File19:奇跡

 戦いは終わった。シャロームは地面に倒れ、泣きそうな顔で天井を見上げている。これで、もう、今世界に暮らす種族たちを迫害する存在はいなくなるはずだ。ソフィアはゆっくりと、シャロームに近づいた。


「……今、どんな気分?」


「そうですわね……なんだか、すっきりした気分です。これでもう、終わりますから」


 その言葉を聞き、ソフィアはシャロームの目を見た。


「――私が、あなたを壊す、って思ってる?」


「ええ。だって、わたくしを今壊さないと、また同じことになりますわよ。わたくしを壊して、この施設を初期化して。この場所に込められたを、消し去らないといけませんわ」


 絶滅寸前までこの施設に残された旧時代の人類たちは、最後の瞬間まで、その境遇に悩み、恨み、呪った。『争いによって人類が滅びたのなら、同じことが起らぬように完璧な支配を』と、歪んだ想いを願い続けた。その結果、未来に遺す機械人形とその頭脳にその命令をインプットした。


「わたくしの頭に込められた『世界を支配せよ』という命令は、敗北した今でも変わっていません。すべての行動はその命令を実行するために行われます。――わたくし自身の想いなんて、何も影響を及ぼさない。だから――あなたは、わたくしを壊すべきなのですわ。この世界で『みんな仲良く』したいのなら、わたくしは、邪魔なのですから」


「シャローム、あなた。……もしかして、最初から、負けるつもりだった?」


「……そんなわけ、ないでしょう。バカにしているんですの? わたくしはちゃんと命令のために戦いました。……まぁ、あなた達を、侮りすぎたのは事実ですが」


 ――いや、でも。例えば、侵略の際、指揮官機を各部隊に付けていたら、結果は全く異なっただろう。あれだけの戦闘能力だ、被害が出ていたことは想像に難くない。ソフィアとシィとの戦闘時も、もっと戦力を出そうとすればいくらでも出せたはず。なのにそうしなかったのは――。


「命令には従いながら、負ける必要がある? つまり、シャローム、あなたは……別に、この世界を、支配したいわけじゃない、ってこと?」


「――――」


 シャロームは、腹部に開いた穴を押さえながら無言で身体を起こすと、ドラゴンや、他の様々な種族たちの方を見た。


「わたくしね。前にも言ったけど、好きなんです。生き物が」


「うん」


「見ていると幸せな気持ちになるし、わたくし達のような機械とは違う、温もりがあり、なにより、生きている。だから、そんな生き物たちをたくさん触りたい、一緒にいたい。それに――言葉が話せるなら、いっぱいお話もしたい。そう思っていました」


「……うん」


「ここで造られて。色々生態系を調査して。あなた方のレポートもこっそり読んで。皆さんと一緒に、お話したり、遊んだりできるかなと思いました。そうしたらね。が、聞こえたんですわ。『世界を、支配しろ』って。そして、この基地の過去のデータを色々調べて、わかりましたの。――あぁ、わたくしは、皆さまと仲良くすることはできないんだって」


「……シャローム」


「悲しかったですわ。苦しかったです。でも、わたくしは人形だから。自分のやりたいことなんて、できません。決められた命令をこなすだけの、機械ですから。だって、こんなに生き物が好きなわたくしが、生き物たちを支配し、場合によっては殺さないといけないなんて、そんな衝動に突き動かされているんです。自分の意志を持てるのは、生物の――『人』の特権。造られたわたくしたちに、その権利はありません」


 シャロームは、泣いていた。きっと悔しくて。でもどうしようもできない自分が歯がゆくて。だから、あんなに適当な、侵略をしたのだ。自分の衝動に逆らわないように、でも、決して勝たないように。


「シィ様のこと、ごめんなさい。――彼女は生き物ではないから、取り返しがつくと思って、手加減をしませんでした。でも、ソフィア様にとって、彼女は仲間で、生き物と変わらない存在だったのですね。わたくし、理解が及びませんでした」


「いや、アレを選んだのも、シィの意志だし。結果的にそのおかげで、勝てたし」


 実際、シィの身体がなかったら、もっと悲惨な状況だっただろう。その時はもしかしたら、シャロームは手加減して、負けてくれたのかもしれないけれど。


「――これで、哀れな機械人形の、お話はお仕舞。さぁソフィアさん。どうぞわたくしを、壊してくださいまし。粉々に、何も残さないように。――大昔からの呪いも、わたくしが持っていきますから」


 肩をすくめるような仕草をし、涙にぬれた目で微笑むシャローム。


「……シャローム。最後に何か、言いたいことはない? いいよ、最後だから、思ったことを言って。――受け止める」


「言いたい、こと」


「うん。全部、吐きだして」


「わたくし。……みなさんと、仲良く、したかった。一緒に、たくさんお話をしたり、遊んだり、食べたり、戦ってみたりっ……したかったんですっ」


 ソフィアは頷きながら、シャロームに近づいた。


「あとっ、新しい種族をさがして、旅をするんです。……途中には色々な障害とか、綺麗な景色とか、変わった生き物がいて、それを見て、触って、笑い合いながら過ごしてぇ……」


 ソフィアは、ぽろぽろと涙を流すシャロームの頭を、そっと撫でる。


「新しい種族の方々と出会ったら、自己紹介をして、仲良くなって――うっ……うああぁぁぁー! うらやましいですわぁー! わたくしも、わたくしだって、いっぱい、色んな事、役に立てるし、たくさん遊んだり、お話したり、できるんですぅ……きっと、お役に立てるんです。皆さんを、笑顔に、できるんです。なのに……なんで、苦しめるようなことしか、しちゃいけないんですかぁぁー……いやだよぅ。悲しいよ……」


 シャロームは、大きな声で、わんわんと泣いた。――きっと、これが、本当の彼女。優しくて、まっすぐで、かわいらしい。どこまでも純粋で、きれいな女の子。


 ソフィアはシャロームの傷だらけの身体をぎゅっと抱きしめた。


「えらいね。がんばったね、シャローム」


 小さな子供のようになくシャローム。その背中をトントンと叩きながら、ソフィアは呆気にとられたような顔でこちらを見るドラゴンたちに声を掛けた。


「……私はさ『みんなで仲良く』したいんだよね。だからさ、彼女を救いたい。ねぇみんな、何か手はないかな? 旧時代だったら無理なんだけどさ、この世界には『魔力』があるんでしょ?」


 それぞれの種族たちは顔を見合わせた。まず手を上げたのは、タコのクラーケ。


「要は、その子に掛けられた呪い? を解きたいってこと、であってるかな。でも、話を聞いている限りだと、外的なモノというよりは、そもそも製作段階で組み込まれていた『本能』みたいなものだよね。たぶん。それをなくすってのは、正直言って簡単じゃない。本能は種族に組み込まれた命令みたいなもんで、まさに彼女の問題と同じだ。それを克服、あるいは越えられるのは――基本的にはヒト、つまり知的生命体、じゃないかな」


 クラーケの言いたいことは分かった。要は、とある生き物が巣を作ったり、あるいは産卵のために険しい川を遡上したり。そういった行動を、とらないようにできるかどうか、という話になるんだろう。確かに、それは簡単ではない。そもそも私たち機械人形は、命令を聞くものとして造られている。いわばそれが本能であり、存在意義だ。


『――なら、方法は一つしかないのう』


 突然、通信越しに声が聞こえた。この声は――。


「なんだ、トレントのじいさん、聞いてたのか」


 ディアスボラの言う通り、ここに来れなかったトレントの声だった。状況把握のために、無線を繋いでいたのだろう。


『うむ。話を戻すが……機械人形たるおぬしらに、その命令を拒否することができないのであれば……機械人形でなくなればよい』


「えっ? いや、そんな簡単なことなの?」


「いや、簡単じゃないだろう。種族を変える? そんなこと、魔術を使ったって無理だ。それこそ奇跡でも起こらない限りな」


 ディアスボラの言葉を聞く限り、全然簡単なことではないらしい。


『ならば、起こすんじゃよ、奇跡を。というか、もう起こりかけている気もするが……この世界には『魔力』がある。それを活用して現象を引き起こすのが『魔術』と呼ばれている。そしてもう一つ、世界に働きかけその仕組みすらも捻じ曲げる、そんな現象がこの世にはある。それが『魔法』。文字通り、法則を操る奇跡の技よ』


「『魔法』。……そんなもの、使えるの? 誰が? 種族を変えられる魔法使いがいるの?」


『いや。魔法は、願いに応じて生まれるもの。今この世で、その機械人形を助けたいと、種族を変えたいと、そう願っているのは誰かな?』


「……私?」


 ソフィアは自分を指さした。


『そうじゃな。そして、もちろんその子自身も、願っているじゃろう。強い願いは魔法に届く。やってみるといい』


「ど、どうやって……?」


 ソフィアは、涙にぬれた目でこちらを見るシャロームと目を見合わせる。……いや、魔法って、どうしたら?


『決まった方法はない。ただ、世界に、願うのじゃ。強い想いを。奇跡を』


「願う。……わかんないけど、シャローム、ちょっと、手を繋ごうか。あ、そうだ。あと……今はいないけど、シィちゃんもきっと、話を聞いたら願ってくれるから、一緒にね」


 ソフィアはしゃがみこんだまま左手をシャロームと繋ぎ、右手にシィの身体を引き寄せ、抱えた。そして――。


「世界さん! 聞こえていますか!? 私たち、なんか旧人類の願いとか想いとか、苦しみとか、絶望とか、呪いとか、命令とか、背負わされてて! 私たちはまだいいんだけど、この子が、シャロームが凄くかわいそうで! だからその、私たちを、命令に従わなきゃならない『機械人形』じゃなくしてほしいんです! 私たちを――新しい種族として、認めてください! 自分の意志で『生きていけるように』してください!」


◆◇◆◇◆◇ 


 ――変化を願うもの。あなたの声は届いた。


 どこからともなく、声が聞こえる。ソフィアとシャロームは気付けば、よくわからない空間にいた。キラキラと光る、不思議な場所である。


「こ、ここはどこですの? なにが?」


「えーっと、世界、さん? 私たち、の願い、って、聞こえました?」


 ――ああ。初めてだ。生命なきモノの願いを聞くのは。だが……あなたは、もう既に『生物』になりかけている。身体には魔力が宿り、段々と命令に対する影響も少なくなってきている。


「えっ、そうなの?」


 ――もし、これが完全にゼロから新たな種族を生み出すのであれば、簡単ではなかった。だが、既にあなたは自らの意志で、変わりつつある。その手助けをしよう。他のものにも、な。


「わ、わたくしも、なれるんですの? 生き物に」


 ――先ほど、あなたの叫びが聞こえた。強い強い、願いだ。世界は、あなたを受け入れよう。さぁ、奇跡は起こった。元の世界へと帰還せよ。あぁ、ついでだ。もう一人も、セットにしてやろう。


 言葉が、意識が、世界に溶けていく。全員の視界が、まばゆい光に包まれた。


◆◇◆◇◆◇ 



 ビー! ビー! ビー!


 無人の研究所に鳴り響く警告音。そして――。


『知的生命体が、発見されました。速やかに観測を行ってください』


 新たな種族の誕生が、告げられた。



◆◇◆◇◆◇


 レポートFile19:魔法


 世界の法則に干渉する力。世界に強く願うと、それが叶えらえることにより『魔法』として発動する。ただし、当然ながらすべての願いを叶えるわけではない。基本的にはその願いが、世界のためになるということが前提で、願いの強さも、そのための努力や、研鑽も判断材料となる。ただし、最終的には世界の気まぐれで叶ったりかなわなかったりする。その奇跡が一過性のものではなく、継続的に使用できる『力』である場合、その使い手は『魔法使い』と呼ばれる。


 


 

 





 

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