風邪をひいた後輩をトイレに連れて行ってあげる話

「はい…… えぇ、ですので今日は…… はい、リモート参加ということでお願いします。はい、失礼します」


 電話を切り、ホォとため息をつく。電話の相手は会社の部長だ。部長は私のことをなぜか敵視してるので仕事を休むと伝えるだけでも一苦労だ。


  でも、なんとかリモートワークの許可は得た。私は電話をしていたリビングから寝室へ向かう。目的はベッドでゆったり仕事をすることではなく、その部屋のベッドで寝ている私の後輩に会うことだ。


ガチャン


百立ももたてさん、体調はどうですか? 」


「コホッ…… えぇ、大丈夫です」


 私のベッドに横たわる同居人兼職場の後輩、百立さんはゴホゴホと咳をして、滝のような汗をかいている。素人目に見ても大丈夫ではなさそうだ。


「ちなみに熱は何度だったんですか? 」


「三十九度です。大したことはありません。すぐにでも働けます」


 うーん、三十九度は大したことあると思うけどなぁ。見た目も全然働ける人のそれじゃないし。


「そんなことより、先輩は早く出社してください。遅刻しちゃいますよ」


 ベッドからムクッと体を起こした後輩は虚ろな眼でこちらを見ている。言っていることは私を心配しているように聞こえなくもない。けど、本質的には多分、迷惑をかけたくないって気持ちが大きいんだろうな。そんなこと気にしなくてもいいのに……


「いえ、今日は部長に頼んでリモートワークにしたので、ずっと家にいますよ」


「えっ…… 先輩、リモートワークできたんですか? 」


 それはどういう意味かな? たしかに私は機械オンチだけど、リモートワークぐらいできる…… はずだ。というか、反応するのはそこなんだ……


「と、とにかく! 今日はリビングで仕事をしてますけど、ちょくちょく様子は見に来るので、そのときに必要なものとか言ってくださいね」


「…… はい」


 百立さんはちょっとだけ不満そうだ。一ヶ月近く一緒に住んでわかったことだが、百立さんは人に頼るのが苦手だ。何でも一人でこなそうとして、少しでも人に迷惑をかけたと感じると不機嫌になる。よく言えば頑張りやさん、悪くいえば抱え込み過ぎだ。


(もう…… 昨日だって、私のことなんか気にしなければ…… )


 昨日、私たち二人は突然の強い雨に降られた。オシッコを我慢していて「濡れたら出ちゃう」と思った私は、百立さんに雨宿りすることを提案した。結局、雨は弱くならず、私たちは土砂降りの中、帰ることになった。


 幸い、百立さんが夏になっても着ているジャケットを被せてくれたので、私はそこまで濡れずに帰ることができた。


 家に帰ってすぐ、私はトイレに駆け込み、ためていたオシッコのほとんどを便器に放出した。…… ちょっとだけ下着にしちゃったことは百立さんには内緒だ。


 「間に合った」と安堵してトイレを出ると、百立さんが玄関でうずくまっていた。どうしたのかと思って近づいてみると、百立さんが玄関でオシッコを漏らしていた。


 どうやら朝からずっとトイレに行くヒマがなかったようで、家まで我慢したがトイレが開くのが待ちきれず限界を迎えてしまったらしい。


 思い返せば私が会社で彼女に「一緒に帰りましょう」と声をかけたとき、彼女の体はトイレの方を向いていた。その時点で百立さんがトイレに行きたがっていると気づくべきだったのだ。でも、百立さんがすぐに「わかりました。帰りましょう」って言うから…… いや、こんなのは言い訳か。


 そもそも必要以上に他人に気を使う百立さんの言葉を鵜呑みにした私が悪い。彼女は自分を後回しにしてでも他人に尽くす。一時的な関係の人にとっては都合の良い人かもしれないけど、同居人としてはもっと自分を大事にして欲しいところだ。


 そんな百立さんは今、風邪をひいて私のベッドでケホケホと咳き込んでいる。おもらしの精神的ショックや雨に濡れて体が冷えたことが原因だろう。どれもこれも私のせいだ。先輩の私が守ってあげなきゃいけないのに……


「…… 先輩? 」


 百立さんの声でハッと現実に戻って来る。どうやらけっこう長い間、百立さんを無言で見つめていたようだ。ダメダメ、いくら可愛い後輩だからといってそんなにマジマジと見つめては……


「あの先輩、仕事しないんですか? 」


「あ、そうですね」


 百立さんの枕元にある時計は朝礼の五分前を指している。早くパソコンを用意しなければ、朝礼に遅刻して部長にネチネチ嫌味を言われてしまう。


「じゃあ、朝礼のあとで様子を見に来ますね。そのとき持ってきてほしいものとかありますか? 」


「いえ、ありません。必要なものがあれば電話しますので、心配無用です」


 まあ、百立さんならそう答えるよね。とりあえず、あとで飲み物と氷枕くらいは持ってきてあげよう。


「わかりました。遠慮せずに頼ってくださいね」


「承知しました」


そう言葉を交わし、私はリビングに戻って仕事の準備を始めた。



 お昼休みの三十分前、私はいつも以上に疲弊していた。パソコンが上手く繋がらず朝礼に遅刻して、始業とほぼ同時に部長に嫌味を言われた。自分だってうまくパソコン使えないクセに……


 それだけならいつものことだが、今日はなぜだか会議とトラブルが多い。部長が出る予定の会議に私が出ることになっていたり、普段の業務ではありえないようなミスが多発したり、てんやわんやだ。そこに私の機械オンチが拍車をかけ、それぞれの事象の対応にいつもの倍の時間がかかった。


(はぁ、あんなくだらないミス、最近は起こらなかったのに…… )


 ふと、寝室で寝ている後輩の顔が浮かんだ。もしかしたら、百立さんが頑張ってくれていたからミスが少なくなかったのかもしれない。百立さんは自分の手柄を誇示する人ではないし、頼まれたらすぐ「いいですよ」と言って引き受けてしまう。きっと私の見えないところでいっぱいフォローをしてくれたんだろう。でも、そんな百立さんは今日はお休みだ。


(もしかしたら百立さんが風邪をひいたのって、仕事の疲れもあるのかな? )


 そう考えると心苦しいものがある。思えば彼女には支えてもらってばっかりだ。仕事のこともそうだし、私生活でも夕飯を作ってくれたり、洗濯をしてくれたり、甲斐甲斐しく私の世話をしてくれた。…… あと、夜にトイレについてきてくれたりもしたっけ。どうやら私は知らず知らずのうちに百立さんに甘えてすぎていたようだ。


プルルルルルル


(げ、部長から電話だ…… )


  部長からの電話が私をジメジメ思考から現実に引き戻す。部長はわからないことを何でも私に聞いてくる。答えられなかったときの「はぁ」というため息がムカつくから、何も聞いてほしくないんだけどなぁ。とはいえ、仕事の電話を無視するわけには行かないので、私は嫌々ながら電話に出た。


「はい、ねこあ…… 」


ドタァン


 突如、我が家の廊下で何かが倒れる音がした。何が起きたかはここからではわからないが、一大事なのは間違いない。私はすぐに部長からの電話を切って、廊下に繋がる扉を開けに向かう。扉の向こうには、床に倒れてピクピクと震える百立さんがいた。


「百立さん!? どうしたんですか?! 」


「いえ、なんでも。ただ、ちょっと転んでしまっただけです」


 百立さんは「あっ」とか「うぅ」とか唸りながら床をもぞもぞ動いている。なぜか一向に立ち上がろうとしない。転んでしまったと言うのは本当だろうが、他にも何か問題を抱えているようだ。


「あの、大丈夫ですか、百立さん? 」


「えぇ…… 大丈夫、です」


 大丈夫と口では言っているが、私にはそうは見えない。百立さんは床の上で体をくねらせ、すごくツラそうな顔をしている。両手はさっきから脚の間に挟まれている。もしかして脚をケガしているのだろうか?


「もしかしてどこかケガしたんですか? 」


「いえ、ケガはありません。なので先輩は、早く仕事に戻ってください…… 」


 百立さんはもう立ち上がるのを諦めて、床を這い出した。ズリッ、ズリッと体を引きずる音が廊下で鳴る。百立さんが這っていく先には、扉が一つある。その扉の先はトイレだ。


 ここまできて私はやっと百立さんの行動の意味に気づいた。なぜ彼女は自由に動けないにも関わらず部屋を出たのか? なぜ体を必要以上にくねらせていたのか? なぜ手を脚の間に挟んでいたのか? それらの行動は全て、百立さんがオシッコを我慢していることを示していた。


「百立さん、間違っていたら申し訳ないのですが…… オシッコ我慢してます? 」


 百立さんの体がビクッとなって、前進が止まった。そのあと百立さんはお尻をゆさゆさと左右に揺らしながらポツポツと言葉を発した。


「えぇ、そうです。でも、それだけです。トイレに行けば、全て解決します」


 百立さんは肩でハァハァ息をしながら前進を再開した。うつぶせで這う度にお腹が刺激され、顔には苦悶の表情が浮かぶ。


 それでも百立さんは私に頼ろうとしない。一言「もう立ち上がることもできないのでトイレに連れて行ってください」と言えばいいのに、百立さんはそうしようとしなかった。


「もぉ〜、強がらないでください。ほら、手を貸して…… 」


「放っといてください! 」


 ドキッとした。百立さんがこんな風に大声を出したのは初めてだ。


「も、百立さん…… そんな意地を張らなくても…… 」


「私のことなんかどうでもいいので、仕事をしてください。私は先輩に迷惑をかけるわけにはいかないので」


 百立さんはそう言いながら床を這う。この様子では廊下で力尽き、おもらししてしまうかもしれない。


 仮にトイレにたどり着いたとしても、立ち上がることすらできない彼女には、トイレに入ることも、便器に腰掛けることもできない。このままではどうあっても彼女は服を汚してしまう。


 でも、彼女は私の力を借りようとはしない。人に力を借りるのは迷惑だと勝手に思い込んでいる。私は彼女の態度に初めて怒りを覚えた。


「百立さん、客観的に見てあなた一人でトイレにたどり着くことができません。それでもあなたは私に放っておけというのですか? 」


 私の口調は会社にいるときのものになっていた。相手の反論を全く許さない、厳しい口調。これで何人かの後輩を泣かせてしまったのであまり使いたくない口調だ。けど、今の百立さんにはこの口調がふさわしい。


 百立さんはこちらを向いて目を見開いた。思えば、彼女にこの口調で話しかけるのは初めてだ。会社の彼女は怒ることがないほど完璧だった。でも、その完璧は彼女自身を犠牲にして得た、ハリボテの完璧だったんだ。


 しばらくして落ち着いた百立さんが目をキッと釣り上げていつもより強い口調で返答してきた。


「…… はい。先輩に迷惑がかかるくらいなら、失敗しても構いません」


「その失敗の後始末をしなければならないのですが? 」


「後始末が必要なら私がやります。そもそも失敗は私の責任です。後始末は私一人でするのがじょうし…… 」


パンッ


 私は百立さんの頬を叩いた。会社の先輩としては悪手だと思う。でも、今の彼女にどれだけ言葉をかけても届かない。頑なな彼女を救う方法は、これしか思いつかなかった。百立さんは叩かれた頬を右手でそっと押さえて放心している。


「えっ…… せんぱ…… 」


「言葉はいりません。早く手を。これは業務命令です」


「…… はい」


 頬に当てていた右手が力なく差し出される。私はその手をとり、力いっぱい百立さんを引き上げた。立ち上がるとき百立さんが「…… んっ」とうめいたので、もしかしたら強引に立ち上がらせすぎたかと思ったが、百立さんの下半身はまだ乾いていたのでホッとした。


 私は百立さんの体を支えながらトイレまで引きずった。体が火照ってあったかい体。百立さんは私に預けたままボーッとして、無抵抗に引きずられている。数十秒の時を経て、私たちはトイレの前までたどり着いた。


「着きましたよあとは一人でできますか? 」


「…… 」


「答えてください。どのような答えでも答えないよりはマシです」


 百立さんは気まずそうに目を逸らし、ボソボソと言った。


「…… あの、もう一人では立っていられないので、その、中まで連れて行ってもらえると…… 」


「わかりました」


 ガチャンとトイレの扉を開けて、二人でトイレの個室に入る。二人で入るとトイレの個室というのは意外に狭い。


 こうやって二人でトイレに入ると出会ったばかりの頃を思い出す。あのときと立場は逆だが、状況は全く同じだ。


「先輩…… ありがとうございます…… あとは、自分で」


 百立さんはハァハァと息を荒げながらそう言った。もう一人で立っていられない人が下を脱いで便器に座ることなど絶対にできない。百立さんはまだ意地を張っているようだ。やはり彼女には言葉でなく、行動で示さなくてはダメみたいだ。


「いえ、その状態で一人で最後までできるとは思えません」


「? でも、あとは…… 」


「言い訳はいいです。失礼しますよ」


 そういって私は百立さんのパジャマのズボンをガバッと下げた。ズボンの下からは飾らない白の下着が現れた。その下着は部分的に黒色に色を変えていた。ここに来る前に何度かオシッコを出してしまったみたいだ。


「きゃあ! 先輩、何を…… 」


「下着も下ろしますね」


 百立さんを無視して下着を下ろす。彼女の秘所は濡れてテラテラと光って、ヒクヒクと痙攣していた。すぐにでもオシッコがしたいと体全体が叫んでいる。そんな様子だった。


 私は立ち上がって百立さんと向かい合い、肩に手を置いてグイッと力を込め、彼女を便器に座らせた。百立さんの口からは「あ? …… うぇ? 」とうわ言が漏れ出す。何が起きたかまだ理解していないようだ。私は百立さんの耳元に近づき、囁いた。


「ここまでよく頑張りましたね。ほら、もうオシッコ出しちゃっていいですよ? 」


「でも…… 先輩が…… 」


「私なら気にしませんよ。それにそんなにフラフラだとトイレから出るのにも助けがいるでしょう? さ、我慢しないでどうぞ」


 そういったが、便器に腰掛けた百立さんからは水音が聞こえない。代わりに「うぅ…… あぁ…… 」と唸り声が聞こえる。強情にもまだオシッコを我慢しているようだ。


 仕方がないので、私はさっきまで囁きかけていた百立さんの耳にフッと息を吹きかけた。途端に百立さんが「ひゃあ! 」と言ってビクンと跳ねた。同棲していてわかったが彼女は耳が弱い。そこがまた可愛いのだ。


ジョボボボボボボボボボボ


 飛び跳ねた百立さんから水音が鳴り出した。びっくりしてもう我慢できなかったみたいだ。勢いよくオシッコを出す百立さんの顔はとっても気持ちよさそうだ。口はだらしなく開き、目は若干虚ろだ。私は気持ちよさそうにしている百立さんをしばしジッと眺めた。


ジョボボボボボボボボボボ…… ジョボ


 数十秒続いたオシッコの水音がピタッと止んだ。百立さんは便器の上で「ふわぁ〜」とため息をついている。


「百立さん、お疲れ様です。全部出せましたか? 」


「…… はい、もう大丈夫、です」


 さっきまで天井を向いていた百立さんの顔がすごい早さで下に向く。恥ずかしかったのかな?


「では、拭いてあげますね。そのあと、服を着せて、寝室に送って…… 」


「! それくらい自分でできます! 早く出ていってください! 」


 百立さんがあまりにも必死で押し出そうとしたので、私は圧に負けてトイレから追い出されてしまった。大丈夫かな? また途中で倒れたりしないかな?


 ソワソワしながら個室の前で待っているとジャアァと水を流す音が聞こえて、そのあとすぐに百立さんが出てきた。足取りはおぼつかないが、自分で立って歩けるくらいには回復したみたいだ。


「よかった。歩けるようになったんですね。さ、一緒にベッドに戻りましょう」


「はい…… あの、仕事の邪魔をしてしまい、すみません」


「いいんですよ。私は仕事なんかより百立さんのほうが大事なんです。だから、ツライときは言ってくださいね。大事な百立さんが一人で困っている方が私にとっては迷惑なんですよ? 」


 私の言葉を聞いた百立さんの顔がカアッと赤くなった。それを見て自分がかなり恥ずかしいことを言ってしまったと気づき、私の顔も赤くなった。



 百立さんを寝室に送り届けたあと、私はリビングで午後の仕事を始めた。といっても、もう取引先へのメール返信と各部署の購買履歴チェックくらいしかできることはない。午前中のトラブルがウソのような静けさの中、私は順調に自分のタスクをこなしていた。


「……コホッ、先輩、少しお時間いいですか? 」


 声のする方に視線を向ける。そこには壁にもたれかかり、大量の汗をかいた百立さんがいた。


「どうしたんですか? 寝てないとダメじゃないですか」


「いえ、少しお願いしたいことがありまして…… 」


 お願い?百立さんがお願いだなんて珍しい。一体なんだろう?


 百立さんは体を壁に体を預けながら、戸惑っている私に近づこうとした。私は百立さんがさっきみたいに転んでしまうのを恐れて、急いで椅子から立ち上がり、百立さんに駆け寄る。


「ケホッ、すみません、わざわざ来ていただいて」


「気にしないでください。で、お願いってなんですか? 」


 百立さんは無言でこちらをジッと見つめる。熱で赤くなったほっぺもうるうるの瞳もすっごく可愛い。しばらく眺めていたい。…… いけない、このままでは百立さんが寝室に戻れない。早く用件を聞かなけいと。


「あの、百立さん? お願いって…… 」


「えぇ、今から言います。えっと、まずは先程、大きな声を出してしまってすみません」


「? あぁ、『放っておいてください! 』ってやつですね」


 百立さんがシュンとする。どうやら本当に申し訳ないと思っているようだ。こっちは全然気にしてないんだけどな。


「…… はい、その通りです。あの、あれは、熱でおかしくなっていたのと…… トイレに行きたいのに先輩がなかなか来てくれないので、見捨てられたのかと思って、つい…… 」


 そういえば、朝礼が終わったら様子を見に行くって言ったきり、百立さんのところに行けていなかった。百立さん、私が来るって信じてくれてたんだ。そして、それを裏切られたと思って、あんなことを……


「そのことでしたら、こっちこそごめんなさい。私、やっぱりパソコンが苦手で…… 」


「いえ、私が勝手に期待して、勝手に見捨てられたと思っただけです。決して先輩に八つ当たりすることではありませんでした。申し訳ありません」


 百立さんはフラフラと頭を下げた。重心が安定せず倒れてしまいそうになったので、私は慌てて百立さんを支えた。


「ちょちょ! そんなのいいですから、早く寝てくださいって! 」


「いえ、実はこれだけでなく、もう一つお願いがあるんです…… えっと」


 百立さんはそう言ったあとモジモジしだした。顔も真っ赤だ。一瞬、またトイレかと思ったが、さすがにさっき行ってすぐにということはないだろう。しばらくの沈黙のあと、百立さんはフッーと息を吐いてから話し出す。


「あの、私、ちょっと疲れちゃったみたいなので、栄養補給…… がしたいです。それを、先輩に手伝ってもらいたくて」


 栄養補給? ってことはご飯かな? お腹が空いたから何か食べたいなら、そう言えばいいのに。なんでもはっきり言う百立さんにしては珍しく回りくどい言い方だな。


「はい、手伝いますよ。で、私は何…… 」


 私の言葉はそこで止まった。私の口が百立さんの口によって塞がれたからだ。百立さんの柔らかい唇が私の唇に重なる。口の中で何かが動き回っている。多分、百立さんの舌だ。すごく気持ちいいのだけど、正直何が起きているかまったくわからなかった。


「ふぅ、ごちそうさまです。これで元気になれます。では、失礼します」


 口をパジャマの袖で軽く拭った後、百立さんは寝室へ戻ってしまう。残された私はまだドキドキしている。体が熱くて、頭もボーッとする。もしかしたら百立さんの風邪がうつってしまったのかもしれない。不思議な感覚に耐えきれず私は床にへたり込む。


「ふぇぇ…… こんな調子じゃ、午後の仕事できないよぉ」


 私は勤務時間中に初めて弱音を吐いた。


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