第23話 深淵の都
夜が明けると、港町リューカの空は少しずつ薄明るくなり始めていた。アークたちは宿を出て、静かな海岸へと向かう。彼らがこれから挑むのは、海の精霊との契約の旅だ。「おはようございます、皆さま。」セレーネが微笑みながら声をかける。
「おう、セレーネ。こっちは準備は万全だ。」アークは肩を軽く回し、海を見渡す。波打ち際から聞こえるさざなみの音が、旅の始まりを静かに告げているかのようだった。
「それにしても、本当に俺たちが海の底に行けるのか?」アークは眉をひそめながら、目の前の広大な海に目を向けた。「俺はエルフだけど、水中で息ができるとは思えないぞ。」
「大丈夫ですわ、アーク様。」セレーネは静かに微笑んで答える。そして、胸元から小さな青い宝石を取り出した。それは深い海のように澄んだ輝きを放ち、周囲の光を吸い込むかのように煌めいていた。「この秘宝があれば、海の中でも息をすることができるのですの。」
フレイアが興味深そうにその秘宝を見つめた。「それが、お前たち海の一族の秘宝か。」
「はい、この秘宝は私たちの一族に代々受け継がれてきたもので、海の精霊様の力が込められていますわ。」セレーネは誇らしげに説明しながら、青い宝石を掲げる。「秘宝の力を使えば、海の底にある深淵の都へと安全に導いてくれますの。」
「なるほどな。便利なものだ。」アークは感心しつつ、セレーネの持つ宝石に視線を移した。「これで、海の精霊のところへ行けるってわけか。よし、準備は整った。行こう。」
ノームも地面に「楽しみ!」と文字を描き、気合を見せる。彼らの反応を見て、セレーネは微笑み、青い宝石をしっかりと握りしめると前へと進んだ。
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海岸に立ったセレーネは、両手で秘宝を掲げ、目を閉じて古の言葉を静かに呟き始めた。彼女の言葉に反応するかのように、秘宝から青い光が放たれ、波間に広がっていく。青い光は海面を滑るように進み、次第に美しい光の道ができあがった。まるで海そのものが彼らを歓迎しているかのようだ。
「すごい……」アークは息を呑んだ。青い光が海面に輝き、道を作り出している。まるで、海の中に続く神秘的な道が現れたかのようだった。ノームも「キラキラ!」と地面に文字を書き、興奮している様子が伝わってくる。
「この道を進めば、海の底にある深淵の都へたどり着けますわ。」セレーネは微笑みながら言った。「さあ、皆さま。こちらへどうぞ。」
「本当にこの道を歩いていけばいいのか……」アークは少し不安げに光の道を見つめた。海の上を歩くという奇妙な感覚に、思わず足を引いてしまう。
「アーク、迷っていても仕方ない。まずは一歩を踏み出すんだ。」フレイアが冷静な口調で促し、光の道に一歩を踏み出した。その足元に広がる青い光が、彼女を優しく支えている。
「お、おう……わかった。」アークは深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、ゆっくりと光の道に足を乗せた。足元はしっかりしていて、まるで透明な床の上に立っているかのようだった。セレーネが先頭に立ち、ノームも続いて、彼らは光の道を進み始めた。
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光の道を進むにつれて、海面が彼らの頭上に上がり、次第に海の中へと入っていく。セレーネの秘宝から放たれる青い光が、海水を透き通らせ、まるで海の中全体が神秘的な青の世界に変わったかのように周囲を包んでいく。
「これは……すごいな。」アークは驚きの声を上げた。彼の目の前には、魚たちが悠々と泳ぎ、色とりどりの珊瑚礁が光を反射して美しく輝いていた。彼はその光景に見とれ、しばし足を止めた。
フレイアもまた、目の前に広がる光景に目を奪われていた。「ここが海の一族の住む世界……本当に壮観だな。」
「ええ、海の一族はこの美しい海底で、精霊たちと共に生きてきましたの。」セレーネは誇り高く言いながら、海底の景色を見渡した。「この海の精霊様と契約を交わすことで、アーク様はさらなる力を手に入れることができるでしょう。」
「海の精霊の力か……。今までの戦いでも風と水の力が役に立ったし、手に入れられるならぜひとも力を借りたいものだ。」アークは真剣な表情で答え、先を見据えた。ノームも海底の生物たちに興味津々で、地面に「ワクワク!」と書いていた。
セレーネは彼らの反応を見て満足げに頷くと、光の道を先へと進んだ。周囲の海水が青く輝き、光の道がさらに深淵へと続いているのが見える。
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しばらく進むと、彼らの前に巨大な岩の壁が現れた。その中央には洞窟のような入り口がぽっかりと開いており、内部から青白い光が漏れ出していた。周囲の岩には複雑な模様が刻まれており、それがただの洞窟ではないことを示している。
「ここが……深淵の都への入り口か。」アークは圧倒されるように岩の壁を見上げた。
「そうですわ。この先にわたくしたち海の一族の都、そして海の精霊様がおられます。」セレーネは頷き、静かに洞窟の方へ進む。「しかし、この先に進むためには、海の精霊様に認められなければなりません。皆さま、どうか覚悟を持ってお進みください。」
「もちろんだ。俺たちはこの旅で何度も困難を乗り越えてきた。ここで立ち止まるわけにはいかない。」アークは強い決意を持って答えた。フレイアもまた、ウインドソウルを手に握り締め、アークの言葉に頷く。
ノームも「ゴーゴー!」と地面に書き、彼らに元気づけるような笑顔を見せた。セレーネは彼らを見て、セレーネは安心したように微笑み、「では、参りましょう。」と洞窟の入り口へと向かう。
洞窟に足を踏み入れた瞬間、周囲の温度が下がり、冷たい空気がアークたちの肌を撫でる。内部は静寂に包まれ、青白い光が壁面に刻まれた模様を妖しく浮かび上がらせていた。足元の道は緩やかに下り、深淵へと続いている。
「すごいな……。こんな場所が海の中にあるなんて。」アークは洞窟内を見渡しながら感嘆の声を漏らした。海の底にあるとは思えない壮麗な雰囲気が、彼の心を不思議な感覚で満たしていた。
「この洞窟は、海の精霊様に仕える者たちの聖域として、古くから守られてきた場所ですの。」セレーネはしっとりとした声で説明しながら、先へ進む。「この奥にわたくしたちの都、深淵の都がありますわ。」
「聖域か……。なら、精霊との契約も厳しいものになるんだろうな。」アークは心の中で気を引き締め、これからの試練に備える決意を固めた。
「アーク、私たちはどんな試練が来ようとも、力を合わせて乗り越える。お前が風と水の力をうまく使えるようになっているのは知っている。」フレイアがアークに視線を送り、冷静だが力強い声で言った。
「もちろんだ、フレイア。お前も俺も、ここまで戦ってきた経験がある。今さら負けるつもりはない。」アークはフレイアに向けて力強く頷いた。
ノームは地面に「任せて!」と書き、アークとフレイアの言葉を受けて励ましのサインを見せる。彼の無邪気な文字に、二人の顔にも少し笑みが浮かんだ。
洞窟の奥へ進むにつれ、道はさらに狭くなり、天井は高く、壁には美しい模様が刻まれていた。模様の中には、魚や波、海藻など、海に生きる生物たちの姿が精緻に描かれており、まるで海の生命力そのものがこの洞窟に刻まれているかのようだ。
「ここに刻まれている模様は、海の精霊様の力を表していますわ。」セレーネが壁に手をかざし、模様を指し示す。「わたくしたち海の一族は、精霊様の加護を受け、この海で長く生きてきたのですの。」
「すごい……こんなに精巧な彫刻、初めて見た。」アークは感心しながら壁の模様を見つめた。細部まで繊細に彫られた魚たちが、まるで水中で泳いでいるかのように生き生きと感じられる。
「それだけ精霊の力が偉大だということだ。」フレイアが言葉を添え、壁面を一瞥する。「その力と契約することが、私たちにとっても大きな意味を持つはずだ。」
「そうだな。」アークは短く答え、足を止めずに進む。彼らの先に見えるのは、次第に明るくなっていく光の道だ。
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やがて、狭い道が終わりを告げ、彼らの前に巨大な扉が姿を現した。扉は岩でできており、その表面には美しい模様と象形文字が刻まれていた。扉の上部には、海の波が渦を巻くようなデザインが彫られ、威厳を感じさせる。
「これが……深淵の都の入り口か。」アークは圧倒されるように扉を見上げた。その大きさと装飾の美しさに、言葉を失っている。
「はい、この扉の向こうが深淵の都。そして、海の精霊のおわす場所ですわ。」セレーネは深呼吸をして、扉の前に立つ。「アーク様、フレイア様、どうかお力を。」
「俺たちも一緒に開けるってことか?」アークは首をかしげながらセレーネを見た。
「ええ。精霊様との契約には、皆さまの意思が必要ですわ。この扉はその覚悟を問うものです。」セレーネはしっかりとアークたちを見つめ、その瞳に強い意志を宿していた。
「わかった。」アークは頷き、フレイアも静かに剣を腰に収め、セレーネの横に立った。
「さあ、皆さま。力を合わせて参りましょう。」セレーネがそう言うと、アーク、フレイア、ノームが扉に手をかける。セレーネは秘宝を握りしめ、静かに力を込めた。
すると、扉の模様が青く輝き、象形文字が淡い光を放ち始めた。三人の手にかかる圧力は強かったが、彼らは気を緩めることなく力を入れ続けた。徐々に、扉がきしむような音を立てて動き始める。
「……よし、もう少しだ!」アークが声を張り上げ、さらに力を込めた。ノームも精一杯の力を出し、地面に「がんばる!」と書く。その様子にフレイアも目を細め、無言のまま力を注ぎ続ける。
そして、ついに扉が開かれた。目の前には、神秘的な光で満たされた空間が広がっていた。青白い光が洞窟の内部を照らし、彼らの足元には水が流れ、かすかなせせらぎの音が響いている。その先に広がるのは、まるで別世界のような光景――海の精霊の領域、深淵の都が姿を現した。
「これが……深淵の都……」アークはその美しさに言葉を失った。彼の目の前には、水の中に広がる都市があり、その中心に大きな水晶のようなものが輝いていた。周囲には魚たちが泳ぎ、珊瑚礁が美しく輝いている。
「さあ、皆さま。この先で海の精霊様に会いましょう。」セレーネは微笑み、アークたちを先導して都の中へと進んでいく。
こうして、彼らは深淵の都へと足を踏み入れ、海の精霊との試練に挑むことになる。次の一歩が、新たな運命を切り開く鍵となるのだ。
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エルフに転生したはずがオークにしか見えない件 ●なべちん● @tasi507
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