めちゃくちゃ強い女の人におしっこを我慢させて柔道の技で絞め上げて屈服させる話

『この記事について話を聞きたいのだが』


 スマホにメッセージが届いた。送ってきた相手は私の父が運営する柔道場『片羽かたは塾』の先輩、吉志きし 姫玖ひめくさんだ。


 姫玖さんは私より十歳くらい年上で、今は警察官をしている。今でもたまに会ったりする関係だけど、このメッセージはどういうことだろう?


 さっきのメッセージにはURLも入っていた。多分リンクの先にある記事のことが聞きたいんだろう。URLをタップすると、週刊誌のデジタル版記事が表示された。私はその記事の見出しに驚愕した。


『五輪金メダリスト・片羽 えり 道場でデート?! お相手は大学生のMくん』


「ふぇ?! なんで、これ…… 」


 記事のトップには私と、数週間前からお付き合いすることになった三角みすみ 交一こういちさんが一緒に歩いている写真があった。


(あ、これ、初めて道場で会ったときの…… )


 私と交一さんは『性癖マッチングアプリ』というアプリで知り合った。私は『絞め技をくらってそのままおもらししたい』という性癖で、交一さんは『絞め技でおもらしさせたい』という性癖だった。完璧にマッチした性癖の二人が出会えばやることは一つ。私はその日のうちに交一さんの絞め技で落ちて、おもらしした。


 プレイのあと、掃除をして交一さんと二人で道場を出た。この記事の写真はおそらくそのときのものだ。というかなんで彼氏ってバレてるの? このときはまだ付き合い出したばっかりだよ? 週刊誌って憶測で書いちゃっていいの?


 週刊誌への文句がいっぱい出てきたが、私の直近の問題は、この記事の内容に姫玖さんが不信感を持っていることだ。


 姫玖さんは私のお姉さんみたいな人で、昔から「お前と付き合う相手は私より強い相手じゃないとな」が口癖だった。ヘタなことを言えば交一さんと戦わせろと言いかねない。


 姫玖さんは柔道だけでなく剣道や空手でも段位を取っている怪物だ。多分、世界から兵器がなくなったら姫玖さんは世界を支配するだろう。それくらい強い人なのだ。


 そんな人と戦ったら交一さんが殺されちゃうかもしれないし、生き延びたとしても「お前のような弱い男に襟はやれん」という話になり、別れることになるだろう。せっかく自分の欲を出しても大丈夫な人と出会えたのに……


(とにかく、誤魔化さなきゃ…… )


そう思い、私は姫玖さんにメッセージを送った。


『こんなのデタラメです! 一緒にいる人は新しい門下生です』


『なぜ二人っきりなんだ? お父さんはどうした? あと、何で襟は笑顔なんだ? 』


 痛いところをつかれた。たしかに、新しい門下生と道場主の父が一緒にいないのはおかしい。あと、道場では基本的に仏頂面の私が満面の笑顔なのもおかしい…… のかもしれない。


『記事の真偽はいいからその人に一度会わせてくれ。新しい門下生なら手合わせしたい』


 あー、ダメだ。姫玖さんが戦闘モードに入ってしまった。もうこうなったら、週刊誌の記事とか関係ない。闇討ちしてでも交一さんと戦おうとするだろう。警察官がそれでいいのだろうか?


 でも、こうなったらもう交一さんに姫玖さんを追い払ってもらうしか道はない。私は「よし! 」と気合いをいれてメッセージを返す。


『いいですよ。姫玖さんのご都合の良いときに道場にいらしてください』


 返信のあと、私はベッドに横たわって考え始める。


 さて、交一さんに姫玖さんを倒してもらうにはどうすればいいだろう?



「で、片羽さんは一週間後、俺にそのすごく強い人と戦えと言うんですね? 」


「はい! さすが交一さん、理解が早いです! 」


 レストランで俺の向かいの席に座っていた片羽さんは目をキラキラさせた。いや、今の情報のどこに目をきらめかせる要素があったのよ。


「姫玖さんは私より数段強いですが、私も手伝うので一緒に頑張りましょう! 」


 片羽さんがガッツポーズを取るが、俺は今イマイチ乗り切れない。


「あの、片羽さんはご存知かもしれませんが、俺、弱いですよ? 最初に会ったとき以降、俺は片羽さんに一度も勝ててないですし…… 」


「たしかに交一さんは寝技・関節技は得意ですが、立ち技は小学生にも劣ります」


 あー、そういえばこの前の稽古で小学生に投げられたっけ。でもあれは身長差があった上で背負投せおいなげをされたからであって、俺の立ち技が小学生レベルというわけではない…… と思いたい。


「でも大丈夫です! 私、交一さんでも姫玖さんに勝てる方法を考えたんです! ちょっと卑怯ですが、交一さんが勝つにはこれしかありませんので…… 」


 そういって片羽さんはカバンから大学ノートを取り出した。表紙には『柔道分析ノート』と書いてある。こういうところを見ると片羽さんが変な性癖の女の子ではなく、オリンピックに出ているプロのアスリートなんだと実感できる。


「じゃあその作戦とやらを聞かせてください。あ、その前に一つ聞いてもいいですか? 」


「はい、どうぞ」


 本題に入る前に、俺は片羽さんに会ってからずっと気になっていることを聞こうとした。本当にくだらないことなのだが、これから真面目な話をする上でノイズにしかならないので、一応解消しておくことにした。


「何で今日は眼鏡をかけてるんですか? あと、髪も下ろしているし」


 片羽さんは普段、裸眼できれいな黒髪をお団子ヘアにしている。それらは彼女のトレードマークなのだが、なぜか今日は眼鏡をかけ、髪は結ばずそのままにしている。


「ああ、それは週刊誌対策です! これなら誰も私ってわからないでしょう? 」


 そういって片羽さんは眼鏡をクイッと上げる。可愛い理由だけど、百人が百人気づくだろうな。実際、この店に入る前に「片羽選手ですよね! サインください! 」って言われていたし…… この人、柔道以外はポンコツだから困る。


 そんな困った彼女と一緒に、俺は怪物並みに強い女性を倒す作戦会議を始めた。



「君が新しい門下生だね」


 道場の中央で仁王立ちする女性は不信感いっぱいの声で俺に呼びかける。うおっ、実際に見るとでっかいなぁ。身長もだけど、その、胸も……


「はい、三角 交一 、数週間前から『片羽塾』でお世話になっております」


 威圧されながらもとりあえず一礼する。顔を上げると女性と目があった。こわっ、なんか食い殺されそうだ……


「交一さん、こちら吉志 姫玖さんです。姫玖さんは柔道だけでなく、剣道・空手道・合気道など、ほとんど「道」のつく競技の段位を持っておられ、今は警察官をされています」


 やめてくれ。これから戦う相手と俺の絶望的なまでの戦力差を言語化するのは。


「それでは今日の稽古を始めましょうか。お二人の試合はその後で」


「承知した。しかし今日は人数が少ないな」


「はい。お父様が会合でお休みなので」


「そうか。では襟、相手を頼む」


「はい、では交一さん、後で……」


 そういって片羽さんは吉志さんと一緒に練習を始めた。その場に残された俺はキョロキョロと練習相手を探し始める。


「よぉ、“サンカク”! また投げてやるから相手しろよ! 」


「だめよ、にぃちゃん。”サンカク”は私が投げるんだから」


 俺の足元から声が聞こえた。声の主は、小学六年生と三年生の兄妹、蘆屋あしや 仙人せんとと蘆屋 手織ておりだ。蘆屋兄妹はこの『片羽塾』の小学生部門で最強と目される兄妹で、将来のオリンピック候補なんて噂もある。が、中身はまだまだ小学生で、自分たちより弱い俺のことがお気に入りらしい。


「やだよ、お前ら小さくてやりづらいし、というか俺の名前は"みすみ"な」


「なんでだよゼッケンに”サンカク”って書いてあんじゃん! 」


「だから、これで"みすみ"って読むの! 」


「何言ってんの? 学校では"サンカク"って習ったよ? 算数では三角形だし、社会では三角州だし…… もしかしてサンカク、漢字読めないの? 」


「うるせぇ! なめんなガキども! よし、今日こそはお前らを倒す! 覚悟しろ! 」


「しゃあ! こいよ”サンカク”! まずは俺が投げてやるぜ! 」


「にぃちゃん、次私ね」


 挑発にホイホイ乗って、俺はつよつよ女子と戦う前に小学生との戦いを始めた。



「じゃあ、今日の試合のルールを確認しておきますね。まず、制限時間は十五分です。時間切れまでに交一さんが一度でもポイントを取ったら交一さんの勝ちです。姫玖さんは十五分の間に交一さんにポイントを取られなければ勝ちです。”指導”は厳し目に取るので、双方、積極的に攻めてくださいね」


「承知した」


「うっす」


「次に技についてです。交一さんは最近柔道を再開したので、改正後のルールがまだ飲み込めていないそうです。なので、今回は過度に危険な場合を除いて反則技による負けはなしとします」


「いいだろう。私も複数の競技をしているから、反則技を使ってしまうかもしれん。このルールは助かるな」


「こっちも助かります」


「後は基本的に柔道のルールに従います。審判は私が努めますね。双方、質問はありますか? 」


「私は大丈夫だ」


「俺もです 」


 よし、ルールは了承してもらえた。ここまでは作戦通りだ。練習中にチラッと見たところ、片羽さんはうまく仕掛けができたようだし、あとは俺が言われた通りに姫玖さんを倒すだけだ。上手い仕掛けと技で相手を倒す。まるで柔道の基本のようだだ。やろうとしていることは外道だけど。


「それよりキミ、本当にあの実力で私に挑む気か? 」


「まぁ、はい」


 そりゃ疑問に思うだろう。だって俺、さっき小学生に負けたんだもん。いや〜、最近の小学生は強いね。


「…… 怪我をしても知らないぞ」


「ご心配なく」


 ナメられてるな。普通に考えたら吉志さんが正しいだろうけど、俺にも負けられない理由がある。片羽さんと別れたくない。だから、俺は全力で戦う。


「それでは…… はじめ! 」


 片羽さんの号令とともに俺と吉志さんは戦闘態勢を取る。俺は十五分以内に『兵器がなくなれば世界を支配できる』と片羽さんが評する人を倒さねばならない。


(よし、まずは…… )


 吉志さんと対峙した俺は、片羽さんの立てた作戦を思い出す。


『姫玖さんはとても大きいです。背もそうですし、おっぱいも私より大きいです。なので普通に組んだらまず体勢が崩れます。自分では大丈夫だと思っても無意識に背伸びして組んでしまうんです。そこで試合の最初、交一さんには袖だけを狙って組んでもらいます。あ、決して姫玖さんのおっぱいに触れてほしくないからというわけでは…… 』


 要は袖だけを取って戦えということだ。俺は左手を伸ばし、吉志さんの右袖を取り、下方向に引く。こうすると吉志さんは右手で組めなくなる。しかも……


「おい、”サンカク”! 何だよその組み手! 俺のときはやんなかったじゃん! 」


 仙人の言う通り、今俺がしている組み方は、柔道ではまず見られない組み方だ。袖口をできる限り引き絞り、相手の手を殺す組み方。教えてくれた片羽さんによるとこれはサンボという格闘技で使われる組み方らしい。柔道以外の格闘技も知ってるとか、どんだけ格闘技好きなんだよ、あの子。とにかく、これで吉志さんの右手は封じた。後はここから……


ブンッ


 次の瞬間、俺は吹き飛んだ。さっきまで地面の上にあったはずの両足が宙を舞う。そして体が思いっ切り畳に叩きつけられ、全身に痛みが走る。何? 何が起きたの?


「ふむ、組み方は悪くないが、腰が引けてるぞ。それに軽い。だから左手だけで簡単に崩されて投げられてしまうのだ」


 頭上で吉志さんが俺に講釈を垂れる。どうやら吉志さんは左手で俺の襟を取り、そのまま振り回して、足をかけ、投げたらしい。技で言うと”支釣込足ささえつりこみあし”といったところか。というかそれを全く体勢を崩さずかけるなんて、手足の長さもあるだろうけど、どんだけ体幹強いんだよこの人。


「さぁ、早く立て。時間がもったいないぞ」


「あれ? 寝技はしないんですか? 」


「ポイントをとっても勝てない私が寝技をする必要はない。それに君は寝技が得意なのだろう? だったら、わざわざ付き合う必要はない」


 現実の強い人って慢心しないんだね。漫画だと「いいだろう! あえてお前の策に乗ってやる! 」とか言ってかかってくるのに。まあ、俺を片手で振り回す力があるなら寝技でも仕留めるのは難しいだろうけど。


  俺は立ち上がり、再び吉志さんと向き合った。立ち技は絶望的、寝技にも付き合ってもらえない。ここから逆転するにはもう片羽さんの作戦を実行するしかない。俺は覚悟を決め、吉志さんを睨みつける。


「はじめ! 」


 片羽さんの声とともに、俺は吉志さんに立ち向かった。



 試合開始から十三分。残りの試合時間は二分だ。俺はこの十三分間、数え切れないほど吉志さんに投げられた。受け身を取っているとはいえ、さすがに痛い。それにこんなに長く試合をしたのは初めてだから、体力はもう限界だ。


「ハァハァ、どうした、ん、かかってこないのか? あっ! 」


 だが目の前の吉志さんは、俺以上に限界のようだ。足幅は今までより狭く、腰はユラユラと揺れ、肩でハァハァと息をしている。全体的に前かがみの姿勢だし、顔もちょっと赤い。原因は十中八九、尿意。それも今にも漏れ出してしまいそうなほど強烈な尿意だ。


 吉志さんがここまでの尿意を催した理由は、稽古の途中で片羽さんが吉志さんに渡したドリンクにある。味は普通のスポーツドリンクなのだが、強烈に尿意を催す成分が含まれているらしい。いわゆる利尿剤だ。飲んでから大体十分くらいで効き目が出て、十五分すれば八割くらいの人がおもらしするとのことだ。


 なんでそんなものを持っていたのか片羽さんに聞いたら「次、交一さんとプレイをするときに飲もうかと思って買っておいたんです」と頬を染めながら言ってきた。この子、俺に会って以降、どんどん狂ってきてるけど大丈夫?


 とにかく、これが俺と片羽さんの最後の作戦『吉志さんにオシッコを我慢させて、弱くなったところを倒そう』作戦だ。うーむ、実行しておいて何だが、卑劣だ。


 吉志さんはさっきから時計を見る回数が増えた。試合を中断してトイレに行けばいいのだろうが、さすがに観客がいる前でトイレに行くのは恥ずかしいらしい。そりゃ、自分よりずっと小さい小学生が見ている前で「オシッコ我慢できないからトイレ行かせてください! 」というのはプライドが許さないか。


「姫玖さん! あまり攻めないと”指導”を取りますよ! 」


 審判である片羽さんの声が響く。”指導”とはサッカーで言うイエローカードみたいなものだ。試合に消極的だったり、スポーツマンシップに反した場合は”指導”を取られる。今回は三回”指導”が取られた時点で反則負けとなるルールだ。吉志さんはここまでで二つ”指導”を取られているので、ここで”指導”を受けることは負けを意味する。だから、吉志さんは爆発しそうな尿意を抱えてでも、俺に技をかけなければならない。ちょっと、かわいそうだな。


「くっ、ふぅ…… っあ」


 吉志さんはへっぴり腰で俺に向かってくる。もう最初の化け物みたいな姿はそこになく、オシッコのせいでモジモジしているおっぱいのデカい姉ちゃんがいた。


 残りの試合時間は一分四十秒。多分このまま逃げ回ったら、吉志さんは勝手におもらしをして、試合はお流れになるだろう。だが、それでは吉志さんに勝ったことにはならない。俺は作戦の最終段階に入った。


 まず吉志さんと距離をつめ、吉志さんの左脇から手を回し、頭の後ろの襟、いわゆる”奥襟おくえり ”を右手でガッと掴んだ。吉志さんは背が高いので普通なら”奥襟”を取ることは難しい。まして、脇の下から手をいれて取るなど不可能だ。だが、今の吉志さんはオシッコが漏れ出さないように腰を後ろに引いて、体をくの字に曲げている。頭が下がっているこの状態なら、こうして”奥襟”を取ることが出来るのだ。


 ”奥襟”を取られた吉志さんは右手で俺の袖を掴み、襟から手を放させようとする。だが、ここは前襟と違い、自分の頭が邪魔で簡単に手を放させることができない。普段の怪力で引っ張られたらそんなこと関係なく手を放してしまうかもしれないが、オシッコ我慢に意識を割いている吉志さんの力だったら、なんとか耐えられた。


 俺は右手を思い切り自分の方に引き、吉志さんの頭を下げさせる。吉志さんは「フユゥ…… 」という女の子みたいな悲鳴を上げながら、体を起こそうとした。が、体勢が戻ることはなかった。というか、足がガクガク震えており、どんどん姿勢が悪くなっている。これなら、作戦通りでなくても投げられそうだが、俺は決して慢心しない。だって、漫画の登場人物じゃないからね。


 次の手として俺は右脚を吉志さんの背中にかけ、左足を軸に反時計回りに体をねじる。吉志さんの体は成すすべなく左に左に流れていく。頭を下げさせ、足まで使ったのだ。これで体勢が崩れなかったら正真正銘の怪物だが、倒れそうになっていうのを見ると俺が戦っているのはちゃんと人間らしい。


 俺はそのまま体を捻り、左手を畳につき、ゆっくりと吉志さんの体を引き込む。そして……


ズドォン


 今まで一度も倒れなかった吉志さんの体が倒れた。うつ伏せに倒れたため、お腹を打ってしまったのか、吉志さんは「あっ! 」と悲鳴を上げた。


 俺は悲鳴を上げた吉志さんの首にすぐさま両脚を絡ませ”三角絞め”の形を取った。俺は『絞め技をかけて女の子をおもらしさせたい』という一心で高校三年間を寝技に費やした。この技からは簡単には抜け出せないはずだ。


 ちなみに、立ち技から直接”三角絞め”に入るのは柔道では反則だ。だが、今回は『技による反則はとらない』というルールなので、これで俺が負けることはない。ま、考えたの全部片羽さんだけど。


 (さてと…… )


 一番楽しい時間だ。俺は吉志さんの首をキュッと絞める。以前、片羽さんとプレイしたときは言葉責めをするために加減していたが、今回は相手が片手で人を振り回しちゃう系女子なので最初から全力で絞める。吉志さんは「…… カッ」と苦しそうなうめき声を上げはするが、なかなか気絶してくれない。


(ウソでしょ? こんだけ全力で絞めてるのに耐えちゃうの? )


「クッ…… おぉお…… 」


 絞められているはずの吉志さんが畳に手をつき、俺ごと自分の体を持ち上げようとする。


(ヤバい! 体を起こされたら、思いっ切り畳に叩きつけられる…… )


 叩きつけのダメージを耐える体力は、もう俺に残されていない。でも、ここで技を止めたら勝ち目はなくなる。俺は全身全霊を込め、吉志さんの首を絞める。互いの意地がぶつかり合い、火花が散る。


「ヒュ…… あぅ」


 そんな声を上げて吉志さんがペショリと力なく畳に突っ伏した。どうやら気絶してくれたみたいだ。いや〜、持ち上げられそうになったときはどうしようかと思った。さすが片羽さんが『地上最強の生き物』っていうだけあるわ。


ショワワワワワワワ


 畳に伏せる吉志さんの股のあたりから水音がした。よし! 計画通り!! あんなにへっぴり腰になるまでオシッコを我慢した状態で気絶すれば、おもらしするのは必然! なんというか、さっきまで強がってた女の人が気を失っておもらししちゃうのっていいよね。この作戦を考えてくれた片羽さんにはマジで感謝だ。


ショロロロロロロ


 それにしてもなかなか止まらないな。あれだけ大きい人だから膀胱も大きいのかもしれない。どれくらいあるんだろう? 一リットルくらいあるのかな? 俺はしばし、吉志さんが作り出す芸術的な水流を飽くことなく眺めた。


「おい…… あれ、吉志先輩…… 」


「にぃちゃんダメ! 女の人のおもらし見るなんてダメなんだから! 」


 小学生の蘆屋兄妹が騒ぎ出した。それを合図に他の門下生も小声でヒソヒソ話し始める。ん〜、これは意識を取り戻したとき、吉志さん泣いちゃうかもな。


「ん…… んあ」


 おっと吉志さんが目を覚ましてしまった。一般的に絞めた後は頬を叩いたり、胸を押したりして蘇生処置をするのだが、吉志さんは処置を行う前に自力で意識を取り戻した。おもらししても化け物っぷりは健在だ。


「あ、姫玖さん…… 気がついちゃいましたか…… 」


 片羽さんは気まずそうに吉志さんに声をかける。


「あ、襟。私は…… 負けたのか…… 」


「え、えぇ、交一さんの絞め技で落ちてしまいましたので…… 」


「そうか…… 負けたのか」


 吉志さんは信じられないことが起こったといった感じの顔をしている。いや、個人的にはそれよりも目の前で信じられないことが起こっているんだけど……


「あの、姫玖さん。最後の礼をしますので、えっと、その、オシッコ、止めていただけますか? 」


 あっ、片羽さん、言っちゃった。


「は? オシッコ? 何のこと…… 」


 次の瞬間「キャア」という悲鳴が聞こえ、吉志さんが自分の股を押さえた。気を失ってから目を覚まし、ペラペラと喋っている間も吉志さんのオシッコは出続けていた。本人はおもらししていることに気づいていないみたいで、すっごいシリアスな空気でオシッコをシャーと垂れ流していたのだ。


「やめて! 見ないで! お願い…… 」


 今まで吉志さんのおもらしを見ていた門下生たちはあわてて目を逸らした。俺は吉志先輩から目を逸らすふりをして、きっちり視界の端に捕らえた。審判の片羽さんから冷たい視線が飛んできたけど、気にしない気にしない。


ショロロロ……


 しばらくしてやっと吉志さんのおもらしは終わった。途中でビーという試合終了を告げるブザーがなったので、一分以上おもらしをしていたことになる。


 試合場はひどい有り様だ。吉志さんを中心に縦横が子ども一人分はありそうな水たまりが広がっている。これは掃除が大変だぞ。この間の片羽さんのおもらしは吉志さんの半分くらいの大きさの水たまりだったが、掃除に三十分はかかったので、今日は一時間コースかもしれない。


「姫玖さん、その、全部出しきったのなら最後に…… 」


「ヒッ、クッ、ウエェ…… 」


 ありえないほど可愛い泣き声が聞こえた。声の発生源はオシッコの水たまりに鎮座する吉志さんだ。


「姫玖さん!? 」


「エッ、ウェ〜ン」


 吉志さんはだだっ子のように泣き出してしまった。俺も片羽さんも見ていた門下生もどうしていいかわからず、呆然とした。


「…… 交一さん、とりあえず今日はお帰りください。掃除は私と姫玖さんでしておくので。みなさんも今日はお帰りください! 」


 片羽さんの号令で、見ていた人たちがポツポツと帰り始めた。俺も一礼してから試合場を出て、更衣室に向かう。


(これは…… やりすぎたかな? )


 泣きじゃくる吉志さんをチラリと見て、俺はちょっとだけ後悔した。


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