File2:翼持つ人

『知的生命体が、発見されました。速やかに観測を行ってください』


「えっ!?」


 いつものように読書をして過ごしていたソフィアはその警告音に驚き、立ち――いや、浮き上がる。何せ彼女には足がない。立つ以前に座ってすらいないのだ。


「こうしちゃいられない、支度をしなきゃ」


 場所を見ると、山岳地帯のようだ。スカートを履いておしゃれをしたい気持ちもあったが、諦めて冒険用の服を選択する。帽子も忘れずにね。


「あ、そうだあと足も」


 ソフィアは浮遊が可能なので別に足は必要ない。むしろ文字通り足かせになる。でも、旅だから。自分の足で地面を踏みしめて歩きたいから接続していくのだ。ちゃんとブーツも用意しないとね。


「よっし準備オーケー。いざ。おーぷん!」


 研究室のドアを開け、地上へと出る。さぁ新たな冒険の始まりだ。


「まっぶしぃー。あっちぃ。でも大丈夫。この帽子がシールドを張ってくれるからね。日差しも熱も遮断」


 滅びはしたが、人類の英知は残されている。ソフィア達のような機械人形が技術を習得し、己の後継たる機械人形へと知識や技術を伝達し続けているのだ。


「さて、今回の道のりは……北へ百五十キロ。私の経験からすると三日くらいかな」


 ソフィアは臆することなく歩き出す。そもそも彼女に疲労はない。足は身体と接続されてこそいるが、脚部が存在しないし身体は浮いているしで、重量による負荷はかからない。歩く感触は感じられるが身体に影響は及ぼさないのだ。


「結構虫が多いな。でも私、虫刺されは関係ないもんね。そもそも腕も脚もないから、刺される箇所がほとんどないんだけどさー」


 そんなことを呟きながら、ソフィアは北へと向かう。そういえば、と背負っていた荷物を取り出した。


「虫かごと、折り畳みの網を持ってきました。かなり古い型だけど、このくらいがレトロでいいよね。ちょうちょ、いるかなぁ」


 最新型の網は自動で目標を追尾してしまうので趣がない。


「青くて綺麗な蝶が……たぶんこの辺なら生息してるはず……いた!」


 研究所には地上に存在する生物のデータベースがあり、生息地域も記録済みだ。


 目標を補足。手に網を持つ。木々の奥、ひらひらと舞い、止まる。地面に落ちた果物の汁を吸おうとしているようだ。


「羽を閉じると地味なんだねー。近くで観察したいなぁ」


 右手に網、左手に虫かごを持ち、少しずつ近寄る。『手』。


 ソフィアの身体は一歩も動いていない。だって離れていても見えるし、髪の毛が草木に引っかかりそうだし。手だけで行くのが合理的だ。


 ふよふよ漂いながら、ソフィアの『手』は、少しずつ蝶に近づいていく。そして――。


「やったぁ! ゲット! そのままかごに入れてー、戻れー」

 

 ソフィアは捕らえた蝶を観察する。そして……ひとしきり映像として記録した後、虫かごから逃がした。そして、ポツリと一言。


「なんか……手だけで捕まえに行くんだったら、網で自動追尾するのと変わんなくない……?」


 本で読んだ虫捕りはもっとエキサイティングだった。音をたてないように忍び寄り、一気に網で捕える。今のはそんな駆け引きなどない、手を操作して捕まえるだけ。作業だ。


「やっぱ身体ごといかないとつまんないや……」


 反省しつつ、ソフィアは歩を進めた。もうすぐ夕方だ。夜は寝転がって星を見よう。流れ星を探すのだ。


◇◆◇◆◇◆

 

 それから二日、ソフィアは様々な景色や自然に触れながら歩みを進めた。川を見たときは特に嬉しかった。今度は釣りをしてみようと思う。虫取り網と違い、釣り竿はほとんど進化しておらず、仕掛け選び等基本的に自分でやらなければならない。スポーツ的な要素が強いのだろう。


「釣り竿と、糸と、仕掛け……? ルアーってどんなのあるのかな、本見て調べなきゃ……」


 フィッシングに思いを馳せつつ、ソフィアは山を登る。今回は足を使って山登りをしてみた、本体が浮いているので、足場が悪いところでは足だけ置いて行ってしまうことが多発した。先行する身体、追いかける足。シュールな光景だ。


 山頂付近に到達すると、いくつか家のようなものがあった。自然にある木や葉を活用して作っているらしい。様子を見るに、知的生命体の集落、ということなのだろう。


「ど、どんな生き物かな……?」


 驚かせないようにそろそろと、周囲を伺う。――と、山頂の淵に、人型の影が見えた。後ろを向いているので顔などは分からないが……簡単に言うと、人間の背中に翼が生えたような外見をしている。


「えっ……まさか……天使?」


 物語に何度も登場した、神の使い。独自の進化を遂げたこの世界なら、天使がいてもおかしくはないのかもしれない。羽の色は茶色っぽく見えるから、多少本で読んだ姿とは異なるのかもしれないが、それでも、ソフィアにとっては憧れの存在だ。


「す、少しずつ近づこう……」


 太陽の光が眩しくて、どんな格好なのか、どんな顔なのかはこの位置からわからない。でも、天使かぁ。ドラゴンに引き続き、素敵な存在だ。お友達になれたら、どんなに良いだろう。シルエットからすると男性っぽいが、女性型もいるんだろうか……? 


 そんなことを思いながら、ソフィアは少しずつ天使? に近づき、後ろから声を掛けた。


「あの……天使さんですか?」


 緊張する。どんな顔をしているのだろうか。天使は皆、容姿に優れていると聞く。……アレ? なんか、ちょっと、想像と、違うような……?


「ನೀವು ಯಾರು?」


 謎の言語と共に振り向いたその顔は――猛禽類だった。


「鳥人間ー!!!!!!」


 鷲そのものの顔、羽毛に覆われた上半身。茶色く巨大な翼。筋骨隆々とした手足。足には鍵爪。どこからどう見ても天使ではなく鳥人間だ。ソフィアは崩れ落ちた。


「ಏನು ತಪ್ಪಾಗಿದೆ?」


 鳥人間さんはなんだかわからない言語で話しかけてくる。なんとなく気を使われている様子なのが申し訳ない。勝手に期待したのはソフィアである。


「だ、大丈夫です。ええ。言葉、通じないと思うので、ドラゴン式意思疎通法を使いますね。大丈夫既に私にはインストール済みなので、少々お待ちを……」


 ごにょごにょと言いながら、システムを起動するソフィア。


『あーあーあー。私の言ってること、伝わりますか?』


『あ、はい、わかります。なんか、不思議な感覚ですね……』


 鳥人間さんはとても良い方だった。


 どういう経緯で進化してきたのかなどは、当然本人は知らない。調べるのはソフィアの仕事だ。色々話を聞きながら、共通言語を教えてみた。いずれ、他の種族とやり取りする際に、意思疎通ができるように。


 集落にはすでに十名ほどが住んでいるらしい。知的生命の顕現から、研究所に発見されるまでには思ったよりも時間がかかるようだ。確か衛星で地域ごとに調査しているはずなので仕方がないけど。


 今回はドラゴンの時の反省を生かし、色々生活の役に立ちそうな、でも生活を一変してしまわないようなものを持ってきた。食べ物、便利な道具、嗜好品などだ。機械の類は危険である。……まぁ、ソフィア自身がそういう意味では危険ではあるのだが、幸い、腕や脚がない謎生物として認識されているようなので良しとする。


 丸一日集落の人から色々話を聞き、ソフィアはその場を離れた。また遊びに来ることを約束して。向こうが望むなら、ドラゴンにも紹介してあげようかな。……殺し合いにならなきゃいいけど。


 山を下りながら、大空に舞う鳥人間たちを見ていた。普通に考えればあの程度の大きさの翼で、人間サイズの生物が飛行することは不可能だ。


「ドラゴンの時も思ったけど、この世界には今までになかった謎エネルギーが存在する……」


 ドラゴンのサイズでさえ飛行が可能なのだ。今までの技術では測れない『何か』がある。実際、ドラゴンから教わった意思疎通の方法に関しても、解析できない部分は多かった。ソフィアにインストールできたのは、ドラゴンによる謎の技術によるものである。


「生物の進化だけじゃなく、その辺も調査していかないとなぁ」


 やることは山積みだ。――でも、全然苦しくない。一人ぼっちで本を読んでいたあの日々に比べれば、天国のような毎日だ。


「――いつか天使に、出会えるかもしれないしね」


 その時が来ることを楽しみに、ソフィアは強く大地を踏みしめた。次に出逢うファンタジーは、どんなものかなと想像しながら。


 レポートFile2:鳥人間(バードマン)


 大きさは種類によるらしいが、そこまで極端な差はないらしい。最大二メートル超、最小で一メートル程度とか。猛禽類をベースとした種族の他、カラスやオウムなどは観測されているらしい。どこまでの種族がいるかは本人たちも良くわかっていないとか。地上で暮らすダチョウや、水中を泳ぐペンギン型のバードマンも可能性としてはある。追加調査が必要になりそうだ。


 食性も種類により様々で、肉食の他、果実や魚、植物等多岐に渡る。人間の手足の他に羽を持つが、体重を考えると空を飛べるほどの浮力を生むことは不可能であるため、ドラゴンと同様何らかの特殊な能力で飛行を可能としている模様。こちらも追加調査を進めている。


 性格も種によってばらばらで、ワシやタカベースのものは神経質な反面、フクロウ型は友好的だったりする者もいるとか。まぁもちろん『人による』のだろうけれど。


 顔と羽は鳥ではあるが、ベースとなる肉体は人間のため胎生であり、家族に対する愛情も深い。身体能力は人間と遜色はなく、手で様々な道具を使うが、足はカギ爪となっているため靴は基本的に履かない。服は着ているが、羽が動かせるよう背中が開いた形状となっている。ただ、布を作る技術はまだないので、基本的には動物の皮を用いている。布が欲しいらしいので今度製法と合わせて、自然素材のものを渡すつもりだ。過度な進歩にならない程度の品をね。


 推しポイント:お願いしたら抱っこして雲の上へ連れてってくれた。景色最高。



※2024/09/18 レポートFile2を更新しました。

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