機械少女は人類が滅びた世界で旅をする

里予木一

File1:翼持つ大蜥蜴

 〇月×日 本日も知的生命体は発見されず。


 ソフィアは目を閉じたままその報告を聞き、嘆息した。


「今日も一日予定はなし。本でも読もうかな」


 自分に言い聞かせる呟き。ソフィアはこの人類が滅びた地で、新たな知的生命の発生を観測する機械人形だ。


 彼女には腕も手もない。観測だけを繰り返す日々に、何かを掴む機能は不要だからだ。それどころか足もない。浮遊する機能を有しているから、歩く必要などないのである。でも。


「本を読むには、手があったほうが良いからね」


 彼女が暮らすこの研究施設には、地上に在ったあらゆる書物のデータが保存されている。ゆえに内容が知りたいだけならば、圧縮されたデータをそのまま解析すればいいのだ。だが。


「最初っから結末がわかっちゃ、つまらないよね」


 ソフィアは本をことが好きだった。そのために、普段は閉じられた目を開け、わざわざを用意した。腕の部分は読書には不要なので、手袋に包まれた手首から先だけ。物理的には繋がっていないが、きちんとされており、彼女の意思では自由に動かせる。


 ソフィアはそのを使ってページをめくり、物語に思いをはせる。とある少年の大冒険。伝説の剣を手に、仲間たちと様々な魔物を倒し、魔王を倒すために困難を乗り越えていくストーリー。


「いいなぁ。楽しそうだなぁ。『旅』。してみたいなぁ」


 ソフィアは呟きながら、物語をゆっくりと先に進めていく。急ぐ必要はない。時間は無限にある。彼女が前任の機械人形から、監視任務を引き継いで十五年。知的生命が発見されることはなく、ずっと同じような日々を過ごしている。きっと、彼女自身も耐用年数が過ぎるまでこうして無限にある書物を読み続け、次の機械人形へ仕事を引き継ぐのだろう。


 ――旅をするための足もなく。ただ、叶わぬ夢を、見続ける。


 機械人形は決められた命令に背くことはない。彼女がここから離れる時は――。


 ビー! ビー! ビー!


「――え?」


 研究所に突如鳴り響く警告音。この十五年、変わらぬ時間に報告を告げたセンサーが、初めての声を上げる。


『知的生命体が、発見されました。速やかに観測を行ってください』


 ソフィアがここを離れるのは――対話ができる相手が、見つかったとき、なのだ。


「ぼ、冒険の、はじまりだぁ……!」


 生まれて初めて、ソフィアは喜びの感情を発信した。――人工知能に組み込まれた、でも決して使うことのなかった機能。初めての感情に混乱しながら、彼女は出発の準備を始める。


「ええと、外に出るための服、と、帽子、と。あっ、何か持つかもしれないし。手。危ないからちゃんと頑丈な手袋。それから……」


 彼女の感情を表すように両手がふわふわと浮かびながら右往左往する。


「……せっかくだし、地面、踏んで歩きたいよね。うん。浮けるけどさ。たぶんそっちのが楽だけどさ。どんな感じか、知りたいじゃん。草とかさ、踏んでみたい。よし、足! あと靴! 危なくないように頑丈なブーツ!」


 バタバタ――正確には、ぷかぷかと、研究所の倉庫に向かい、様々な機械人形のパーツを漁る。お望みの服と帽子を見つけ、足首から先の部品に茶色いブーツを履かせする。腿からふくらはぎの部分は繋いでいない。だって、多分あると不便だし。


 顔と、身体と、手先と足先だけ。まるでお化けみたいだ。でも不思議と、悪くない。


「お化けは足がないもんねー私あるもんねー」


 ふんふんと、生まれて初めての鼻歌なんて歌いながら、ソフィアは研究所を飛び出した。扉を開ける瞬間、胸は激しく高鳴った。


 ――眩しい。モニターやライトとは違う。貫くような光と、熱。


 研究所は地下にある。ソフィアが出たのは地上出口。周囲は大小さまざまな植物で覆われ、様々な虫が視認できた。――嗅いだことのないにおい。これが――草や土のにおい、なのだろう。


 情報量が多すぎて、ソフィアは少しくらくらした。でも、大丈夫。身体は浮いているから、倒れたりはしないのだ。脚、なくて正解だね。


「うわああああああああー!!!! 外だあああああー!!!!!」


 機械人形は、命令に逆らえない。どんなに願っても、ソフィアの意思では、見ることができなかった世界。彼女は今そこに、自分ので立っていた。


「あ。ダメダメ浮かれてちゃ。浮いてるけど。任務の遂行が第一。えーっと観測地点は。ここから……北東へ、およそ、二百キロ……? ええ……何日、かかる……?」


 一日二十四時間。不眠不休なら一日半程度だろうか。


「エネルギーは太陽光から生成できるから日中だけ歩くのがいいかな。浮遊装置も起動しっぱなしは良くないから適度に休憩を入れるとして、一日……十時間くらい? 四日とか、かな。うん。まぁ、ちょうどいいか」


 機械人形は疲労しない。ただ得る情報量は多いから、定期的にスリープして整理は必要になるだろう。


「食べ物と水はいらないもんね。よし、じゃあしゅっぱーつ! ごーごー!」


 こうしてソフィアは、念願だった旅に出る。太陽の光を浴び、草木の香りを感じ、大地を踏みしめながら。


◆◇◆◇◆◇


 一日目。見るものすべてが新鮮でちょっとはしゃぎ過ぎた。何回か石に躓いた。浮いてなかったら大変だったと思う。


 二日目。色々な生き物を見つけた。たくさん記録した。綺麗な蝶を見つけられたのは嬉しかった。いつか捕まえたい。


 三日目。雨が降った。噂には聞いていたけどびっくりした。帽子にシールド機能が付いていたので事なきを得た。雨が世界を叩く音は何となく楽しかった。


 四日目。山を登った。浮いてなかったら絶対無理だったと思う。途中であきらめて足を手に持った。次はちゃんと登りたい。そして――山の頂上、目的地に着いた。


◆◇◆◇◆◇


 頂上にいたのは、生物学的に表すなら、巨大な蜥蜴だった。大きな羽が生えている。でも、ソフィアの知識には、もっとわかりやすい呼称がある。


「――ドラゴン!」


 大きな山の上、そこに数頭のドラゴンが転がっていた。もう夕方が近い。爬虫類と同じなら、体温が下がると活動しないかもしれない。


「知的生命……なのかな。確かに物語の中のドラゴンは、喋ったりしていたけど」


 そもそも、なぜこの世界にドラゴンなんてものが発生したのだろう。あのセンサーで発見されたということは、突然変異ではなく、きちんと種として確立されているということだ。


 疑問は尽きないが、まずは対話を試みたい。知的生命であるなら、意思の疎通ができるはずだ。――それができないなら、センサーの故障ということになる。


「こんにちはー。あの、言葉は通じないと思うんですけど、ちょっとお話しませんかぁー」


 人類がかつて使っていた共通語で会話をしてみるが、反応はない。ソフィアは悩む。ドラゴン同士のコミュニケーションを観察して、鳴き声などを解析するのが良いだろうか。そういったソフトウェアは、ソフィアの身体に搭載されている。


『……何用だ。小さきもの』


「えっ」


 ソフィアは声を聞いた。いや、音ではない。脳内に直接、という感じだ。振動? いや、脳に直接『意思』を飛ばしている? そんなことができるのか? 返事は、どうしたらよいのだろう。


「私、その喋りできないんですけど、あの、伝わりますか」


 ソフィアは再度話しかける。もしかしたら、さっきの声は通じていたのかもしれない。


『言葉は分からないが、意思は伝わる。要件を言うが良い』


「えええええ。すっごい。なんて高度なコミュニケーション! ど、どうやってる……? いや、なんか、色々聞きたいことが山積みだから、ちょっと整理させてください。ええと、まずあなたのお名前から――」


◆◇◆◇◆◇


「はぁー、素晴らしい時間だった……初めて他の人とお話した……人じゃないけど」


 あれから二日後。ソフィアはドラゴンが拒否するまでひたすら質問攻めをし、様々な情報を入手していた。彼らは夫婦で、最近子供が三頭生まれたらしい。――おそらく、それを契機に『種』として認知されたということなのだろう。


「また、話しに来たいなぁ」


 ドラゴンからは、しばらく子育てで忙しいから一年後くらいにしろと言われている。その時は色々お土産とか、彼らの喜ぶものをもって来よう。お互いの対話方法も教えあったし、練習しておくんだ。


「この世界は、人類が滅びる前とは別の進化を遂げている、ってことなんだね」


 もしかしたら、物語で読んだような、様々な種族が今後生まれてくるかもしれない。もしかしたら――いずれ人類も現れるかもしれない。


「私の耐用年数はまだまだあるし。その日を楽しみにしていよう」


 ソフィアは自分ので研究所へと戻る。初めての旅はこれで終わりだが、きっとこの先、旅に出る機会はたくさんあるだろう。そんな予感がする。


「退屈な日々、終わっちゃった」


 物語みたいな冒険が、きっと彼女を待ち受けている。もう一人じゃないのだ。


「敵対的な種族がいたら困るから、剣とか、作ってみようかな。魔法……は難しいかな。ビームなら何とか……」


 ぶつぶつと、次の冒険に思いを馳せる。憧れた本の中の世界は、今現実のものとなった。一人の機械人形が描く物語ファンタジーは、これから始まる。


◆◇◆◇◆◇


 レポートFile1:ドラゴン(竜)


 体長は種類によってまちまちらしい。視認したドラゴンは二十メートルほどだが、もっと大きくなる模様。全身鱗に覆われ、翼を持ち、口から炎などを吐く。大型爬虫類を彷彿とさせる外見をしているが、知能は非常に高く、特殊な能力を保有する。また、種類により体色、有する能力、特性も異なるらしく、翼を持たないものや毒を吐くドラゴンもいるらしい。


 鋭い牙や爪を持つため肉食性のように見えるが雑食。その体格に合わせ大量の食物を摂取するが、食いだめが可能らしく、しばらく食料を取らなくても活動可能。体重も相応に重いため翼のサイズを考えると空を飛ぶことは困難と思えるが、特殊な力を有しているため、高速飛行が可能。戦闘能力は非常に高いが、基本的に好戦的ではない。ただし縄張り意識が強い個体もいるとのこと。


 好奇心は旺盛で、特殊能力によりあらゆる種族との意思疎通ができる。他にも様々な能力を有しているらしい。続報があれば追記する。


 推しポイント:かっこいい!

 

 


 

 

 


 


 


 

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