File7:森にすむ人

「本日は、アミューズメントのテストをします!」


 ソフィアはそう宣言し、暗い部屋で大きなボールを手に持った。


「やっぱり、何かあったときに戦い以外で勝ち負けを付ける方法はあったほうがいいなと思ったのと、純粋にゲームとしてみんなで楽しめるんじゃないか? ということで選定しました。これ、ボウリング!」


 色々と検討したが、シンプルにルールがわかりやすく、かつ初心者でも楽しめ、危険がないもの、ということでボウリングを選定した。……あと、一人でも遊べるしね。


「私なら一人で手足を複数用意できるから大体の対戦型スポーツはできるけどさすがに面白くないし……」


 それこそ、独り相撲である。


「というわけで、準備しました、ボウリングレーン! 旧時代の設計図を元に、建築用マシーンを使って点数計算やピン並べ、ボール回収の機構まで完全再現!」


 実は研究所の地下は整備された広大な土地と、建材や建設用機械が残されており、旧世代にあった施設を自由に建設可能なのだ。主に知的生命の研究や発展の補助に使うことが目的であるが、ソフィアの解釈ではその目的から大きくは外れないので、ボウリングのレーンを作っても全く問題はない。


「さあて、映像は見てルールは理解したけど、やったことはないからね……腕と脚がないから綺麗なフォームで投げるのは難しそうだけど、まぁ取りあえずボール投げて、ピン倒せればゲームにはなるし、とりあえず試してみましょう」


 ソフィアは三つの穴に右手の指を入れ、ボールを構える。あまり重いと穴が緩く落ちそうだったので、軽めのボールにしっかり指を押し込んだ。


「さぁ第一投……いっけぇー!!!!」


 取りあえずフォームは気にせず全力で投じる。ボールは転がることなくレーンの上を突き進む。よし、この威力なら、ストライクも夢じゃない――って、アレ?


「右手が離れてなーい!!!!」


 ボールと共に飛んでいく右手。そうか……腕がないから投げたときにうまく指が抜けなかったか……。


 小気味よい音と思に十本すべてのピンが倒れた。それ自体は喜ばしいことだったが。


「私の右手が! 吸い込まれていく!」


 レーンの奥、ピンとボールが暗い闇の中に吸い込まれていった。……しばらくした後、ピンは並べられ、ボールはソフィアの元に帰ってきたものの、肝心の右手は戻らない。


「ゴミとしてどこかに吸い込まれた……? こ、困るんですけど……」


 あとで回収しなければ……。しかし困った。恐らく慣れれば問題ないのだが、ソフィアが力のコントロールを上手くできない上に、腕がないため手が飛んでいくことを止められないのだ。


「うーん。あ、そうだ。予備の右手を取りに行くついでに、対策を打とう」


 ソフィアは倉庫に戻り、右手の予備を持ってきた。――ワイヤー付きの。


「ワイヤーがあれば、もしボールと一緒に投げてしまっても回収可能! 第二投、ゴー!」


 ソフィアは腕の付け根に右手から伸びたワイヤーを装着して先ほど同様思いっきりボールを投げる。やはりうまく指を外すことができず、再び右手ごとボールが飛んで行った。だがこれは想定通り、ワイヤーが伸び切ったのち引っ張って手を回収すれば良いのだ。


「……アレ? 思ったよりワイヤー長いな。……あ、前に海中で使った時に伸ばしててたっけ」


 ボールはレーンを滑りすごい勢いで再びピンを全本なぎ倒した。すっとらーいく。そのままの勢いで右手ごとレーン奥に吸い込まれていく。


「あ、伸び切った。じゃあ回収を……って、うーん。えっ、引っ張れない。どころか、引きずられてる。え? これ、中入ったものは強制的に運ばれちゃうの? ちょっと、停止、停止命令を――!」


 ソフィアの身体はずるずるとワイヤーに引きずられ、レーンを滑っていく。すごい力だ。これ、欠陥では? もし間違えてレーンに飛び込む人がいたらどうするの?


「いやいやいやいやいや、怖いって。ちょっと、ねぇ。きょ、強制停止命令……あ、外部からの受信機能付いてない? 物理ボタンしかないってこと? どこ、ボタンどこ、やだやだいやだ。す、吸い込まれる……これ知ってるよ、あの旧時代にあったアレ、ゴミ収集車みたいな感じ――ああああああああーやめてえぇぇぇぇぇ――」


 ソフィアの身体は抵抗むなしく、ボーリングのレーンの奥。漆黒の闇の中に飲み込まれていった。あとに残ったのは、レーンの手前に置かれた彼女の足と、戻ってきたボールのみ、だった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「……ひ、ひどい目に遭った。旧時代の設備は融通が利かないな……受信装置つけて、あとなんか色々改造しないと、危なくて遊べない」


 そもそも右手がレーンに吸い込まれることなんて滅多にないだろうが、世の中色々な種族がいるのだ。何が起こるかわからない。


 設備の安全性について考えながらソフィアが向かっていたのは、研究所から東方向にある深い森の中である。そこで、新たな知的生命体反応が確認されたのだ。


「動物、虫はたくさんいるけど、知的生命体は見つからないなぁ……反応があったのはこの辺だけど、でっかい木があるくらいで……」


 巨大なナラの木。大きさは、五十メートル近くありそうだ。


「この木のうろとかに住んでるのかなぁ。登ってみるか……」


 ソフィアは身体を浮かせて、木の真ん中あたりまで浮上する。大きな洞がいくつもあり、まるで巨大な顏のようだ。とはいえ、生き物は見当たらない。仕方がないので、ドラゴン式意思疎通法で呼びかけてみることにする。


『あのー、どなたかいませんかー?』


 ソフィアの呼びかけ。しばし、風に葉がそよぐ音だけが響き――。


『ここにおるよ』


 優しい、老人のような声が聞こえた。


『えっ、あの。どこですか? すみませんちょっとわからなくて』


『お嬢さんの目の前じゃ。……わかりづらいか。ちょっと待て、目を開ける』


 すると――ソフィアの目の前の洞、まるで顏のように見えたそこに、目の光がやどる。まるで、どころか、顔そのものが生まれていた。


「わー!!!!!!! 人面樹! びっくりしたあああああああああー!!!!」


 思わず肉声を上げてしまった。


『おうおう、何を言っておるかはわからんが、良いリアクションじゃ。初めましてお嬢さん。わしはこの森に住む楢の樹じゃよ』


『は、初めまして。ソフィアと言います……。すみません大声出して。あの……木が、意識を持っている、ってことなのでしょうか?』


 ファンタジーに出てくる、エント、みたいなことだろうか。さすがに植物が知的生命であることは想像もしていなかったので驚きが大きいが、確かにあり得ないことではないのだろう。


『そうじゃな。この森にはわしの他にいくつか似たような連中がおるよ。このやり方を使えば会話ができるからの。会ったことはないが、たまに話す』


『ええ! これってドラゴンだけが使えるのかと思っていました……』


『ほう。奴らから教わったのか。元々この方法は我々のような種族が生み出したものじゃよ。なにせ我々には口がない。長き時の中でドラゴンと会話したものがおって、そこから伝わったのじゃろう』


 そうだったのか。色々勉強になるなぁ。


『せっかくなので、色々とお話を伺っても良いですか?』


『構わんよ。時間はいくらでもある。わし自身は動けんが、様々な種族の言葉は聞いておるからの。知りたいことがあれば聞くと良い』


 そうか。この方法、知的生命同士だとこういう詳細な会話ができるけど、そうじゃない種族でも何言ってるかは分かるのか。これは良い学びだ。


『はい、ではまず――』


 それから数日間。ソフィアは楢の木の枝の上で、貴重な話をたくさん聞いた。また来ることを約束し、森を後にする。


「こんなお土産までもらっちゃった」


 ソフィアの手には、乗り切らない程の大きなどんぐりが一つ。なんでも、これを育てればあの楢の木の分身になるらしい。育てば、その分身と意識共有ができるようになるという。


「とりあえず植木鉢で育ててみよう。育つまで何年、何十年、もしかしたらもっとかかるかもしれないけど」


 彼らは簡単に動くことができないから、代わりに分身と研究所で暮らしてみよう。いつかみんなでパーティをするとき、その様子が森にいる彼にも伝わるように。


「成長促進剤とか使っていいのかなぁ。……とりあえず栄養たっぷりの土と、水と、光を当てて……」


 ソフィアは初めての園芸に思いを馳せる。この種が育ち、巨大な木になるころ、ここはどんな世界になっているだろう。――今から楽しみで仕方がない。


◆◇◆◇◆◇


 レポートFile7:エント(楢の木)


 樹木型の知的生命体。自我が目覚めるまでには数千年からそれ以上の時間を要することもあるらしい。洞が目の代わりとなっており、木の周囲を監視することができるほか、葉それぞれがセンサーのような働きをしていて、周囲の状況を把握できるんだとか。痛覚はないが、一定以上ダメージを受けると意識は消失し、ただの木に戻ってしまう。


 他の木でもエントは存在するほか、他の植物系の知的生命も存在するそうで、今後さらなる調査が必要とされる。性格は穏やかで、平和主義。言語を用いない意思疎通が行えるため、知的生命以外の動物の感情や言葉もある程度理解できるらしい。


 戦闘能力はないように思えるが、その気になれば枝や葉を硬質化させて攻撃を仕掛けるなども可能だとか。本当に本気になれば移動することも可能らしいが、張っている根を傷つけてしまうため、火事が起きたときなどの最終手段ということだ。


 普通の実以外に、自身の分身となるべき種子を生み出すことができ、それがある程度育つと意識共有が可能となるとか。子供ではなくあくまで分身、ということなので、知識なども共通らしい。このあたりの仕組みも研究したいところだ。


 推しポイント:洞の中にでっかいクワガタがいるかも





 

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機械少女は人類が滅びた世界で旅をする 里予木一 @shitosama

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