File9:初めてのお使い

「じゃあシィちゃん、よろしくーがんばってー!」


 ソフィアに見送られながら、シィは研究所から出発する。今日は初めて、彼女が一人で旅をする日だ。


「……別に一人でも、大丈夫ですけど」


 前回ソフィアと二人でドラゴンの元へ行ったが、特に行程に問題はなかった。あとは知的生命体――今回はバードマンだが、彼らと話す内容についてだ。


「通達事項はまとめてもらってるし、手紙と、お土産と、あとソフィア先輩の映像も用意してある」


 バードマンとシィは初対面なので、わざわざ再生機器と合わせて持ってきたのだ。下手すると怪しまれる可能性もあるわけだし。


 前回来たときは、様々な自然の景色に感動しっぱなしだった。初めて見た森に、山に、空に、世界に。今回は少し冷静に、足を動かしながら、一歩ずつ進んでいく。そこで、気づいた。


「足の下、色んな感触がある」


 湿った土、乾いた砂、ねじれた木の根、尖った石。どれも目とは別の形で、シィに存在を伝えてくる。


「――だから、先輩は、足を繋げって言ったんだ」


 自らの足で歩かないと、わからないことがあるから。自分の足で歩いたから、得られるものがあるから。


 青く美しい蝶を横目に、木々を縫うように歩みを進める。夜になれば星が見えた。やがて川にぶつかり、流れる水に手を浸した。


 目的地の付近は山道だった。過酷な崖を当然のように歩む動物を見た。厳しい環境でも咲く小さな花を見た。――そんな中で暮らす、羽の生えたヒトを見た。


「――――すごい」


 ソフィアは、生まれてから十五年、本を読み過ごしていた。だから、彼女の記憶には様々な世界がインプットされていた。


 だが、シィは違う。彼女の中には旧人類史の『記録』と、その使命しかない。


 人類は、殺し合い、星を傷つけ、滅びた。


 その、記録むかししか、知らないのだ。だから。


 こうやって、世界に緑が、生命が、隣人がいることが。どれほどの奇跡なのか、強く、強く感じ取れる。


「ドラゴンさんの時は、驚くばっかりで、実感できなかったけど」


 こうして、言葉を交わす相手がいる今が、何より、嬉しい。――これはきっと、シィの魂に刻まれた記憶。滅びゆく人類たちが、抱いたであろう感情の再生だ。彼女たちの頭脳は、旧人類のソレがベースになっているのだから。

 

 シィはなぜか流れ落ちそうな涙をこらえながら、精いっぱいの笑顔を浮かべて翼持つ人に話しかける。……ぎこちなかっただろうけど、それは許してほしい。


◆◇◆◇◆◇


「丸二日お付き合いいただいて、ありがとうございました。アクィラさん」


 シィは猛禽の頭と羽を持つ男性に、頭を下げる。彼も共通言語を多少は覚えてくれてはいたが、さすがにドラゴンほどの習熟度ではなかった。だが、前回ソフィアの訪問時に彼らの言語を記録、データ化し、翻訳機を開発していたのだ。そのため、肉声でもコミュニケーションは取れるようになっている。


「いや、色々と土産も頂いたので。ソフィアにもよろしく言っておいてください。今回は共通言語の指導も受けられたので、しっかり勉強しておきます。あとは……パーティが一カ月後、でしたっけ」


「はい。お渡ししたカレンダーを見れば、予定日まで何日あるかはわかるようになってますので。あと一応、こちらも」


 シィは小型の無線機を渡す。


「……これは?」


「研究所と連絡が可能な機械です。緊急の場合はこちらのボタンを押して、話してくれれば私かソフィア先輩に繋がります」


 同じものをドラゴンにも渡してある。やはり距離を考えると都度都度訪れるわけにもいかないので、各種族に渡すことにしたのだ。文化的な影響も懸念されたが、研究所に招くことを考えれば些末事である。


「ありがとうございます。行く人数等決まりましたら、こちらで連絡しますね」


 最後にアクィラさんと握手を交わし、シィは集落を後にした。


 ――取り合った手は、とても暖かくて。シィはまた泣きそうになった。


◆◇◆◇◆◇


「……なんでこんな給電方法なんだろう。先輩の趣味、謎……」


 帰り道、シィは夕焼けを眺めながら、煙草型のカートリッジを口にくわえる。ここからエネルギーを吸収するのだ。ご丁寧に、呼吸に合わせて赤いランプが灯る上、煙が排出される仕組みになっている。


 ふぅ、と深く煙を吐き出し、紫色へ変わる空をぼんやりと眺めた。


 この世界には数多くの知的生命体がいる。ここしばらくで爆発的に増えているのは何らかの作為を感じるところだが、案外新種の誕生はこんな感じなのかもしれない。気候はここしばらく暖かくなってきているとは聞いたけど。


「先輩の夢は、みんなが仲良く暮らせる世界、でしたね」


 ソフィアらしい。曖昧で、雑で、適当で、……でも、どこまでも美しく、優しい。


「そんなんじゃ、いつまでたっても叶いませんよ、先輩」


 具体的なビジョンが必要だ。どうなったら達成なのか。まず何年でどこまでを目指すのか、そのために何が必要か。考えることは無限にある。


「まぁでも、そういうのは私、得意ですから。具体的なプランは立ててあげますよ。――とりあえず、町を作りましょう。別にみんな一緒に住む必要はないですが、集まって、交流して、休めるような場所を」

 

 研究所では限界がある。――例えば、得た食べ物を分け合えるような。造った品を渡し合えるような、何かを教え、教われるような、そんな場所が、必要だ。


「共通言語の教育、共通貨幣の制定、法律も必要だし、各種機関もいりますね……あぁ、なんて難しい。町どころか、国を造らなければなりません」


 本来ならそれは、王の、または神の仕事だろう。だが残念ながら、この世界には今のところいない。ならば。


「私たちが成りましょう、とりあえず『機械仕掛けの神』にね」


 ――いずれ、神はいらなくなる。だが今は、夢を叶えるために教え、導き、まとめる必要がある。少なくともシィはそう考えた。


「いつか彼らが、一人でお使いができるくらいに成長したら」


 その時は、機械仕掛けの神が滅びる時なのだろう。


「その時まで、頑張りましょう、先輩。何十年、もしかしたら百年単位でかかるかもしれませんが」


 この身が朽ちるまで、世界のために尽くそうと、シィは誓った。


◆◇◆◇◆◇


 レポートFile9:機械人形(ソフィア先輩)


 仮に脚があった場合の身長153センチ。実はシィより低い。体重は秘密。長い銀髪にグレーの瞳。稼働開始から十五年。ひたすら世界の観測をしながら読書に勤しんでいた。好きなジャンルはファンタジー。読書以外にも大昔の動画や音楽データの鑑賞を趣味としている。


 好奇心旺盛で行動力の権化。十五年ずっと閉じ込められていたためか、興味があることは何でもやろうとする。そして大体腕や脚がないせいで失敗する。腕や脚を装着することも考えたらしいが、浮いた身体に手足だけのほうが神秘的でカッコいい! という理由で現在もそのスタイルを続けている。


 実は高い戦闘能力を持ち、アタッチメントとして手の代わりに火器や近接武器、爆弾などあらゆる武器を装備可能。フル装備をすればオールレンジ攻撃も可能で、たぶんドラゴンとも渡り合える。


 推しポイント:先輩にこんなこと言うのもアレですが、かわいい人だと思います。



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