男性記者のマッチングアプリ取材がオムツプレイ体験だった話

 『性癖マッチングアプリ』というアプリをご存知だろうか?


 このアプリは従来のマッチングアプリとは一線を画す。最大の特徴は、そのユニークなマッチングシステムにある。外見や一般的な趣味嗜好ではなく、『性癖マッチングアプリ』はユーザーの"性癖"を軸にマッチングを行うのだ。独自のアルゴリズムを駆使し、文字だけでは伝わりにくい深いレベルでの相性を分析し、価値観を共有できる相手との出会いを提供している。


 主なユーザー層は二十代の大学生から四十代前半の社会人まで幅広い。理想の相手が見つからずに悩む大学生や、多忙で出会いの機会が少ない社会人に特に支持されている。また顔写真の登録が必要ないという特性を逆手に取り、顔を公にできない芸能人が利用しているという噂もある。


 では、実際のユーザーはどのようにこのアプリを利用し、マッチングしているのだろうか。以降では、担当ライターである私が『性癖マッチングアプリ』を実際に使用した体験をもとに、登録からマッチングまでの過程を詳しく紹介していく。


……


「どうだい、記事は書けそうかね? 」


 掲載予定の記事を書く俺に声をかけてきたのは先輩の女性記者だ。みぞおち辺りまでしか丈のないノースリーブのキャミソールにジーンズと動きやすさを重視して防御力を軽視した服装をしている。本人にとってはラクなのかもしれないが見ている側としては目のやり場に困る。周囲から変な目で見られないよう俺はなるべく先輩の顔だけを見て言葉を返した。…… まあ顔もいいから直視するのは恥ずかしいんだけど。


「えぇ、冒頭部分はおおよそ。あとは体験談部分の取材をして文字起こしすれば脱稿です」


 先輩は「そうか」と言ってズイッと俺のパソコンに顔を近づけた。そのままの体勢で先輩の目は俺の書いた記事をどんどん読んでいき十秒もせず顔を上げた。


「ふむ、今のまま不充分だな。もっと具体例をいれるといい。例えば『芸能人A氏も使っている』とか、『運営に政府が関わっているという噂が』とか。注意を引く具体例があると読者の食いつきがいいぞ」


 先輩はそういって横目で俺をチラリと見た。先輩の言うことは最もだ。最初は俺もそういうセンシティブな具体例を入れようとしていた。でも『性癖マッチングアプリ』はまだリリースされて日が浅い。使っている人はそう多くないし成立したカップルの数はもっと少ない。がよく利用しているという噂はあれど実際に使っている芸能人に行き着くことなどほぼ不可能だったのだ。


「その通りですけど、そんな都合のいい有名人なかなか見つかりませんよ」


 俺の言い訳に先輩は眉を潜めて言った。


「見つからなかったら取材しなさい。歪んだ性癖を持っていそうな有名人などいくらでもいるだろう? 少しでも怪しいと思ったら書いてしまえ」


  先輩はニヤッと笑う。言っていることはマトモっぽいがそれはほぼ捏造の指示ではないだろうか……


「えっと、疑惑だけで書くのは捏造ではないですか? 」


「ウソをつかず、事実に憶測を混ぜて、疑惑を真実のように書きなさい。それができないからキミはいつまでも”新入り”なのだよ」


 いい感じに言っているが、要はギリギリのラインまで誇張して書けということだ。その行為が行き過ぎたとき”捏造”と叩かれるのではないだろうか?


「わかりました。有名人の方は追加の取材を考えておきます。二、三人思い当たる人物もいますので」


 と思いつつも俺は先輩の意見に従った。先輩は満足そうな顔で「よろしい」と言ってくれた。先輩はうちの部署で一番スクープを飛ばしている人だ。彼女に従っていればまず間違いはないだろう。疑惑をかけられる側からしたら冗談じゃないと思うかもしれない。でもこうやって大衆の欲求を満たしてお金をもらうのが俺たちの仕事なのだ。


「じゃあ俺は本命の取材の方にいきますね」


 とりあえず記事冒頭の件は決着がついたので、俺はノートパソコンをたたみ席を立った。今回の記事では、俺が実際にマッチングアプリに登録して相手とどのようにやりとりするのかを事細かにレポートする予定だ。レポートを書くために俺は『性癖マッチングアプリ』に『オムツをつけておもらししたい』という性癖で登録している。性癖に目覚めたきっかけは張り込み取材中にどうしてもトイレまで我慢できず、先輩のいる車の中でオムツにやってしまったことだ。我慢に我慢を重ねておもらしする開放感と、出してはいけない所で見られながらおもらししている背徳感。二つの感情がごっちゃになるあの感覚に俺は魅了されていた。だから取材にかこつけてこれでプレイをしてくれるパートナーが見つかればなと密かに思っているのだ。


「そうか、今日があのマッチングアプリの取材の日だったか。忘れていたよ」


 先輩の言葉に俺はひっかかりを覚えた。先輩に俺は本命の取材としか言っていないのに先輩はマッチングアプリの取材と言った。ほんのちょっとしたひっかかりだったが記者として疑惑は放っておけない。


「? 先輩に何の取材か言いましたっけ? 」


「話の流れ的にそうかとね。キミは気にせず客観的でいい取材をしろ。いい記事はいい取材から、だ」


 先輩は流れるように言葉を放った。そこにはウソやらごまかしは一切感じられなかった。洞察力に優れた先輩なら本当に話の流れから俺の取材の内容を推理したのかもしれない。でも「忘れていたよ」って言うのが気になるけどなぁ……


「はぁ、わかりました。それではいってきます」


 先輩の態度がちょっと気になったがこれ以上追求を続けては待ち合わせに遅刻してしまう。どう考えてもそっちのほうがマズイ。俺は肩掛けカバンに持ち物を詰め込みマッチングした相手との待ち合わせ場所に急いだ。



 待ち合わせ場所についてすぐ俺は時計を確認した。時間は待ち合わせの二分前。結構ギリギリだ。先輩がいたら怒られるだろうな……


「到着が二分前なのは感心しないね。取材相手を待たせるものではないよ」


 そうそう、ちょうどこんな感じで……


「って…… うえっ! 先輩? ! なんでここに? 」


 俺の頭の中で流れていると思った声は本物の先輩から発せられたものだった。俺は目を擦ってからまた先輩のことを見た。先輩はトイレに行ったあとのようでタオルで手を拭いている。それ以外に目新しい情報はなく眼の前に先輩がいるのは現実だと認めざるをえなかった。それにしてもなんでここに先輩が?


「なんでと言われてもここが待ち合わせ場所だから、かな? 」


 どうやら先輩も待ち合わせらしい。よかった、俺の取材の添削にきたとかじゃなくて。先輩顔に似合わず厳しいんだもの。ちょっとだけ余裕が出てきた俺は先輩につかかった。


「あ、先輩もここで取材だったんですね。じゃあ車で送ってくれればよかったのに…… 」


「それでは面白くないだろう」


 ? なにが面白くないのだろう? 俺が走って移動している姿が面白いとでも言いたいのか? だとしたら相当正確の悪い先輩だ。まあ性格がいいとは言えないけど。


「さぁ、かけたまえ。何か飲もう。といってもキミの取材に付き合うんだ。キミに払ってもらうがね」


 クツクツと笑いながら、先輩は席につく。そこは俺が待ち合わせに使おうとしている席なのだが……


「あの、先輩? そこは俺が…… 」


「待ち合わせ相手と会うために用意した席、だろ? だから私が座っている」


 どういうことだ? 先輩はいつもちょっと言葉足らずで考えが読みづらい。でも今日は特に何を考えているかわからない。戸惑っている俺を見て、先輩は呆れた様子でスマホを見せてきた。


「ほら、キミがやり取りしていたこの”ミス・バード”というアカウントだろう? これは私だ」


 差し出されたスマホには、たしかに俺がここ何日かやりとりしていた”ミス・バード”というアカウントのプロフィール画面が表示されていた。ウソだろ…… マッチングの相手が、先輩?


「さあ、わかったら少し話そう。とりあえずかけなさい」


「何でそんなに冷静なんですか! 知ってる人同士でマッチングなんて…… これじゃあ取材にならないじゃないですか! 」


「それはキミの書き方次第さ」


「書き方でどうにかなるものじゃないでしょ! マッチングアプリっていうのはこう…… 知らない二人が出会って段々と互いを知って最後には結ばれるっていうストーリーが望まれてるんです! なんですか職場の先輩とマッチングしましたって…… これじゃクレーム殺到ですよ! 」


 僕の文句を先輩はひどくつまらなそうな表情で聞いている。というか途中から指でキツネを作ったりカエルを作ったりして遊んでいた。これは確実に聞いてないな。


「ん、一般論の提示は終わったかな? ではこちらの番だ。そうだな、キミの言う通り職場の先輩とマッチングしたという事実は記事にはできんかもしれない。だが、会うまでのやり取りとこれからやることは記事にできるのでは? 」


俺は言葉に詰まった。先輩の言うことは最もだ。職場の先輩とマッチングしたという部分さえ隠してしまえば今回のやりとりは充分な成果となる。


「それにキミの性癖は『オムツをつけておもらししたい』だろ? 場所は関係ない。だから、さっき行っていた歪んだ性癖のありそうな有名人の取材をしながらオムツプレイと洒落込もうではないか」


 先輩はニイッと顔を歪めた。なるほど後輩の俺を監視できて自分の『成人男性のオムツを取り替えたい』という性癖も満たせるからこんなにハイテンションなのね。たしかに先輩視点で見たらこのシチュエーションは最高かもしれない。いや、むしろ出来すぎている。もしかして……


「もしかして先輩は仕事しながらプレイがしたいから俺とわかっていてマッチングを? 」


「さぁそれはどうだろうね」


 先輩は肩をすくませたあとまたクツクツ笑い出した。まあ考えすぎか。『性癖マッチングアプリ』のプロフィール画面で見られるのは相手の性癖・年齢・性別のみ。あとはメッセージのやり取りで情報を仕入れていくしかない。メッセージを送る際俺は身バレしないように最新の注意を払ったつもりだし、きっと偶然なのだろう。俺のそんな心を見透かしたのか先輩が嫌なことを言ってきた。


「一つだけキミに忠告するなら取材依頼はメッセージではなくその場でしなさいということだ。取材依頼をされたら誰だって逃げ出したくなるし記者だとバレてしまうからね」


「! 」


 そうか! 先輩はメッセージでの取材依頼から相手が俺だって推理したのか。こんな初歩的なことにも気づかないなんて…… 俺は記者としての自信を失いかけた。


「ほうそんなに自信があったのか。いやはや知らなかったよ」


「えっ! 何で俺の考えてることが?! 」


「なんてことはない。キミの顔にそう書いてあっただけさ」


 クツクツ笑う先輩を見て俺は反射的に敵わないと思った。俺は先輩の向かいの席に静かに腰を下ろした。先輩は俺が座ってもまだ不気味な笑みを浮かべていた。



「本当にここでいいのか? 」


 運転席から訝しげな声がする。俺は後部座席から慌てて返答する。


「えぇ、間違いない…… と思うんですけど」


 少し話したあと俺は先輩の車で『片羽かたは塾』という道場の前に来ていた。ここの娘さんが『性癖マッチングアプリ』を使っているという情報提供があったので今日は1日中道場をで張り込もうということになったからだ。ちなみに娘さんはオリンピックに出場した経験を持つ有名人だ。情報が本当だとしたらすごい記事になる。と思っていたのだが……


「そのネタ元は信用できるのか? 」


「まあ俺達と同じ会社の人なので…… はい」


 俺たちがこんな気まずいムードになっているのには理由がある。二人で『片羽塾』の玄関が見える絶好の位置に陣取ってから約三十分。道場に入っていったのは坊主頭の青年が一人だけで今回のターゲットである道場の娘さんは影も形も見えない。というか誰もいない。


「なあ、本当に道場は営業しているのか? 」


 先輩の言葉にハッとして俺はスマホで『片羽塾』の営業日を調べた。たしかに道場が休みだとしたらこの人の少なさも頷ける。でも事前の調査では日曜日でも営業していたはずだけど…… あっ!


「あ〜、ごめんなさい先輩。今日は道場お休みみたいです」


 『片羽塾』のホームページには小さな字で『月の最後の日曜日は休館します』と書いてあった。ちょっと調べればわかることだったのに調査を怠り時間を無駄にしてしまった。これはきっと先輩から怒られるだろうなと思い俺は構えた。が、先輩からのお説教は一向に来ない。運転席の方を見ると顎に手をあてて何やら考えを巡らせているようだった。


「ふむ、奇妙だな。では先程の青年は一体何者だ? 間違って来た門下生ということも考えられるが、彼は正面玄関を通り館内へ入った。鍵を開ける素振りも見せずにね。休館日に玄関が開いているのはおかしくはないか? 」


「うーん、彼は道場の関係者で玄関のカギを開けたままでお昼でも食べてたんじゃないですか? 」


「だったらなぜ彼は道着を持っていた? 道着など道場にあるものではないのか? そもそも他に人がいないはずの道場に道着を持っていく意味は何だ? 」


 先輩は矢継ぎ早に質問を繰り出す。それらの質問は俺にしているのではなく自分自身にしているのだろう。


「そうだな…… これらの疑問をすべて矛盾なく解決する仮説はあまり多くない。一番私好みなのは…… 」


 先輩はニヤリと笑う。獲物を狩る獣のような目で口を裂けんばかりに横に広げる。とても魅力的で怖い笑顔だ。


「さっきの坊主頭の青年はこの道場のお嬢様がマッチングアプリで選んだ運命の相手、という説だな」


「え、でも、まださっきの彼以外に誰かが道場にいるって決まったわけじゃ…… それにいたとしてもただ練習をしているだけという可能性もあるのでは? 」


「当然その可能性もある。そもそも初デートが道場というのがおかしいからね。だが、そうでなかったときの影響力がでかい。これは張り込みがいがあるぞ」


 今の先輩は狩るべき対象を見つけた狩人といった感じだ。目はまっすぐ対象に向けられ、体の全部が対象の動きを感知するために働く。誰よりも真剣、だが誰よりも楽しそう。そんな狂気と無邪気さが一緒になったような気を先輩から感じた。


「先輩、楽しそうですね」


 思ったことをふと口にしてしまった。その言葉に反応して先輩の気はいつものミステリアスな感じに戻った。そして俺のほうを向いて小首を傾げながら先輩は言った。


「何を言っている? 今回証拠写真を撮るのはキミだ。私は眠りながらキミの取材の手伝いをさせてもらうよ」


 そう言って先輩は運転席のリクライニングを思いっきり倒した。


「ちょ! 危なっ! 先輩、椅子を倒すなら一言かけてくださいよ! 」


「『眠る』という私の言葉からそれくらい推測しなさい。発言と状況証拠から大衆の喜ぶ真実を推測するのが記者だよ」


 そう言って先輩はアイマスクとヘッドホンをして本当に眠ってしまった。疲れているのかな? というか先輩にはいろいろ聞きたい事があったのに全然聞けなかった。だがこうなってしまっては同仕様もない。ここからは俺が狩人になる番だ。俺は気を取り直して『片羽塾』の玄関にカメラを向けた。



(グッ、割と…… ツライ)


 スキャンダルを求めてオリンピック選手が通う柔道場『片羽かたは塾』に張り込みを始めてから一時間。俺の尿意は限界近くまで高まっていた。


 さっきから腰の動きが止まらない。両手は股間に向かいそうになるが、カメラを構えているので、股間を押さえることはできない。カメラを手放して前を押さえたために、スキャンダルの証拠を撮り逃したら、運転席で寝息を立てている先輩になんと言われるか……


(はぁ、もう出したい…… けど、もうちょっと我慢してからのほうが、気持ちよさそうだし…… )


 今俺はプレイ用にオムツをしているので、尿を放出しても車の後部座席や俺のズボンが汚れることはない。だが、俺としては限界まで我慢したあとで、誰かに見られながら放出したいのだ。そうしないと、なんというか、もったいない感じがする。


 だから、いつ出していい状態であっても俺は腰を振り前かがみになって尿が漏れ出すのを我慢する。少しでも気持ちよくなるために、そして先輩にオムツにおもらししているところを見てもらうために。


(先輩、早く起きないかな…… そうしないと俺がおもらしするとこ、先輩に見てもらえない…… )


 俺の膀胱はあと少したりとも尿を受け入れられない。我慢の方はもう十分堪能した。というか少しでも気を抜いたら勝手に漏れ出してしまう。あとは先輩が起きておもらししているところを見てもらえれば俺の欲求は満たされる。その一瞬のために俺は自分の排泄欲を抑え込む。


(このまま先輩が起きなかったら見られてない状態で…… はぁ、早く起きないかな…… )


「…… ん。取材はどうだ? なんでもいい。進展があったら教えてくれ」


 俺の願いが通じたのか先輩が目を覚ます。アイマスクの下の目はまだトロンとしている。いつもの鋭い眼光と違いなんだか女の子らしくてとても可愛い。


「あ、先輩、起きましたか。えっと、進展、なしです」


 尿意に気を持っていかれながらなのでひどく途切れ途切れの報告となってしまった。先輩は俺を寝ぼけ眼で一瞥してから言った。


「ふむ、その様子だとマッチングアプリの取材の方はいつでも次の段階に進めそうだな。さあ、早く漏らして私の番にしてくれ」


 先輩の言う私の番とはオムツを変えることを言っているのだろう。先輩の顔はちょっと赤くなっており興奮しているのが伝わってくる。そんなに成人男性のおむつを変えるのって興奮するのかな? だとしたら早く先輩の番にしてあげたい。してあげたいのだが……


「ダメですよ、ここでオムツを変え始めたら道場にカメラを向けていられなくなります。だから、せめて、誰かが道場から出てくるまで、我慢しなきゃ…… 」


 俺は最もっぽいことを言って先輩に待ってもらうことにした。言ったことは全部方便だ。本当はもうちょっと我慢してからおもらししたい。それだけだ。


「ふむ、別にすぐに変える必要はないと思うが…… あぁ、キミはオシッコを我慢しているのも好きだったね。まったく、キミの性癖は度し難いな。まあ、否定はしないがね」


 先輩の推理力…… というか妄想力は凄い。俺が言っていないことも状況と言葉から推測してくる。正義の心を持っていればきっといい探偵とか警官になっただろう。


ガララッ


 先輩と会話していた俺の耳に道場の玄関が開く音が届いた。ここまで聞こえるということは相当勢いよく開けたのだろう。いやそんなことはどうでもいい。問題は誰が出てきたかだ。俺はカメラのファインダー越しに玄関から出てきた人物を確かめた。


 玄関から出てきたのは一組の男女だった。一人は道場に入っていった坊主頭の青年。そしてもう一人はオリンピックへの出場経験もある道場の娘さんだ。二人は手こそ繋いでいないがとてもいい雰囲気で歩いている。にこやかに会話をし、どこかを指差し指さした方へと向かおうとする。


 俺はその瞬間を見逃さなかった。カシャカシャと転属して何枚も写真を撮った。シャッターを押す度に人がひた隠しにしているものが露わになっている感じがしてとても気分が良かった。


カシャカシャカシャ


 ニコニコと笑い合う二人。くだらないことで言い合いをする二人。互いに腕を組んでどこかへ向かう二人。二人は誰かに見られているなど微塵も思っていないだろう。でも、俺は全部知っている。全部、このカメラで撮った。だから、数日後には全国民が知る。ああ、なんという優越感。自分が世界を作り出している気分だ。


「ふ、いい表情をする。やはりキミは逸材だな」


 先輩に褒められた。嬉しい。俺はニヤリと笑いカメラを座席において先輩の方を向いた。そうだ先輩はこの感覚をわかってくれる。人の秘密を見つけたときのあのたまらない優越感を。自分の感覚を否定しない女神を俺はボーッと眺めた。女神はフッと笑ったあとで何やら言葉を発した。


「だが、もう一つの取材のことを忘れているぞ。だからキミはまだ”新入り”なんだ」


(? もう一つの取材? …… あっ! )


 一瞬先輩が何を言っているかわからなかった。が、自分の股間の生暖かい感触でもう一つの取材の方にも進展があったことを実感した。


ショワワワワワワワワ


(ウソだろ…… 俺、気づかないうちに、漏らして…… )


 撮影に集中するあまり俺は無意識に尿をオムツに放出していたようだ。最初のチョロッと出る感覚をまるで覚えていない。一体いつから出ていたんだ?


「キミがカメラを構えた瞬間、もう音が聞こえていたよ。記者としては合格だが大人としては不合格、と言ったところかな? 」


 先輩はニヤニヤして俺をなじった。考えを読まれたのもおもらししている間ずっと見られていたものどちらも恥ずかしい。そしてとても悔しい。でも先輩に言われると嫌な気がしない。うまく言えないが先輩にはそういう不思議な雰囲気の人なのだ。


 「さて、やっと私の番か。待ちくたびれたよ」


 先輩は運転席から無理やり後部座席に移動し、俺の前までやってきた。その目は爛々と輝いていて、お気に入りのおもちゃを見つけた子どものようだった。俺は自分がこれからされる行為とその表情のギャップに恐怖を覚え少しだけ身をひいた。


「気負う必要はない。キミは私に身を委ねてくれればいいんだ。目でもつぶって大人しくしていたまえ」


 そう言って先輩は俺の腰のベルトに手をかけ、カチャカチャと音を立てる。俺は慌てて逃げ出した。


「ちょっと! ズボンは自分で下ろすので待っててくださいよ! 」


「イヤ、ダメだ。キミはまだ子どもなのだから脱がしてやろう。さ、大人しくしなさい」


「何言ってるんですか! 俺もう二十三ですよ! 」


 俺の反論は先輩の耳に届いていないようだ。再びベルトに手をやり、ベルトの金具を外しズボンを膝の当たりまで下ろした。ズボンが下ろされたことでテープ止めタイプのオムツが露わになる。股間の部分はタプンと尿で膨らんでいて少しだけ黄色くなっている。


「おや、あふれそうじゃないか。たくさん我慢したんだね。いい子だ」


 オムツ丸出しの俺の頭を先輩はヨシヨシと撫でた。急に恥ずかしくなって顔がカアッと熱くなる。


「照れているのかい? ではすぐに変えてやろう。できれば仰向けになってほしいのだが、できるかな? 」


「まあ、そこは約束したので…… 」


 仰向けになってオムツを交換してもらうのは、マッチングアプリで約束したことなので今更断れない。狭い後部座席で無抵抗で仰向けになり、脚を開く俺を見て先輩は「素直でよろしい。キミは本当に可愛いなぁ」とニヤついていた。ヤバい…… 恥ずかしすぎる。


「ではオムツを変えよう。興奮しすぎて陰部を大きくしないようにね」


 先輩はまたクツクツ笑う。いたずらっぽいことを言ったあと、先輩はいつもこう笑う。その笑顔がまた魅力的だから困ってしまう。先輩は俺の葛藤など知らないように、オムツの横のテープをビリッ、ビリッと外す。途端に股間が涼しくなり、アンモニア臭がムワッと車内に充満した。


 先輩は言葉通りテキパキと処理をする。使用済みのオムツをくるくると丸めて、ビニール袋に入れ、カバンから替えのオムツを取り出す。本当にオムツを替えるまでが先輩の要求したプレイなので、俺は黙って先輩の動きを目で追った。しかし、先程まで淀みなく動いていた先輩が替えのオムツを持ったままで動きを止めた。俺は焦れて先輩に質問する。


「あの、先輩? どうしました? 」


「いや、新しいオムツを履かせる前に少し拭いてやらないとかぶれてしまうと思ってね」


 先輩はそう言って口をニィと横に広げて言った。


「それでね、キミに選んでほしいんだ。このウエットティッシュで拭くか…… 私が舐め取るか」


「はい!? 何言ってるんですか?! 」


「だから、キミのオシッコを拭くか舐め取るか…… 」


「拭くに決まってるでしょ! 正気ですか、あなた!? 」


「私はいつだって正気だよ。ククッ、そうか拭く方がお望みか、ハハッ、残念だ」


 先輩は笑い声とともにプルプルと震えている。これは、からかわれたのか? だとしたらちょっと悔しい。


「では、拭いてやるからじっとしていなさい。間違っても、出すんじゃないぞ」


 先輩は”何を”出すなとは言わなかったが何となく分かる。俺は陰部にすべての力を込めて耐える。先輩がウエットティッシュで股間周りをサワサワと拭。うぅ…… 何かに目覚めそうだ。


 目をつぶり、歯を食いしばり、新しい感覚に耐えているうちに、股間が何かに覆われてるている感じがした。目を開けて確認すると、新しいオムツが俺に装着されていた。やっとプレイが終わったと思い、俺はホッと一息ついた。


パシャ


 聞き慣れた音が聞こえ車内が明るくなった。嫌な予感がして先輩の方を見ると、思った通り先輩がカメラを構えていた。カメラのレンズの先にいるのは脚を広げてオムツを装着している俺。つまりあのカメラには俺のあられもない姿が記録されているということに……


「ちょっと先輩! 何を撮ってるんですか! 」


「記念写真だよ。キミと初めてのね」


 先輩は見せびらかすようにカメラを振った。俺はカメラを取り上げようとしたが膝までしかズボンを上げていないのもあり、なかなかカメラまで手が届かない。


「 なあ、”新入り”。じつに撮れ高の高い取材になったと思わんかね? 」


 俺の手を避けながら先輩は問いかけてくる。質問の意図がわからず相手が先輩なのも忘れて俺は「はぁ?! 」とすごんだ。先輩はそんなこと気にせずにツラツラと言葉を紡ぐ。


「キミは記事ネタが手に入った上お望みのプレイもできた。私はキミのような上質な素材を得て写真も取れて大満足。これがウィン・ウィンの関係というのではないかね? 」


「そんなのこじつけですよ! 俺は望まない写真を撮られてるんですよ?! 俺のマイナスが大きすぎるでしょ! 」


 先輩のこじつけに怒りを感じた俺は勢いのままカメラに向かって突進した。先輩はそれをヒョイと避け「まぁまぁそう怒るな」と言って先輩は俺の頭に手を置き「ふふっ」と笑った。


「これからもよろしく頼むよ。取材も私の相手も、ね」


 先輩は馬鹿にしたように笑う。その瞬間謎の敗北感が押し寄せた。クソッ、ダメだ。今はやっぱりこの人には敵わない。取材の腕、記事の書き方、推理力…… 何もかも先輩のほうが上だ。でもいつかは先輩を負かしてやりたい。


(いつか…… いつか見返ししてやる)


 俺は密かに無謀なリベンジを誓った。それが果たされるのはまだ先の話。


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