File8:新たな機械人形
「人手不足!」
ソフィアはデスクの前で叫ぶ。――手だけなら増やそうと思えば増やせるが、稼働する頭脳は彼女自身なのであまり意味はない。
「新たな知的生命体の発見、発見した知的生命体の継続調査、設備管理、改修にデータの記録、レポートのまとめ……やることが多すぎる!」
その上でみんなを集めてパーティをしようなんて考えているものだから、完全に時間が足りない。ソフィア自身は寝ずとも稼働可能だが、どうしてもメンテナンス時間は必要になる。無茶な稼働は寿命を縮めることになりかねない。
「というわけで……新たなメンバーを製作します! えーっと、確か機械人形の製造メニューは……」
ソフィアは各種初期設定を行い、製作プロセスを走らせる。素体を選び、外見や特性など様々なパラメータを設定していく。
「最終的に、私が動かなくなった時のバックアップもこなしてもらわなきゃならないから、性能面では私より高くないと困るな。あと……追加機能も付けたいよね。やっぱ対応力がある方が良いから、ここを着脱式にして――」
素体は旧人類史における最新機種、TK-990000Cにすることにした。ソフィアの型番とほぼ同じだが末尾Cが付け加えられている。要は彼女の改良型である。
「よし、設定完了。完成までは……人工知能や稼働試験含めて一カ月くらいかぁ。……楽しみだな。仲良くなれるといいんだけど」
そんなことを考えながら、まだ見ぬ後輩に思いを馳せつつ、ソフィアは研究所を飛び出した。――やることは山積みだ。
◇◆◇◆◇◆
「大きくなれよー」
ソフィアは植木鉢から生えた、小さな木に水をかける。例のエントの分身だ。まだ自我はないが、土や栄養など工夫をしたら通常よりだいぶ早く育っている。と、部屋の中に小さなアラームが響いた。……そうか、もう一月経ったのか。
「お、ついにできたね後輩ちゃん。待ってろー、今会いに行くよー」
ソフィアは機械人形製造プラントまで走る。
「いたー!!!! はじめまして!」
プラントの入り口に立っていたのは、黒髪の少女。ソフィアと同じく、腕と脚は装着されていないが、浮いている身体の他に手と足がある。ちょうど腕と脚が透明になっているような感じだ。黒髪のショートボブ。体格は華奢で、首元のチョーカーがアクセント。やや釣り目で、少し眠そうにも見える表情。
「…………どなたですか?」
「キャー! かわいい! 先輩のソフィアです!」
「初めまして。私の名前は…………あれ、登録されてないです」
「あっ、そうそう。私ネーミングセンスないから一緒に考えようかと」
「一緒に? どうやって決めれば……?」
「う、うーん……私はなんか最初っからつけてもらってたからなぁ……なんだろう、何かの一部をもらうとか、引用するとか……?」
「一部……私にある個体特徴は――素体の型番くらいですね。なら――TK」
「それはなんかうーん。音楽プロデューサーの香りがするからやめよう」
過去のデータで見た気がする。
「……理解不能です。では、C」
「C? シー。シィ。……しぃちゃん。シィちゃん。うん。ありかも、かわいい。いいね。なんかしっくりきた」
「良いですか? 承認されたので、本日から私はCと名乗ります。ソフィア先輩。よろしくお願いします」
「うん。よろしく、シィちゃん」
二人は宙に浮いた手を重ね、握手を交わす。――こうして、共同での研究所生活が始まった。
◇◆◇◆◇◆
「んじゃシィちゃん、一度挨拶に行ってみようか」
ソフィアとシィはしばらく、各種知識の共有、知的生命体情報の説明、ドラゴン式意思疎通法の指導等様々な研修活動を行っていた。さすがに元のスペックが高いだけあって、シィの学習能力は高くみるみる知識を習得していく。――あとは、実践あるのみだ。
「挨拶? どちらに、ですか?」
「どこがいいかなぁ。シィちゃん鳥とイルカとタコとライオンと蛇、どれが好き? あとドラゴンと樹木とかー他にも――」
「……理解不能ですが、その中であれば……ドラゴン、でしょうか」
「ほう。理由は?」
「……格好いいからです」
少し頬を赤らめて、シィは言った。
「好き」
「え?」
「なんでもない」
ソフィアは咳払いをする。
「そうだねー。ドラゴンさん会ってからもうなんやかんや一年は経ったし、行ってみようか。シィちゃん準備。靴はいて、手袋して、出かけよう。あとお土産も持ってかないとね」
シィに声を掛けると、ソフィアは立ち上がり荷造りを始める。――ドラゴンに会えることももちろんだけど、シィと共に出かけるのが、なんだか楽しみだった。
◇◆◇◆◇◆
「はい、ということで到着! ここがドラゴンの里でーす」
見るものすべてに感動しながら歩くシィを微笑ましく見守りながら、ソフィアたちは前と同じ道を通り、ドラゴンの住処へと到着していた。
「…………すごい、本当に、ドラゴン」
シィは、集落に点在する大きなドラゴンを見て絶句している。まぁそりゃそうだよね。映像は見せたけれど、あんなものはいくらでも加工できるし目で見た時の迫力は段違いだ。旧世界では観測されていなかった生物だし。
「来たか。小さきものよ」
地響きのような声が響く。――えっ?
「あれ! 共通言語喋ってる!」
ソフィアの驚きの声にドラゴンは笑い声をあげる。
「その様子なら通じているようだな。覚えた甲斐があった」
「えーすごいすごい。さすがだなぁ。ちゃんとしたテキストとか用意してなかったのに」
使用されている文字や発音、日常的な単語についてまとめた冊子をその場で作って渡しはしたものの、十分な資料では到底なかったはずだ。
「我々は記憶力が良いからな。実際のお前が行った発音や、会話などすべて記憶してある。とはいえ、まったくデータが足りんからな。意思疎通法と並行して、今回は常に共通言語で会話してくれ」
「うん。了解ー。じゃあまずは……この子の紹介からかな」
ソフィアは目を大きく見開きドラゴンを見つめるシィの肩を叩く。
「は、初めまして、シィと言います。お会いできて光栄です」
「ああ。我はディアスポラ。よろしく。貴様は――ソフィアの
「そうです」
「違います」
肯定するソフィア。否定するシィ。
「どっちだ」
「先輩、理解不能な冗談はやめてください」
「真面目だなぁシィは。でもまぁ、彼女の呼んだ通り、私の友人で同僚で後輩にして後継だよ。今のところは」
ソフィアの回答にディアスボラは頷く。
「……なるほど。関係性は理解した。しかし、今日はなぜここへ?」
「一年経ったから、また話を聞きにきたのと、色々お土産持ってきたのと、この子の紹介。あとは――まだわかんないけど、そのうちパーティをやるつもりだからさ。その声掛けね」
「……そこまで情報量が多いとなかなか聴き取れんな。意図は理解した。パーティと言うのは?」
「あなたたち以外にも色んな知的生命体に会ってね、せっかくだから交流してもらったほうが良いなと思ってさ。一度研究所か、その近くに来てもらって、みんなで顔合わせなんかしようかと」
「ほう……簡単ではないが、面白そうだな。今までどんな種族に会ったのだ?」
「ああ、じゃあその辺から話そうか。――シィちゃん。一応さ、会話した内容記録しておいてー。映像は残すつもりだけど、把握のためにも議事は取って損ないから」
「はい、承知しました」
そんなこんなで、ディアスボラの家族や仲間も含めたインタビューを行った。最初は聞いているだけだったシィも、途中から段々と会話に混ざり、積極的に意見を交わすようになっていった。そして――三日後。
「さて、じゃあそろそろ、帰りますかね」
「大変有意義な時間でした。本当にありがとうございました」
「いや、色々と土産ももらっているしな。パーティとやらも楽しみにしているぞ」
ソフィアが歩いて帰ろうとした際――シィが手を上げた。ディアスボラが怪訝そうな顔をする。
「ん。何用だ、シィ」
「……失礼だったら大変申し訳ないのですが……その、背中に乗せていただくことは、できたりしないでしょうか」
頬を赤らめながら、子供のような瞳で、ディアスボラにお願いをするシィ。
「か、かわいい! 私が、私が乗せます! さあおぶさって!」
「……理解不能です。あなたの背中に乗っても楽しくありません」
「そりゃそうだけどさぁ!」
ソフィアとシィが言い合っていると、ディアスボラが大笑いした。
「構わんぞ。せっかくだ、貴様らの研究所まで乗せて行ってやろう」
「え! いいんですか! やった! ありがとうございます!」
飛び跳ね――るというか、高く浮き上がりながら喜びを表すシィ。
「いやー帰るの面倒だなーと思ってたから助かるわー。色々もらったもの、採集したもの持って帰らなきゃならないし……ありがとね」
そのまま、ディアスボラの背中に乗り込む。グリーンの鱗が美しい。
「私たちの手足だと吹き飛ばされる可能性があるなぁ」
物理的に接続がされていないので、油断すると簡単に飛ばされてしまうだろう。
「あ、そうか。なるほど……この体、結構不便ですね」
「とりあえず手足はリュックに詰め込むかぁ……。で、身体はディアスボラさんの背中に括りつけて」
まず自分達の手で、ディアスボラの背中にロープで自身の身体と荷物を縛り付け、吹き飛ばされないようにする。あとは手足を回収し、リュクに詰め込んで終わりだ。
「なんか……こうやって手足がぎゅうぎゅうに入ったリュック、猟奇的ですね」
「ほんとにね……ワイヤーアタッチメント、持ち歩くようにしたほうがいいかもなぁ」
ぶつぶつと言う二人を背中に乗せ、ディアスボラは大空へと飛び立つ。既に研究所の位置は共有済みだ。実は研究所はシールドで隠蔽されているので、その存在を認識していない限り検知できないようになっている。
「わぷっ。風、つっよ! 気持ちいいー!!!!」
「景色が最高ですね……! こんな経験ができるなんて……!」
ソフィアとシィは強風に煽られながらも、眼下に広がる景色と、風邪を受ける感触にひたすら感動をしていた。――だが。
「あ、風でチョーカーが飛んでっちゃいました……バイオ素材ですかね、アレ……」
シィの首に巻かれていた黒いチョーカーが、強風で留め金が外れ、吹き飛んだ。
「あっ……ヤバ! 忘れてた! シィちゃん、ちょっと首押さえて!」
ソフィアが慌てて叫ぶ。
「えっ、無理ですよ。手ないですし」
「そ、そっか。あのね。私、シィちゃんの設計した時に、私より機能を増やしたいなーと思ってさ……私たちの手足みたいに、首、着脱式に設定しちゃったんだよね」
「……は? え? なんでそんなこと? 理解不能な――んですけどぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――」
ソフィアの言葉の直後、突風に襲われ、シィの首が文字通り吹き飛んだ。声が段々と遠くなる
「シィーちゃーん!!!!!! ごめーん! チョーカーで留めときゃ外れないから、大丈夫と思って忘れてたー!!!! いやーカッコいいからって、首取れるのはまずかったかぁ」
一応、首だけでも飛行は可能だし、そもそも頭脳やらセンサー系はほとんど頭についている。万が一身体が何者かにやられても首だけで浮遊して行動が可能となるよう設計されているので、一応、帰ってはこれる、はず。たぶん。頭の位置は研究所に帰れば確認できるし。
「研究所の位置は本人もわかってるし。飛んでるからそれなりに近づいてるし。……たぶん、何とかなる……きっと」
ただ、、戻ってきたらめちゃくちゃ怒られるだろうけれど。
「彼女の好きな物、何だろうなぁ、ご機嫌取りしないとなぁ」
ソフィアはそんなことを呟いて、夕暮れの中、ドラゴンの背に乗り、ため息をついた。
◇◆◇◆◇◆
レポートFile8:機械人形(シィちゃん)
仮に脚があった場合の身長159センチ。体重は秘密。旧時代の最新機種で、ソフィアと比較すると全体的にスペックが少しずつ高い。基本的に真面目で几帳面。口癖は『理解不能』。格好良いものや可愛いものが好きで、ドラゴンに憧れがある。
ソフィアと同様、本体は身体だけである。ただ、シィの場合自分の足で歩きたいという意思は別に強くないので、わざわざ足を接続する必要性について疑問を持っている。一応先輩の言うことには従うので、外出時には装着するようにしている。
ソフィアの趣味により、首が外れる。頭部だけで活動できるよう設計されている。そのため若干頭が重い。それ以外にもいろいろとギミックが仕込まれており、シィ自身はあまり把握できていない。発覚するたびにソフィアが怒られている。また、完全に製作者の趣味嗜好により、煙草型のカートリッジでエネルギー補給が可能となっている。
推しポイント:かっこよくてかわいくて頭も良くて最高の後輩
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