第22話 海辺の町、リューカ
険しい山道を越え、長い旅路の果てにアークたちの視界が開けた。眼前には果てしなく広がる海。陽光が水面に輝きを散らし、穏やかな波の音が心地よく耳に届いてくる。アークはその壮大な景色に息を呑み、しばし言葉を失った。
「これが……海か……」彼は呆然と呟いた。
ノームもまた、感動のあまり地面に「海!すごい!」と書いて飛び跳ねている。フレイアは静かにその光景を見つめ、わずかに頷いた。
「初めて見るが、確かに美しい。しかし……何か不穏な気配がある。」フレイアの声には、海の壮大さに対する感嘆とともに、漠然とした不安が滲んでいた。
セレーネは優雅に前へ出て、アークたちの隣に立つ。彼女の目もまた、海の向こうを見据えている。「ええ、美しいだけではありませんわ。この海の先には、わたくしたち海の一族の都、深淵の都がございます。そして、あの場所に雷の魔将が現れたことで、海全体が危機にさらされていますの。」
彼女の口調はお嬢様らしい品の良さを持ちながらも、その内容は海の一族に迫る脅威を暗示していた。アークはその言葉に反応し、セレーネを見つめる。「その魔将の影響ってやつが、もうここまで来てるってのか?」
「ええ、その通りですわ。深淵の都からこのリューカまで、不穏な気配が海に満ちております。」セレーネは少し顔を曇らせた。
「まずは町で休息を取ろう。疲労した状態では、状況を正しく把握することもできない。」フレイアが静かに提案した。
「賛成だ。まずは宿を探そう。」アークはセレーネとノームに視線を向け、二人が頷くのを確認すると、リューカの町へと歩き出した。
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リューカの町に入ると、周囲の雰囲気がどこか重苦しいものに感じられた。普段ならば漁に向かうはずの漁師たちは港に集まり、船の手入れをしている様子もなく、ただ不安そうに海を眺めている。町の活気がどこか薄れているように見えた。
「なんだ、この雰囲気は……」アークが辺りを見渡しながら呟いた。
「おそらく、雷の魔将の影響がここまで及んでいるのでしょう。」セレーネは静かに答えた。「海の一族の領域だけでなく、この町にも不安が広がっているようですわ。」
フレイアは周囲に警戒しながら、町の中心へと歩を進める。「ここで海の精霊と契約するための手がかりを探しつつ、一晩休息を取りましょう。明日に備えるためにも、まずは宿だ。」
アークは少し不安げにフードを被り直し、「俺はなるべく目立たないようにするさ……」とぼやきながらフレイアの後に続いた。
町の中心にある古びた宿屋に入ると、中には数人の旅人らしき者たちが腰を落ち着けていた。アークたちの姿を見ると、彼らは一瞬興味深そうに目を向けたが、すぐに視線を戻して何事もなかったかのように会話を続けている。宿屋の主人はカウンターの奥からのぞき、アークたちを迎え入れた。
「いらっしゃい、旅のお方か。部屋を探しているのかい?」主人の声はどこか穏やかで、人懐っこさが感じられた。
「ええ、部屋をお願いしたいのですわ。」セレーネが微笑み、丁寧に挨拶した。「わたくしども、少々海を調べる用事がございまして、一晩休息を取りたく参りましたの。」
セレーネの品の良い物腰に、主人は心を許したように頷いた。「なるほど、それならば部屋は空いてるから、自由に使ってくれ。港のほうは今はちょっと騒がしくてな。海が荒れてて、みんな不安なんだろうよ。」
「ありがとうございます。お心遣いに感謝いたしますわ。」セレーネは優雅に頭を下げ、アークたちを部屋へ案内してもらった。
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部屋に落ち着くと、フレイアが窓の外を見つめながら言った。「セレーネ、あなたが言っていた雷の魔将の気配は、確かにこの海に広がっているのか?」
セレーネは静かに頷き、ベッドに腰掛ける。「ええ。わたくしたち海の一族が守護する海の精霊の力さえ、今では雷の魔将の力に圧されてしまっております。ですから、アーク様にはぜひ海の精霊と契約していただきたいのですわ。」
アークは驚いたように目を見開く。「俺が、海の精霊と契約する……?そんなことができるのか?」
「ええ、できますわ。」セレーネの瞳には確固たる信念が宿っていた。「アーク様には風と水の力が備わっております。それらを巧みに使いこなすことで、海の精霊はあなたを認めることでしょう。契約することができれば、海を覆うこの不穏な気配にも対抗できるはずですわ。」
「つまり、俺がこの海の異変を鎮める力を得るってことか……」アークは腕組みをし、しばし考え込んだ。「だが、そう簡単なことではなさそうだな。」
フレイアはアークに向き直り、真剣な目で彼を見つめた。「そうだ。しかし、私たちはこれまでに数々の試練を乗り越えてきた。精霊の森での試練も、ウインドソウルの力も、アーク、お前が自らの力を信じてきたからこそ得られたものだ。今度もきっと……」
アークはフレイアの言葉を聞き、ふっと微笑んだ。「お前がそう言うなら、やってやるさ。俺も自分を信じてみる。それに、この海の精霊とやらに認めてもらうのも悪くない。」
セレーネは彼の言葉に満足そうに頷いた。「ありがとうございますわ、アーク様。それでは、明日早朝に海辺から深淵の都へ向かいましょう。」
ノームもまた、地面に「やる気満々!」と可愛らしい文字を描き、アークたちの気持ちを和ませた。
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