File5:鱗持つ人
「今日は自転車に挑戦します!」
ソフィアは研究所の外で高らかに叫ぶ。ちなみにこの様子、別に虚空に向けてただ発信しているわけではなく、機械人形の記録用データとしてちゃんと撮影用ドローンによる録画をしているのだ。ちなみに彼女は最近昔の配信者の映像記録を見ていたためしっかり影響を受けている。
「ということで、用意しました自転車。これもね、釣り竿と同じく、人類滅亡直前まであんまり大きく変化はしなかったですね。運動が主な目的だからかなぁ」
移動であればもっと効率の良い方法はいくらでもあるから、そういうことなのだろう。
「完全にオフロードなので、ゴツめのタイヤのやつですね。じゃあさっそく、ヘルメットを付けて、サドルに座って。ん? 難しいな。いいや、とりあえず浮いて乗ろう。……なんか、バランス悪くないこれ? 何考えてこんな薄っぺらい車体に……」
ソフィアはいつも通り腕と脚はなく、手足だけを接続している状態だ。この状態で乗ってみようと試みるものの、うまくバランスが保てない。
「これ……釣り竿と同じく、腕や脚があることが前提の乗り物なのでは……」
考えてみれば当たり前だ。スポーツの要素を持つ、つまり全身を使う必要があるということなのだから。
「でも、私は諦めない……!」
ソフィアは身体をそっと浮かせてサドルに腰かけるとバランスを取りながら両手両足を所定の位置に置く。この手の乗り物は走り出せば安定するはずだ。足は自動でペダルをこぐようプログラム済み。ももやふくらはぎなど不要。
「よし、出発!」
オフロードではあるが直線の道。ある程度のスピードは見込めるだろう。自転車は高速でペダルをこぐ足、ハンドルを操作する手と共にスムーズに走り出し、どんどんと加速していく。
――宙に浮く
「そこの自転車止まりなさーい!!!!!」
ソフィアは思わず叫んだ。考えてみれば当たり前だ。身体を浮かせてサドルに乗っていたのであれば、自転車が走り出したとき、身体はその場に浮いたままになる。手足と自転車だけが走っていく光景はさぞシュールだろう。あとで映像を見返すのが楽しみだ。
自動でこぎ続ける足により爆走する自転車は、身体との接続範囲を超えた瞬間に操作不能となって木に激突し停止した。
「うーん……自転車での移動、楽しそうだと思ったんだけどなぁ」
まだまだ改良が必要になりそうである。……遊んでないで、出発しないと。新しい知的生命体の元へ。
◆◇◆◇◆◇
「洞窟……なるほど。普段この奥に住んでいるから、衛星探査に引っかからなかったんだね」
自然の洞窟なのか、何らかの用途で掘削されたものなのか、正直言って判断がつかない。旧人類が活動していた時期からは時が経ちすぎているため、完全に自然と一体化してしまっているのだ。
「まぁ、地上用の探索ドローンはうまく動いていそうなのが確認できたし。取りあえず行ってみますかね」
前回タコさんから色々と情報を聞き、衛星探査の限界を知ったのでまずは地上用の探査機を作り、調査を進めていたのだ。水中用は現在開発中なので、出来上がり次第タコさんに聞いた知的生命体が住む場所の調査を進める予定である。
「中、暗いなぁ。ま、私は暗視できるんで余裕ですけどね」
とはいえ足元は濡れているし滑りやすい。ソフィアの足は飾りみたいなものだから特段影響はないが、普通の足を持つ生き物はかなり歩きづらいだろう。
「んー、そんなには広くない、かな。所々明かりも入ってきてるし。……ん。なんだこれ。皮?」
道の端に落ちていたのは、巨大な抜け殻の一部のようだった。鱗状の模様がついている。――これで、ある程度知的生命体の姿が想像できそうだ。
「脱皮をするのなら恐らく爬虫類型。トカゲか、ヘビか、ワニ? でもワニは抜け殻が残るような脱皮はしないはず。大穴で恐竜説もあるけど……」
何せドラゴンがいるくらいだ。恐竜がいてもおかしくないし、知性を持ってたっていい。
「まぁでも無難に、トカゲかヘビかな、鱗の感じを見るに……トカゲ人。リザードマン。これはまぁ全然あるね。あとは……蛇型だと、ラミアか、メデューサとか? アレは神様だっけ。まぁでも、そんな種族がいたっていい」
とはいえ、今までのパターンだと予想は裏切られるだろう。……例えばリザードマンや、ラミアの逆パターンを想像する。
「……トカゲの身体に人の顔? やだなぁ。ヘビだと……人面ヘビ? うわ、こっわ。会いたくない……帰ろうかな」
人の顔をした巨大な蛇が洞窟の奥から現れる様を想像する。怖すぎた。ソフィアは怖気ついた。
「そんなホラーゲームの記録をちらっと、見たんだよね、最近……ほ、本気で帰ろうかな。誰か一緒に来てもらえないかな」
ドラゴンは洞窟には入れない。バードマンは鳥目。イルカマンはきっと辿り着けない。タコが地上に上がってくるのを待つか……。そんなことを考えていたら。
「என்ன?」
後ろから、声を掛けられた。
「ウワ―!!!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい食べないでー!!!!」
「என்ன நடந்தது?」
ソフィアは恐怖で泣きそうになりながら、恐る恐る振り向く。薄暗い洞窟の中、歩くことも困難なその場所にいたのは――。
「ラミアちゃんだー!!!!!! 裏切られないパターンきたー!!!!」
蛇の下半身と美しい女性の姿をした知的生命体。伝承の通りの姿だ。
『あっ、ごめんなさい。言葉通じないから怖いよね、うん。はじめまして』
ドラゴン式意思疎通法で、まず挨拶をする。相手からしたらソフィアの姿も相当不気味だろうし。なにせ腕と脚がない。ぱっと見お化けだ。
『んー? へーおもしろっ。こうやって話? できんのいいねー』
ギャルだ! ソフィアは興奮した。
『あ、あの、私、こうやって話ができるような種族を探してて……よかったら、お友達になってくれませんか?』
ギャルが相手なので距離感を測りかねる。よく考えたら初めて同性と会ったし。見た目も同世代に見えるし。
『おけおけー。この奥にさ、仲間もいるから紹介するわー』
ラミアは器用に濡れた洞窟を進んでいく。確かにこのタイプの足だったら滑ったり転んだりはしないか。
『仲間ってたくさんいるんですか?』
『んーそうだねー。アタシと旦那の卵も孵ったし、けっこーいるよ。どんくらいだっけな』
『だ、旦那!? 卵!?』
衝撃! 子持ちギャル! ……うん、まぁそれもね、悪くないと思います、ハイ。旦那がいるってことは、オスもいるんだ。まぁいるか。種族だもんね。
謎の落胆と興奮を胸に、ソフィアはラミアの住処へと向かう。集落では想像以上の歓待を受けつつ、数日間の調査を楽しんだ。最後はすっかり仲良くなった彼女と子供たちに見送られ、研究所への帰路に就く。
「楽しかったなぁ。なんか、幸せそうで、大変良かった」
旦那さんも少し派手ではあったけれどとても良い方で、皆さん楽しそうに暮らしていた。交流にも前向きだったので、ちゃんと共通言語とそのテキストも渡してきている。
「みんなで、あんなふうに暮らせる世界ができたらいいな」
家族だけでなく、同じ種族だけでなく、隣人と分け隔てなく交流し、友情を育み、楽しく過ごせるような、そんな世界が。
「よし――私の夢は、それにしよう」
きっと時間はかかるけれど。いつか、必ず。
「そろそろ、種族同士の交流も考えないとねー。なにがいいかな。パーティでもやろうかな」
盛り上げるために何か練習したいな。
「楽器とか、いいかも。調べてみよう」
ソフィアの挑戦は、まだまだ続いていく。
◆◇◆◇◆◇
レポートFile5:ラミア
人間の上半身に、蛇の下半身を持つ知的生物。大きさは尾まで合わせると三メートルから五メートル。場合によってはもっと大きくなる。上半身は人間のソレと変わらない程度の大きさで止まるが、下半身は爬虫類の特性を受け継いでいるため、長生きすればするほど成長するのだ。
蛇の特性から肉食性が強いものの、果実なども食べる。雑食である。どちらかと言うと臆病で、攻撃性は高くない。だが、攻撃を受けた時や、獲物を狩るときなどはその下半身での締めあげや、爪や牙での攻撃を行う。牙には毒性があり、個体差はあるものの噛まれたものはしばらく動けなくなる。
そのほか、蛇の特性を多く引き継いでおり、視力は悪いが暗視が利く、皮膚感覚に優れ振動を検知できる、鋭い嗅覚を持つ他、ピット器官と呼ばれる熱を検知するセンサーも持ち合わせている。また、卵生である。
推しポイント:見た目派手だけど優しい!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます