第7話:マッチングアプリで出会った相方の女をくすぐってうっかりおもらしさせる話

「せやからそれ、二倍しても意味ないや〜ん。えっと〜、もうええわ〜」


「「ありがとうございました〜! 」」


 パラパラの拍手を背に、俺は相方とともに舞台袖へとはけた。


(はぁ、今回も全然うけへんかった…… )


「お疲れ〜、太陽たいよう。今日もうけへんかったなぁ」


 相方でツッコミ役の女性、梅浦うめうら 梓月あずきがヘラヘラと声をかけてきた。いや、そもそも……


「いや、そもそも、お前がツッコミ忘れるからあかんねん! あと最後なんやねん! オチで”えっと〜” いう漫才師がおるかい! 」


 俺と相方は『ダブル・リターン』という漫才コンビで、何でも二倍にするというボケに相方がツッコむ漫才を得意としている。中学で相方と出会ってから早15年。二人でずっと人を笑わせるための努力をしてきた。でも、今は小さな劇場で出番をもらってちょっとだけ笑いをとるくらいの実力しかない。最近は”解散”の二文字がちらついている。


「すまんなぁ、あたし、もっと頑張るから〜」


 がんばるという相方の顔からは真剣さは読み取れない。相方は中学のときからずっと変わらない。ポケーッとしていて、何を考えているかわからない。でも、絶対に俺の側を離れようとしない。


(こいつ、美人なんやから、さっさと男作ってどっか行けばええのに…… )


「よ〜し、あたしやるで〜。で、次の仕事はどこなん? 」


「しばらく劇場の仕事はゼロや。バイトがなければ休みやな」


「そっか〜、じゃあ今日はもうお別れか〜」


「そやな」


「ほな、またバイト先でな〜」


 そういって相方は帰ってしまった。俺は舞台袖に残り、先輩方の漫才を見る。ツッコミのタイミング、ボケのセリフ回し、どれも俺達より上だ。ここから少しでも学んで、もっと面白い漫才ができるようになりたい。そんな一心で、先輩たちのネタを眺めた。


(…… 今のボケは俺のほうがオモロイと思うけどな)


――――


(アカン! 遅刻や! )


 俺は劇場を出て街を疾走していた。先輩のネタに夢中になっていて、待ち合わせの約束があることをすっかり忘れていた。


(さすがに初対面で遅刻はヤバイで…… 会う前から嫌われてまう…… )


 今日俺が会うのは『性癖マッチングアプリ』というアプリで知り合った女性だ。このアプリは顔写真や趣味ではなく、性癖でマッチングするという奇妙なアプリだ。性癖のカミングアウトが済んだ状態でマッチングするので、関係が長続きすると評判のアプリで、会ったその日にプレイができると、先輩の芸人さんがはしゃいでいた。


 俺は『女の子を思いっ切りくすぐって笑わせたい! 』という性癖で登録している。とにかく人を笑わせることが好きな俺はプレイ中でもパートナーには笑っていてほしい。ということで、俺はくすぐりが大好きなのだ。前の彼女にこの性癖をカミングアウトしたときは「怖っ…… 」とだけ言われてフラレたが、今回の子は『くすぐられるのめっちゃ好き』と言う性癖の子なのできっといい関係が築けるだろう。


 でも、そんな相性バッチリの相手でも最初の待ち合わせに遅刻されれば怒るだろう。女性の機嫌を損ねるのは絶対に避けたいと思い、俺は全力疾走して、待ち合わせ場所として指定したフードコートについた。


『遅れてすみませんm(_ _)m 今着きました! つっきーさんどこにいますか!? 』


 メッセージを待ちつつ、待ち合わせの相手"つっきー"さんを探す。顔はわからないけど"つっきー"さんは今日”天下無双”と書いたTシャツにジーパンで来ると言っていたので、その服を着ている人を探せばいい。


(そういえばあいつも今日、”天下無双”って書いたTシャツ着とったな…… )


 ふと、相方の今日の服装を思い出す。相方はもともとはリボンやフリルのついたブラウスにミニスカートという女の子らしい服装だった。が、一ヶ月くらい前に俺が「もっとお客さんの印象に残りそうな服着ろや!」と言って以来、四字熟語が書かれた白Tシャツにジーパン、スニーカーというファッションを続けていた。色合いが地味になって印象に残りづらくなった気がするので、今度はもっと具体的な服を指定しようと考えている。


『今、入口近くのファストフード店の目の前にいま〜す。会えるの楽しみでーす』


(お、”つっきー”さんから返信や。ファストフード店ちゅーと…… あっちのほうか)


 ”つっきー”さんのメッセージにあったファストフード店の方を見る。すると近くの席に”天下無双”と書かれたTシャツを着たショートポニーテールの女性がいた。


 だが、それはさっき劇場で別れた相方だった。俺は思わず相方に駆け寄り文句を言う。


「おい! 何紛らわしいカッコで座ってくれとんねん! 」


「あ、お疲れ。さっきぶりやんな」


「俺怒ってんねんぞ? なんで何事もなかったように話せんねん! ? 」


 相方のありえない態度に、俺は待ち合わせ相手探しを忘れ怒りをぶつける。


「すまん、怒ってたんか。ツッコミかと思たわ」


「何に対するツッコミやねん! 」


「服」


 「服にツッコむなら、ここじゃなくて劇場やろ! 」と言おうとしたが、やめた。コイツにかまってるヒマはない。俺はこの近くにいる本来の待ち合わせ相手を探さねばならないのだ。


(あ、マズイ。このままやと、コイツにマチアプで女と会ってんの見られてまう…… まずはコイツの排除や)


 そう考え、俺は相方をどこか遠くへ行くように促す。


「とりあえず、お前帰れ。今日はもう仕事ないやろ? 」


「え〜、なんでそんなこと言われなあかんの? 大体、あたし人待っとるから動けんねん」


(こいつも待ち合わせかいな。どんなミラクル起きてんねん)


「さよか。ほんならその待ち合わせ相手に『場所変えよ』って連絡し。そんでさっさとどっかいけや」


「えー、なんでなん? そっちがどっかいけばええやん」


「俺はここで大事な用があんねん! 」


 相方は不満そうな顔をして「さよかー」といってスマホをいじりだす。どうやら待ち合わせ相手に連絡しているようだ。よかった、これで……


ピロン


(! “つっきー”さんからや! なんやろ? )


『待ち合わせ場所、ショッピングモールの入口に変更お願いしますー。ごめんなさ〜い(;_;)』


(お、待ち合わせ場所変更か。せやったらアイツ動かさんでもええな)


「あ、やっぱお前ここいてええで。俺、用事なくのーたから」


「なんやねんそれ、ほんま勝手やわ」


 ぐうの音も出ない。さっきから俺は相方に要求してばかりだ。少しばかり罪悪感がでてきた。


「あ〜、そやな。すまん。今度なんか買ったるわ」


「なら、そばおごってーな」


「お前相変わらずそば好きよな」


「うん、めっちゃ好き」


 「りょーかい、また今度な」といってショッピングモールの入口に向かう。頭の中はついおごると言ってしまったそばのことでいっぱいだ。相方はけっこう食べる。五人前食べるのは当たり前で、それ以上食べることもある。なので、おごるときはかなりの出費を覚悟しなければならない。


(…… また、わんこそばでええか)


ピロン


(また”つっきー”さんからや。待ちくたびれても―たんかな? )


『やっぱ場所変更なしでお願いします。ファストフード店の前で待ってまーす☆ 何度もお願いしてごめ〜ん(´;ω;`)』


(いや、変更なしかい! この短い間に何が起こったんや! )


 心の中でメッセージにツッコんだ後、俺は再びフードコートに戻る。相方はまだ座っていたが、一度OKを出した手前、「どっかいけや! 」と言うのははばかられた。


(…… ハズいからあいつの視界に入らんようにせんとな)


 俺は相方の視界に入らないよう注意して、”つっきー”さんを探した。しかし目当ての人は見つからない。”天下無双”と書かれたTシャツなどそうそうあるものではないはずだが、俺の見える範囲で着ている人は相方のみだ。じれた俺はアプリの機能を使って”つっきー”さんに電話をかける。数回のコール音の電話がつながった。


「あ、もしもし”つっきー”さんですか? すみません、全然見つけられなくて…… ちょっと誘導してもらってええですか? 」


『ええですよ〜、えっと…… せや、あたし垂直跳びするんで、垂直跳びしてる人を探してくださ―い』


 そういうと電話口からゴッゴッというノイズが聞こえた。恐らく電話を耳に当てながら垂直跳びをしているので、電話口が何かに当たっているのだろう。


(ってあかん! 待ち合わせ相手に奇行をさせるわけにはいかんやろ! )


 そう思い、フードコートで飛び跳ねている人を探し始める。その人物はすぐに見つかった。が、それはまた俺の相方だった。


「…… あの、”つっきー”さん」


『ほっ、ほっ、あ、見つかりましたー? 』


「えっと、会う前で恐縮なんですけど、”つっきー”さんって本名なんですか? 」


『あたしの本名? あたし、梅浦 梓月いいますー』


「さよでっか、俺は天生目あまのめ 太陽いいますー」


『へ〜、うちの相方と同じ名前やん。あ、うちお笑い芸人やってましてー…… 』


「知っとるわ! 」


 相方との距離を詰めて思いっきり頭を叩く。『女を殴った! 』とSNSで炎上してもいい。それくらいの覚悟で叩いた。


「いった〜、なんやねん太陽。あたし、待ち合わせ相手のために垂直跳びせなあかんから、邪魔せんといてー」


「なんで今のやり取りで気づかんねん! お前の待ち合わせ相手俺やねん! この地球上に他にいるか? 天生目 太陽って名前の人間? 」


「おるかもしれんやん。せやからさっきまで感動しとってん。『あ、待ち合わせ相手、太陽と同じ名前やん』って。あ、垂直跳びせんと…… 」


「やり取りムダにすな! せやから、 お前の待ち合わせ相手俺やゆーてんねん! ならもう垂直跳びの必要ないやろ? というかなんで垂直跳びやねん! 」


 相方はキョトンとしている。状況が理解できていないようだ。とはいえ、一から説明するのも面倒だ。そもそも相方とのマッチングなんて不成立に決まっている。


「はぁ、なんでお前とマッチングすんねん…… もうええわ、今日俺帰るからお前も気をつけて帰りぃ」


「ちょーまてや。えっ、マジであんたとマッチングしたん? あたしここ数ヶ月、あんたと恥ずかしい会話繰り広げてたん? 」


「そーやて。せやから今回のことは互いに忘れて新しい恋に向かおうや」


 相方に捨て台詞を吐き、俺は家路についた。


パァン


 そんな俺の頭が、後ろから叩かれた。


「イッタ! なんやねん!」


「なんでやねーん。これからプレイの約束やろがーい」


「何もボケてへんわ! お前サイコか?! 相手俺やねんぞ? 」


「せやな。相手が太陽ならまずさっき言っとったそばをおごってもらわんとな」


「そばを要求せんことにサイコゆーたんとちゃうねん! 」


 俺のツッコミは無視され、相方は「あたしな。ここの二階のそば屋行きたいねん」と言って、勝手にそば屋に向かってしまった。


(全然話、聞かへんやん。まあ、プレイでないならええか。約束もしてもーたし)


そう思い、俺は相方の後に続いて、そば屋に向かった。


――――


「ありがとうございましたー」


「こちらこそ、おおきに。おいしかったで〜」


 店員さんと相方の微笑ましいやり取りを見て俺は泣いていた。財布の中に入れてきたデートの軍資金はほぼすべて消えて、後には小銭が数枚残っただけだ。


「いやー、おいしかったな。そばはもちろんやけど、あの麦茶めちゃおいしかったわー。あんたも飲めばよかったのに」


「アホか! お前がそばと麦茶を無尽蔵に頼むから、こっちは何も のど通らんちゅうねん! 」


「えっ、体調悪かったん? 堪忍な〜」


「お前のせいや! 」


 相方はいつもちょっと視点がずれている。だから会話をするのが大変なのだ。


「じゃ、さっそくプレイとしゃれこもかー。場所は太陽の家でええよな? ついでにネタ合わせもできるし」


「せやからサイコかゆーてんねん! なんでお前とくすぐりプレイせなアカンねん! 」


「えー、太陽が『女の子くすぐりたい』ゆーてきたんやん…… あたしはただ『くすぐられたい』だけやし」


「そこはええねん。問題は”お前と”くすぐりプレイするところや! 中学から一緒の女が欲情の対象になるかい! 」


 「…… さよか」


 相方は残念そうな顔をした。俺はその表情の意味がわからず困惑する。俺が困惑していると相方の方が話し始めた。


「まあ、せやな。うん、じゃあさ、あたしのお願い聞いてーな。あたしな、今日のことめっちゃ楽しみにしとってん。やから、一回だけくすぐってくれんか? ホントの相手はそのあと探したらええやん。な、一回やから、後生やでー」


「そんなに楽しみやったんか? 」


「せやねん。アプリでやりとりしてるときも、ときめきすぎて全然ネタ合わせに集中できんかったし」


「本業を一番頑張れや…… まあええ、女にそこまで言われてやらんのは男ちゃう。よっしゃ、やるで! そうと決まったら俺ん家いくぞ! 」


 俺は相方の手を引いて自宅へ帰る。相方は後ろで「ホンマか! やったで! 今日は誰よりも笑ったる! 」と意気込んでいた。


――――


「よし、準備完了や」


 女の相方とくすぐりプレイをするべく自宅に帰った俺は相方をベッドに縛り付けていた。相方は今、ベッドで大の字になっている。くすぐりプレイをするときは反射で逃げてしまわないように縛り付けるのが俺流だ。決していやらしい目的ではない。それに相方の服装はTシャツにジーパンなので、大の字でも特にいやらしい感じはなく、むしろ滑稽な感じがする。


 ナイロン製のロープで四肢をベッドの脚に縛り付け垂れた相方は体を動かしてちゃんと拘束されているか確認する。相方が動く度にベッドがギシッギシッと音をたてた。


「なー、このベッドめっちゃギシギシゆーてうるさいんやけど。これ、彼女になんか言われへんの? 」


「あの彼女とは別れたからええんね…… ベッド一緒に使わんかったし」


「それはそれは、悲しいなぁ」


 相方は若干ニヤついている。その表情からは俺を憐れむ気持ちは微塵も感じられず、むしろ馬鹿にしている感じがした。


(…… ええわ。今からわからせたるさかい)


「ほな、早速くすぐるけど、お前どこくすぐられたい? 」


「うーん…… 足の裏かなぁ。あそこ触られるの、こそばゆいねん」


「よっしゃ、足裏やな」


 そう言って俺は相方のくつ下を脱がす。足を縛っていたので脱がすのには苦労した。それを見て相方が「ホンマ計画性ないなぁ」と馬鹿にしてきたが、そんなことは気にしない。これからコイツは俺のされるがままになるのだから、これくらいの侮辱は耐える。


 くつ下を脱がせた後、俺はまず相方の足裏にツーと指をすべらせる。


「フフッ、その程度で、ハハッ、くすぐってるつもりかいな? 」


(めっちゃ笑とるように見えるけどな…… )


 俺は指一本だけでくすぐるのをやめ、両手の指をつかって相方の足裏を攻めた。


「ヒャハハハハハハハハハハハ! ちょ…… マジ、くすぐった…… アハハハハハハ! 」


 相方は体をビクンビクンさせてなんとかくすぐりから逃れようとする。しかし、両足に結んだロープが逃亡を許さない。ベッドがギシギシとものすごい音を上げた。


「どや? くすぐったいやろ? やめてほしいか? 」


「ハハハ! やめ、やめて! もう、辛抱たまらん! ヒャハハハハ」


 俺はくすぐりの手を止める。やめろといわれたし、俺的にはもう充分相方の笑顔は見られた。というか、相方の笑顔など飽きるほど見ているので、あまり楽しくはないのだ。俺の手が止まると同時に相方は「あー…… 」とため息をついてベッドにドスンと腰を下ろした。


「どやった? 満足か? 俺はお前の笑った顔が仰山見れたさかい、満足やわ」


 相方は答えない。というか顔がどんどん不機嫌になっている気がする。


(なんや? 何か不満やったんか? )


「…… アホ」


「はぁ? 」


(なんや? なんで俺がアホ言われなアカンねん…… )


 意味がわからず困惑していると相方が堰を切ったように話し始めた。


「アホ! 『やめて』言われてホンマにやめる奴がおるか! あれは『もっと続けて』の意味やろがい! 芸人やったらフリくらいわかれや、アホ! 」


 相方は首を限界まで曲げて足元にいる俺に罵声を浴びせてくる。俺はその態度が無性に腹立たしかったので、相方を怒鳴りつけた。


「そんなんわかるかい! 最初にゆーとけや! 俺、お前のこと何でもわかるわけとちゃうねんぞ! 」


「あーそのようやな! ここ来る前も、今までも、ずっとそうや。あんたはあたしのこと、なーんもわかっとらん! ホンマもんのアホや! 」


(なんやねんコイツ。いきなり饒舌になりおってからに…… )


 だが、いかに難癖であったとしても、ここまで言われて引き下がったら男がすたる。そう思った俺は「よし!」と気合を入れて、相方に宣言する。


「わかった! もうお前がなんぼ『やめて』ゆーてもフリと捉えるからな! 本気で頼んでもやめたらんからな! 」


「やってみぃ、この根性なし! あんたは中途半端な男やさかい、 絶対途中でやめるやろ! 」


「はぁ!? なわけあるかい! 絶対やめへん。隕石が落ちてこようとくすぐり続けたる! 」


「その言葉! 忘れんなよ、アホォ! 」


 売り言葉に買い言葉とはこういうことを言うのだろう。俺達は熱が入って、どんどん深みにはまっていった。


「しゃあ! もう場所も足の裏に限定せぇへん! どこをくすぐるかは俺が決める! お前はどこくすぐられるかプルプル震えて待っとけや! 」


「おーこいや! あんたがどこくすぐろうとも、あたしは笑わんからな! 」


「ホンマやな? よし、いくで! 」


 気合を入れ直して俺は相方の足の裏で両手の指をくねくねと動かす。相方は必死に笑いをこらえており、腰がくねくね動き、体が時折ビクンと跳ねていた。


「ほぉ〜ら、どや! もうくすぐったくて辛抱たまらんのやろ!? あぁ? ほら、笑ってみぃな」


「…… ん、誰が、笑うかい…… くぅ…… 」


 相方の口はグニャリと歪み、体はくねくねと動き回っている。なんとなくエロい感じがして、俺はくすぐりの強度を上げた。


「ほ〜ら、コーショコショコショコショー。どや? もうキツイやろ」


「ぜ、ぜんっぜん…… こんなに、笑えへんくすぐりは、むぅ、は、初めてや…… 」


「さよか、なら足裏はやめや」


 俺はくすぐる場所をどこに変えるか、ベッドに縛られた相方を観察しながら考えた。腋の下、耳元、横腹…… どこをくすぐれば相方を笑わせることができるだろう。


(そういえば、こいつ中学のとき、女子連中に腹回りくすぐられて死ぬほど笑っとったな…… 横腹、弱いんとちゃうか? )


 ターゲットを横腹に決めた俺は縛られている相方のTシャツをペロンとめくった。


「ひゃあ! 何考えとんねん! 女の子の服を無言でめくるとか、あんたが一番サイコやないかい! 」


「だーまーれーや。服の上からやと全力だせへんやろ。せやから…… ん? 」


 露わになった相方の腹に少し違和感を感じる。別にいつも相方の体を見ているわけではない。だが、少し前に見たときはこんな風ではなかった。気になって俺は相方に疑問をぶつけた。


「なぁ、お前太ったか? 下腹、めっちゃ出てんで」


 相方は顔を真っ赤にして視線をそらした。しかし、こんなに下腹部だけ的確に太ることができるのだろうか? ここだけ材質が違うように皮膚が張っている。腰はいつもどおり細いので、腹の膨らみが異様に感じられた。


「ハッ、くすぐられることばっか考えて、真面目にネタ合わせせんからブクブク太ってまうねん。今からアホほど笑わしてカロリー消費させたる」


 そう言って俺はそぉーと相方の横腹に触れる。指が横腹に触れただけなのに相方は身をよじっていた。


(コイツ横腹どんだけ弱いねん……)


 俺はそのままの体勢でしばらく待った。相方は「何止まっとんねん? ビビってもーたか? 」などと煽ってくる。もちろんビビったわけではない。こうやって油断させ、最初から最高火力でくすぐるのが俺の作戦だ。俺は相方の意識が横腹からそれるのを煽りを受けながらじっと待った。そして、相方が「あーあ、ビビリの男に縛られてホンマ今日は厄日やわ―」と言って視線をそらした瞬間、俺は指を全力で動かした。


「! フヒ…… ヒャハハハハハハハハハ! ちょ…… イキナリは卑怯やて…… ヒャハハハハハ! 」


 「あんたがどこくすぐろうとも、あたしは笑わんからな! 」と言っていた相方の姿はもうない。全く笑いを堪えられずにゲラゲラ笑っている。俺は無言でくすぐり攻撃を続けた。


「ヒャハハハ…… !ちょ、ちょい待ち! 一回ストップや! 」


 もちろん無視する。隕石が落ちてもくすぐると言った手前この程度ではやめられない。それにこれもきっとフリだろう。そう思い、俺はくすぐりの強度を強める。


「ヒ―ヒャヒャヒャヒャ! なんでやめろ言うたら激しくなんねん! あんた、これフリちゃうぞ ! マジで一回やめ! おい、聞いとんのか?! 」


 俺は無視してくすぐり続ける。


「ヒャヒャヒャ…… おい! あー、もう正直に言うわ! あたしトイレ行きたいねん! せやからもうくすぐらんといて! 」


「何? お前、トイレ行きたいん? 」


 くすぐりの強度を弱め、相方の言葉に耳を傾ける。相方はヒャヒャヒャと笑いながら、答える。


「せ、せやねん…… なんや、麦茶飲みすぎたみたいで、もう限界やねん。これ以上、くすぐられたら出てまうんよ。ほら、言ったんやから手ぇとめぇ。漏らされても困るやろ? 」


 現状を説明している間も俺はくすぐりは継続していた。なので、相方はプルプル震えている。


「さよか、トイレ行きたいんやな」


「せやねん。でも、言うのが恥ずかしかってん。せやからプレイ終わるまで我慢しよと思っとったんやけど、もう無理やねん」


「そっかそっか、よーわかったわ」


 そう言われてみると相方の下腹が出ていたことにも納得がいった。あれは我慢した小便がたまっていたのだ。横腹に指が触れただけで身をよじっていたのは指から逃れるためではなく、漏れそうでモジモジしていたのだ。小便を我慢している相方の姿はなんとも煽情的だった。俺は初めて相方のことが可愛く思えて、同時に「もっといじめたる」と思った。


「でもな。それもフリかもしれんから、もうちょいくすぐったるわ」


 そう言って俺はくすぐりを再開した。俺の指が相方の横腹を這い回る。キュッと締まった腰の柔らかい肉をサワサワと触ってゆるい刺激を与える。相方はブリッジの要領で腰を高く上げ、指から逃れようとした。だが、俺の手は逃亡を許さず、くすぐりを続けた。


「アヒャヒャヒャヒャ! あんた、ふざけんな! フリやない! マジで出てまうって! 」


「関係あらへん。俺は何があってもお前くすぐるゆーてしもーたから、くすぐらなあかんねん」


「何を真面目ぶって…… フヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! あー、これ、もうダメや! 耐えられへん! 」


 耐えられないといった瞬間に相方のジーンズの色が変わった。ジワッと液体が染みた様に股の部分だけ、色が濃くなっていた。どうやらトイレを我慢していたというのは本当だったようだ。そして、限界というのも本当だった。相方は歯を食いしばって決壊を防ごうとしている。


「! ちょ、おま。ホンマに出すなや! 耐えろ! アホ! 」


 ジーンズの色が変わったことで現実に戻り、俺はくすぐりを中止した。たしかにいじめたいとは思ったが、実際にチビっているのを目にしてしまうとやはり焦ってしまう。俺が焦っている間も相方の股間のシミはじわじわと広がっていた。


「う、ぐ、これ、ムリや。止まらへん…… もぉ、ダメ…… 堪忍なぁ」


 それまで歯を食いしばっていた相方の表情が変わった。それはとても気持ちよさそうな表情で、体中の力が抜けているのが見て取れた。それを見て俺は「あぁ、アカン。ベッド汚れてまう…… 」と絶望した。


ブシャアアアアアアアアアア


 相方から水音が轟いた。さっきまでジーンズにあった染みは範囲を広げ、俺のベッドを侵食する。相当、我慢していたようで、相方の世界地図は腰から太もものあたりまで広がっていた。相方は「あー…… 出てもぉた」と呟いている。小便を止める気は全くないようでぐでっとベッドに身を預けていた。


シュイイイイ……


「あー、出た出た。めっちゃ気持ちよかったわー。くすぐられておしっこすんの、ええなぁ…… 」


「何が『ええなぁ』や! お前、何漏らしとんねん! 」


「はぁ? あたし、漏れそうゆーたやん。あんたが勝手に『フリかもしれん』とかゆーてくすぐりったんやろ? つまり、あたしが漏らしたんは、あんたのせいやん? 」


「…… せやな。すまん。調子に乗りすぎた」


「何謝っとんねん。そんなことええから、はよロープほどいて―な」


 俺は言われた通り、ロープを解き、相方の手足を自由にする。相方はおもらししたことを全く気にしていない様子で、ニコニコしている。俺がロープをほどいていると、相方が何やら話しかけてきた。


「なあ、またこれやろうなぁ。あたし、くすぐられておしっこすんの、クセになっても―てん」


「一回だけゆーてたやん」


「しゃーないやん。気持ちよかったんやし」


「なんやねんそれ…… 」


 相方は何も答えずテヘヘと笑う。不覚にもその笑顔にときめいてしまった。この笑顔をもっと見たい。この笑顔のためなら多少辛くても頑張れる。そう思える不思議な笑顔だった。


 相方の魅力的な表情に照れながらも、俺は相方の四肢からロープを外し、相方を自由にした。相方は「ホッ」といい、ベッドから立ち上がる。


「よーし、こっからネタ合わせや。いくでー」


「アホか! お前下ビショビショやねんぞ。一回着替えんとネタ合わせどころやないやろ! 」


「あ、そっかー。じゃ、シャワー浴びてくんなー」


 そういって相方は風呂場に向かってしまった。


(ホンマに自由なやっちゃな…… あー、あの自由さ、天然さ、ボケの才能あるんちゃう? 今度それでネタ書いてみよかな? でもアイツ、セリフ覚えれんしなー…… )


「なあ〜」


 俺がネタのことを考えていると、相方の声が聞こえた。シャワーの音も一緒に聞こえているので、もう風呂には入っているのだろう。


(風呂入った後で何の用事やねん)


 フッと視線を声の方に向けると、そこには全裸の相方がいた。


「お前何裸で出歩いてんねん! 」


「あたし、着替え忘れても―てん。服を脱いだ後で気づいてなー。なんか服、適当にくれへん? 」


「それ風呂場から声かければええだけやろがい! なんで裸でこっちくんねん! 」


「あ、そか。あんた賢いなー」


「お前が愚かなだけじゃ、アホ! 」


 相方は「さよかー」と裸を見られているとは思えないテンションで喋る。俺の方は慌てて適当な服を選んで相方に渡す。相方は「おおきに」といって風呂場に戻っていった。


(あいつ、漏らしたんの見られたり、裸見られたりしてなんで平気やねん…… そや! これネタにすればええんやないか? )


 相方の図太さに驚いた後、俺に天啓が降りた。相方の天然ボケを前提としたゆるいボケのネタ。ツッコミになる俺の負担が著しいが現状打破のため、なにより相方と一緒に漫才を続けていくためなら、これくらいなんとも思わない。俺はノートにペンを走らせる。傑作ができるそんな気がした。


 が、相方の小便が染み付いたベッドからきついアンモニア臭がしたので、一旦ベッドを干す作業にまわった。


(はぁ、うまくいかへんなぁ。ネタ作りもくすぐりプレイも…… )


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