雨宿りが長引いてオシッコを我慢できなくなる話

ザアァァァァ


 突然降り出した雨が二人を濡らす。


「ひゃあ、すごい雨! 一度あの建物の下に避難しましょう! 」


「なぜですか? ここまで来たなら帰ればいいのでは? 」


「いいから早く来なさい! 」


 雨の中を知らないお店の軒下まで走る。途中で少し濡れてしまったが、びしょ濡れになる前になんとか軒下にたどり着けた。


ザアアアアア


 私たちが軒下につくのとほぼ同時に雨が勢いを増した。


「うわ…… これじゃあしばらく動けないですね」


「そうですか? 家まで少しですから、帰ることは不可能ではないかと」


「ダメですよ、こんな薄着で濡れたら下着が…… 」


「? 別に誰もいないから見られないのでは? それに私はジャケットを着ているので透けないかと」


「そういう問題じゃありません! もう、これ以上濡れて風邪でもひいたらどうするの? そうしたら明日の仕事に差し支えるでしょう!? 」


 怒られてしまった。こんなときでも仕事とは、相変わらず真面目な先輩だ。


「わかりました。先輩の言う通り、雨が弱くなるまでここで雨宿りします」


 先輩は頑固だ。だから私は面倒でもここで大人しく雨が止むのを待つしかない。


「…… んっ」


 そんな頑固な先輩から色っぽい吐息が聞こえる。見ると脚を組み体をもじもじさせている。


(あぁ、体が冷えてトイレに行きたくなったのね)


 先輩の動きは、オシッコを我慢しているときのそれだった。コツコツとパンプスを地面に打ち付け、前かがみになり、歯を食いしばっている。


 そんなにトイレに行きたかったなら駅ですればよかったのに。まあ、先輩の性格上、指摘しても意地を張って絶対トイレに行かなかっただろうけど。


 しばらくの間、私と先輩は無言で雨が止むのを待った。正確には先輩が鳴らす靴音と「あぁ…… 早くぅ」という悲鳴がずっと聞こえていたけど、会話らしい会話はしなかった。


「先輩、強い雨ってすぐ止むそうですよ」


「? いきなりどうしたんですか? 」


 無言で尿意と戦う先輩がかわいそうになってきたので、私は適当な話題を振った。先輩はキョトンとした顔をしている。あぁ、また変な話題の振り方しちゃったか。まあいいや、軌道修正すれば会話になるのは学習済みだ。


「だから、強い雨はすぐ止むので、雨が止むまで頑張って我慢してくださいってことです」


「! な、なんのことですか?! 」


 なんのことって我慢することなんて他にないだろうに。私の話題の振り方がうまくなかったのだろうか? それとも先輩の察しが悪いのだろうか? なんにせよ、はっきり言わないと私の意思は先輩に伝わらないらしい。


「何って、トイレに決まってるじゃないですか。先輩、電車の中からずっと我慢してたでしょ? 」


 先輩は「な…… な…… 」と言いながら頬を赤くした。照れてるみたいだ。


「な、なんでそれを…… 」


「? だって帰りの電車の中も体をクネクネさせてましたし、改札を出る前にトイレの方をチラ見してましたし、なにより今だってコツコツコツコツずっと足踏みしてるじゃないですか」


 私が言葉を重ねる度に先輩の顔がより赤くなる。もう熱でもあるんじゃないかってくらい真っ赤だ。そんなに恥ずかしかったのかな? というか、あれだけ仕草を出しておいてバレていないと思っていたことが一番驚きだ。


「そんな、じゃあ、百立ももたてさんは、私がオシッコ我慢してるのずっと知ってて…… 」


「はい。でも、トイレを勧めると先輩は意地になって行こうとしないでしょう? だから黙ってました」


 先輩は悔しそうな表情で黙ってしまった。図星を指されたのがよほど嫌だったのだろう。一ヶ月ほど一緒に住んでわかったが、先輩は変なところでプライドが高い。なんとも面倒くさい人だ。


「ま、さっきも言った通り、強い雨はすぐ止みます。多分十五分くらい待っていれば歩き回れるくらいにはなると思います。ここから家まで五分くらいですし、そうですね…… あと二十分くらい我慢すればトイレに行けますよ」


 先輩の表情が不安で歪む。二十分も我慢できる自信がないみたいだ。正直、それくらい我慢してよねと思う。


(二十分くらい頑張ってよね。私のほうが長いこと我慢してるんだから)


 私は今日、朝一番からずっとトイレに行けていない。仕事のタイミングやら会議やらで勤務時間中はトイレに行けなかった。仕事が終わって、会社のトイレに行こうとしているときに、先輩に「一緒に帰ろう」と声をかけられた。一言「その前にトイレ行っていいですか? 」と聞けたらよかったのだが、今日はとても疲れていたので、先輩に自分の意見を言うことすら面倒だった。


 そのあとは先輩の言いなりになって電車に乗り、改札を出て、雨に降られている。別に先輩は悪くない。ただ、私がめんどくさがったのがいけないのだ。


(あー、ムズムズして気持ち悪い…… 早く雨、止まないかな)



ザアアアアア


 二十分後、私の予想に反して雨はまだ降っていた。というか段々強くなっている気がする。おかしいな、ゲリラ豪雨なんてすぐ止むはずなのに。


 こんなにトイレに行けないと思っていなかった私はちょっとだけ焦る。先輩に指摘されるのが面倒なので仕草は出さないが、これはかなりマズイ。もう決壊寸前と言っていい。


(はぁ、我慢するのツライ…… もう出しちゃおうかな? でもなんか、先輩が我慢してるのに自分だけスッキリするの申し訳ないし、やめとくか)


 先輩が頑張っている間は我慢しようと心に決める。さて、その先輩は今どんな感じだろう。


「ん、まだなのぉ…… 早く早くぅ」


 うん、限界みたいだ。ちょっと前からスカートの端を引っ張ったり、前かがみで「ううん…… 」と唸ったり、足をバッテンにしたり、誰が見てもおもらし寸前とわかる挙動を繰り返している。


「あぁ…… もうヤダ。お願い…… 助けて」


 助けたいのは山々だが、私に天気を変える力はない。というか、私も助けてほしいくらいだ。


 なんとか先輩を助けるため、状況を整理してみる。今雨宿りをしているのは閉店した飲食店の軒下。当然、ここでトイレを借りることはできない。家までは歩けば五分くらいで着く。が、移動を始めれば強烈な雨が私たちを襲う。びしょ濡れになるのも嫌だが、なにより限界まで高まった尿意を抱えてこの雨の中に出るのはマズイ。体が濡れて体温が下がれば、膀胱が収縮する。既に満杯の膀胱が縮んだら、たまっているものが全部出てしまうだろう。


(そっか、だから先輩は雨宿りを提案したのか)


 雨宿りするとき、先輩が妙に必死な表情をしていた理由がやっとわかった。でも、あのとき無理にでも帰っていれば、今頃は二人でお風呂に入って夕飯の準備をしていただろうに…… 面倒がらずに帰ろうと言えばよかった。


 うーん、ダメだ。現状、ここで待つ以外に選択肢がない。はぁ、あとどれくらい待てばいいんだろう? 一分? 十分? それとももっと? これまでの経験から、あと七、八分くらい我慢する自信がある。が、それ以上は未知の領域だ。まだまだ我慢できるかもしれないし、すぐに漏らしてしまうかもしれない。


「うぇぇ…… もうムリなのぉ…… 」


 先輩、ちょっとうるさいな…… 見る限り、もう先輩は一秒の我慢すらキツそうだ。もう家にたどり着く余力があるかもあやしい。ここで手を打とうが打つまいが先輩のおもらしはほぼ確定。こうなったらもうここで下着を脱いでオシッコしてもらったほうがいい気がしてきた。でも、先輩は「そ、そんな事できません! 」とかいって我慢を続けるんだろうな。


(はぁ、仕方ない。ここは後輩として頑張ろうかな)


 色々考えた末、私は先輩から「夏なのに暑くないですか? 」と散々言われても着続けたジャケットを脱いだ。脱いだジャケットをそのまま尿意で震える先輩の頭からボスッと被せる。


「ほぇ? 百立さん? 」


「これで濡れないでしょ? さ、帰りましょう」


「でもこのままじゃ百立さんが…… 」


「私は濡れてもいいので。急ぎましょう」


 私はジャケットを被った先輩の両肩を持って軒下から一歩踏み出した。一瞬で体がびしょ濡れになり、体温が奪われる。予想通り、体中の筋肉が収縮して、オシッコが出そうになる。


(うわっ、思ったよりキツ…… でも、なんとか耐えられる)


 脚をいつもより内側に寄せて、出口を攻め立てるオシッコを体の中に留める。この状態では歩幅が狭くなり、いつもより家につくのが遅くなりそうだ。


「はぁ…… 百立さん…… ゆっくりで、お願いします…… 」


 そっか、そもそも先輩が限界ギリギリだから早く帰れないのか。私たちは豪雨の中、亀のような足取りで家へと向かった。


 そういえば先輩と会ったばかりの頃、似たようなことがあったな。夜中に「トイレに行くのが怖い」って先輩に起こされ、一緒にトイレに行ったんだ。あのときは先輩の家で私はオシッコを我慢していなかったから、先輩を急かしたり文句を言ったりする余裕があった。でも、今は野外で、私もオシッコを我慢している。前の時みたいに先輩に気を使う余裕はない。私と先輩は無言のまま、自宅に向かう。


 途中で「こんなにびしょ濡れなんだから、漏らしてもバレないんじゃないか? 」と思い、一瞬だけ体の力を抜いた。でも、オシッコを出し始めると足が止まってしまうことに気づいて、ギリギリのところで踏みとどまった。私は服が汚れようがどうでもいい。が、先輩はきっと違う。変にプライドの高い先輩は外でおもらししたらしばらく落ち込んでしまう。私はそんなジメジメした先輩といっしょに暮らしたくない。だから、私の足が止まり、先輩を引き止めてしまわないように私はオシッコを我慢して歩き続けた。


ジュワ


 雨にあたっていないはずなのに下着が濡れた。一瞬とはいえ、力を抜いてしまったため、オシッコが出てしまったようだ。濡れたところは最初なんともいえない生温かさを持っていたが、時間が経つに連れ温度を失い、最後にはひんやりと下着が張り付く感覚のみを残した。濡れたところからはすごい早さで体温が奪われ、私の膀胱の収縮を加速させる。さっきまでは七、八分我慢できると踏んでいたが、もうそんなに我慢できない。ちょっとした油断でダムは一気に崩壊する。


(ふぅ…… 家まで。せめて家まで我慢…… そうすれば、先輩は、トイレに行ける…… )


 目標を「トイレでオシッコすること」ではなく「先輩を家まで連れて行くこと」に変えて、心が折れそうになるのを防ぐ。多分「トイレでオシッコすること」という目標だと頭が「不可能」と判断して、我慢が効かなくなる。新たになんとか達成できそうな目標を作るしか、私がオシッコを我慢する術はなかった。


サアアアアアア


 いつの間にか雨は弱くなっていた。でも、爆発寸前の尿意を抱えた私たちには関係ない。一刻でも早く玄関のカギを開け、家の中に入る。私たちに考えられることはそれだけだった。


 頑張って頑張って。私たちはついにマンションのエントランスまでたどり着いた。


「あ…… ゴメンナサイ、百立さん。エレベーター、呼んで…… ヒッ…… 」


 先輩は前を抑えるのに両手を使っていて、エレベーターのボタンを押せないらしい。私だって押さえたいのに、ズルい…… といっても、誰かが呼ばないとエレベーターは永遠に来ない。このままボタンを押せずにエレベーター前で二人でおもらしなど馬鹿げている。私は言われたとおり、エレベーターを呼んだ。こんなときに限って、エレベーターは最上階に止まっていた。


(あぁ…… もう、早く来てよ…… )


 実際には一分もかかっていないのだろうが、尿意のせいでエレベーターを待つ時間が無限に感じられた。ずっとお腹の当たりがジンジンして、オシッコの出口も勝手に痙攣している。「もうラクにして! 」と懇願する体の動きを理性でねじ伏せる。


ウィィィン


 エレベーターの扉が開き、二人で乗り込む。相変わらず前から手が離せない先輩の代わりに行き先階ボタンを押す。しばらくしてエレベーターはゆっくりと上昇する。上昇時の上から押さえつけられるような感覚に耐えきれず、私はまた下着を汚した。今度はさっきよりも量が多い。もしかしたらストッキングまで汚れたかもしれない。でも今はそんなこと確認している場合ではない。


ウィィィン


 目的の階に到着したエレベーターから降りて、二人で部屋を目指す。部屋の前までついて震える手でカギをさし、玄関を開けた。私は先輩から離れて扉を目一杯開いた。


「先輩、早く中に」


「うん、百立さん、ありが…… あっ! 」


 直後、先輩は「あっ! あっ! 」と言いながら駆け出した。履いていたパンプスを脱ぎ捨て、さっきまで被っていた私のジャケットを廊下に落とし、一目散にトイレへと走る。ガチャン、バタン! という音の後に「ダメダメダメダメダメェ」という声が聞こえた。トイレから玄関まで聞こえるって、どんだけ大きい声よ。しばらくの間をおいて、トイレから凄まじい水音が鳴り出した。


ジョボボボボボボボボボボボボボボボ


 清々しいほど大きい放尿音。布越しではこうはならないだろうという威力。どうやら先輩はおもらしせずにすんだようだ。


ジョパパ


 先輩の遠慮ない放尿音に触発され、私のオシッコも「外に出たい」と暴れ出す。雨に濡れて、仕事で疲れていた私にはその暴動を止める力はもう残されていなかった。


(…… 外より部屋の中のほうが掃除しやすいよね)


 私は部屋の中に入り、扉を閉めた。扉を閉めると先輩のオシッコの音がより大きく聞こえた。


(あ、先輩のクツ。片付けないと汚れちゃう)


 足元に転がるパンプスを下駄箱に戻すため、かがむ。その姿は和式トイレで用を足すときの姿とほとんど同じだった。私の体はトイレについたと勘違いをする。先輩のパンプスを手にとって立ち上がろうとしたとき、私のダムは決壊した。


ジョパパパパパパパパパパ


 朝からためていたオシッコが下着もストッキングも貫通して玄関に水たまりを作る。中腰の状態で決壊してしまったため、スカートの後ろ部分にもシミが広がっているようだ。おしりが濡れてとても気分が悪い。


ペシャ


 脚に力が入らなくて、オシッコの水たまりの上にペタンと座り込んでしまった。おしりの気持ち悪い感じが更に広がる。もうオシッコなんてしたくない。でも、オシッコは止まってくれない。ショワーと音を立てながら、水たまりの面積を広げていく。


ジャアアアア


(あっ、先輩。オシッコ終わったんだ)


 水の流れる音がしたあと、トイレの扉が開き、先輩が出てきた。くたびれているけど、どこか満足したそんな不思議な表情だ。先輩はキョロキョロとあたりを見回して、玄関に座り込む私を見つけた。


「あれ? 百立さん、そんなところで何を…… 」


 先輩の表情から血の気が引いていく。ま、そうだよね。自分の家の玄関でおもらしされたら誰だって嫌だよね。でも、今の私じゃこの放水は制御できない。もしかしたら先輩に嫌われちゃうかもな。そしたらこの家を出て、前の家に戻って、職場でもあんまり話さないようにしなきゃいけないのか。あぁ、なんかそれは、嫌だな。


「百立さん、えっ? もしかして、我慢してたんですか? 」


「はい」


 状況がわからずパニックになっている先輩に対し、私は簡単に答える。本当は言い訳したり、「嫌いにならないで」って言いたかった。けど、そんなのは無駄だって知っているので言わなかった。


「いつから? 」


「朝からずっと、ですかね」


「じゃあ、私が会社を出るとき引き止めなかったら…… 」


 そう言って先輩は黙ってしまった。二人っきりの玄関に私のオシッコのショオオオオという音だけが響いた。


ショロロロ……


 しばらくして私のオシッコは出尽くした。オシッコの音がなくなった玄関はシーンと静まり返る。


 いつまでもオシッコの上に座っていられないと思い、私は立ち上がろうとした。だが、いくら力を入れても体がちょっと浮き上がるだけですぐにまたペタンと尻もちをついてしまう。脚も腰も、私の全部が限界だったのだ。それでも、なんとかしようと私は腰を浮かして、また戻すと言う動作を繰り返す。その度、ペシャとオシッコが跳ねる音がした。


「百立さん…… 」


 久しぶりに先輩が口を開いた。合理的に考えてお説教だろう。そう予想した私は先回りして謝罪の言葉を述べる。


「玄関を汚してしまってすみません。すぐに掃除しますので、先輩はお風呂に入ってください」


 とはいえ、まだ立ち上がれそうにない。本格的な掃除は先輩がお風呂に入ったあとになりそうだ。あ、そういえば先輩の靴を手に持ったままだった。まずはこれを下駄箱に入れて……


ピチャピチャ


 どこからか水音が聞こえた。靴に向けていた視線を水音の方に移すと、先輩が私のオシッコの中に踏み入り、私に近づいてきている。なるほど、先輩は近くでお説教するタイプか。あれ、耳が痛くて嫌いなんだよね。私はこれから来るであろう怒声に備えて、キュッと身を縮めた。


ガシッ


 しかし、来たのは怒声ではなく包容だった。先輩はオシッコの水たまりの上で膝立ちになり、雨でびしょ濡れの私に抱きついた。当然、ついた膝にも、スカートの端っこにもオシッコがついて汚れる。先輩のワイシャツは私についた雨水を吸ってみるみる色を変えていく。


(は? 何してるの、この人? )


 混乱する私を抱きながら先輩はグスッグスッと嗚咽を漏らす。先輩が泣いていると言う事実が私を更に混乱させた。


「ゴメンね、百立さん。寒かったよね、苦しかったよね、気持ち悪かったよね…… ホント、ゴメンね…… 」


 なぜ先輩はこんなにも一生懸命に謝っているのだろう? 今回の件はすべて私の責任だ。むしろ先輩は家を汚された被害者と言ってもいい。それなのに、先輩の声は心の底から私に謝罪している。もうわけがわからない。


 でも、なんでだろう。泣きそうだ。先輩がいっぱい泣いているからかな? …… いや違う。嬉しいからだ。嫌われると思っていたのに、先輩は私を抱きしめて、謝罪までしてくれた。その気持がとても嬉しい。


 きっと私は先輩が大好きなのだ。顔が良かったから一緒に住み始めただけなのに、一緒に住んでいるうちにどんどん惹かれていく。


 職場で厳しいのは部長に命令されてるだけで、実際は怒った部下の子にケーキを買って励ましてあげているのを私は知っている。


 本当はお化けが怖くて夜遅くに帰りたくないけど、部署のメンバーに迷惑がかからないように残業してくれていることを私は知っている。


 本当は料理も満足にできないほど不器用なのに、仕事についてはいっぱい勉強して、できることを増やしているのを私は知っている。


 知れば知るほど、この猫合ねこあい 百合葉ゆりはという先輩が大好きになっていた。


 先輩に抱かれた体がほてるのを感じる。もしかしたら私はこの先輩に本気で恋をしてしまったのかもしれない。


(これが恋か…… なんか、変な感じ)


 今まで感じたことのない感覚に私は戸惑って、抱きついた先輩を引き剥がした。


「あっ、ごめんなさい。痛かったですか? 」


「いえ…… ただ、体が熱くて、とっても、クラクラして…… 」


 そう言って私は気を失った。


 次に目が覚めたとき、私は先輩のベッドの上で寝ていた。どうやら風邪をひいてしまったようだ。先輩は「よかった…… 今、何か飲むものを持ってきますね」と言ってどこかへ行ってしまった。


(なんだ…… 体が熱かったの、恋じゃなくて風邪か)


 よく考えれば同性に恋するなんておかしいか。でも、なんか、ちょっと残念だな。


 私は掛け布団を顔まで上げて、ふてくされた。

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