性癖マッチングアプリ~スマホの向こうに、意外な素顔? 〜

梓納 めめ

第1話:マッチングアプリで出会ったおしがま趣味のイケメンがお父さんだった話

 私が十五歳のとき、お母さんが交通事故で亡くなった。


 あまりに突然のことだったので私もお父さんも泣くことすら出来なかった。お母さんは明るくていつも笑顔で我が家の太陽だった。太陽が消えた我が家は真っ暗になり、お父さんとはケンカすることが増えた。ここ二年くらい、私はお父さんとまともに口を利いていない。


 今、私は大学に通い、ちょっとギャルっぽい友達と遊んでいる。その友達が、最近流行っているアプリを教えてくれた。


「『性癖マッチングアプリ』…… なにこれ? 」


「ほら、マチアプって顔とか趣味とかでマッチングするじゃん? これはそれの性癖バージョン。例えば、私、緊縛プレイするの大好きだから、縛られたい男子から沢山いいね来るの。安波やすな彼氏いなかったし、ちょっと変わった性癖でしょ? やってみなよ」


 彼女の言う通り私の性癖は一般的なものではない。私はおしっこを我慢するのが好きだ。そしておしっこを我慢している姿を見られるのが大好きだ。


 このことはマチアプを勧めてくれた友達にしか話していない。一緒にカフェに行ったとき、なかなかトイレに行かない私を見て冗談っぽく「もしかして、おしっこ我慢するのが好きだったりして〜」と聞かれたとき、思いきってカミングアウトした。


 最初、彼女は驚いていたが、次の瞬間には「そっか。実は私もかわいい男の子を縛るの大好きでさ〜」と自分の性癖を暴露してくれた。それ以来、彼女は一番の親友だ。そんな彼女が勧めてくれるアプリなら、怪しいものではないだろう。


「まぁ、ちょっとだけなら…… 」


「うん。やってみ、やってみ。もしかしたら、相性抜群の彼氏ができて、その落ち込んだ表情も明るくなるかもよー」


「もぉ〜、私そんな暗い顔してないよぅ…… 」


 アハハと二人で笑い合う。すごい娘。私が心から笑っていないことも、性癖がぴったり合うパートナーを探していたことも、全部お見通しみたいだ。


 私はお母さんが死んじゃってからちゃんと笑えていない。でも、もしかしたら勧めてもらったアプリでかけがいのないパートナーができ、私も笑えるようになるかもしれない。希望で胸をいっぱいにして、私は『性癖マッチングアプリ』をインストールした。


――――


「う〜ん…… この人は、ちょっと違うかな…… 」


 『性癖マッチングアプリ』を始めてから一週間。ぴったりのパートナーは見つかっていない。


 おしっこが好きな男性は多いらしく、結構な頻度で「いいねされました」という通知が来る。でも、いいねしてくるのは「おもらしが大好きです! 」とか「おしっこ我慢させてS◯Xするのが最高! 」みたいな紹介文の人ばかりで私の求めている人ではなかった。


 服を汚したり行為に及ぶのはちょっと私の性癖とは違う。私はただ、おしっこが漏れちゃいそうになっているところ、もじもじしているところを見てほしいだけなのに……


ピロン


 マッチングアプリに通知が届く。「またちょっとズレた性癖の人なんだろうな」とあまり期待せずにプロフィールを見る。


 いいねをくれたのは四十二歳のオジサマだった。写真は…… 正直好みだ。ヒゲをキレイに剃って、涼しい感じの流し目が魅力的だ。ピシッと分けた前髪からは真面目さがうかがえる。本当に四十代? と疑ってしまうようなイケメンだ。服装もポロシャツでそこまで堅苦しくなくていい感じだ。


(でも、どうせまた解釈違いなんでしょ? )


 そう思いながら、紹介文を見た。


『おしっこを我慢している娘を眺めるのが好きです。おもらし、本番、強要しません 』


「…… 神だ」


 ふとんの中で思わず呟いてしまう。神だ。神がいる。見た目、性癖、全部がドンピシャだ。年こそ私の倍以上だったけど、そんなの気にならないくらいすべてがマッチしていた。


 私は速攻でいいねを返す。このアプリは互いにいいねしあうとマッチングが成立し、メッセージのやり取りが出来るようになる。私は早速彼にメッセージを送った。


『はじめまして〜、いいねありがとうございます♡ 突然で申し訳ないんですけど、おしっこ我慢のどこが好きですか? 』


 (初めてのマッチングだからよくわからないけど、最初はこんなメッセでいいのかな? )


 不安でドキドキしながら返事を待つ。待っている間、性癖ドンピシャとはいえ、最初から踏み込みすぎたかな? と不安になった。


ピロン


 しばらくして返事がきた。どんなメッセージが届いているのだろう?


『はじめまして。これからよろしくお願いします。おしっこ我慢の好きなところは恥ずかしいけど、体を動かすのを止められずにもじもじしちゃっているところですね』


 届いていたのは百点満点のメッセージだった。すごい。私の見て欲しいところを的確に言語化してくれている。嬉しすぎて私はすぐにメッセージを返した。


『ホントですか! 私、もじもじしてるところを見られるのが大好きなんです! 本当は恥ずかしいからもじもじしたくないんだけど、もじもじしないとお漏らししちゃってもっと恥ずかしくなっちゃうから、もじもじ止められなくて、でも見られるから恥ずかしくって…… って矛盾した感情がわぁーとあふれてきて、めちゃくちゃ気持ちいいんです! 』


 送信した後、冷静に自分の返信を見返して後悔した。ほぼ初対面の人にめちゃくちゃ長文で性癖について語るメッセージを送ってしまった。どうしよう、これ私キモすぎない? ひかれちゃうかな?


ピロン


 あ、返信きた。スルーされなかったみたいだけど、見るのちょっと怖いな。 怒らせたりしてないよね? 勇気をだしてメッセージを確認した。


『そうなんですね。僕、そういう仕草を見てるのが大好きなので、なんか気が合いそうですねw』


 おぉ、好意的な感じのメッセージだ。どうやらひかれてはいないようだ。それどころかすごい紳士な人みたい。ヤダ、私、この人好きかも。


 その後、私と彼とのメッセージのやり取りは彼の『ごめんなさい。明日早いのでもう寝ますね。おやすみなさい』というメッセージが来るまで続いた。私はそのメッセージにこう返した。


『長々話しちゃってゴメンナサイ。できれば直接会って今日みたいな話をしたいなって思いました。おやすみなさい』


 『直接あって話したい』はちょっと攻め過ぎたと思ったけど、本当の気持ちだったので、送った。どんな返信が来るのかな? 今から楽しみだ。ワクワクした気持ちで私は眠りについた。


――――


 私が『性癖マッチングアプリ』で『直接会って話したい』というメッセージを送ってから三日後の日曜日。私は最寄り駅に向かって走っていた。別に電車で出かける予定があるわけではない。駅へ行くのは彼に会うためだ。


 彼は私のメッセージに『こちらとしては会うのは構いません。まずは次の日曜、カフェでお茶でもどうですか? 』と返信してくれた。私はウキウキ気分で待ち合わせ場所の調整を始めた。彼は私の家の近所に住んでいるらしく、最寄り駅に集合して近くのカフェへという話になった。


 いつもとは違ったメイクで彼に会おうと思い、慣れない方法でメイクをしていたら、家を出るのが遅れてしまった。きっと彼は許してくれるだろうけど、なるべく早く彼に会いたい気持ちもあり私は全速力で走っていた。


 最寄り駅につくと、すぐ彼と思われる人を見つけられた。プロフィール写真と同じポロシャツを着ていて、顔は流石に写真通りとは行かなかったが、充分許容範囲のイケメンだった。あのイケメンがおしっこ我慢好きとか信じられない。ましてや、これから私と性癖談義をしてくれるなんて……


 おっと、着いたらメッセージを送る約束だった。私は彼の『駅前に着きました』のメッセージに返信する形で『遅れてゴメンナサイ! 今着きました、プロフと同じ服着てます! 』というメッセージを送った。


 メッセージを送るとすぐ彼と思われる人がキョロキョロしだした。やっぱりあのイケメンが彼で間違いないんだ! 彼もこっちに気づいたようで手を振っている。私は彼に駆け寄りあいさつした。


「あの! “ヨウ”さんですよね? はじめまして”アン”です。今日はよろしくお願いします! 」


「あ、やっぱり”アン”さんでしたか。どうも、”ヨウ”です」


 二人で簡単な自己紹介を交わす。彼、ヨウさんは思った通り紳士的な人だ。年齢もあるだろうけど佇まいが落ち着いていて、ガツガツした大学の男どもとは全然違った魅力を放っている。


「じゃあ、行きましょうか。席は予約してあるんで急がなくても大丈夫ですが」


「えっ! そんなことまでしてくれたんですか!? 」


 ちょっとちょっとこんなにイケメンな上に気も効くの? 大丈夫? 好感度がずっと上がりっぱなしだよ?


「えぇ、初めて会うのにカフェが満席でしたでは格好がつかないと思って、それに周りに人が多い席だと話しづらいでしょう? 」


 恥ずかしくて顔が熱くなった。そうだった。これから私達は自分の性癖、おしっこ我慢について語り合うのだ。そんな話を人に聞かれたら、どんな顔をされるかわからない。


「今回予約した席はお店の端っこなので、誰にも聞かれないはずですよ。だから、気が済むまでお話聞かせてくださいね」


 ヨウさんはニコッと微笑んだ。笑顔もキレイだ。ますます好きになりそう……


「あ、はい。じゃあ、カフェにいきましょう…… 」


 私はヨウさんに見とれながらカフェへと向かった。


――――


「そうなんです! 『でちゃうでちゃう〜』ってなって押さえたいんだけど、『見られちゃう』とも思って前が押さえられなくて、とりあえずスカートをギュッってしちゃうときの葛藤! おもらしともじもじ、二つの羞恥の間くらいの瞬間が気持ちいいんですよ〜! 」


 私の性癖談義をヨウさんはニコニコして聞いている。ヨウさんは聞き上手で、時折、挟まれる合いの手は私の言いたいことをピタリと言い当てていた。


「なるほど、今日のその服装だったら今いった状況が映えそうですね」


「わかってくれますか! ミニスカの端をギュッも好きなんですが、ロングでギュッの方がなんかお気に入りで…… 」


「うんうん、わかります。ロングの娘の方が清楚で恥ずかしがり屋なイメージがあるので、仕草を隠しきれてないときは『本当に限界が近いんだろうな』って思えてなんか好きです」


「そうそう! 私もロング履いてるとなんか仕草出すのがいつもより恥ずかしくって! そっか服のイメージで恥ずかしくなってたのか〜、気づかなかったぁ」


 自分でもうまく言葉に出来ていなかった感情を言語化してもらえたのが嬉しくて私ははしゃいだ。


(でもよかった〜、今日は清楚系の格好で。多分、いつもの服装だったらヨウさん怖がっちゃうよね)


 私はいつもはもっとダークな感じのメイクで丈の短いスカートを履いている。ギャルの友達からは「マジ地雷系ファッション好きだよね〜」と言われている。


 今日はいつもと違って薄いメイクでベージュ系のブラウスにグレーのロングスカートと野暮ったい服をチョイスした。


 顔もカラコンを外し、度なしの丸メガネをかけ、いつもエクステを付けているボブの茶髪はクシでまっすぐにとかした以外は何も手を加えていない。


 これなら普段の威圧感がある私とは全然違うはずだ。やっぱり世の男子は清楚系のほうが好きなんだね。ヨウさんが喜んでくれたのなら嬉しいな。


「いや〜でもヨウさん、ホントに感情を言葉にするのうまいですよね! 私なんて……」


ブルッ


 私の体が震え、言葉が止まった。原因は強烈な尿意だ。


(あ、やっぱり。おしっこ、結構たまってる)


 思えば今日トイレに行ったのは朝起きたときだけだ。家を出る前にトイレに行こうと思っていたが、遅刻しそうだったし、なによりヨウさんとお話しているときにおしっこを我慢しているのを見てほしかった。


 加えて私はさっきから何杯もコーヒーを飲んでいた。このお店はケーキセットを頼むとコーヒーはおかわり自由というなんとも太っ腹なお店だ。私はお喋りが楽しすぎてすぐにのどが乾いてしまったので、何度もコーヒーをおかわりしていた。


 カフェインの利尿作用と多量の水分摂取。おしっこがたまる条件は完璧にそろっていた。


「? どうされました? 」


 ヨウさんは眉をひそめた。私はおしっこを我慢していることがばれないよう適当な言い訳を述べる。


「……いえ、なんでもありません。ちょっと噛んじゃって」


 ヨウさんはまだ怪訝そうな表情をしている。そして、しばらく私を見つめてからこう言った。


「アンさん、もしかしてお手洗いに行きたいんですか? 」


 カアッという音がした気がする。鏡はないけど多分私の顔は耳まで真っ赤になっているだろう。どうしよう、おしっこ我慢してるの、バレちゃった…… 私の不安をよそにヨウさんは言葉を続ける。


「まぁ、あれだけコーヒーを飲んでいたらトイレに行きたくもなりますよね。で、どうします? トイレに行きますか? 」


 ヨウさんはちょっとイジワルな顔をしている。普通なら「トイレ行ってきます」で話はおしまいだけど、私の性癖上、ここでトイレに立つのはちょっと、もったいない。


「…… えっと、あの、まだ、トイレには行きません。もうちょっと、私とお話してください…… 」


 もじもじしながらヨウさんの質問に答えた。


「そうですか。でも、ここは出ましょうか」


 そういってヨウさんは伝票片手に席を立ってしまった。


「えっ、なんで? 」


「見ている分にはいいですが、間に合わなかった場合ここでは後始末が大変なので、失敗しても大丈夫なところに移動しましょう」


 私の顔はまた赤くなる。ヨウさんのいうことは最もだ。もし、私が限界を見誤りお漏らししてしまったら…… 想像もしたくない。よしんばちょっと余裕を持ってトイレに向かったとしても、このお店は個室しか一つしかない。使われていたら、そして中の人がなかなか出てこなかったら、アウトだ。


(でも、失敗しても大丈夫なところってどこだろう? )


 疑問に思いつつも、とりあえず私は席を立つ。席を立つとき、お腹にズンッと重量を感じた。思わず顔を歪ませる。お腹に手をやるとかなり膨らんでいることがわかった。私はお腹をかばいながら、ヨウさんについていった。ヨウさんは私の分の会計も済ませてくれたらしく、特に店員さんから声をかけられることもなく私はお店を出た。


「あの…… どこに行くんですか? 」


 私の質問にヨウさんはちょっと答えづらそうに頬をかいてから答えた。


「そのですね…… 誤魔化さずにいえばホテルです。ただ服を脱がせたり、行為をせまることは絶対にしません。なので、どうか一緒に来てくれませんか? 」


 私は絶句する。だって、ホテルってそういう…… たしかに後始末は簡単そうだけど、初対面の人となんて。私が言葉を失っている間にもヨウさんは言葉を続けた。


「もしダメだというならば無理にとはいいません。アンさんが絶対に失敗しないタイミングでトイレに行ってください。」


 しばし悩む。ヨウさんはいい人だ。だから、無理やり連れ込まれて、なんてことはないと信じたい。正直、初対面の人とそういうところに行くのは怖い。怖いけど……


「いえ、行きます…… 私、ヨウさんを信じます」


 私は襲われる恐怖よりも自分の癖を満たすことを選んだ。冷静だったら絶対にしない選択だろう。でも、おしっこがいっぱいお腹にたまっていて、頭が正常に働いていなかった。だから、こんな間違った選択をしてしまったのだ。


「そうですか、ありがとうございます。では、こちらへ。あっ、途中で限界が来たら遠慮なく言ってくださいね」


 そういってヨウさんは歩き出す。私は少し遅れて後に続いた。


――――


「うっ…… クッ…… はぁ」


 カフェを出てから三十分。私はホテルのユニットバスで体をくねらせていた。私の目の前ではヨウさんが腕を組んで私をじっと見ている。その視線が私の羞恥心を刺激する。


(あぁ、おしっこ…… でちゃう…… でも、押さえるの恥ずかしい…… )


 ずっと握っているグレーのロングスカートにはしわがよっている。その奥の下着はおチビリで湿り気を帯びていた。もう私の意思とは関係なくおしっこが出始めている。つまり、もう限界なのだ。


(はぁ、もう、限界…… おしっこ…… トイレに行くって言わなきゃ。でも…… )


 でも、私は我慢をやめることができなかった。ヨウさんに見られながらおしっこを我慢するのは想像以上に気持ちよかった。もう少しだけ、もう少しだけと我慢を続けているうちに私は引き返せなくなっていた。


(もうちょっとくらい…… 我慢できるよね? 本気になれば前だって押さえられるし、もっと仕草出せるし、まだ、もう少し、このままで…… )


ジョバッ


「……ッ、くぅ」


 大量のおしっこが下着を突き抜けソックスを濡らす。今までのおチビリとは比にならない量のおしっこが漏れ出した。私はヨウさんが見ているのも構わず、前を押さえてしまった。私の仕草を見たヨウさんが口を開く。


「仕草がでたということは本当に限界みたいですね。今日はここまでにしましょう。さぁ、早くトイレを使ってください」


「ま、待ってください、私、まだ我慢できます…… 」


「あまり我慢しても体に毒です。僕で良ければまた別の機会に見てあげますので。さぁ、早く」


 そういってヨウさんはユニットバスの扉を開け、外に出ようとした。


「待って! もうちょっとでいいから私を見…… 」


ブジョワッ


 ヨウさんを追いかけようと体制を崩したからか、私の下着がぐっしょり濡れ、肌にはりついた。


「あっ、ダメ! フッ、ん、くぅ…… 」


 体をよじらせ、前を押さえて、息を止め、全力でおもらしの回避を試みる。私がこうして必死に我慢している間もおしっこはジワジワ下着を濡らしていた。もう勢いを押さえることはできても、完全に止めることは出来ないみたいだ。


「アンさん? 大丈夫ですか? 」


 外へ出ようとしていたヨウさんが心配そうにこちらを見ている。そう、ヨウさんがこっちを見ていたのだ。


「ヨウさん! ダメ! こんな姿、見ないで! おもらしはダメ! 」


 私は股から片手を離し、ヨウさんの視界を遮ろうとした。見てほしくない場合は効果的な行動だ。でも、我慢しているときにすべき行動ではなかった。


ビタタタタタタタタタ


 押さえきれなかったおしっこが私からあふれ出し、床を叩いた。限界まで力をいれたあとで一気に緩めたからか、ものすごい気持ちよさが私の頭に流れ込んでくる。


(あ、あぁ、私、おしっこ、我慢できなくて、おもらしして…… これ、めっちゃ気持ちいい…… )


 はぁぁと吐息が漏れる。気持ち良すぎる。今までは我慢を人に見てもらうだけで満足していたけど、おもらしもまた、いい。私は新しい感覚の虜になっていた。


ショー…… シュッ


 最後のおしっこを出し終え、私はプルルッと身を震わす。私の足元にはおしっこの水たまりが広がっており、一部は排水口へと流れ込んでいた。


 服は目も当てられないほどビショビショだ。


 前を押さえながらおもらししてしまったため、ロングスカートの前には言い訳できない大きさの染みが出来ている。


 ソックスは豪雨の中を歩いたときみたいにぐっしょり濡れて気持ち悪い。


 そして、動く度にピッタリはりついた下着が股に擦れる。おしっこで温かった下着はもうその温度を失ってヒンヤリしている。


 腰が砕けて、その場にペタンと座り込みそうになる。でも、これ以上スカートを濡らすのはマズイと思い、浴槽の淵に手を掛けて耐える。


「あの、終わりましたか? 」


 どこからか声が聞こえる。誰だろう? ぼやけた意識であたりを見回すと、こちらを見ているヨウさんと目があった。


「! ヨウさん! えっ? なんで! ? 」


「すみません、出ていくタイミングを逃してしまいまして…… 」


 最悪だ。おしっこを我慢を長く見てもらいたい欲のせいで、おもらしを見られてしまった。


「えっと、その、とりあえずチェックアウトしてきます。あと、その格好だと一人では帰りづらいと思うので、今日はご自宅まで送りますね」


 そういってヨウさんは立ち去ってしまった。私は何もできず、ただその場に立ち尽くした。


――――


 私はホテルをチェックアウトしたあと、ヨウさんに自宅まで送ってもらっていた。道すがら私をジロジロ見る視線を感じたが、ヨウさんがうまくかばってくれたのでそこまで気にならなかった。


「あっ、ここが私の家です」


 そうこうしているうちに私の住むアパートの前に着いた。後は部屋に行き、着替えてシャワーを浴びるだけだ。


「へぇ、ここに住んでるんですね。実は僕もなんです。ここの四階の住民なんですが、知ってますかね? 」


「えっ! 私も四階です! ご近所さんだったんですね! 」


 すごい運命だ。性癖がバッチリあって紳士的な理想のパートナーに会えただけでもラッキーなのに、その人が同じアパートの同じ階に住んでるなんて…… これはもう付き合えと神様が言っているのでは? 私、二十歳くらいの年の差なんて気にならないし。


「こんなに近くに趣味の合う方が住んでいたなんて、信じられませんね。ちなみに僕、四◯五号室なんですけど、アンさんは何号室ですか? 」


 その質問に私の表情は凍る。ヨウさんは「あっ、ゴメンナサイ! 部屋番号は教えたくないですよね」と釈明しているが、私が引っかかったのはそこではない。私はちょっと顔を引きつらせながら答える。


「へぇ、奇遇ですね。私も四◯五号室に住んでるんですよ…… 」


 ヨウさんから笑顔が消えた。私は話を続ける。


「ちなみにヨウさん、本名はなんていうんですか? 」


「えっと、僕は水門みずかど ひろしと申します。アンさんのお名前は? 」


「私は、水門みずかど 安波やすなといいます。よろしく〜」


 ハハハと乾いた笑いで笑い合う。双方、目は笑っていない。


「そうだ、アンさん。そんな格好のままでいるのもあれですし、家に帰りませんか? 話はその後で」


「そうですね、家に帰りましょう」


 二人でエレベーターを使い、四階まで移動して、カギを使って玄関を開け、二人で玄関をくぐった。バタンと玄関が閉まってから私は思いっ切り叫んだ。


「ざっけんなよクソ親父! 何マチアプ使ってんだよ! つーか相手が娘なのに気づけや! あとなんだよヨウって…… お前、ひろしだろ! 」


「しかたないだろう、お前いつもの服装じゃなかったし、父さん、裸眼でよく顔見えなかったんだから…… 」


「コンタクトをしろよ! てか、声で気づけよ! 」


「お前と話すのなんて久しぶりだからな。あといつもあんな可愛い声で話さないだろう。というか、さっきから言っていること全部ブーメランになってるぞ」


「グッ…… 」


 たしかにそうだ。名前に使っている漢字の読みを変えてハンドルネームにして、自分の父親に全く気づかずホテルにいって、おしっこ我慢姿を見せて、おもらしまで見られて…… どっちかというと恥ずかしいのは私のほうかもしれない。


「や〜、でもマッチングしたのが安波だったとはな〜。ホント、お母さんそっくりに育って、しかも性癖まで同じで…… 」


 私の目の前でお父さんは嗚咽を漏らす。コイツもしかして……


「あのさ、あんたが私にいいねしたのって、母さんに似てたから? 」


「あぁ、そうだ。父さん、もう母さんのおしっこ我慢以外で興奮できなくてな。だから、母さんの生まれ変わりと言っても過言ではない見た目と性癖のお前にいいねしたわけだ」


「『わけだ』じゃねえよ! てか気持ち悪っ! お前、もしかして母さんにも、私にしたようなことやってたの?! 」


「お前が修学旅行に行ってる間とかに、二人で休みを合わせて楽しんでたよ。懐かしいなぁ」


 お父さんが遠くを見つめる。両親のそんな秘密、聞きたくなかったよ……


「まぁいい、さっさと風呂に入ってこい。夕食は父さんが作ってやるから」


「作ってやるからって…… お前、冷凍食品を温めることしかできねえだろ…… 」


「そんなことはない。父さんは最近、袋麺の作り方を覚えたんだ。今日はラーメンだぞ〜 」


「手間あんま変わってねぇよ」


 自分に腹が立つ。こんなダメ親父をステキだと思ってしまった自分に、ダメ親父に言われるがままホテルに行ってしまった自分に、ダメ親父におもらし姿を見られた自分に…… 私の苛立ちを理解していないだろうお父さんは振り返ってこう言った。


「あっ、そうだ。ムラムラしたらちゃんと言えよ? 父さんいつでも、お前がおしっこ我慢してるの見てやるから 」


「お前はデリカシーねぇのか! 」


 セリフとほぼ同時に足元にあったお父さんの革靴を掴んで投げた。お父さんはムカつくことに靴を回避して「俺もなかなか、逃げ上手だな」と呟いてリビングへ消えた。私は悔しさで顔を歪ませた後、靴とソックスを脱ぎ、お風呂に向かった。


 クソッ、ホント悔しい。何より悔しいのはあんなダメオヤジにときめいてしまったことだ。


(あ〜、もうこれからお父さんとどう接したらいいのよ〜)


 この日、大嫌いだったお父さんが、私の大好きな人になった。


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