File4:擬態する人

「うーん。みんな個性的だなぁ」


 ソフィアは研究所で今まで作成したレポートと撮影した映像を見ながらこれまで出会った知的生命たちを振り返る。ドラゴン、バードマン、ドルフィンマン。


 それぞれ、暮らす場所も、生活様式も、おそらくは寿命も異なる。きっと、普通に暮らしていれば、関わることもあまりない存在。


「でも私は、彼らに仲良くなってもらいたいんだよね」


 今からはるか昔。人類は滅亡した。ソフィアも詳しいことをすべて知っているわけではないが――大きな原因の一つは、戦争。


 人同士が傷つけあうだけではなく、自然を、星を滅ぼそうとした。結果としてらしい。


「またそんなことにならないように、みんな仲良くしたいよねぇ」


 これはもちろん、ソフィア個人の考えだけではない。彼女は機械人形だ。自分の意思では拒否できない使命として設定されている。


 滅びゆく中で人類は願った。


『私たちの後継には、同じ目に遭ってほしくない』と。


 ソフィアはその遺志を継ぎ、知的生命を探し、その調査を行い、交流を促している。


「いつか、人類が現れたときにも、教えてあげないと。『汝の隣人を愛せ』ってさ」


 かつての神の言葉を引用し、ソフィアは呟いた。同時に、新たな知的生命発見の報が飛び込んでくる。


「――さて、今度はどんなお隣さんかな?」


◆◇◆◇◆◇


「前回に引き続き、海!」


 ソフィアは砂浜で仁王立ちしていた。上半身はなんと水着である。


「こんなこともあろうかと、泳ぐために色々準備をしていたからね……!」


 まず上半身。というか腕部分。水中で活動するには推力が足りない。そして、何らかのアクションが必要になったときに手は必須だ。だが現状、ソフィアの両手は物理的に接続されておらず、そのままでは水中で手だけ流されてしまう。腕の制作も考えたが――。


「水中装備ソフィアちゃん上半身編! 両肩に推進装置を装着! そしてそこからワイヤーを伸ばし、手を接続! 有線式アームの完成です! これでもう手だけ流されない!」


 続いて下半身。コンセプトは、人魚がいないなら自分がなっちゃえばいいじゃない? である。


「下半身編! 足の付け根部分から魚類型の尾を装着! イルカの泳法を真似る形で稼働させることで、上半身の推進装置と合わせ、魚類とも遜色ない遊泳速度を実現!   人魚になれました!」


 研究所にあったプールで泳ぐ姿を撮影して見てみたが、下半身はともかく、上半身が有線式アームなせいで完全に水中に現れた新種のバケモンではあった。どちらかと言えば宇宙空間のほうが似合いそうである。だが、ソフィア自身は出来栄えに満足していた。


「やっぱり単純な美しさかわいらしさよりも、おぞましさ、恐ろしさを兼ね備えていたほうがいいよね」


 機械人形の個性は様々だ。人工知能ではあるが、人間の脳の組成をベースとしているため、特に設定しなければ趣味嗜好などもランダムで、個体によって完全に異なる。ソフィアは多少好みが元の人類のスタンダードから離れていることは自覚していたものの、別に比べる相手もいないしこれで良いと思っていた。


「さて、というわけで新しい目標に向けて出発!」


 ソフィアは水中へと出発する。人間のような海洋汚染をする存在がいない世界だ。海中は豊かで、様々な魚や海藻で溢れている。明らかにデータにいない生物もいくつか確認されたが、おそらく海中で独自の進化を遂げたのだろう。映像は記録しているので戻ったら分析してみることにする。


「えーっと、反応があったのは、この辺……?」


 水深は十メートル程度。ちなみにソフィアは無呼吸でも問題なく活動できるし、目に水が入って視界が阻まれることもないので、特段水中用の装備はない。一応何かあったときのために有線式アームを油断なく展開させている程度だ。


『やあ。こんにちは、お嬢さん。なかなか素敵な風体だね』


 突然、声を掛けられた。さすがにソフィアも驚きの声を上げるが、水中では泡となり溶けるだけだ。つまり、掛けられたのは、物理的な声ではない。これは――。


『――ドラゴン式意思疎通法……! これが使えるということは、あなたは、ドラゴンの一種ですか?』


 物理的な声ではないが、どちらの方向から思念が飛んできたかはなんとなくわかる。――いた。水深十メートルの海底に、あろうことかイスとテーブルが設置され、そこで優雅に座っている白い服を着た人間型の男性。手にはティーカップ。……海水以外飲めるものあるの?


『いや、残念ながら違うよ、何に見える?』


『服を着たまま海中で海水を飲む変態に見えます』


 白スーツに帽子まで被っている。それが特に水流ではためいたり浮いたりする様子もないから、少なくとも普通の服ではないのだろうが。


『違う違う、このカップの中身はね。僕の好物……エビジュースさ』


『オエー』


 ソフィアは食べ物の摂取を必要とはしていないが、エビをジュースはしないということくらい知っている。そして、美味しそう、まずそう、という概念はちゃんとあるのだ。


『まぁ時間ももったいないし、おふざけはこのくらいにしようか。いや、美味しいんだけどねエビジュース』


 ソフィアはしばし考える。まぁ見た目からしてドラゴンではない。ではなんだ? 絶滅した人類によく似た姿をしている。だが、人類ではありえない。なぜなら彼らは海中で暮らすことができないからだ。海中に住む、人間型の生物と言えば、人魚の他、魚人くらいしか。……まさか。


『あの、伝説的生物、ヒトガタ?』


 水中に住む人間型の巨大生物。発見例はあるが、捕獲例はないとされる。


『なにそれ。そんなのいたの?』


『噂レベルだから正式な記録はされていないと思いますが……では、違うということですね。となると……』


 エビが好きで知性が高い。人間の形。服も模している。……模している? まさかとは思うが……。


『気づいたかな。じゃあ見せよう。僕の姿をね』


 男性の身体が崩れ落ち、服も帽子もすべてが一体化した。現れたのは――巨大な褐色の、地味な軟体動物。足は――八本。


『タコ人間だああああああー!!!!!!』


 ソフィアは叫び声を上げた。思念の他、物理的な声――というか泡が海中に溶ける。


『いや、タコ人間じゃないよ、タコだよ。タコ人間ってやだななんかその言い方。……おぞましい姿でしょ、感想は?』


 その姿は紛れもなくタコだった。八本の足――というか、腕、に吸盤を持ち、巨大な頭部。その中には脊椎動物に匹敵する脳を持っているという。軟体動物で身体の形をかなり自由に変えることができ、色も周囲に合わせて変化させることが可能。恐らくその能力を発展させた結果が、あの人間の姿なのだろう。しかし……。


『……焼いたら美味しそうですね? 刺身でもいけそう』


『……君、食事するの?』


『いえ、しないんですけど、本とか読むとね、タコ焼きとか、タコ刺しとか、書いてあったんで』


『……一部地域では食べられてたって聞くけど……その辺の書物なのかな……まぁそれは置いておいて……とりあえず、会えて嬉しいよ。君は、この世界の生物調査をしているのかな?』


 タコさんの発言にソフィアは驚く。というか、言葉の節々から、知性だけではなくを感じる。一体どういうことなのだろう。


『正確にはの調査をしていますが……なぜ、そう思ったのですか?』


『ああやっぱり。それは、僕が――僕たちが『旧人類』の文明調査をしているからさ。海中には、滅びた様々な文明の痕跡が、たくさん残されている』


 ソフィアは得心する。――なるほど。人類滅亡の際や、その後に大きな地殻の変動が何度もあったと記録は残されている。その際に地上に残った文明の記録が海中に沈んだのだろう。電子データなどは当然消えただろうが、当時の技術であれば、海中でも保存が可能な書物などもあったはずだ。


『なるほど……その意思疎通法も、そこで?』


『いや、これは昔、海中に住むとある種族に教えてもらったのさ。――君たちの衛星調査、海中深くまでは調査できていないみたいだね。僕が知るだけでも、海中には既にいくつかの知的生命が存在しているよ』


『そ、そうなんですか……! それは良い情報です……! 確かに海中とか地中とか、探査範囲に限界はありそう。前回のイルカ人さんも海上近くにいたから発見できたわけですし……! これは、調査方法の追加を検討しないと……」


 衛星からの超遠距離調査なので、いくら技術が発展していたとしても限界はある。何か手段を考えなければならない。


『まぁ、その辺も含めて、僕が知っている情報を色々提供するからさ、代わりにそちらのことも教えてほしい。――君が何を思っているかは想像するしかないけれど、僕は、他の種族との交流をしていきたいと思っているんだ。何せ、旧人類の滅びの原因もある程度知ったからね」


 なるほど。確かに、それを知れば種族交流を推進していく考えは理にかなっている。


『わかりました。ぜひお願いします』


 それから三日ほどソフィアは水中で過ごし、様々な情報や、知的生命の居場所を聞くことができた。今までで最も有意義で、最も刺激的な時間だったと言えるだろう。


『まさか、それをもたらすのが、タコさんだとは思わなかったですけどね……』


 ソフィアは海上に上がり、元の姿へと換装を済ませ、研究所への帰路を急いだ。


 かつて、タコは聖書において悪魔として扱われていたこともあったそうだ。でも、今は彼らが高い知性を持つ素晴らしい種だと知っている。昔の考え方は関係ない。彼らも含めて、愛すべき隣人であるのだから。


◆◇◆◇◆◇


 レポートFile4:タコ


 八つの腕と巨大な頭を持つ海洋生物。種類によって大きさはまちまちだが、大きなものは十メートルを超えることもあるとか。


 非常に温和で、知的好奇心が高い。言語を用いない意思疎通方についてもかなり早い段階で種族に取り入れ、種族内のコミュニケーションの活性化を図る等、変化に対しても柔軟だ。軟体動物だけに。


 八本の足は強力で、口から墨を吐くような特殊能力を持ち合わせる他、身体の形状や色を自由自在に変化させることが可能。他にも色々な能力を他種族から教わり、取り入れているらしい。また、旧人類の歴史を学ぶ姿勢なども持っており、自種族だけでなく、他種族も含めた改善への意思を示す。


 そのままでは地上での活動は困難だが、現在地上で活動できるための技術開発を推進しているらしく、いずれ地上への進出も検討しているということ。……世界を最初に統一する種は、タコなのかもしれない。


推しポイント:美味しそう!

 

 


 


 


 

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