アイドルがステージ上でおもらししそうになるも、なんとかトイレに駆け込む話
お腹がチャポチャポ音を立てる。
なぜ? それは、おしっこがいっぱいお腹にたまっているから。
じゃあトイレに行けば? いいえ、それはできない。
なぜ? だって、私はアイドルで、今はライブの真っ最中。ステージの上で跳んで跳ねてみんなを楽しませなくてはならない。
ライブの途中で、ましてや自分のソロ曲の途中でアイドルがトイレに行くなんて考えられない。
それと私にはもっと大きな我慢すべき理由がある。それは客席にいる彼。アイドルに興味ないって言ってたクセにちゃっかりライブに来ていた私の大好きな彼。彼の前でトイレで中座なんて恥ずかしい。でも……
ジョピ
下着が湿る。このままだとトイレで中座よりも恥ずかしいことになるかもしれない。ライブ中におもらし。しかも好きな人の前で……
元々、ライブ中におもらしするのは、私が望んだことだった。本当はもうちょっと早くにおもらししてライブとアイドル人生を終わらせるつもりだった。でも、客席に彼がいた。だから私は全力で我慢する。激しいダンスの中にあっても括約筋をキュッと締めて決壊を防ぐ。
(はぁ、苦しい…… どうしてこんなことに…… )
自分の疑問に答えるため、今日の朝、おもらし計画を立てたときに意識を戻す。
◆
(よし…… 完璧だね)
早朝、パソコンに打ち出した自分の計画を見て満足する。一部のスキもない完璧な計画だ。この通りに行動すれば、私は公衆の面前でおもらしできる。
私、
でも、私は今、そのアイドルを辞めようとしている。別にメンバーからいじめを受けているとか、ファンから嫌がらせを受けているとか、そういうことではない。むしろみんなめちゃくちゃ優しい。でも、私はアイドルでいたくない。アイドルでいる限り好きな人と一緒になれないからだ。
私には好きな人がいる。同じ大学に通ってる男の子で、モサッとした髪に丸い顔、パンク系の服が大好きな可愛い子だ。
彼を初めてみたのは近所のファミレスの前だった。帰宅途中、突然の大声に振り返ると彼がいた。彼はそのとき「ホテルだよ! あんたはここで俺を縛る気か?! 」と甘ロリ風の女性に向かって叫んでいたので、変態なのだと思った。後で聞いたら「いや、あれは相手が姉ちゃんだから言っただけであって、他の女子にあんなことは…… 」と言い訳していた。お姉ちゃんなら良いという理屈はよくわからなかったが、まあ納得した。
その後、『性癖マッチングアプリ』というアプリでマッチングした実の兄が人を縛っていることを知り、私は縛られる人の気持ちを知りたくなった。だって、もし縛られるのが気持ちよかったら、それが原因で兄に惚れてしまったら…… 考えるだけで恐ろしい。
で、私の縛ってくれる人探しが始まった。「マネージャーさんに頼もうかな? 」と考えているとき、ファミレス前で騒いでいた男の子を大学で見つけた。私はもう兄のことが気がかりすぎて、ほぼ初対面の男の子に「縛って」ということの異常性に全く気づかずに声をかけた。このことは後に声をかけた彼からめちゃくちゃ注意されることになる。
でも、最終的に彼は縛りプレイを引き受けてくれた。私は兄が撮影用に借りている廃倉庫で彼と縛りプレイをした。彼は私が倉庫の床に寝そべろうとしたときはブルーシート引いてくれたり、縛るときも手首にあとが残らないようにタオルを噛ませてくれたりと、すごく優しかった。あと縛るのがとっても上手で、なんというか、縛られているときすごくドキドキした。多分、このときから私は彼を異性として意識していたと思う。あ、ちなみにこういう気持ちになったから、兄から縄は取り上げた。
それで、この話はここで終わらない。縛りプレイを終えて帰ろうとしたら、なんと廃倉庫に閉じ込められてしまったのだ。私達が使った部屋はかつては冷凍庫として使われていて、なぜか内側からは扉が開かないようになっていた。しかも電波が弱かったので携帯で助けを呼ぶこともできなかった。幸い、兄に廃倉庫を使うことを知らせていたので、その日のうちには助けが来るだろうということになり、私と彼は他愛ない会話をしながら救助を待った。
待っている間に私はおしっこがしたくなった。別に廃倉庫なので部屋のすみっこでおしっこしちゃえばよかったのだけど、近くには意識している彼がいる。だから、私は兄が助けに来るのをおしっこを我慢しながら待った。でも、兄はなかなか助けに来なかった。
結局私は我慢しきれず、一緒に閉じ込められた彼が用意してくれたペットボトルにおしっこをする決意をした。だが時すでに遅し。おしっこを我慢しすぎた体はもう思うように動いてくれなかった。少しでも体を動かすとおしっこが出ちゃいそうだったので、パンストを脱ぐことすらできなかった。
どうしても服を着たままおもらしするのを回避したかった私は一緒に閉じ込められた彼に服を脱がせてもらったり、股にペットボトルをあてがってもらったりして、なんとかおもらしを回避した。…… 色々みられてとっても恥ずかしかったけど。
私がおしっこをした後、彼もおしっこがしたかったらしく、部屋のすみっこに行こうとした。が、間に合わず私の眼の前でおしっこを始めてしまった。私はこのときの彼の姿が忘れられない。砕けそうになる腰をプルプル震えながら支えるキレイな脚、恥ずかしさで真っ赤になった顔、半開きで「はぁぁ…… 」と吐息を漏らす口元。全部が全部、魅力的だった。ここで私は彼に恋した。いや、おしっこが好きとかじゃなくてね。ホントに全部のパーツが好みだったの。後、めっちゃ優しいし……
互いにおしっこするのを見せあった後、すぐに兄が助けに来てくれた。兄に「その子誰? 」と聞かれたとき、私は咄嗟に彼のことを「彼氏」と説明した。家に帰る途中、彼から「彼氏ってどういうこと? 」と聞かれた私は勇気を出して「あの場ではおにぃを心配させたくなかったから適当言っちゃったけど、そっちがいいならホントの彼氏になってよ」と言った。で、帰ってきた答えが「アイドルと付き合うのはリスク高いからパス」だった。
大好きな仕事のせいで、大好きな人と一緒になれない。どっちかを諦めなければならない。とっても悲しくって、苦しくって、私は思わず泣いてしまった。きっと彼を困らせちゃっただろうけど、感情が抑えられなかった。
しばらく仕事と彼のどっちを取るか本気で悩んだ。そして私は仕事を諦めることに決めたのだ。それも誰にも迷惑をかけず、自然な形でアイドルを引退し、今ある映像作品のお仕事はつなぎとめる完璧な計画だ。
私の計画はこうだ。狙いは今日、近所のショッピングモールでやる私の単独ライブ。このステージで私はおもらしをする。そうすれば私はアイドルから役者に転身できるはずだ。
わからない人のために説明すると、まあこういうことだ。私がステージ上でおもらししたとしよう。とっても恥ずかしい思いをするのでアイドルを辞めたいといっても不自然ではない。ここで「ステージに立つのは嫌だけどお芝居は続けたい」とマネージャーさんに言えば、アイドルの仕事はなくなるけど、お芝居の仕事は保てるはずだ。うちのマネージャーさんならきっとそうしてくれる。
元々私は役者になって兄が作った映画に出るのが夢だったので、ギリギリ夢も叶えられる。メンバーやファンの皆と別れるのだけがツライけど、私だって幸せになりたいのだ。
「さてと…… 」と独り言をいい、私は計画の準備を始める。といっても、用意するのは五百ミリリットルの紅茶だけ。これさえあれば私は確実にステージ上でおもらしできる。私は小銭を握りしめ、自動販売機へ向かった。
◆
「みんな〜、今日は来てくれてありがと〜。他のメンバーはいないけど、全力で楽しませちゃうからね〜」
時刻は十三時。ライブは予定通り始まった。規模の小さいイベントだし、他のメンバーもいないのでお客さんはあまりこないと思っていたけど、その予想は外れた。ステージ前の用意された座席以外にも立ち見のお客さんがいっぱいいて、普通に買い物をしている人達の通行の邪魔になっている。警備員さんが必死に誘導しているけど、それも虚しく人だかりはますます大きくなっていた。
(うぇ〜、この人数の前でおもらしするのかぁ…… )
予想外の観客数に心が折れそうになる。が、計画に変更はない。というかもう変更など出来ない。私は出番直前に朝買った紅茶を一気飲みした。それもただの紅茶ではない。レモンティーだ。レモンティーを飲むとなぜかすぐにおしっこ行きたくなるので、いつもは飲まないのだが今回は特別だ。他にも朝、コーヒーをブラックで飲んだ。そして、それからずっとトイレに行っていない。だからもう私はここでおもらしするしかないのだ。
「それではさっそく曲いってみよ〜。この曲は楽屋で無表情だった私を見て思いついた曲だそうです。私が楽屋でどんな感じか想像しながら聞いてね〜。じゃあミュージック、スタート! 」
フリの後、私の曲が流れる。『ソフト・セブン』はメンバーそれぞれの個性で売っていく方針なので、ソロ曲もメンバーごとに二曲ほど作ってもらっている。今日のイベントはその曲を両方歌って、抽選で選ばれた三人と写真を撮っておしまいという流れだ。私の計画では二曲目のサビ前くらいでおもらしすることになっている。その方が限界まで我慢していた感があっていいと思ったからだ。しかし、ここで私の計画にほころびが見える。
(うぐっ…… おしっこ我慢しながら踊るの…… ツライ)
今歌っている曲はそんなに激しい動きをする曲ではない。せいぜいステージの上を歩き回る程度だ。それでも動く度にお腹がチャポチャポと音を立てる。踏み込みの衝撃が膀胱にダイレクトに伝わり、お腹を押さえたくなる。歌声やファンの声援の振動で体が勝手に震え、おしっこが出ちゃいそうになる。でも、まだここで出すわけにはいかない。私は何度か音程を外しながらもなんとか一曲目を終えた。
「あ、ありがー。みんな、楽しんでくれたかなー? 」
次の曲の用意ができるまでの間、司会のお姉さんとトークをする。そういえば今日はおしっこを我慢していたからちゃんと客席を見ていなかったな。そう思い、視線を客席の端から端まで走らせる。客席にはいつも来てくれる古参のファンから見たことのない人まで色んな人がいる。そして、向かって右端の客席を見たとき、私の思考は停止した。
(えっ…… なんでいるの? )
私が突然黙ってしまったので客席が少しざわついた。司会のお姉さんが「どうかされました? あっ、もしかして客席にイケメンでもいました? 」と言って、トークを促してくれる。私は「え〜、そんなことないですよ〜。あ、みんながイケメンじゃないってことじゃなくてー」と返して、笑いを誘う。が、私の頭の中は別のことでいっぱいだった。私が客席で見つけた人は、一緒に倉庫に閉じ込められた彼、
(愛糸、アイドル知らないって言ってたじゃん…… なんで抽選に勝ち残ってその席にいるの? )
いくら小規模なイベントとはいっても客席の倍率は割と高い。それは私の魅力とかじゃなくて現役アイドルとの撮影会というSNSでバズりそうなネタを提供しているからだ。客席に座っている人の中には私に興味はなく、ただ「今日は『ソフト・セブン』の”シー・ズー”と会ってきました〜」と投稿する材料が欲しい人もいる。つまるところ、客席を狙っている人は尋常じゃない数なのだ。そんな倍率高めの抽選に好きな人が勝ち残っているなんて、普通だったら飛び跳ねたいほど嬉しいことだ。
だが、今は事情が異なる。私は次の曲の途中でおもらししようとしているのだ。このまま計画通りにいくと、私のおもらしを大好きな彼に見られることになる。
(…… ヤダ、愛糸におもらし見られるのは…… 絶対ヤダ)
数え切れない人の前でおもらしすることには耐えられても、たった一人、大好きな人の前でおもらしするのは耐えられない。一度おしっこするところを見せあった仲だとしても、おもらしは見られたくないのだ。というか、おしっこしてるところだって見てほしくなかったし。
ということで計画変更。おもらししてアイドルを引退する作戦はまた別の機会にしよう。今日はとりあえずこのままイベントを流そう。そう思った。
ブルルッ
(…… っ! ヤバッ。これ、計画関係なく…… 漏れちゃう)
しかし、体にそのことを伝えてもおしっこは消えてはくれなかった。というか、しちゃいけないと意識すると途端にすごくおしっこがしたくなる。私の額に冷や汗が伝う。
(これ、次の曲いける? 次ってたしか…… )
私の尿意とは関係なく、次の準備ができたようなので司会のお姉さんが「さぁ、そろそろ次の曲、いってもいいですか? 」と話をふってくる。私も答えないわけにはいかないので、段取り通りのセリフを話す。
「そ、それじゃあ最後の曲、いくよ〜。この曲はコロコロ変わる私の表情を表すために、変調をいっぱい使った曲だそうでーす。みんな、ついてこれるかな〜? それではミュージック、スタート! 」
二曲目が始まる。二曲目は最初こそローテンポだが、サビでいきなりアップテンポになり、ダンスもそれに合わせて激しくなる。片足を上げたり、腰を振ったり、ジャンプしたり…… とにかくおしっこを我慢しているときに踊っていい曲ではない。しかもそれが一回ではなく、何度も続く。普通に歌って踊るだけでもかなり体力を消耗する曲なのに、おしっこを我慢しながらとなるとこれはもう新手の拷問と言えそうだ。
というか今踊っているローテンポの部分ですらキツイ。私はいつもよりも脚を斜めに踏み出して、脚をクロスさせ決壊を防ぐ。多分、かなり腰が引けているので今日のダンスはかなり滑稽なものになっているだろう。
「いくよー! 」
掛け声とともにサビに入る。曲に合わせて跳んだり跳ねたり、縦横無尽に舞台を駆け巡る。ジャンプする度にお腹の中の液体がジャポジャポ音を立てる。脚を大きく開く度におしっこが流れ出そうになる。それでも私は耐える。こんなに注目を集めた状態で、しかもこんなに激しい踊りを踊りながらおもらしなんてしたら、アイドル引退どころの騒ぎではない。『おしっこを撒き散らしながら踊り狂う女』としてショッピングモールの伝説になってしまうだろう。
なにより客席には愛糸がいる。だから絶対に漏らすわけにはいかない。その恋心が私に力を与えたのか、私は二曲目をなんとか歌いきった。
「いえ〜い! みんな、ついてきてくれてありがと〜! 」
大股開きでステージ中央に立つ私に拍手が送られる。私としては早くこのポーズから開放してほしい。しかし、いつまで経っても司会のお姉さんの合図がこない。チラッと司会のお姉さんを見ると観客と一緒になって拍手をしている。どうやら司会のお姉さんも私のファンだったようだ。
そこから十秒くらいしてやっと「はい、”シー・ズー”さんありがとうございました〜。それではここから、選ばれしものによる撮影タイムでーす! 」と合図のセリフを言ってくれたので、私は脚をキュッと閉じて、へっぴり腰に戻った。
「さて! 今日シー・ズーさんと写真が撮れる幸運な三人は〜…… この人達です! 」
司会のお姉さんの掛け声とともにステージ上のモニターに三つの番号が表示された。客席ではみんなが自分のチケットに書いている席番号を確認している。どうやらモニターに表示された番号と席番号が一致していれば撮影会に参加できるシステムみたいだ。
客席の反応は十人十色で、頭を抱えて悲鳴を上げる人、自分の番号が違ったとわかった途端に変える人、小さくガッツポーズをする人、色んな人がいた。私はその人達を見ている間もずっとモジモジとおしっこを我慢していた。早く撮影会を始めて欲しい。それが今の私の願いだった。
しばらくしてステージ上に撮影会に参加する権利を獲得した三人が出揃った。三人の顔ぶれは、いつも来てくれる古参の男性ファンと、まったく知らないキレイな女性と、愛糸だった。
(愛糸、またいる…… クジ運どうなってるの!? ビギナーズラックじゃ片付けられないよ! )
ここまでくると私の運が悪いのではと思えてくる。なんでおしっこを我慢しながら好きな人とアイドル衣装で写真を撮らなければならないのだろう? 私は何か悪いことをしたのだろうか?
「じゃあ一番目の方、こちらへどうぞ! 」
私の悩みなど関係なく撮影会は進む。最初の人は昔からのファンの男性だ。
「わぁ、また来てくれたんですね〜。いつもありがとうございます」
「こ、こっちこそ…… 覚えていてもらえて恐縮っす」
眼鏡姿にボサボサの黒髪でアメコミ・ヒーローのプリントされたTシャツにパーカー。いつもほぼ同じ格好なのでこの人のことは割と初期から覚えている。それと絶対に握手会にはこないので、強く印象に残っているのだ。
「じゃあ、一番の方。”シー・ズー”さんにポーズの指定をお願いします」
「えっ、そんなことしていいんすか? 」
「はい、今回は特別に皆さんの指定したポーズを”シー・ズー”さんが実演してくれます」
そういえばそんな企画だった。私はちょっとだけ不安になる。例えばここで「ちょっとしゃがんだポーズしてください」と言われたら、その時点でおしっこを出してしまう自信がある。指定されたポーズによっては詰んでしまうのだ。私はなるべく膀胱にダメージが少ないポーズが来るように祈った。
「じゃあ、こう、片足をぴょんとあげたにゃんにゃんポーズでお願いするっす」
私の祈りは届かなかった。おしっこを我慢している状態で片足立ちなどできるわけがない。それはさっきのダンスで経験済みだ。しかも、一瞬ではなく写真が撮り終わるまで、片足立ちをキープしなければならない。もし、撮影中に漏らしてしまったら、彼のスマホには私がおしっこをしている写真が保存されてしまう。
「わ、わかりました。こうですか? 」
でも、私は断れない。だってそういう企画なのだから、アイドルとしては拒否できない。私はあげた片足をなるべく軸足に寄せて、股を締め上げる。
「あ、そんな感じでOKっす」
「じゃあ撮りますねー。はい、笑ってー」
カシャとカメラのシャッター音が聞こえた後、司会のお姉さんが「はい、OKでーす」と言った。それを合図に私はゆっくりと脚を地面に戻す。
「ふぅ、ありがとうっす。また、ライブもいくのでそのときはよろしくっす」
「は、はーい。よろしくでーす」
なんとか一人目の撮影が終わる。本当は手で出口をギュッと抑えたいのだが、そんなことはできないので、代わりに衣装の裾をギュッと掴む。全然尿意は収まらないが、何もしないよりは幾分ましだった。
(はぁ…… 撮影、あと二人もぉ、しかも最後、愛糸だしぃ)
「あの、よろしくて? 」
全然知らない人に突然声をかけられた。びっくりしてチビってしまいそうになったがなんとか耐えた。私に声をかけたのは赤と黒のロリータ服を着た女性だ。客席にいるときから目立っていたけど近くで見るとすごいキレイな人だ。
「あ、ゴメンナサイ。ちょっと疲れちゃって…… 」
「かまいませんわ。では、真っすぐ立って脇を締めていただけるかしら? 左手は体に沿わせて。右手はお盆を持っているイメージで顔の横くらいに固定していただけますか? 」
「あ、はい、こうですか? 」
メイドさんがお盆を持っているようなポーズをすると、女性は「はい、このポーズでお願いしますわ」と言って司会のお姉さんにスマホを渡した。この体勢もなかなかにキツイ。さっきのポーズほどではないが、背筋を伸ばすので、尿道が地面と垂直になり、おしっこが重力に引っ張られている気がする。
早く終わってくれと祈りながら撮影をして、本日二回目の「はい、OKでーす」によって私は直立ポーズから解放された。
「ありがとうございます。とっても可愛い方なんですのね。今度は知り合いと一緒に会いに来ますわ」
「あ、えっと、はい。次はぜひメンバーみんなが出ているライブに来てくださいね」
「あら、あなた以外にも…… それは楽しみですわね」
女の人はフフッと笑ってからステージを降りた。そして三人目との撮影が始まる。
「よ。あんた、前あったときと全然違うな」
「こ、こら〜、そういうことは言わない約束だぞ〜」
愛糸は「フッ」と微笑んだ。その笑顔はなんともムカつく笑顔だった。
「三番の方はどんなポーズにしますか? 」
愛糸はしばらく考えている様子だった。私としてはもう何でもいいから早くイベントを終わらせたいのだが……
「じゃ、ピースサインで」
「はい? 」
司会のお姉さんの間抜けな声がマイクを通して会場中に響く。私も意味がわからなかった。
「あの、もっと詳しく」
「右手でピースしてくれりゃいいよ。それ以外は指定なし。ダメ? 」
「いや、別にいいんですけど…… 」
「じゃ、早く撮ろ」
そういって愛糸はスマホを司会のお姉さんに渡して、私の横に立った。
「ほら、早くしなよ。右手でピースくらい出来るだろ? 」
「う、うん…… でもなんで…… 」
「そりゃ、あんたがトイレ我慢してっから複雑なポーズさせて漏らされたら困ると思って」
カアッと顔が熱くなった。
(ウソ? え? なんで知ってるの? )
私のことなど気にせずに、愛糸は私の横で同じ様にピースサインをしている。私はおしっこを我慢しているのがバレたのが気になって全然ポーズが取れなかった。
「あの…… “シー・ズー”さん? ポーズをお願いしてもいいですか? 」
「ほら、司会の人困ってんじゃん。さっさとポーズ取れよ。”シー・ズー”さん」
愛糸はムカつく笑顔でこっちをチラッと見た。しかも前会ったときはずっと”あんた”呼びだったのに、こういうときに限って芸名で呼ぶのもまたムカつく。ちょっとだけイラつきながら私は右手でピースサインを作った。しばらくして司会のお姉さんが「OKでーす」と言い、撮影会は終わった。
愛糸は去り際に「あんま我慢すんなよ。体にわりぃぞ」とデリカシーのないセリフを吐いてきたので噛みついてやろうかと思ったが、今はそんなことをしている場合ではない。
「はい、本日のステージはここまでです! “シー・ズー”さん、ありがとうございました〜! 」
司会のお姉さんのセリフの後、私は客席に手を振りながら舞台袖へとハケる。といっても簡素なステージなので袖までいってもまだ人からは見える。私は段取り通り、衝立で作られた臨時の楽屋に入った。
「”シー・ズー”さん、お疲れ様です! 今日もとっても可愛…… 」
「ゴメン、私トイレ行きたいの! 場所教えて! 」
マネージャーさんのねぎらいの言葉を遮り、私はトイレの場所を聞く。もう人目はマネージャーさんのものしかないので、腰を目一杯引いて、脚の間に手を挟んだ完璧な状態でのおしっこ我慢だ。
「えっ、トイレですか? 楽屋出て右手にショッピングモールのトイレがありますけど、お客さんも使ってるので衣装のままいくと目立…… 」
「ありがと! 」
そう言って私は駆け出した。後ろではマネージャーさんが「あ、待って! 」と私を静止しようとする声と、直後に何かにつまづきドターンと派手に転んだ音が聞こえた。マネージャーさんは心配だけど今は私のおしっこだ。
マネージャーの言った通り、楽屋の右を見るとすぐにトイレの表示が見つかった。私はアイドル衣装のまま、走ってその場所を目指す。途中、何事かと私を見る視線を感じたがいちいち立ち止まってはいられない。ここで立ち止まればもっと注目を集めることになる。
ジョワワ
おしっこが少しだけショーツに染み出す。もう一刻の猶予もない。急がなければアイドル衣装のままおもらししてしまう。それだけは避けなければならない。私は走った。走って走って、ついにトイレにたどり着いた。
トイレの個室はイベントの後にも関わらず奇跡的に一番手前の個室が開いていた。私は体を個室に滑り込ませて、後ろ手にガチャンとカギをかける。そして、スカートをガバッとまくり上げ、ショーツを下ろして、便器に座った。座った瞬間に私の中にたまっていたおしっこがあふれ出した。
ジョババババババババババババ
(はぁ、やっと、おしっこぉ)
思わず吐息が漏れる。ずっと我慢していたものを正しい場所で出すのがこんなに気持ちいいとは知らなかった。
ジョババババババババババ
おしっこは全く勢いを落とさない。ずっと個室内に轟音を響かせている。冷静になった私は音消しのための機械を作動させた。だが、ちゃんと音が消せているのか不安になるほど、私のおしっこの音は大きかった。
(すごっ、私こんなに我慢してステージ立ってたんだ…… )
自分の頑張りに感心する。お腹の当たりだけ衣装の締め付けが弱くなっていくのを感じて、さっきまでお腹が張り出すほどのおしっこがため込まれていたことを知る。ジュウウウウウとおしっこが出るほど、衣装の締め付けは弱くなっていた。
ジョボボボ……
(ふぅ〜、めっちゃ出たぁ。これ一リットルくらい出たんじゃない? いや〜、私頑張ったね)
思わず自分を褒める。このときは自分のせいでこんなにおしっこを我慢していたことは頭からスッポリ抜けていた。
しばし放尿の快感に身を委ねた後、私は残ったおしっこを拭き取り、水を流してトイレを後にした。すれ違った女性が「えっ、”シー・ズー”? 」とコソコソ言っているのが聞こえたが、無視して楽屋へと向かう。早く衣装を着替えて帰り、次の計画を考えたかった。
「お、その顔は間に合ったみたいだな」
だが、私の歩みはトイレを出てすぐに止められた。
「あ、愛糸?! なんでここに…… 」
「俺もトイレ。別にいいだろ、誰が公衆トイレ使っても」
たしかに愛糸の指す方向には男子トイレがある。かといってこんなにタイミングよく出会うものだろうか?
「とりあえず私着替えなきゃだから、じゃ」
「あ、ちょい待ち。これだけ言わせて」
愛糸は私を引き止める。なんだろ? まさかまた「おい、衣装ちょっと濡れてんぞ」とかいじってくるのかな? いや、今日の態度を見たらそうに決まってる。私をフッたことに対する申し訳なさが微塵も見えなかったもん。私は愛糸が何をいっても絶対に反論してやろうと言葉を用意する。
「…… ゴメン」
出てきた予想外の言葉に私は固まる。何を謝っているのだろう。全然わからない。私が呆然としているのをいい事に愛糸は言葉を続ける。
「その、あんな風にフッてゴメン。あのとき、泣いてるあんた見て、ミスったなと思った。だから、直接謝りたくてここに来た。まさか座席と撮影会が当たるとは思ってなかったけど…… 」
そういうことだったのか。愛糸は一応反省してくれてたみたいだ。愛糸はさらに言葉を続ける。
「でさ、俺決めたわ。アイドルだろうとあんたと付き合う。面倒事は増えるかもしんねぇけど、それも何とかする。絶対あんたの活動の邪魔はしない。だから…… 付き合ってくれ」
愛糸は深々と頭を下げた。嬉しい。けど、ちょっとマズい。さっきからめちゃくちゃ周りの人が見ているのだ。
「愛糸! ここでそれはマズいって! えっ〜と、ちょっとこっち来て! 」
私は愛糸の手を取り、楽屋に走った。後ろをチラリと見ると、わけがわからないという顔をした愛糸と一斉にスマホを取り出す大勢の人達が見えた。
(あ〜、これ完全にバレたわ…… )
最近のアイドルは恋愛禁止とまではいかないが、やっぱり相手がいるのはマズイ。こういうとき頼りになるのがマネージャーさんだ。さっき私の後ろで派手に転んでいたようだけど、ドジさえしなければ何でも出来る超人なのだ。
私は楽屋に愛糸を連れ込み、マネージャーさんに助けを求めた。マネージャーさんは「えぇ〜、急に言われても困っちゃいますよ〜」とは言っていたが、すぐにスマホでSNSの拡散状況のチェックや事務所全体としての対応策を立ててくれた。やっぱりマネージャーさんは仕事ができる。一回、間違えて実家に電話してたみたいだけど……
マネージャーさんが忙しくしている間に私は連れ込んだ愛糸とちょっとだけ話した。
「愛糸、さっきの返事だけどさ…… 」
「うん、大丈夫。もう付き合うのは無理ってあのお姉ちゃんの忙しさでわかったから」
「違うよ。返事はOK。これからよろしくね」
「はぁ!? だってあのお姉ちゃん、めちゃくちゃ涙目だぞ。ここは『実は親戚の子』とか適当なこと言ってスキャンダル回避するんじゃねえの? 」
「大丈夫、あの人ならいつも涙目だから」
「あんた鬼だな…… 」
「あ、その”あんた”って呼ぶの禁止ね。ちゃんと名前で呼んで。ちなみに苗字呼びも禁止ね。おにぃとごっちゃになるから」
愛糸は「めんどくせぇ…… 」と言いつつ真剣な顔で呼び方を考えてくれる。やっぱなんだかんだ言って優しいんだね。
「よし、今日からあんたのことは”シヅ”って呼ぶわ。名前の頭二文字とっただけだがまあいいだろ」
「うん、それでいいよ。改めてよろしくね、愛糸」
「はいよ、シヅ」
笑顔がこぼれる。よかった、愛糸と付き合えて。よかった、アイドル辞めなくてすんで。今日は運が悪いと思ってたけど、とんだラッキーデイだね。やっぱり私の日頃の行いがいいからかな?
しばらくはそう思っていたけど、私の行動のせいで頭が取れそうなほど首を振って謝罪しているマネージャーさんを見て思い直す。
(…… 次、愛糸と会うときはもっと慎重に会お)
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お読み頂きありがとうございます!
もしお気に召されましたら、ぜひぜひフォローや☆評価など頂けますとありがたいです<(_ _)>
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