File3:尾びれを持つ人
今日も本を読んでいたら『知的生物発見』の一報が入った。
ソフィアは待ってましたとばかりに支度を整え、手足もしっかりと接続し、研究所を飛び出した。今日は釣り竿持参だ。
「えーっと、今回の目的地は……南東に百キロ。海だ! やったー!」
ソフィアは海を見たことがない。本で読んだくらいの知識だ。香り、砂浜の感触、波の動き、すべてが気になって仕方がない。足取り軽く、テクテクと歩みを進めていく。身体の方はふわふわと浮いていて、足に荷重は全くかかっていないから軽いのは当然なのだが。
「でも海を楽しむ前にね、まずは水に親しむところから始めましょう。ということで、今日は釣りをします。えーっと……あったあった。川。渓流釣りってやつをね、試してみたいと思います」
色々調べた通りに釣りの仕掛けを作る。今回はルアーだ。ロッドにリールを装着し、糸を張り、ルアーを付ける。ミノーと呼ばれるものがいいらしい。他にもいくつか用意はしたがいまいちわからないので試してみるつもりだ。
「よし、スタート!」
ソフィアは竿を振りかぶる。このあたりに渓流釣りに適した川魚が生息していることは確認済みだ。
「私は今日、釣り人になる――あれ?」
ルアーはヘロヘロと明後日の方向へと飛んで行った。
「んん。なんかおかしいな。おかしいっていうか……なんかうまく投げれない」
何度か試行錯誤してみたがどうにもうまくいかない。狙った場所へうまく飛ばないのだ。
「難しい……というか、私、腕もなければ手が体と繋がってもいないから、竿を振って飛ばすのが上手くできない説ある……?」
まずい。浮いて移動したり手だけで物を動かしてばっかりいるもんだから『全身を使う』ことが前提の動作が上手くできない。
「仕方ない……練習は今度するとしてとりあえず今日は――」
釣竿を持った手をぷかぷかと浮かせて、魚がいそうな場所の真上でそっとルアーを落とす。そのままルアーを水中に放置し、糸が出る状態で、浮いている手を再び体の近くへ移動させる。そして、ゆっくりと竿に着いたリールを巻き、ルアーを泳がせた。
「……めんどくさぁ……」
これは釣りではない。なんというか、謎の儀式だ。当然釣れないし。
ソフィアは釣り糸の先端についたルアーをじっ、と見つめると、それをむしり取り……自らの左手を糸の先端に結びつけた。
「行けっ、わが左手よ!」
ソフィアが決めセリフっぽく叫ぶと、左手が勢いよく水中へ飛び込んだ。リールが回転し、糸が出ていく。右手は竿を持っているだけだ。そして――。
ばしゃん! と水が跳ねる音と共に、ソフィアの左手に掴まれた川魚が水面から飛び出した。魚を掴んだまま左手は彼女の身体に戻っていく。
「釣り、完了」
釣竿に繋がっているというだけで、やってることは完全に掴み取りだった。川魚を丁寧に観察した後、川へと戻す。
「キャッチ&リリース。文字通り、キャッチしたね。うん」
釣りという意味でははうまくいかなかったけど。
「まぁ、魚は見れたし、左手、冷たくて気持ちよかったし」
とりあえず、良しとすることにした。
◆◇◆◇◆◇
それから丸二日ほど歩いて海に到着した。初めての砂浜の感触は面白いけど歩きづらいし、潮の香りは思ったよりも生臭い。でも、初めての経験だから何もかも楽しい。
「次は泳いでみたいなぁ。水着持ってくるか……いや、でも私どうやって泳ぐ……?」
手を使って水を掻こうが、足を使って蹴ろうが、本体とは物理的に離れているわけで、全く影響は及ぼさないことになる。
「推進装置を付けないとダメか……でもそれって泳ぐって言えるのかな? うーん……悩ましい」
ソフィアが苦悩していると、海の方から、バシャン、という大きな水音がした。慌てて音がした方向に近づく。
「……そうだ。知的生命体を探さないと。えーっと……反応は海中。まさか!」
海に住む、知性を持つ生物と言えば、一番最初に思い浮かぶのは、アレだ。
「人魚! ええ、ほんとにぃ? うわ、うわ。いいな。人魚の物語何度も読んだよー、え、本当にいるのかな……いや、まてソフィア。油断しちゃダメ。前回を思い出して」
鳥人間さんはいい人だったけれど、それはそれとして天使を期待してがっかりしてしまったのは事実。。ここはむしろ、想像力を働かせておくのだ。人魚じゃない、知的な存在。つまり。人魚の逆。そう。それは。
「――魚人! 魚が人の姿を取った存在! それを思い浮かべておけば、ギャップに苦しむこともない……!」
前回の鳥人間さんの例を考える。身体は人間ベースで羽毛に覆われていて、顔は鳥。つまり。
「身体は鱗に覆われていて、顔が魚……えっ、こわ。マジ?」
そもそもコミュニケーションは取れるのだろうか。知的生命ではあるということだが、ベースの知性が魚では限界があるのでは?
鳥類はカラスを筆頭に一定以上の知性を持っている。一方魚はどうだ? ソフィア自身あまり詳しくはないが、そこまで高い知性はないのでは? 知的生命体としての進化をするには、限界があるのでは?
「だとすると、やっぱり魚人じゃなくて、人魚の可能性が……!」
その時、再びバシャンと水面を叩く音がした。慌ててそちらを見ると――そこには、水面を叩く、大きな尾が見えた。――横向きの。
「やっぱり、魚じゃ、ない……!」
多くの魚の尾びれは縦方向についていて、水面を叩く、ということは構造上難しい。一方人魚は――どういうわけか、創作で描かれる姿だと、身体に対して横方向についている。ここへ来て、予想は確証へと変わった。
「やっぱり、人魚だ。ようし、呼びかけてみよう……!」
ソフィアはドラゴン式の意思疎通方を用いて、水中に声を掛ける。実際に耳に届くわけではないので、きっと水中でも伝わるはずだ。
『あの……! 怪しいものではないので、少しお話しできませんか……!』
ソフィアが緊張の面持ちで海面を見つめる。すると、浅瀬の水面が盛り上がり、人影が姿を現した。そこにいたのは――。
「い、イルカ人間ー!!!!!! そっちかー!!!!」
確かに、イルカの尾びれは横向きだ。現れたのは、つるりとした質感の肌を持つ、人間。体のラインは滑らかだ。ただし、顔はイルカで、足の他に立派な尾びれが付いている。
『こ、こんにちは、あの……』
こちらの呼びかけに対して、イルカ人間は口を開く。すると――。
「エコーロケーションー!!!! ああああああああああ頭が揺さぶられるぅうううううう」
超音波が浴びせられた。おそらくこれが彼らのコミュニケーション手段なのだろう。
『ちょ、ちょっと、あの、考えてくれれば、読み取れるんで、ストップ! 音波ストップ!』
ソフィアの呼びかけにより、ぴたり、と超音波が鳴りやんだ。
『そうなの? せっかく丁寧にごあいさつしたのに、伝わらなかった?』
思った以上にかわいらしい思念だ。もしかしたら女の子なのかもしれない。
『そ、そうなんです、すみません。あの、改めてなんですが、色々お話、伺ってもよろしいでしょうか……!』
つぶらな瞳が愛らしい。人魚とは違うが、これはこれで可愛い姿かもしれないな、と思った。
さすがにずっと地上にいるとイルカ人さんは肌に良くないらしいので、私は足を砂浜に置き去りにして、海上に漂いながら、色々と話を聞いていた。休憩をはさみつつ、結局丸一日くらい話していた気がする。彼らの集落はこの近くの海沿いの岸壁にあり、十頭程度の群れで暮らしているんだとか。一応発声器官はちゃんとあるようなので、共通言語も教えておいた。
「今度は泳ぐための装置を持ってきて、一緒に泳げるといいなぁ」
きっとそれは、とても楽しいだろう。そのためにも、泳ぐ練習はしておいた方が良さそうだ。
「手足使えないしなぁ。……しかし、遊泳ユニットの形状次第だけど……下手するとオタマジャクシみたいになっちゃうんじゃなかろうか」
そろそろ真剣に、腕と脚の装着も視野に入れたほうが良いのかもしれない。
「腕とか脚って、機能面では別にいらないけど、見栄えの面ではあったほうが良いんだなぁ。アクセサリーみたいなものかもね」
そんなことを思いながら、ソフィアは海辺を後にする。朝焼けの空に照らされる砂浜はびっくりするくらい美しくて。それを見れただけでも、ここへ来てよかったと思えるくらいだった。
◆◇◆◇◆◇
レポートFile3:イルカ人(仮称:ドルフィンマン)
体長は二メートルほど。種類によって多少異なるらしい。基本的にはイルカと同じで、主に水中で暮らし、肺呼吸をしており、頭頂部に噴気孔がある。
主に肉食で、魚類や頭足類、甲殻類を捕食するが、海藻なども食べるらしい。基本的には群れで暮らす。エコーロケーションと呼ばれる超音波を発することができ、仲間同士のコミュニケーションの他、周囲の索敵や攻撃手段として用いることができる。他に音声を用いたコミュニケーションも取れるらしい。
手足があるので海岸や陸地に上がることも可能だが、乾燥に弱く、動きも鈍重であるため、頻度は低い。海中に住む敵性体に襲われたときや、水質悪化、餌の枯渇、子育ての際などまれに上陸する。また、手は人間ほどではないが器用で道具を扱うこともできる。
基本的には友好的で、知識欲も旺盛。だが仲間意識が強く、群れに危害を及ぼすものには容赦はしない。コミュニケーション手段が他生物と比べて独特なので、交流を試みる場合はその点について注意が必要。
推しポイント:バブルリングがうまい。
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