File6:敵対する人

「もしもーふふふふーん。ふーふーふーふーん」


 ソフィアは鼻歌を口ずさみながら、倉庫にしまってあった黒い楽器の前に座る。ピアノだ。アコースティックのピアノは調律等が必要となるため、電子ピアノである。まぁ初めてだし、十分だろう。


「来るべき異種族混合パーティのために一芸くらい身に着けておかないとね」


 ピアノのやり方は本や映像で履修してある。ピアノには当然手が必要だし、ペダルを踏むために足もいるので、既に手足は接続済み。さらに運動と違って腕や脚は別に必要ない。楽器、良いね、素晴らしい。


 ギターや管楽器なども考えはしたが、アレらはちゃんと音を鳴らすことさえ難しい。取りあえず押せば響くピアノは初心者にぴったりだろう、とソフィアは思う。


「まずはなんか初心者向けのやつ」


 猫を踏むアレはなんかネタ感があるのでもうちょっとちゃんとしたのを。


「あ、これにしよう」


 選んだのは、大昔、とあるアニメーションで使われた、星への願いを表す歌。


「星を滅ぼしかけて、星に滅ぼされたのに願うなんてね。まぁ、願い星と住む星は別か」


 そんなことを呟きながら、ソフィアはピアノを弾く。……想像より、ずっとうまくいった。


「私……音楽の才能があるのでは? というか。私の特性と音楽の相性が良すぎる」


 ソフィアは右手と左手を完全に分割して動かすことができるし、機械人形だから並列処理の能力も当然高い。楽譜や運指も簡単に記録できるし、リズム感さえ何とかなれば、すぐに曲は弾けそうだ。


「外に出るようになってから色々挑戦したけど……ここまでうまくいったのは初めてかもしれない。これは記録して後世に残すべきでは……」


 しかし、と、ソフィアは考える。ただ初心者用の曲を弾くだけで面白いか? 否。自分独自の何かがなければ、見ている人の興味を引くことはできない。実際、過去の記録においても様々な衣装でピアノを弾くなどの工夫が見られた。


「私ができること……他のピアニストにない個性……! それは……手!」


 ソフィアは立ち上がると、機械人形のパーツが収納された倉庫へ向かう。そして――。


「ふふふ。手を複数接続すればなんと! 一人連弾ができます!」


 ピアノの上にずらっと六つの手が並ぶ。ソフィアはこれをそれぞれ独立して操作することが可能だ。機械人形ならではの特技である。


「これならそれぞれがそんな難しいことしてなくてもなんかすごい感じに見えるもんねぇ。えーっと連弾用の曲は……」


 ソフィアは曲を聞き、練習をしたうえで六本の手による演奏を見事やり切った。もちろんその様子は記録済みだ。


 記録したデータには、横からのアングルで、ピアノと椅子に座るソフィアが映っている。すべての鍵盤が見えるようにきちんと角度はついていた。そして、ピアノの上を踊る、六つの手。彼女自身の腕がないことも相まって、非常に独特な雰囲気だった。


 例えるならそう……呪いのビデオだろうか。椅子に座る、腕と脚の無い少女。その目の前で勝手にピアノを奏でる六本の手。ソフィア自身も真剣に三対の手を操作しており、基本的には瞬きすらせず無表情である。


 まさに幽霊ピアノ。白鍵と黒鍵の上を六つの手が動き回る光景は、知らない人が見ればトラウマになりそうだ。その上、無表情で椅子に座るソフィアには手足がない。怖すぎた。


「――私が撮りたかったのはホラー映像じゃなーい!」


 残念ながら失敗であった。しかし、色々可能性が見える挑戦だったと思う。


「うん……手足があれば楽器が奏でられることは分かったから……ピアノじゃなくていっそバンドにすれば良いのでは? 一人バンド。ボーカル私の本体。ギター私の手、ベース私の手、ドラム私の手足。……いけるのでは!?」


 早速色々調べてみよう。やりたいことは無限にある。聞かせたい人たちがいるからね。


◇◆◇◆◇◆


 知的生命体発見の報を受け、バンド演奏の練習を試みていたソフィアが慌てて向かったのは、研究所からずっと西にある草原だった。旧時代のサバンナを彷彿とさせるやや痩せた大地だ。


「さて、今回のターゲットは……と。アレかな?」


 鹿のような草食動物を追いかける、巨大な姿。大型肉食獣かと思ったが……。


「四つん這いだけど、なんか骨格が人っぽい。なるほど。獣人、って奴かな……」


 獅子の頭部を持つ、金色の毛に身を包んだ、青年。恐らく、ライオンの獣人、ということなのだろう。彼は鹿の喉元に噛みつくと、そのまま首をへし折り、豪快に食べ始めた。――と、こちらの視線に気づいたらしく、立ち上がって睨みつけてくる。……大きいな。二メートルはありそうだ。


『どうもこんにちはー、お食事中すみません、お話伺っても良いですか?』


 明らかに今までの知的生命体と比べると危険度が高いと踏んだので、早めにドラゴン式意思疎通法で話しかける。友好の証にリュックの中にある何か食べ物とか渡したほうが良いかもしれない。


『……ほう。こうして意思を伝える手段があるのか。……だが、そんなことはどうでもいい、何者だ貴様。腕と脚がない。普通の生物ではないな?』


『私は、あなたのような知性ある存在の調査をしている人形です。ちょっとお時間いただけませんかね?』


『見ての通り忙しい。来るな。……ん? 貴様、何か食べ物を持っているな?』


『うん。ありますよ。お話聞かせてもらえるなら、差し上げますけ――』


『よこせ』


 獅子男は突然飛びかかってきた。ソフィアは慌てて後方に移動し、避ける。


『いきなり何を!』


 ソフィアの言葉を無視し、獅子男は思い切り鋭い爪を彼女の身体に向け振るう。ギリギリで避けたが、服が引き裂かれた。


『雑魚と話すつもりはない。人形。荷物を置いて去るなら、壊さないでおいてやる』


 傲慢。だがそれだけの実力があるということだろう。実際、今見せた瞬発力、膂力、そして爪の威力。どれも記録に残る生物では太刀打ちできないレベルだ。恐らく象でも簡単に仕留めるだろう。


『はぁ……私、こういうの嫌なんだけどなぁ。バトル展開とか、だれも望んでないと思うんですよ。求められているのは、ほのぼの生物発見ライフかと』


『……何をごちゃごちゃ言っている。荷物を置いて去るのか、俺に壊されるのか、どちらが良い』


『うーん。そうだなぁ。……とりあえず――できるもんなら、やってみな?』


 笑みを浮かべ言い放ったソフィアの挑発に乗り、無言で獅子男は襲い掛かる。まずは右手の爪が、彼女の画面を引き裂こうと襲い掛かり――静止した。


『……な、貴様……』


 獅子男の振り下ろした右腕は、ソフィアの左手によって止められていた。グローブに包まれた左手が、獅子の手首を掴んでいる。特に力を入れているようには見えないが、獅子の腕はピクリとも動かない。すぐさま振り下ろされた左腕も、同じようにソフィアの右手に受け止められた。


『――獣風情が、調子に乗らないでね。こちとら人類史上最後の機械人形。どんな状況下でも任務が遂行できるよう、しっかり設計されてるんで』


 知的生命体が敵対心を持って襲ってくる。そんな状況は想定済みだ。装備さえ整えれば、戦車や戦闘ヘリとも対等に戦える程度のスペックがあるのがソフィアのような旧世代の機械人形である。


『受け止めたくらいで――調子に乗るな!』


 獅子男は腕を掴まれたまま、その巨大な口を開き、鋭い牙で噛みついてきた。さすがに両手がふさがっているので、ソフィアはすぐさま空中高くへ離脱する。手と身体は独立しているので、獅子の腕を止めたまま、身体は自由自在に動き回れるのだ。


『まったく、まったく。こんなの全然面白くないよライオンさん。この雰囲気から笑いを生むのは難しいから――せめて、あなたに笑ってもらおうかな』


 ソフィアの背に負ったリュックから、四つの手が飛び出す。バンド練習をしていた名残だ。ギター担当とベース担当の手をリュックに詰めたままにしていた。


『いけ! 捕まえろ!』


 ソフィアの叫びに呼応するように、四つの手が獅子男に迫る。ギター担当の両手は獅子男の両足をがっちりと掴み、そのまま転倒させると、完全に動きを封じた。


『ぐ、き、貴様ああああー!!!!』


『さて、残りはベース担当の手。指引きスタート。さあ、笑って? ライオンさん』


『な、何を……ぐわっははははははははははははは! やめろぉ!!!!』


 地面に引き倒され貼り付け状態にされた獅子男は、ベース担当の両手にわき腹、足裏、肉球をひたすらくすぐられていた。うん、いいね。重低音だね。


『さあ笑え! 笑え! 雰囲気をぶち壊した詫びとして、せめてこの場を盛り上げろー!!!!』


 ソフィアの叫びに、獅子男も大声を上げた。


『やめろおおおおおおおおおおおおー!!!!!! がははははははっははは!』


 そして――ライオンさんこちょこちょタイムは、その後一時間に渡り続いた。解放された獅子男は崩れ落ち、謝罪の言葉を口にするのであった。ちょっとかわいそうだったのでリュックの食べ物はあげた。


 それから――まぁ色々話をして、何とか和解が成立した。どうやら獅子男もここしばらく食事が取れていなかったらしく、そのタイミングで邪魔されたので腹を立てたらしい。ごめんなさい。


 その後、また食料を持ってくることを条件に、彼の種族のことを色々聞いた。彼はまだ若く、自分の群れを持っていないが、この草原には別の群れもいて、彼はそこから独立してきたそうだ。なかなか苦労している模様。


 食べ物を持ってくる約束をして、獅子男と別れた。掴み合うのではなく、握手を交わして。


「当たり前だけど、誰とでもすぐ仲良くなれるわけではないよねぇ」


 時には戦いも必要だ。今までは準備していなかったが、戦闘用の装備も今後は持ってきた方が良いかもしれない。


「使わないに越したことは、ないけどね……」


 せっかく対話ができる相手なのだ。傷つけあうなんてしたくはない。――会話をあきらめたから、旧人類は滅んだのだから。


「平和的な武力解決法も考えないとなぁ、何がいいだろう。ルールに則ってやるのがいいよね。スモウとか? でも私浮いてるしなぁ。なんか考えてみよう……」


 そんなことを思いながら、ソフィアは研究所へと戻っていく。――きっと、こういう気持ちが、スポーツや、オリンピックを生んだんじゃないだろうか。


「音楽も、スポーツも、きっと、争いをなくすために、仲良くなるために生まれたんだろうなぁ」


 それに気づけたことは、何よりも大きな収穫だ。――いつか、みんなで、色々なことができるといい。そんなことを思う機械人形がいるのだから、未来は、きっと、明るいはずだ。


◆◇◆◇◆◇


 レポートFile6:獣人(ライオン)


 人間の肉体に、ライオンの頭を持つ知的生物。人間の体、と言っても全身毛に覆われ、身長も二メートルを超える。別種の獣人も存在するらしく、肉食、草食様々なようだ。バードマンやドルフィンマンと類似の種族と推察される。体格は元の種族に依存するようで、ライオンのような肉食獣の場合は筋骨隆々として巨大だが、例えば馬のような種族だと、背が高く細身でしなやかな筋肉を持つのだとか。


 特性は元の種族に依存するらしく、食性はもとより、性格や体格も様々だ。ライオンであればたてがみ、牙、爪などを持ち合わせ、群れを作るが、虎などは単独で暮らすなど、性質は多岐に渡るため、それぞれの種族ごとの調査が必要になりそうである。


 また、たまに毛が薄かったり、顔立ちが人間に近いものが突然変異的に生まれることもあるらしい。だが、そういった存在は獣としての能力が低く自然界では生き残れないことが多いようだ。場合によっては、そういった性質の獣人を保護するなど考えても良いかもしれない。


 推しポイント:肉球!


 


 






 



 




 


 


 


 




 

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