File18:決戦
シィは赤い機械兵士との戦闘を開始した。基本的に相手は機動力を生かした飛行メインの戦い方らしいので、それに対応するべく彼女も空中へ舞う。
「……スラスターの出力はあっちの方が上ですね」
速度で争うと勝てない。研究所から持ってきた武装は、近接戦闘用のビーム剣と、二つの長射程砲に、もう一つはマシンガン。他に腹部と口腔の荷電粒子砲がある。一応手足も接続はしており、ビーム剣は手に持っている状態だ。
「機動性で負けるなら、接近戦は不利……遠距離から!」
距離を取りながら長距離砲を放って牽制する。さすがにこれだけ高機動の相手だと、長距離狙撃を当てることは難しい。赤い機械兵士……仮称、レッドと呼ぼう。レッドも手に持ったライフルでシィを狙い撃つ。お互いに当てることが難しいのは理解しているので、如何にして相手の虚をつくか、隙を作るか、という勝負になる。
「――くっ!」
シィは声を上げる。レッドが高速で特攻してきたのだ。牽制のためマシンガンを発砲するが、盾であっさりと防がれる。そのままレッドはこちらへ急接近し、手にしたビームソードで斬りつけてきた。彼女も同じく剣を持ち、受け止める――が。
(ダメですね……パワーじゃ勝負にならない)
受けた剣をあっさりと弾かれ、シィはそのままの勢いで、首を切断された。
(――このまま、油断してくれれば……)
シィは首だけでも稼働が可能だった。もし隙を見せれば、口に仕込まれた荷電粒子砲をお見舞いする気だったのだが……。
「知っているぞ、首だけで動けるな?」
レッドは呟くと、シィの髪の毛を掴み、首を持ち上げた。――まるで、戦国時代の武士が、討ち取った敵将の首級を掲げるように。
身体はまだ浮いてこそいるが、首を取られているので下手な動きはできない。
(――あぁ、これは、詰みました、ね)
「お前を人質に、もう一人を止めるか」
「……冗談でしょう。機械人形なんて、代わりはいくらでもいます。データは毎日保存されていて、また作り直せる。人質になんてなりません」
レッドの言葉に、シィはそう返答し、シャロームと戦いを繰り広げているソフィアを見た。
――でも、きっとダメだ。あの先輩は甘いから。だから。
「確かにそうか。ならば、止めを――」
「その前に。タバコ、吸ってもいいですか」
レッド回答を待たず、宙に浮く右手が荷物からタバコ型のカートリッジを取り出し、シィの口に咥えさせた。
掲げられた首が、タバコを吸って、煙を吐き出す。紫色の煙が、虚空に溶けた。
「――さよなら、先輩。今日の私がしたことを、明日の私に教えてあげてくださいね」
そう呟くと、シィは頭部に仕込まれたギミック――自爆装置を発動した。
「―――――!」
シィの頭部は、レッドを巻き込み大爆発を起こした。かなり範囲を限定的に絞っている分、高威力での爆発になるよう設定されていたらしい。シィの頭部は跡形もなく、巻き込まれたレッドも上半身が吹き飛ばされている。
頭を失ったシィの身体は、ゆっくりと地面に落下し、ガシャン、と音を立てた。
◇◆◇◆◇◆
「――シィちゃん?」
ソフィアは爆発音を聞き、そちらを眺める。直後、シィの身体が地面に落下した。
「……嘘」
「あらあら。性能的には絶対にわたくしの部下が勝つはずでしたのに。やりますわね」
シャロームの言葉。戦力の見積もりを誤った……いや、シィなら勝てると、そして、最悪負けても、破損程度で済むと、そんな、甘い考えをしていたのだ。――これは模擬線なんかじゃない、戦い、殺し合い、だったのに。
「シィちゃん!」
ソフィアはシャロームを無視して駆け寄ろうとする。だが。
「……どこに行くんですの? あの子はもう壊れたのに」
「まだ、頭脳は無事かも」
「無理でしょう。あれだけ木っ端みじんなのですから。……というか、機械人形なんて、毎日バックアップ取ってるんですから、昨日の夜時点のデータを元に、また作り直せば良いじゃないですか」
シャロームの言葉は間違っていない。機械人形の頭脳はバックアップされ、それを移植すればまた同じ『彼女』に会える。今日一日の記憶はないだろうが、それは行動記録などから伝達すればいい。別に、何も困らない。
「――――そうじゃないの」
今日一日のことだけじゃない。あの日交わした握手も、共に歩いた日々も、過ごした時間も。シィという、あの身体と共に在ったことだ。新しい彼女にあるのは、その記録であって、記憶ではない。
――ソフィア自身も、その経験はただのデータだと知っている。でも、違うんだ。身体に刻まれた、共に在った日々は、データでは表せないものだと。新しく生まれる彼女は、さっきまで隣にいた彼女とは、別なのだと。知識ではなく、彼女の心が訴えている。
「――許さない」
「そういうセリフは、わたくしに勝ってから言ってくださいまし」
ソフィアの怒りとは裏腹に、彼女自身は防戦一方だった。そもそも、シャロームはソフィアやシィをさらに改良された試作機がベースになっているらしく、各種性能が一段階上だった。それだけでなく――。
「くうっ!」
ソフィアは鞭に打ち据えられ、吹き飛ばされた。シャロームの鞭は、最大二十メートルほどの長さがありながら、推進装置が付加されており、自動追尾が可能である。空飛ぶ巨大な蛇が体当たりしてくるような状況だ。さらに、鞭には電磁波が付与されており、直撃するだけで大きなダメージを受ける。
「ほら! ほら! ほら! 逃げているだけじゃ勝てませんわよ! ――あぁ、なんて情けない姿。結局あなたは、何もできませんのね。わたくしにも勝てず、仲間も失い――共に生きようとした小さな種族さえも守れなかった」
「……お前が、やった、んでしょ」
ソフィアは電磁波によってまともに動くことも困難な状況だ。
「ええ。わたくしの、願いのためですから。……でも、期待外れでしたわね。もう少し、面白い障害になってくださるかと、思っていたのに。――わたくしを止めてくださるかと、思っていたのに」
ぽつり、とシャロームは呟いた。ソフィアが反論しようとしたとき、この空間の天井から、轟音が響いた。
「えっ?」
「な、なんですの!?」
ソフィアとシャロームがそちらを見上げると――現れたのは、巨大なドラゴン。機械塗れのこの場所にさっそうと現れた、幻想世界の生物。良くは見えないが、その背には、他の種族のリーダーたちも乗っているようだった。
「みんな! どうして!?」
「シィがメッセージと一緒にここの場所を教えてくれたのでな、我が全員の様子見がてら、回収して駆けつけたのだ。さすがにエントの本体は無理だったが」
確かにディアスボラの大きさと、移動速度なら不可能ではないだろう。
「あらあら。全員でわたくしを倒しにいらしたの? いいですわよ、お相手差し上げますわ。まだ、機械兵士たちはいくらでも出せますから。……あぁ、全員、ではなかったですわね、ごめんなさい。ネズミさんは、やられてしまわれたんですよね? 兵士たちが、回収して来ているかしら?」
ソフィアは唇を噛む。……彼らがどうなったかはわからない。全滅は、していなければ良いのだけれど。
「――ほう、貴様は状況把握もできていないのか」
そう呟いたのは、着地したドラゴンの背中から降りた、獅子男のリオンだった。……おや、やられたかも、と思ってたけど、無事だったみたいだ。
「なんですの? ライオンさん。ネズミさんが、わたくしの部下にやられてしまったのは事実でしょう? ドローンのカメラを集落まで飛ばしましたけれど、家は壊れて血痕も残っていたみたいですし」
「ふん。貴様らに言っておく。知らないかもしれんが、獅子は、あらゆる獣の王だ。そして王とはな――臣下の危機には駆けつけ、守るものだ」
「……何を言っているんですの?」
「こういうことだ」
ライオンの背中から、ネズミの獣人がひょこっと顔を出した。見たところ、特に怪我もなさそうだ。
「え、ムースくん!? 無事なの!?」
ソフィアの大声に手を振るネズミ獣人。
「あの草原は俺の縄張りだ。臣下が襲われていれば助ける。当然だろう。……まぁ、少々怪我をしてしまったが、何、かすり傷だ」
現場に落ちていた血痕は、ネズミであれば大怪我だが、ライオンくらい大きければ、そこまで重症ではないだろう。
「リオンくん! ありがとう! なんかこう、出会った時からパッとしないなーと思ってたけど、訂正する! めちゃくちゃカッコいいよ!」
「誰がパッとしないか! 偉そうな口を利く前に、その程度のやつ、さっさと倒してしまえ!」
リオンの言葉で、ソフィアは立ち上がり、シャロームに向き直る。
「……私の仲間、友達。最高でしょ?」
「……何、を」
シャロームは、その美しい顔を歪めるほどにソフィアを睨みつけている。……ここまで、悔しがることだろうか、とソフィアは訝しむ。確かにネズミ獣人が生きていたことで、気分は多少晴れたが、戦力的には大局に影響はない。
「戻って、シィちゃんを早く復活させたいからね。――倒すよ」
「さっきまで、ぼろ負けしていたくせに……その、お仲間とやらの力を借りるつもりですの? であればわたくしも、増援を出しますが」
「力は借りるよ。でも、ここにいる彼らじゃない」
(――接続。操作。彼女の手が、私にはあるから)
「……なにを――あッ!」
強力な鞭を振るうシャロームの両手を、背後から近づいた、シィの両手が掴んでいた。この手は、ソフィアが今自分のものとは別に操っている。
「文字通り、仲間の手、借りてるよ」
「このっ、放しなさい! この程度で動きを止められるとでも……」
もう一つ操っているのは、首のないシィの身体だ。彼女のお腹のあたりには、荷電粒子砲が設置されている。
「火器管制、制御完了。――シャローム、あなたの敗因はね……部下はいても、仲間はいなかったこと、かな」
シャロームの背後から放たれた荷電粒子砲が、彼女を貫く。シャロームは背中に大穴をあけ、倒れこんだ。即座に機能停止するほどではなくとも、これ以上の戦闘続行は不可能だろう。
「――あぁ、痛い。そう、です、わね……わたくしの、負け、ですわ」
大穴の開いた自身の身体を見て、シャロームは弱々しく笑う。かくして、大きな犠牲を払いながらも、戦闘は終結した。
◇◆◇◆◇◆
レポートFile18:機械人形(シャローム)
悪役令嬢型機械人形。身長159センチ。ソフィアやシィとは別系統の研究施設で創られており、試作品ではあるが性能は彼女たちよりも一世代先。お嬢様口調ではあるものの基本的には真面目。嘲るような喋り方もするが、実はロールプレイに近い。
好きな物は、紅茶、花、生き物等。ひらひらとした服装を好み、髪の毛を含めて全身紫色系統。長い髪で縦ロール。手にはレースの黒手袋を装着し、足元はヒール付きの編み上げブーツ。
本人の趣味で強力な電磁鞭を使用する。スラスターが付いており、自動追尾機能持ちの上直撃すると動きを阻害される極悪兵器。近接~中距離まで使える優れもの。空間処理能力も高く、小型兵器を飛ばしてオールレンジ攻撃も可能だが、近接戦闘を好むためあまり使わない。遠距離攻撃は配下の機械兵士に任せる方針。
推しポイント:実は優しい子? かもね
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