めちゃくちゃ強い女の人におしっこを我慢させて柔道の技で絞め上げて屈服させる話


『この記事について話を聞きたいのだが』


 スマホにメッセージが届く。送ってきた相手は私の父が運営する柔道場『片羽かたは塾』の先輩、吉志きし 姫玖ひめくさんだ。姫玖さんは私より十歳くらい年上で、今は警察で働いている。今でもたまに会ったりする関係だけど、このメッセージはどういうことだろう?


 さっきのメッセージにはURLも含まれている。多分リンクの先にある記事のことが聞きたいんだろう。私がURLをタップすると、週刊誌のデジタル版記事が表示された。その記事の見出しに私は驚愕した。


『五輪金メダリスト・片羽 えり 道場でデート?! お相手は大学生のMくん』


「ふぇ?! なんで、これ…… 」


 記事のトップには私と、先日からお付き合いすることになった三角みすみ 交一こういちさんが一緒に歩いている写真がある。あ、これ、初めて道場で会ったときの……


 私と交一さんは『性癖マッチングアプリ』というアプリで知り合った。私は『絞め技をくらってそのままおもらししたい』性癖で、交一さんは『絞め技でおもらしさせたい』性癖だった。完璧にマッチちた性癖の二人が出会えばやることは一つしかない。私達は会った初日にプレイに興じ、私は交一さんの絞め技で落ちておもらしした。


 で、プレイの後、後始末をして交一さんと『ちょっとお茶でも』ということで、二人で道場を出たとき、週刊誌の記者にパシャリと写真を撮られたわけだ。というかなんで彼氏ってバレてるの? この日付き合い出したんだよ? 週刊誌って憶測で書いちゃっていいの?


 そんなことより問題は、この記事の内容に姫玖さんが不信感を持っていることだ。姫玖さんは私のお姉さんみたいな人で、昔から「お前と付き合う相手は私より強い相手じゃないとな」が口癖だった。だから、ヘタなことを言えば交一さんと戦わせろと言いかねない。


 姫玖さんは柔道だけでなく剣道や空手でも段位を取っている怪物だ。多分、世界から武器が全部なくなったら姫玖さんは世界を支配するだろう。そう思えるくらい強い人だ。そんな人と戦ったら交一さんが殺されちゃうかもしれないし、生き延びたとしても「お前のような弱い男に襟はやれん」という話になるだろう。とにかく事を穏便にすませなきゃ…… 私はメッセージを送った。


『こんなのデタラメですよ! 一緒にいる人は新しい門下生です』


『なぜ二人っきりなんだ? お父さんはどうした? あと、何で襟は笑顔なんだ? 』


 痛いところをつかれた。たしかに、新しい門下生と道場主の父が一緒にいないのはおかしい。あと、普段仏頂面の私が男の人に対して、満面の笑顔になってるのもおかしいのかもしれない。


『記事の真偽はいいからその人に一度会わせてくれ。新しい門下生なら手合わせしたいし 』


 あー、姫玖さん完全に戦闘モードだ。もうこうなったら闇討ちしてでも交一さんと戦おうとするだろう。警察官がそれでいいのかな? こうなったらもう交一さんに勝ってもらって、姫玖さんを追い払ってもらうしかない。私は「よし! 」と気合いをいれてメッセージを返す。


『いいですよ。姫玖さんのご都合の良いときに道場にいらしてください』


 送ったあと、私は考える。さて、どうやって交一さんに姫玖さんを倒してもらおう?



「で、片羽さんは一週間後、俺にその化け物と戦って勝てと言うんですね? 」


「はい! さすが交一さん、理解が早いです! 」


 俺の目の前で片羽さんは目をキラキラさせる。いや、今の情報のどこに嬉しい要素があったのよ。


「姫玖さんは私より数段強いですが、私も手伝うので一緒に頑張りましょう! 」


「片羽さんはご存知かもしれませんが、俺、あまり強くないですよ? 最初に会ったとき以降、俺は片羽さんに一度も勝ててないじゃないですか」


「たしかに交一さんは寝技・関節技は得意ですが、立ち技は小学生にも劣りますからね…… 」


 あー、そういえばこの前の稽古で小学生に投げられたっけ。でもあれは身長差があった中で背負投せおいなげをかけられたからであって、俺の立ち技が小学生レベルというわけではない…… と思いたい。


「でも大丈夫です! 私、交一さんでも姫玖さんに勝てる方法を考えたんです! ちょっと卑怯ですが、交一さんが勝つにはこれしかありませんので…… 」


 そういって片羽さんはカバンから大学ノートを取り出す。拍子には『柔道分析ノート』と書いてある。そういうの書いてる人マジでいるんだ。こういうところを見ると片羽さんがただの女の子ではなく、プロのアスリートなんだと実感できる。


「じゃあその作戦とやらを聞かせてください。あ、その前に一個聞いてもいいですか? 」


「はい、どうぞ」


「何で今日は眼鏡をかけてるんですか? あと、髪も下ろしているし」


 そうなのだ。片羽さんは普段、裸眼できれいな黒髪をお団子ヘアにしている。それらは彼女のトレードマークなのだが、今日はなぜか眼鏡をかけ、髪は結ばずそのままにしている。


「ああ、それは週刊誌対策です! これなら誰も私ってわからないでしょう? 」


 そういって片羽さんは眼鏡をクイッと上げる。可愛い理由だけど、百人が百人気づくだろうな。だって、さっきから鈴を転がすような可愛い地声で大きな声を上げてるんだから。


 というか、このファミレスに入る前に「片羽選手ですよね! サインください! 」と言われたことを忘れてしまったのだろうか? 柔道以外のこととなると途端にポンコツになるから困る。俺はそんな困った彼女と怪物並みに強い女性を倒す作戦会議を始めた。



「君が新しい門下生だね」


 道場の中央で仁王立ちする女性は不信感いっぱいの声で俺に呼びかける。うおっ、実際に見るとでっかいなぁ。身長もだけど、その、胸も……


「はい、三角 交一 、数週間前から『片羽塾』でお世話になっております」


 威圧されながらもとりあえず一礼する。顔を上げると目があった。こわっ、なんか食い殺されそうだ……


「交一さん、こちら吉志 姫玖さんです。姫玖さんは柔道だけでなく、剣道・空手道・合気道など、ほとんど「道」のつく競技の段位を持っておられ、今は警察でお仕事をされています」


 やめてくれ。これから戦う相手と俺の絶望的なまでの戦力差を言語化するのは。


「それでは今日の稽古を始めましょうか。お二人の試合はその後で」


「承知した。しかし今日は人数が少ないな」


「はい。父が会合でお休みなので」


「まあいい。では襟、相手を頼む」


「はい、では交一さん、後で……」


 そういって片羽さんは吉志さんと一緒に練習を始める。さて、俺は誰と組もうかな。


「よぉ、“サンカク”! また投げてやるから相手しろよ! 」


「だめよ、にぃちゃん。”サンカク”は私が投げるんだから」


 俺に声をかけてきたのは、小学六年生と三年生の兄妹、蘆屋あしや 仙人せんとと蘆屋 手織ておりだ。蘆屋兄妹はこの『片羽塾』の小学生部門で最強と目される兄妹で、将来のオリンピック候補なんて噂もあるくらい実力のある二人なのだ。が、中身はまだ小学生で、一度投げた俺のことがお気に入りらしい。


「やだよ、お前らちっちゃくてやりづらいし、というか俺の名前は"みすみ"な」


「なんでだよゼッケンに”サンカク”って書いてあんじゃん! 」


「だから、これで"みすみ"って読むの! 」


「何いってんの? 学校では"サンカク"って習ったよ? 算数では三角形だし、社会では三角州だし…… もしかしてサンカク、漢字読めないの? 」


「うるせぇ! なめんなガキども! よし、今日こそはお前らを倒す! 覚悟しろ! 」


「しゃあ! こいよ”サンカク”! まずは俺が投げてやるぜ! 」


「次私ね、にぃちゃん」


 俺はつよつよ女子と戦う前に、小学生との前哨戦に挑んだ。



「じゃあ、今日の試合のルールを確認しておきますね。まず、制限時間は十五分です。時間切れまでに交一さんが一度でもポイントを取ったら交一さんの勝ちです。姫玖さんは十五分の間に交一さんにポイントを取られなければ勝ちです。”指導”は厳し目に取るので、双方、積極的に攻めてくださいね」


「承知した」


「次に技についてです。交一さんは最近柔道を再開したので、改正後のルールがまだ飲み込めていないそうです。なので、今回は過度に危険な場合を除いて反則技による負けはなしとします」


「いいだろう。私も複数の競技をしているから、反則技を使ってしまうかもしれん。このルールは助かるな」


「後は基本的に柔道のルールに従います。審判は私が努めますね。双方、質問はありますか? 」


「俺は大丈夫です」


「私もだ 」


 よし、ルールは了承してもらえた。ここまでは片羽さんの作戦通りだ。後は、片羽さんが仕掛けをして、俺が言われたとおりに姫玖さんを倒せばいい。上手い仕掛けと技で相手を倒す。柔道の基本みたいだな。やろうとしていることは外道だけど。


「それよりキミ、本当にあの実力で私に挑む気か? 」


「まぁ、はい」


 そりゃ疑問に思うだろう。だって俺、さっき小学生に負けたんだもん。いや〜、最近の小学生は強いね。


「…… 怪我をしても知らないぞ」


「ご心配なく」


 ナメられてるな。普通に考えたら吉志さんが正しいだろうけど、俺にも負けられない理由がある。片羽さんと別れたくない。だから、全力で戦う。


「それでは…… はじめ! 」


 片羽さんの号令とともに俺と吉志さんは戦闘態勢を取る。俺は、これから十五分の間にこの人を倒さねばならない。柔道・剣道・空手道・合気道…… ほとんど「道」のつく競技で段位を取ったこの怪物を。


 俺は片羽さんの立てた作戦を思い出す。


『姫玖さんはとても大きいです。背もそうですし、おっぱいも私よりおっきいです。なので普通に組んだらまず体勢が崩れます。自分では大丈夫だと思っても無意識に背伸びして組んでしまうんです。そこで試合の最初、交一さんには袖だけを狙って組んでもらいます。あ、決して姫玖さんのおっぱいに触れてほしくないからというわけでは…… 』


 要は袖だけを取って戦えということだ。俺は左手を伸ばし、吉志さんの右袖を取り、下方向に引く。こうすると吉志さんは右手で組めなくなる。しかも……


「おい、”サンカク”! 何だよその組み手! 俺のときはやんなかったじゃん! 」


 仙人の言う通り、今俺がしている組み方は、自他共栄を是とする柔道ではまず見られない組み肩だ。袖口をできる限り引き絞り、相手の手を殺す組み方。教えてくれた片羽さんによるとこれはサンボという格闘技で使われる組み方らしい。…… どんだけ格闘技好きなんだよ、あの子。とにかくこれで吉志さんの右手は封じた。後はここから……


ブンッ


 次の瞬間俺は吹き飛んだ。さっきまで地面の上にあったはずの両足が宙を舞う。そして体が思いっ切り畳に叩きつけられた。何? 何がおきたの?


「ふむ、組み方は悪くないが、腰が引けてるぞ。それに軽い。だから左手だけで簡単に崩されて投げられてしまうのだ」


 頭上で吉志さんが俺に講釈を垂れる。どうやら吉志さんは左手で俺の襟を取り、そのまま振り回して、足をかけ、投げたらしい。技で言うと”支釣込足ささえつりこみあし”といったところか。というかそれを全く体勢を崩さずかけるなんて、手足の長さもあるだろうけど、どんだけ体幹強いんだよこの人。


「さぁ、早く立て。時間がもったいないぞ」


「あれ? 寝技はしないんですか? 」


「ポイントをとっても勝てない私が寝技をする必要はない。それに君は寝技が得意らしいし、わざわざ付き合う必要もないだろ? 」


 現実の強い人って全然慢心しないね。漫画だと「いいだろう! あえてお前の策に乗ってやる! 」とか言ってかかってくるのに。まあ、俺を片手で振り回す力があるなら寝技でも仕留めるのは難しいだろうけど。


  俺は立ち上がり、再び吉志さんと対峙する。立ち技は絶望的、寝技にも付き合ってもらえない。ここから逆転するにはもう片羽さんが立てた最後の作戦しかない。俺は覚悟を決め、吉志さんを睨みつける。


「はじめ! 」


 片羽さんの声とともに、俺は吉志さんに立ち向かった。



 試合開始から十三分。残りの試合時間は二分だ。俺はこの十三分間、数え切れないほど吉志さんに投げられた。受け身を取っているとはいえ、さすがに痛い。それにこんなに長く試合をしたのは初めてだから、体力ももう限界だ。正直、吐きそう……


「ハァハァ、どうした、ん、かかってこないのか? あっ! 」


 だが俺以上に目の前の吉志さんは辛そうだ。足幅は今までより狭く、腰はユラユラと揺れ、肩でハァハァと息をしている。全体的に前かがみの姿勢だし、顔もちょっと赤い。原因は十中八九、尿意だ。それも今にも漏れ出してしまいそうなほど強烈なやつ。


 吉志さんがここまでの尿意を催した理由は、稽古の途中で片羽さんが吉志さんに渡したドリンクにある。味は普通のスポーツドリンクなのだが、強烈に尿意を催す成分が含まれているらしい。いわゆる利尿剤だ。飲んでから大体十分くらいで効き目がある即効性のやつで、十五分すれば八割くらいの人がおもらしするとのことだ。


 なんでそんな薬を持っていたのか片羽さんに聞いたら「次、交一さんとプレイをするときに飲もうかと思って買っておいたんです」と頬を染めながら言ってきた。この子、俺に会って以降、どんどん狂ってきてるけど大丈夫?


 とにかく、これが俺と片羽さんの最後の作戦『吉志さんにおしっこを我慢させて、弱くなったところを倒そう』作戦だ。うーむ、自分で実行しておいて何だが、卑劣だ。


 吉志さんはさっきから時計を見る回数が増えた。試合を中断してトイレに行けばいいのだろうが、さすがに観客がいる前でトイレに行くのは恥ずかしいらしい。そりゃ、自分よりずっと小さい小学生が見ている前で「おしっこ我慢できないからトイレ行かせてください! 」というのはプライドが許さないか。


「姫玖さん! あまり攻めないと”指導”を取りますよ! 」


 審判である片羽さんの声が響く。”指導”とはサッカーで言うイエローカードみたいなものだ。試合に消極的だったり、スポーツマンシップに反した場合は”指導”を取られる。今回は三回”指導”が取られた時点で反則負けとなるルールだ。吉志さんはここまでで二つ”指導”を取られているので、ここで”指導”を受けることは負けを意味する。だから、吉志さんは爆発しそうな尿意を抱えてでも、俺に技をかけなければならない。ちょっと、かわいそうだな。


「くっ、ふぅ…… っあ」


 吉志さんはへっぴり腰で俺に向かってくる。もう最初の化け物みたいな姿はそこになく、おしっこのせいでモジモジしているおっぱいのデカい姉ちゃんがいた。


 残りの試合時間は一分四十秒。多分このまま逃げ回ったら、吉志さんは勝手におもらしをして、試合はお流れになるだろう。だが、それでは吉志さんに勝ったことにはならない。俺は作戦の最終段階に入った。


 まず吉志さんと距離をつめ、吉志さんの左脇から手を回し、頭の後ろの襟、いわゆる”奥襟おくえり ”を右手でガッと掴んだ。吉志さんは背が高いので普通なら”奥襟”を取ることは難しい。まして、脇の下から手をいれて取るなど不可能だ。だが、今の吉志さんはおしっこが漏れ出さないように腰を後ろに引いて、体をくの字に曲げている。頭が下がっているこの状態なら、こうして”奥襟”を取ることが出来るのだ。


 ”奥襟”を取られた吉志さんは右手で俺の袖を掴み、襟を手放させようとする。だが、ここは前襟と違い、自分の頭が邪魔でまっすぐに手放させることができない。普段の怪力で引っ張られたらそんなこと関係なく手を放してしまうかもしれないが、おしっこの我慢に意識を割いている今の吉志さんでは脱出はほぼ不可能だろう。


 俺は右手を思い切り自分の方に引き、吉志さんの頭を下げさせる。吉志さんは「フユゥ…… 」という女の子みたいな悲鳴を上げ、体を起こそうと躍起になる。が、体勢が戻ることはなかった。というか、足がガクガク震えており、どんどん姿勢が悪くなっている。これなら、作戦通りでなくても投げられそうだが、俺は決して慢心しない。だって、漫画の登場人物じゃないからね。


 次の手として俺は右脚を吉志さんの背中にかけ、左足を軸に反時計回りに体をねじった。吉志さんの体は成すすべなく左に左に流れていく。頭を下げさせ、足まで使ったのだ。これで体勢が崩れなかったら正真正銘の怪物だと思うが、どうやら俺が組んでいる相手はちゃんと人間らしい。俺はそのまま体を捻り、左手を畳につき、ゆっくりと吉志さんの体を引き込む。そして……


ズドォン


 今まで一度も倒れなかった吉志さんの体が畳の上に倒れる。うつ伏せに倒れたため、お腹を打ってしまったのか、吉志さんは「あっ! 」と悲鳴を上げたが、俺にそんなことを気にする余裕はない。すぐさま両脚を吉志さんの首に絡ませ”三角絞め”の形を取る。俺は『絞め技をかけて女の子をおもらしさせたい』という一心で高校三年間を寝技に費やした。だから、この技からは簡単には抜け出せないはずだ。


 正確に言うと立ち技から直接”三角絞め”に入る”飛びつき三角絞め”は柔道では反則なのだが、今回は『技による反則はとらない』としていたので、これで俺が負けることはない。まあ、考えたの全部片羽さんだけど。


 (さてと…… )


 一番楽しい時間だ。俺は吉志さんの首をキュッと絞める。以前、片羽さんとプレイしたときは言葉責めをするために加減して絞めていたが、今回は相手が片手で人を振り回しちゃう系女子なので最初から全力で絞める。吉志さんは「…… カッ」と苦しそうなうめき声をあげた。が、なかなか気絶してくれない。ウソでしょ? こんだけ全力で絞めてるのに耐えちゃうの?


「クッ…… おぉお…… 」


 吉志さんが畳に手をつき体を持ち上げようとする。ヤバい! 状態を起こされたら、思いっ切り畳に叩きつけられてしまう。もうそのダメージに耐える体力は俺に残されていない。でも、ここで技をはずしたら勝ち目はなくなる。俺は全身全霊を込め、吉志さんの首を絞める。互いの意地がぶつかり合い、火花を散らした。


「ヒュ…… あぅ」


 そんな声を上げて吉志さんがペショリと力なく畳に突っ伏した。どうやら気絶してくれたみたいだ。いや〜、持ち上げられそうになったときはどうしようかと思った。さすが片羽さんが『地上最強の生き物』っていうだけあるわ。


ショワワワワワワワ


 畳に伏せる吉志さんの股のあたりから水音がする。よし、計画通り。あんなにへっぴり腰になるまでおしっこを我慢した状態で気絶すれば、おもらしするのは必然だ。なんというか、さっきまで強がってた女の人が気を失っておもらししちゃうのっていいよね。この作戦を考えてくれた片羽さんにはマジで感謝だ。


ショロロロロロロ


 それにしてもなかなか止まらないな。あれだけ大きい人だから膀胱も大きいのかもしれない。どれくらいあるんだろう? 一リットルくらいあるのかな? 俺はしばし、吉志さんが作り出す芸術的な水流を眺めた。


「おい…… あれ、吉志先輩…… 」


「にぃちゃんダメ! 女の人のおもらし見るなんてダメなんだから! 」


 蘆屋兄妹が騒ぎ出す。他の門下生も小声でヒソヒソ話している。ん〜、これは意識を取り戻したとき、吉志さん泣いちゃうかもな。


「ん…… んあ」


 おっと吉志さんが目を覚ましてしまった。一般的に絞めた後は頬を叩いたり、胸を押したりして蘇生処置を行わないといけないのだが、吉志さんは自力でこっち側に戻ってきた。おもらししても化け物っぷりは健在だ。


「あ、姫玖さん…… 気がついちゃいましたか…… 」


 片羽さんは気まずそうに吉志さんに声をかけた。


「あ、襟。私は…… 負けたのか…… 」


「え、えぇ、交一さんの絞め技で落ちてしまいましたので…… 」


「そうか…… 負けたのか」


 吉志さんは信じられないことが起こったといった感じの顔をしている。いや、個人的にはそれよりも目の前で信じられないことが起こっているわけだが……


「あの、姫玖さん。最後の礼をしますので、えっと、その、おしっこ、止めていただけますか? 」


 あっ、片羽さん、言っちゃった。


「は? おしっこ? 何のこと…… 」


 次の瞬間「キャア」という悲鳴が聞こえ、吉志さんが自分の股を押さえだす。気を失ってから目を覚まし、ペラペラと喋っている間も吉志さんのおしっこは出続けていた。本人はおもらししていることに気づいていないみたいで、すっごいシリアスな空気でおしっこをシャーと垂れ流していた。最初は本当に信じられなかった。でも、これが現実だ。


「やめて! 見ないで! お願い…… 」


 今まで吉志さんのおもらしを見ていた門下生たちはあわてて目を逸らす。俺も吉志先輩から目を逸らすふりをして、きっちり視界の端に捕らえる。審判をしていた片羽さんの冷たい視線が刺さるけど気にしない気にしない。


ショロロロ……


 しばらくしてやっと吉志さんのおもらしは終わった。途中でビーという試合終了を告げるブザーがなったので、一分以上おもらしをしていたことになる。


 試合場はひどい有り様だ。吉志さんを中心に縦横が子ども一人分はありそうな水たまりが広がっている。これは掃除が大変だぞ。この間の片羽さんのおもらしは吉志さんの半分くらいの大きさの水たまりだったが、掃除に三十分はかかったので、今日は一時間コースかもしれない。


「姫玖さん、その、全部出しきったのでしたら、最後に…… 」


「ヒッ、クッ、ウエェ…… 」


 ありえないほど可愛い泣き声が聞こえる。発生源はおしっこの水たまりに鎮座する吉志さんだ。


「姫玖さん!? 」


「エッ、ウェ〜ン」


 吉志さんはだだっ子のように泣き出してしまった。俺も片羽さんも見ていた門下生もどうしていいかわからず、呆然とした。


「…… 交一さん、とりあえず今日はお帰りください。掃除は私と姫玖さんでしておくので。みなさんも今日はお帰りください! 」


 片羽さんの号令で、見ていた人達がポツポツと帰り始めた。俺も一礼してから試合場を出て、更衣室に向かった。これは…… やりすぎたかな?


 泣きじゃくる吉志さんをチラリと見て、俺はちょっとだけ後悔した。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


お読み頂きありがとうございます!


もしお気に召されましたら、ぜひぜひフォローや☆評価など頂けますとありがたいです<(_ _)>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る