File20:新たな種族

 どうやら一瞬、意識を失っていたようだ。ソフィアの左手にはシャロームの手が繋がれている。そして右手は……。


「アレ? シィちゃん?」


 頭が吹き飛んだはずのシィが、元の姿でソフィアと手を繋いでいた。……なるほど。さっき『世界』が言っていた、もう一人もセットというのはこういうことか。


「――これ、どういう状況です? 私さっき自爆しませんでしたっけ……ていうか、なんでこの人と先輩手を繋いでるんですか?」


 ヤバイ。説明しなくてはいけないことが多いぞ。ソフィアが何から話したものかと考えていると、シャロームが突然抱き着いてきた。


「ソフィア様! こ、これで、わたくしはもう、好きなことを、できるんですわよね!? もう、あの命令に従わなくてもいいんですよわよね? あああぁぁぁ……本当に、嬉しいです。ありがとうございます。一生ついていきますわ」


「う、うん。ついてこなくてもいいけど、とりあえず、よかったね」


 シャロームの勢いに押されて、少し引き気味に答えるソフィア。


「……理解不能、なんですけど。なんですこれ? とりあえず説明を」


 シィの表情がさらに険しくなり、慌ててソフィアは口を開く。


「いや、あのね。色々あって――私たち、機械人形から、新しい知的生命体、ってことになったから」


「……は?」


「いや、私も良くは分かってないんだけどね……」


 ソフィアは今までの状況をかいつまんで説明する。


「…………全然理解はできなかったんですが、とりあえず事実だけを並べると、シャロームさんの『呪い』を解くために先輩が『魔法』を発動させて、私も含む機械人形を『生物』に変換してもらった。ってことですか?」


「うん。そうだね。合ってる合ってる」


「はぁ……理解不能です……。でも……生物っていっても、何が変わったんです?」


 シィの言葉にソフィアは自分以外の二人をじろじろと眺めた。


「……なんか、ぱっと見何も変わってないね? いや私はさ、てっきり『私たち三人はこの世界における人類の始祖となる』……みたいな感じで腕や脚も生えて普通に人間になるのかと思ってたんだけど」


 外見的には三人とも一切変化していなかった。


「そうですね。私も気になって試したんですが、別に首、取れますもんね」


 シィは首のチョーカーを外し、右の掌に首を乗せていた。いつ見てもデュラハンみたいで格好いいなぁ、とソフィアは思う。大変結構です。


「シィ様のそれ、面白いですよね。普通わざわざ首取れるようにはしないと思うんですけれど。しかも自爆装置までつけて」


 シャロームはこの状況に全然関係ない感想を漏らしていた。


「これ、先輩の悪ふざけで組み込まれたんですよね。…………そう、つまり私は、先輩の手によって設計された、先輩の好みが盛り込まれた存在なので、そこのところ、ご理解ください、シャロームさん」


 シィはシャロームに宣言する。


「ええ、わかりましたわ。つまりシィ様はソフィア様の娘、のようなものなのですね」


 邪気の無いシャロームの言葉にシィは衝撃を受ける。


「む、娘……!? いや、間違ってはいないんですが……娘、娘、なんでしょうか?  でも、先輩ですし。ううーん……?」


「いや、娘って感じではないかなぁ。さすがに娘の首取って爆発できるようにしたり、タバコ吸わせたりはしないでしょ。アレだよ、恋人に自分の好みの髪型とかファッションとかさせるような、そんな感じに近いと思う」


 ……恋人であっても頭取ったり爆発させたりしてはダメだろ、というのは一旦置いておく。

 

「こ、恋人! で、ですよね! 私もそうだと思ってました!」


 ソフィアの発言に大興奮するシィ。


「あらー……仲が良くて羨ましいですわ。ソフィア様、わたくしにも何か好みの要素を入れてくださいまし。髪型変えましょうか? 首取りますか? タバコ、覚えたらよろしいでしょうか?」


「いや、それは……」


 そんな感じで三人で姦しくしゃべっていると、その様子を眺めてたディアスボラが声を掛けてきた。


「歓談の最中にすまんが、我らから見ると、一つ、お前たちが明確に変化している箇所がある」


「え? そうなの? どこ?」


「魔力だ。これまでは、魔力は全くない、もしくは、ほんの少しうっすらと感じ取れる程度だったが、今は微弱ではあれど、確かに魔力を持っていることがわかる。――この世界において、あらゆる生き物は魔力を持っている。逆に魔力があれば生き物、というわけではないが……少なくとも、この世界における生物の条件の一つは満たした、ということだろう」


「……よくわかりませんね。何かそれによって私たちに変化はあるのでしょうか?」


 シィの言葉に返したのは無線機の先にいるトレントだ。


『あぁ、まず、身体の強度が上がり、劣化しづらくなる。そして、見えなかったもの、感じられなかったものがわかるようになる。そして――おそらくは、魔術が使えるようになるじゃろう』


「魔術!? そ、そんなものをわたくしたちが!? ……で、一体何ができるようになるのでしょうか?」


 興奮気味に問いかけるシャローム。


『色々じゃな。さらに身体の強度を増す。武器を強化する。火や水を出し、風を起こし、大地を操る。まぁやろうとすればこの辺はできるじゃろ。それ以上のことができるかは種族と本人の素養次第じゃ』


「すごい……これからもっと、楽しくなるじゃん。研究のし甲斐があるー!」


「確かに。……そもそも『魔術』が何かを調べようとはしたんですが、魔力の観測自体が前はできなかったのですよね。それができるようになれば……やれることはたくさんありそうです」


「わ、わたくしも協力いたしますわ! ……というかあの、皆さま、わたくし、そちらの研究所に住まわせてもらってもよろしいかしら? ちょっと一人でこちらは寂しいので……」


 シャロームの発言を聞いて、ソフィアは頷く。


「私はいいけど、シィちゃん、どう?」


 シィはしばらく目を閉じ、思考した。


「……まぁ、結果的にほぼ被害はなかったですし。ちゃんと各種族の皆さんに謝罪して、許しをもらえるのであれば、良いでしょう」


「あ、ありがとうございます。たしかに、そうですわね。まずは皆さまの信頼を取り戻すところから……」


 シャロームはその場で立ち上がり、各種族の方向を向けて頭を下げた。


「皆さま! 改めて、この度は大変ご迷惑をおかけいたしました。お怪我をなされた方、お家がなくなってしまわれた方など、色々いらっしゃるかと思います。わたくしがすべて、治療と復旧作業を行います。その後で構いませんので、どうか、これからは皆さまのお手伝いをする立場として、受け入れてはいただけませんでしょうか……」


 謝罪された各種族は顔を見合わせる。――と、一番被害を被ったであろう獣人の代表として獅子男が口を開いた。


「……それぞれの種族が、生きるために争うことなど、獣の世界では日常茶飯事だ。実際、俺たちも他に食料がなければネズミを襲うこともあるだろう。その戦いの結果を恨むことなどはない。――生物というのは、そういうものだ。知恵を持つと、恨みやら呪いやらも生まれるようだがな。……つまり、俺は何も気にしていないし、他の連中も同じだろう。お前はお前が生きるために必要なことをしただけだ、気にする必要はない」


 シャロームはその言葉を聞き、目を丸くして獅子獣人を見つめていた。恐らく、彼女には理解できなかったのだろう。――ずっと、恨みを浴び続けてきた、彼女には。


「――あ、ありがとう、ございます」


 シャロームはもう一度、深々と頭を下げた。


「じゃ、これでひとまず、終わりかな……とりあえずシャローム、ネズミさんの家直してあげなよ」


「あ、そうですわね。じゃあ機械兵士たちに命令して、直してもらいましょうか」


 シャロームが機械兵士たちを呼び、命令を下そうとしたとき。

 

 機械兵士たちが、手に持っていた銃を


「えっ……?」


『シャローム。貴様……我らの命令を無視し、敵に下るとは……許すわけにはいかん。ここにいる種族どもと合わせ、処分してやろう……』


「だ、誰!?」


 ソフィアが叫ぶ。シャロームは、顔を真っ青にして、ガタガタと震えていた。


 そこに現れたのは――数十メートルはあろうかという、蛍光する巨大な、顔。恨み、妬み、呪い。そういった感情が寄り集まったような醜悪で巨大な顔が、広い空間に浮かび上がっていた。


「あ、アレは……ずっと、わたくしの頭の中にいた、モノ。ずっと……『世界を支配しろ』と言い続けてきた存在。幻覚だと思っていたのに、なんでここにいるんですの……?」


 シャロームの言葉に、トレントが答えた。


『……なるほどのう。本来、おぬしらの時代において『呪い』は、大きな力を持つものではなかった。もちろん機械人形に命令を下し続けることはできたが、それはあくまで、そういった仕組みを造り出しただけ。『呪い』などという力そのものは、具現化されていなかったのじゃが……ここで、シャロームに魔力が宿ってしまった』


 トレントの言葉を、ディアスボラが引き継ぐ。


「なるほど。シャロームの中に存在した、形のない『呪い』が、魔力と融合して、実体を持った、ってことか。しかし……ここまででかくなるか? 大した魔力量じゃなかっただろ」


『理屈はよくわからんが、この空間――どころか、世界に存在する魔力を一気に吸収して巨大化したみたいじゃな。……おそらく、シャロームの中から溢れたものはきっかけにすぎんのじゃろ。この研究所全体に、ここで造られているすべてのものに宿っていた呪い。そのすべてが具現化して集合したようなものじゃ』


「なんかわかったように話してるけど! 具体的にこいつはどうしたらいいの!? なんか機械兵士を操ってるみたいだけど」


 ソフィアが大声で問いかけると、答えたのはイフリートだった。


『アレは私と同じ、肉体を持たない魔力の塊だな。いわば『呪い』という属性を持つ精霊みたいなものだ。攻撃手段はよくわからんが……物理攻撃は効かんだろう。だが、アレを倒さなければ、平穏が訪れない、ということは間違いない。つまり――』


「なるほどね。つまりこれが――最後の敵、ってわけか」


 ソフィアは立ち上がり、巨大な呪いの顔面を睨みつける。


「おい、『呪いカース』! シャロームの話を聞いたときからね、あんたはぶん殴ってやりたいと思ってた。その機会がもらえるなんてラッキーだし、こいつを倒せばシャロームはもう憂いなく私たちと一緒に『みんな仲良く!』を目指せるんでしょう。わかりやすくていいじゃん!」


 ソフィアはここにいる仲間全員に向けて、呼びかける。


「――さぁ、いよいよラスボス戦だ! みんなの力を合わせて、こいつを倒すよ! 協力、お願い! 仲間でしょ!?」


 その言葉に、皆、苦笑しながらも、ソフィアの周りに集まっていく。


「シャローム。あなたも。……これは、きっとあなたにとっての試練だから」


 先ほどまで震えていたシャロームは、唇を噛み、毅然と前を向いて口を開いた。


「はい。わたくし、負けません!」


 ――こうして、最終決戦の幕は開かれた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 レポートFile20:機械人形(生物)


 詳しいことはまだ何もわからない。ただ、身体は機械のままで、別に生身になったわけではない。魔力があるらしい。


 ここからは推測だが、おそらく機械人形は『機械の身体を持つ生き物』として、世界に認められた、ということなのだろう。傷を負ったらどうやって直すのか、病気はするのか、寿命はどのくらいなのか。どのように増え、どう死んでいくのか。その答えはまだ何もわからない。


 機械によって生まれ、劣化したら壊れていく存在だった機械人形。何から生まれ、どう育ち、どのような最期を迎えるのか。それは――私たちが、決めるのだろう。


 



 



 

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