めた。
「ただし、習得には時間がかかる。風と一体になる感覚を掴むことが重要だ。まずは風を感じ取るところから始めるんだ」とフレイアは優しく促した。
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二人は森を抜け、風が吹き抜ける開けた場所にたどり着いた。周囲の木々は静かに揺れ、絶え間なく風が流れている。フレイアはその場に立ち止まり、アークに言った。
「ここだ。風が常に流れている。これを感じ取って、それを自分の力に変えるんだ。」
アークは目を閉じ、風の流れに意識を集中した。最初は何も感じられなかったが、次第に、微かな風が肌を撫でるのを感じ始めた。その風は優しく、しかし確かに力強く彼の周囲を漂っていた。
「これが……風の力か?」
アークは呟きながら手をかざした。すると、風が彼の手の動きに従って流れ始めた。まるで彼が指示を与えたかのように、風が形を作り、彼の周囲を舞い始める。
「次はその風を弓の形に変えるんだ。それがウインドアローの第一歩だ」とフレイアが指示する。
アークはさらに集中を深め、風を弓の形に変えようとした。風が彼の手の中で渦巻き、次第に弓の形を取りかけた。しかし、その瞬間、風は形を保てず、散り散りに消えてしまった。
「くそっ……!」
アークは苛立ちと悔しさを感じながら拳を握りしめた。風を感じ取ることはできたが、それを形にするのはまだ難しかった。
「焦るな。形を保つのは簡単じゃない。誰でも最初は失敗するんだ」とフレイアは冷静に言った。「お前にはまだ時間がある。風をもっと感じ取り、集中し続ければ、必ず弓を形にできるはずだ。」
「でも……ウインドアローが使えなければ、バグラグには勝てないんじゃないか?」アークは再び不安を口にした。
「確かに、ウインドアローはお前の切り札になるかもしれない。しかし、戦いは一つの技だけで決まるものじゃない。お前にはすでに身体強化の魔法がある。それを使ってバグラグと戦いながら、戦いの中で風の力を引き出せばいいんだ。」フレイアの言葉は冷静でありながらも、確固たる信念が感じられた。
「身体強化……それなら、すぐに使えるな。」アークは自分の手を見つめ、決意を新たにした。「まずは身体強化で戦い、風の力を引き出す機会を待つ。それが今できる最善の策だな。」
「その通りだ。お前はもう強くなっている。自分を信じろ、アーク。」フレイアは彼の肩を軽く叩き、微笑んだ。
アークはその言葉に深く頷き、改めて覚悟を決めた。「わかった。今できることを全力でやる。それが俺の戦い方だ。」
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二人は静かな森を進み続けた。周囲の木々は不気味な静寂に包まれていたが、遠くから鈍く響く足音が徐々に近づいてくる。それは、大地を揺るがすような重く強い音だった。
「この音……」アークはその音に聞き覚えがあった。バグラグの足音だ。彼が近づいている。
「来たか……」フレイアが静かに呟いた。
アークはその言葉に反応し、瞬時に身体強化の魔法を発動させた。全身に力が漲り、筋肉が強化される感覚が体を包む。これで、バグラグと戦う準備は整った。しかし、今もなおアークの心の中には不安が残っていた。
「本当に……これで勝てるのか?」
アークは自問しながらも、すぐにその思考を振り払った。今は迷うべき時ではない。戦うしかないのだ。全てを懸けて――。
木々の間から、巨大な影がゆっくりと姿を現した。バグラグだ。彼の巨体は木々を押しのけ、その圧倒的な威圧感が周囲を支配していた。地面を踏みしめる度に、大地が震え、空気が震動する。
「バグラグ……!」アークはその巨体を睨みつけた。
バグラグの鋭い目がアークを捉え、口元に不敵な笑みが浮かんだ。「白いオークよ……俺の前に立ちはだかるのか? それが答えならば、ここで森に還るまで」
その言葉を聞いた瞬間、アークの体は反射的に動いた。全力で身体強化の魔法を使い、バグラグに向かって突進する。彼の全身に魔法の力がみなぎり、その足取りは軽く速くなっていた。
「行くぞ……!」アークは拳を固く握りしめ、全力でバグラグに挑む覚悟を決めた。
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