無感情な男子大学生が神様の子とおもらしプレイして神社で同居することになった話
「お主、その願いは本物か? 」
神社でお参りしていると小学生くらいの男の子が話しかけてきた。黒袴に白い着物、黄色い瞳と白い髪、そして頭にちょこんと乗った黒烏帽子の横からキツネの耳がピョコッと飛び出ていた。顔の横にはヒトの耳がついているので烏帽子から飛び出た耳は多分飾りだろう。烏帽子にキツネ耳のカチューシャなんて変わった小学生だなぁ。
「おい聞いておるか? 質問に答えよ。お主のその願いは本物なのか? 」
男の子はちょっと怒った調子で最初の質問を繰り返してくる。どうして初対面の小学生にそんなことを答えなきゃいけないのかわからなかったけど、なんとなく答えたほうがいい気がして僕はさっきまで神社でお願いしていた願い事について男の子に話した。
「あぁ、願いって『大学に合格させてください』ってやつ? うーん、お母さんが望んでるから本物なんじゃない? 」
「まずお母さんとやらが主語の時点でそれはお主の願いではないじゃろう…… 」
「? そうかな? 」
男の子はちょっとだけ顔をしかめた。あれ? 僕何かおかしなこと言ったかな?
「…… まあよいか。ではその願い、ワシが叶えてやろう」
そう言うと男の子はブツブツと何かを唱えたあとで「ハアッ! 」と言って手をバッと挙げた。男の子が手を挙げると僕の方にブワッと強い風が吹き付けた。受験シーズンには珍しい温かい風だった。
「よし、これでお主の願いは叶うぞ。ただし…… 」
男の子は言葉を止め口元をニヤリと歪ませた。子ども特有の変なタメなんだろうけど、面倒くさいから早く話を終わらせてほしいな。男の子はビシッと僕の方を指差し言った。
「お主の願いが叶ったらワシの前で粗相をしてもらうぞ」
「そそう? 」
言葉の意味がわからず聞き返す。男の子はうっとりした表情で説明を始めた。
「そうじゃ、粗相じゃ。それもただの粗相ではない。限界まで小便をこらえてから粗相をしてもらう。小便が勝手に漏れ出しても、腹が破裂しそうになっても、制御できなくなるまでこらえて最後には小便で服を汚してもらうぞ」
男の子は「クックックッ」と笑った。どうやら彼は僕におもらしして欲しいみたいだ。理由はわからないけど多分自分がおもらししちゃって恥ずかしいから年上の人もおもらししてたという事実が欲しいんだろうな。 でもよかった。お金がかからないことで。
「さぁどうする? 恥ずかしいならやめてもいいのだぞ? まあその場合? お主がさっき願ったことは取り消しに…… 」
「うんわかった。大学に合格したらキミの前でおもらしするね」
早く帰りたかった僕は男の子との会話を切り上げて神社から出た。僕の後ろでは「うえっ、即決?! そこはもうちょっと迷うものではないのか!? 」とかなんとか言っている声が聞こえたけどこれ以上彼の相手をしてはいられない。門限より前に帰らなくてはお母さんが「心配した! 」と騒ぎ出す。一年浪人しているだけでも面倒なのにこれ以上面倒事を増やしたくはない。僕は駆け足で電車に飛び乗り家へと帰った。
その数日後、僕はお母さんの指定した大学を受験して合格した。けど神社でした男の子との約束は完全に忘れていた。
◆
「このアプリは絶対に入れたほうがいいよ! 俺もこれで彼女作ったし! 」
大学の新入生歓迎会で初めて会った坊主頭の先輩がスマホを握る手に力を込めて力説してくる。正直言うと全く興味がないアプリだけど断ると話が長引きそうだ。あぁ、面倒くさい。
「わかりました。入れておきますね」
僕は先輩に言われるがまま『性癖マッチングアプリ』をいうアプリをスマホにインストールした。まあアプリを開くことは永遠にないだろうけど。
「このアプリさ。顔とか趣味じゃなくて性癖でマッチングすんの。だから、一発目からめっちゃ相性の良い子に会えるってわけ。俺も、会ったその日にプレイが出来てさ…… 」
先輩はペラペラと彼女との馴れ初めを話しだした。やれ柔道がどうとか言っていたけど興味がなかったので九割くらいは聞き逃してしまった。
「ま、そんな感じだから! 彼女ができたら教えてくれよな! 」
そういって先輩は別の席に座っている子の下へ行った。教えてくれって言われても僕は彼の名前も連絡先も知らない。だから結果を教えることはないだろう。まあ向こうも明日には僕の顔も忘れているだろうしおあいこだ。
人がたくさんいるところに長時間いて疲れた僕は帰る準備を始めた。お金は事前に払っているし、一人くらい途中で帰っても誰も気づかないだろう。僕はスルリと店を抜け出し、駅の方へと歩き出した。
ブーブーブー
歩き始めるとすぐにスマホのバイブが鳴りだした。バイブの原因はさっきインストールした『性癖マッチングアプリ』だ。まだ開いたこともないアプリなのにいきなり電話がかかってくるなんて怪しすぎる。あでも、先輩はなんか普通のマッチングアプリとは違うって言っていたし、もしかしたらこれがこのアプリのスタンダードなのかもしれない。だったらさっさと電話に出て話を終わらせよう。そう思い僕は電話に出た。
「はい、もしもし」
『いつになったら来るのじゃ! 』
怒られた。ただ電話に出ただけなのに。もしかしたらこれは面倒な事になってしまったかもしれない。僕は額に手をやり俯いた。これは僕が面倒事に巻き込まれたときのルーティンだ。こうすると思考が止まって嵐が過ぎ去るのを待つことができる。僕が話を聞いていないとは思っていない電話口の人は喋り続けた。
『えっ、ワシ、ちゃんと願いを叶えたよな? お主、ちゃんと望みの大学に通っているよな? なのになぜ来ない? 約束を忘れてしまったのか? 』
願い? 約束? なんだか聞いたことだな。僕の中にあった記憶の断片が段々とつながってくる。それにこの声この口調どこかで……
『まったく、お主がその”あぷり”を入れなければ連絡も取れんところじゃったぞ。近頃の”あぷり”とやらは正も邪も一緒くたにして排除しおるから霊が入り込むすき間もないんじゃ。まあワシは神じゃから本気を出せばその”すまほ”に直接電話をかけることも…… 』
あ、思い出した。
「やあ、キミか。久しぶりだね」
そうだそうだ。受験の数日前、お母さんに言われて参拝した近くの神社にいた小学生だ。あれ? 小学生ってマッチングアプリを使っていいんだっけ? 僕が疑問で言葉を止めているうちに男の子は怒った口調で話を始めた。
『いやなんで普通の対応ができるのじゃ? ! ちょっとは驚け! というかその反応。約束どころかワシの存在も忘れていただろう?! 』
どうしよう、すごく怒ってる。面倒くさいな。とりあえず約束とやらを覚えていたことにしてこの場は取り繕おう。
「あぁごめんね。大学の手続きに時間を取られたんだ」
『…… まあ忙しかったのならこれまでのことは許してやろう。だがこれからのことは別じゃ。いいか? すぐにワシのところへ来るのじゃぞ? 』
「キミのところってあの神社? 」
『当たり前じゃろ! ワシ、あそこから出れんのじゃぞ? 馬鹿にしておるのか! 』
虐待かな? 外に出してもらえないなんて可哀想な子。だから、変な一人称になっちゃったんだね。不思議なことになんだか急に彼が他人とは思えなくなった。なんでだろう? 僕、虐待なんて受けてないのに……
『とにかく神社に来い! そうじゃな…… 今日はもう暗いから明日午前九時ぴったりに来るのじゃ』
頭の中で僕はカレンダーをめくった。明日は金曜日。受けなきゃいけない講義は午後からだから午前中は完全フリーだった気がする。男の子の要望には充分答えられそうだ。本当は午後まで寝ていたかったけど断る理由を考えるのが面倒だし、どうでもいっか。
「うんわかった。じゃ、また明日」
そう言って僕は電話を切った。そう言えば神社で何をするか聞いてなかったっけ。ただ行くだけでいいんだっけ? ま、それは明日会ったときに聞けばいいか。
◆
次の日の午前九時、僕は男の子との約束通り神社に来ていた。男の子は参道の真ん中で足を肩幅に広げて立っている。初めて会ったときと同じ黒袴に白い着物、黄色い瞳と白い髪、そして黒烏帽子の横からがピョコッと飛び出たキツネの耳。服を着替えてないってことはもしかして替えの服を買ってもらってないのかな?
「来たか…… 神を待たせるとは全くもって不届きなやつじゃ」
男の子はとっても不満そうな顔でこっちを見ている。怒っているみたいだ。とりあえず面倒事にならないように謝罪をしてから帰ろう。
「うん、ごめんね。じゃあバイバイ」
男の子に会うという用事を終えた僕は踵を返し神社を出ようとした。けど誰かに来ていたパーカーを引っ張られて神社を出ていけなかった。
「待て待て待て! なんですぐに帰ろうとするのじゃ? まだやることが残っておろうが! 」
後ろを振り返ると男の子がパーカーをギュッと握りしめて騒いでいた。あぁ、近くで大声を出さないでほしいなぁ…… 思わず手で耳を塞ぎそうになる。けどそんなことをすると余計面倒なことになる。そのことを今までの経験で知っていた僕は耳を塞ぎたい衝動をグッと堪えた。
「おい、お主! 聞いておるのか?!」
相変わらず男の子は騒いでいる。僕は朦朧とした意識のまま男の子に返答した。
「あぁうん。聞いてるよ。やることが残ってるんでしょ? で何をすればいいんだっけ? 」
「やっぱりお主約束忘れておるな?! あ〜、せっかく願いを叶えてやったのに! どうなっとるんじゃ最近! どいつもこいつも神や仏を馬鹿にしおって! ワシか? ワシが悪いのか?! 珍しく来た参拝客の願いを無償で叶えたワシが悪かったのか?! 」
男の子は僕のパーカーを掴んだままわけのわからないことを騒ぎ出した。面倒くさいなぁ…… 早くやることを教えてよ。
「ごめんね、キミの葛藤はどうでもいいから早くやることを教えてくれないかな? 僕午後から予定があるんだよね」
「神の葛藤をどうでもいいとは…… お主、人の心とかないんか! 」
男の子はそのあともしばらく騒いでいたけど僕が無反応なのを見ると「まあよい…… 」と言ってパーカーから手を離した。そしてコホンと咳払いをしてから話し始めた。
「粗相じゃ。お主は願いを叶えたらワシの前で粗相をすると約束したんじゃ。さぁ、その約束守ってもらうぞ」
そう言えばこの子の前でオシッコおもらしするって約束したっけ。冗談だと思っていたけど本気だったのか。男の子の眼差しは真剣そのものだしこれはおもらしするまで帰れそうにない。はぁ、仕方ないなぁ。
「うんわかった。じゃあ出すね」
そう言って僕はお腹にグッと力を込めた。でも朝起きてすぐにトイレを済ませてしまったのでオシッコは出てくれなかい。しばらく、といっても二、三秒、頑張ったけどオシッコは出てくれなかった。おもらしって意外と難しいんだなぁ。
「うーん、ごめん。今日は朝オシッコしてきちゃったから出そうにないや」
僕のセリフを聞いて男の子は「フッ…… 」とニヤけた。今の話、一体どこが面白かったんだろう? 最近の小学生の笑いのツボがわからない。
「お主ぃ、ワシが神であることを忘れておらんか? 人の尿意を操るなど造作もないのだぞ? 」
男の子はよくわからないことを言ったあと僕に手をかざして「ハアッ! 」と叫んだ。なんだかどこかで見たことのある光景だな…… どこだっけ?
僕がさっきの光景を思い出そうと頭を働かせている間にも体には不思議なことが起こっていた。まるでお腹の中に直接オシッコが注がれているような感覚がしてお腹がみるみる膨らんでいく。パンパンに張ったお腹にズボンのベルトが食い込んで痛みが走った。痛みと一緒に今まで感じたことのないほどの「オシッコがしたい」という感情がお腹から頭の方へとのぼってくる。この時点でもう歩くことすら難しいと感じた。すぐにでもオシッコを出したい。僕は次第に「オシッコしたい」という感情に脳を支配されていった。
「ホホホ、これがワシの神通力じゃ。まあワシほどの神となると生き物を別の姿に変えたり、肉体と人格を入れ替えたり、いろいろできるのじゃが今回はこれくらいで…… 」
(あ、ダメだ。もう我慢面倒くさいや)
ジョババババババババババ
男の子はペラペラと何かを話していたけどそんなの関係なく僕はオシッコを漏らした。本当は前を押さえればもう少し我慢できた。でも今回はおもらしすることが目的だし、さっさと我慢なんてやめておもらししたほうがラクだ。僕がおもらしを始めたことに気づいた男の子はひどく慌てた様子だった。
「…… って、はぁ?! お主何をしておる?! もっとこらえよ! 恥ずかしそうに身をよじっている姿をワシに見せよ! というか参道で小便するな! えぇい、今すぐ止めろぉ!! 」
男の子はまた怒ってるみたいだ。どうしたんだろう? おもらしすればいいんじゃなかったっけ? というかそんなに怒られても出始めたオシッコは簡単には止められない。
ジャパパパパパパパパ
「ごめん…… もう、止められない…… ホントに、ごめん」
とりあえず男の子に謝った。オシッコをしているときに喋るのは意外と難しく。言葉がとぎれとぎれになってしまったが男の子が黙ったので多分僕の言いたいことは伝わったのだろう。
チョパパパパ……
オシッコを全部出し終え、僕は「ふぅ」とため息をついた。なんだかすごく疲れた。これから帰って午後の講義まで寝よう。いやもう今日は講義に行くのも面倒くさい。一回くらい休んでも……
「何しとんじゃ、お主ぃ!! 」
今日何度目だろう男の子が怒号を上げた。
「何すぐに力尽きてくれとるんじゃ。ここから本殿まで身をよじりながら歩く様を観察し、本殿内で漏らしそうになるお主を罵り、最後に粗相をしたお主のなじるというワシの計画が台無しじゃろがい! 」
「え…… でもキミ、おもらししろって…… 」
「ワシは人が小便をこらえている姿も好きなのじゃ!」
だったら最初に言ってよ。まあ我慢なんて面倒くさいからあまり結果は変わらなかっただろうけど。
「とにかく仕切り直しじゃ。そうじゃの…… 一旦本殿に来い。そこで話をつけよう」
男の子はそう言って参道を進み、賽銭箱の向こうにある本殿へと入っていった。入ったあとすぎに僕がついてきていないのに気づいた彼は本殿の中からヒョコッと顔を出して「早く来んか! 」と大声で僕を呼んだ。僕は思考停止で彼の指示に従い、オシッコで濡れたズボンのまま本殿へと足を踏み入れた。
バンッ
僕が本殿に入ると後ろにあった木の扉が勢いよく閉まった。なるほど自動ドアなんだね。
「さてどうしてくれようかの? 普通なら参道で小便をしたという理由で魂を抜いてしまってもいいのじゃがあれはワシのせいでもあるし…… もう一度粗相をしてもらおうにも先程と同じようにすぐ出されては…… 」
男の子はウンウンうなって何かを考えている。さっきまであんなに怒っていたんだからきっと僕への罰を考えているんだろう。あぁ痛いのは嫌だなぁ…… 僕は少しでも自分の罪を軽くするため彼に思いつく限りの謝罪の言葉を述べた。
「えっと、ごめんね。キミが求めていることができなくて。僕、どうすればよかったのかな? 」
男の子は不思議そうな顔でこっちをジッと見つめた。その表情は僕に怒っているでも呆れているでもない。ただ理解できない生き物と出会ってしまったときのような、そんな表情だった。
「そうじゃの。できれば一時間は小便をこらえてほしかったが。お主はなんというか、感情が乏しいからワシの思った通りになるかどうか…… 」
男の子はまたウンウンうなりだした。どうしよう。満足させられなかった。このままじゃ怒られちゃう。でも、どうしていいかわからない。頭の中で今まで期待に応えられなかったときのことがグルグル渦を巻く。いつもはどうしてたっけ? …… あそうだ。こういうときは本人に聞いて言う通りにすればいいんだ。
「じゃあさ、どうすればいいのか教えてよ? そうしてくれたら、僕、ちゃんとやるよ」
「どうすればと言われてもな。こう、恥ずかしーって感じで小便をこらえて、最後には絶望して粗相をしてくれれば…… とういかこういうのは自然にできるものではないのか? ワシのところに捧げられた
童ってたしか子どものことだよね? となると僕は男の子の同級生が自然にやっていることができないってことか。あぁ、マズイ。年下の子ができることができないと面倒なことになる。幸いお母さんはこの場にいない。対処するなら今しかない。でも男の子の言っていることが全然理解できない。一体どうすれば…… そうだ!
「えっと、ごめんね。キミの言葉だけじゃどうしていいか僕にはわからないんだ。だからさ、キミが実演してくれない? 」
「はぁ! ? 」
男の子は目をこれでもかと広げて驚いた。何をそんなに驚いているのだろう? 男の子は要求を言葉で伝えられなかった。だったら行動で示してもらうしかない。そのはずだが、男の子はプルプル震えながら僕に問いかける。
「お主は、ワシに粗相をしろというのか? 」
「まあそうなるね。でもただのおもらしじゃなくて、キミの求めてる…… えっと、恥ずかしい感じで我慢してからするおもらしだよ? 」
男の子は「くぅ、人に乞われては断れんからなぁ…… 」といって服の裾で顔を隠した。そしてしばし考えたあとゆっくりと口を開いた
「…… よしわかった。お主の願い叶えてやろう。先程のお主と同じ尿意から始めるぞ」
そう言って後で男の子は自分のお腹に手を当てた。すると男の子の表情が段々を曇っていき、体がブルッと震えた。彼の口からは「くぅ、これは、キツイ…… 」と弱音が漏れ出す。きっと僕がオシッコしたくなったときと同じことをしたんだろう。どういう仕組みかはわからないけど彼はオシッコを操れるみたいだ。不思議なこともあるんだなぁ。
さっきまで立ち上がってモジモジ体を動かしていた男の子はゆっくりと腰を下ろした。正座で股の間に両手をはさんでユラユラと体を左右に揺らす。なるほど。彼がしてほしい我慢ってこういうことなのか。
「おい、お主」
僕がジッと観察していると男の子が話しかけてきた。こっちを見ている彼のほっぺはほんのり赤く染まっていて、黄色い瞳は涙で潤んで扉の隙間から入ってくる太陽の光をキラキラと反射していた。
「その、仕草を観察したいのはわかるが、もっと遠慮がちに見ることはできんのか? そんなにじっくり観られると…… さすがに恥ずかしいのでな」
そう言うと男の子はプイッと顔をそむけた。よくわからないけどじっくり見るのはダメらしい。
「あ、ごめんね」
僕は男の子から目を逸らし、視界の端で彼の姿を捉えた。僕の目の端では男の子がユラユラ海藻みたいに体を揺らしいている。薄暗い建物の中には男の子の「ハァハァ」という呼吸音だけがリピート再生されている。
「ん、っ…… はぁぁ…… んんっ! 」
久しぶりに男の子の声が聞こえたかと思ったら、いきなりさっきまで丸めていた背中をピンッと伸ばした。僕はさっきまでボヤッと見ていた男の子にピントを合わせた。彼はピンと伸ばした体を右に傾け顔を歪ませている。歯を食いしばっている口からは「フシュー」と息がこぼれ、目からはポロリと涙がこぼれた。
「くぅ、も、もう無理じゃあ…… これ以上は、こ、こらえら…… あっ! 」
男の子は「あっ! 」と言ってすぐに視線を自分の股のあたりに落とした。僕も釣られて彼の股のあたりに視線を移した。視線の先では彼が履いていた黒袴が色を替えていた。彼の手があるところを起点として黒袴の黒が濃くなっている箇所がある。その変化はジワジワジワジワと面積を広げていく。男の子は「ダメじゃ…… まだ…… 」と変なうわ言を呟いている。その間にも色の変化は広がって袴の前はもう真っ黒に染まっていた。
「ぬあぁ! もう本当に限界じゃ! 出すぞ! 出すぞぉ!! 」
男の子は僕に向かってそう叫んだ。僕に見てほしいからそうしたんだろうけど、そんなことしなくても僕はずっと彼を見ていた。だからわかる。これは本当に彼が限界まで我慢したあとのおもらしなんだと。彼が叫び終わる直前に袴からポタポタと雫が床に垂れた。そしてその滴はつながり大きな滝を作り出した。
ジョボボボボボボボボボボボ
おぉ、すごい水音だ。座っているから床までの距離はないはずだけどこんなに大きな音が出せるんだ。もしかしたらおもらしのときはこれくらい勢いよく出すのが彼好みなのかもしれない。さて、おもらししているときの仕草はどんな感じなのかな?僕は男の子の下半身に向けていた視線を上へと移す。
顔は我慢しているときから変わらず真っ赤のままだ。口はポカンと開いていて、そこから「はあぁ…… 」と吐息が漏れている。目線は天井に向けられているけど目玉がどこを向いているのかわからない。なんていうか焦点が定まっていない感じだ。それと不思議なことに頭についている狐耳がビクビクッと痙攣していた。作り物ならこんな動きをするはずはないのだが、やっぱりこの子はちょっと不思議だ。
「はぁ…… これは、まあ、これでぇ…… いやしかし神たるもの…… いやでも、いい…… 」
男の子がつっかえつっかえ何かを言っている。その顔は苦しいとか悲しいとか僕の知っている感情では言い表せないなんとも言えない顔だった。
ショロロ…… ピチャン
すごかった水音がピタッとやんだ。お腹にためていたオシッコを全部出し終わったのだろうか? 男の子の周りの床はまあるく濡れていた。木の床が吸収しきれなかったオシッコは男の子の回りで水たまりを作っている。袴の方はもう濡れてない部分を探すほうが大変なくらいびしょ濡れだ。
「ハァハァ…… どうじゃ? これでお主の願いは、叶えられたか? 」
男の子はハァハァと肩で息をしながら問うた。目はうつろで口は半開きになっており、とっても苦しそうだ。でもどこか嬉しそう。そんなよくわからない表情で僕を見つめている。そうか、彼の望むおもらしはこんなに不思議な表情になるものなんだ。でも残念ながら今の僕にはできそうにない。そうなるともう許してもらうために取れる手段は一つだけだ。
「うん、おもらしを見せてくれてありがとう。でも…… 」
僕はそのまま床に正座しゴツンと音が鳴るほど強く頭を床に叩きつけた。
「ごめんなさい! 」
男の子は何が起こったかわからない様子で芽をまん丸くしている。僕はすかさず謝罪の言葉を紡ぐ。
「僕にはキミの望みを叶えることはできません! なんでもするので今回はどうか…… どうか許してください! 」
謝罪の言葉がこだまして消えたあとを痛いほどの沈黙が支配した。おかしいな。こうすればみんなすぐにあぁしろこうしろと条件を突きつけてくるのに。あ、そっか。僕にやらせたいことがいっぱいありすぎて悩んでるんだね。じゃあもう少し待って……
「
「? 」
面を上げろ? それがお願い? よかった。殴らせろとか服を脱いでそのまま帰れとか面倒くさい要求じゃなくって。僕はすぐに顔を上げて男の子のほうを見た。男の子の顔はなぜかひどく曇っている。
「…… ? どうしたの? お願い聞いたけどこれでもう許してくれ…… 」
「お主、今日からここに住み、毎日ワシに奉仕せよ」
僕の言葉を遮って男の子はもう一つお願いを言ってきた。どうしよう、応えなきゃ…… でもここに住むなんて無理だ。でも大丈夫。こういう場合の対応もちゃんと考えてある。
「? それが命令? うーん、ゴメンちょっと難しいかな。家にはお母さんがいて僕が出て行くなんて言ったらまた面倒なことになるし。ね、別のお願いなら何でも聞くからさ。殴ろうがバカにしようがキミの自由だよ? 」
僕の言葉には一言も返さず男の子は何か呪文のようなものを唱えた。その姿は最初に男の子に会ったときのことを僕に思い出させた。しばらくして男の子はあのときと同じように「ハァッ! 」と叫んだ。同時に僕のスマホにメッセージが届いた。
(? 誰からだろ? )
「先に言っておくが今お主に届いたメッセージは母親からじゃ。内容は『アンタも今年で二十歳なんだから一人暮らしぐらいしなさい。もちろんお金は自分で稼ぐのよ。それが社会人のスタンダードなんだから』じゃ」
男の子の言っていることは正直良くわからないが本当にお母さんからのメッセージなら大変だ。お母さんは自分がメッセージを送ってから三十分以内に返信しないと怒って電話をかけてくる。電話で延々怒られるのは面倒くさい。僕はすぐにスマホを確認した。スマホにはさっき男の子が言った通りの文面が表示されていた。
「うわぁ、すごい。キミの言った通りだったよ」
「…… 予言に驚かんのはもういいじゃろう。で、母親という憂いはなくなったわけじゃがどうする? 」
どうすると言われても男の子のお願いは「ここに住め」なのだ。だったら答えは一つしかない。
「もちろんキミと一緒に住むよ。これからよろしくね」
「また即答か。少しは自分で考えよ」
あれ? お願いを聞いたのに嫌な顔されちゃった。おかしいな。お願いなんて考えなしに聞いておけば丸く収まるのに。
「とにかくじゃ、お主はこれからワシが良いと言うまでワシに使え続けよ。住まいは…… そうじゃな、ワシが宮司に言って用意させよう。アヤツのことじゃおそらくそのまま養ってくれるじゃろうて」
そう言って男の子は立ち上がった。僕も続いて立ち上がる。立ち上がるときにお互いのオシッコが僕はズボンから男の子は袴から床にポタタと落ちた。今の姿を知らない人に見られたらどう思われるだろう。おもらし兄弟とでも思われちゃうのかな? 僕がくだらないことを考えている間にも男の子はチャキチャキと歩いて本殿の出入り口へと向かう。そして本殿から出る直前で僕の方を振り返り、言った。
「よいか。ワシは必ずお主にお主自身を生きるということを思い出させてやる。もう人の顔色を伺うことも自分を蔑むこともせんでいい。これからは己を大切に生きるんじゃ」
男の子が何を言っているか僕はほとんどわからなかった。だが一つだけたしかかのことがある。これにはちゃんと答えねばならない。フッと息を吐いてから僕は男の子に伝える。
「それが新しいお願い? ごめんね、僕には難しそう」
男の子は顔をしかめた。あれ、またマズイこと言っちゃった?
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